2.HIV感染症の診断のすすめ方

(1) はじめに
 HIV感染の危険因子をみると、アメリカ、ヨーロッパでは同性間性的接触と静注薬物濫用とでほとんどを占めるのに対して、アフリカでは異性間性的接触が大部分で、東南アジアではその両者である。わが国ではこれまで患者及び感染者の大半が凝固因子製剤によるものであり、そのほとんどは血友病患者であるのが特徴であったが、次第に性行為感染によるものが増加の傾向にある。
 血友病患者のほとんどは主治医のもとで診療、生活指導を受けており、一般の臨床医がこれらの患者に出会うことは少ない。しかし、最近の性行為感染の増加傾向からみて、一般の臨床医がHIV感染症患者を診療する機会が次第に増えてきているので、常にHIV感染者と接する心構えを持っていることが大切である。
(2) 診療にあたっての基本的態度
 HIV感染症の診療にあたっては、感染を心配して受診する患者を含めて患者のプライバシーに対し細心の配慮が必要であるが、他の患者と区別すべきではない。
 AIDSは特異な感染症として、世界的に社会の関心を集めており、また感染すれば、確実な治療法もないところから、いずれ発病して死にいたる疾患であると認識され、多くの人から忌避的な目で見られているが、最近は発症予防法も治療法もかなり進歩してきた。
 ひとたび、HIV感染者と知られれば、疎外的に扱われる社会一般の風潮から、たとえ無症状であっても感染者は他の人に自己のHIV感染の事実を知られるのを非常に恐れている。また感染を心配して受診を希望する患者も“受診の悩み”や“検査結果に対する恐れ”を越えて来院し、HIV感染の検査を受けた事実さえも自己の知人には知られたくないと思うものが多いことを理解すべきである。
 実際の診療における問診事項、問診態度では、患者の気待ちを配慮して、不快感や圧迫感を与えることなく、さり気なく問診し、後になって感染者と判明した場合にも力づける言葉や態度を示す心構えが大切である。また、HIV感染者にはプライバシーが守られることを伝え、常によき相談相手として接し、主治医のほうから協力的に次回の診療予約を決め、他科受診あるいは転居などで必要があれば紹介医をきちんと決める。
(3) 病歴のとり方
  1. 感染に関連した生活歴
     HIVは、HIV感染者の血液、精液その他の体液及び臓器などが直接体内に入ることによって感染する。従ってHIVの感染経路は人為的には輸血や血液製剤の輸注、臓器移植であり、自然的には性行為である。
     HIV感染の危険の高い行動及び状況には次のものが挙げられる。
    1) 同性間の性的接触
    2) 不特定の異性間性的接触
    3) 静注薬物濫用者間の注射器(針)の共用
    4) HIV汚染血液及び汚染血液製剤の輸注
    5) HIV感染者のセックス・パートナー
    6) HIV感染の母親からの出生児
    (HIV感染女性の授乳による養育児)
    7) HIV感染者の血液、体液の付着した注射器、針による医療事故
    (診療、看護、検査などでの針刺し事故、外傷など)
    8) HIV感染者の外傷への接触
  2. 病歴聴取上の留意点
    1) 一般的HIV感染検査受診者
     受診者自身がHIV抗体の検査を希望して来院した場合は、採血し抗体検査を行うことは容易であるが、この場合、推定感染機会から検査採血までの期間を考慮しなければ、検査結果の判断に誤りを来すことがある。感染後抗体陽転までに通常6〜8週を要する。
     日本人のHIV感染の機会は、現在では男性同性間の性的接触と異性間性的接触がほとんどであり、輸血は献血血液の検査開始以後、感染事故はない。麻薬・覚醒剤の静注濫用や医療事故による感染にも注意を要する。
    2) 男性同性愛者に対する留意点
     患者自らの申し出がない限り男性同性愛者の同定は困難である。服装や言葉遣いが参考になることもあるが、ほとんどの場合、区別がつかない。男性同性愛者は結婚していないものが少なくないが、日本では両性愛者である場合も少なくなく、結婚して子供ももうけていることがあるので、婚姻状態や子供の有無はあまり参考にならない。
     男性同性愛者か否かは、「あなたはホモですか?」と問うよりも「同性愛者ですか?」あるいは「エイズ感染のご心配の相手の方は男性ですか?女性ですか?」と聞くほうが答えを得やすい感がある。男性同性愛者は、自分達がHIV感染の危険グループに属していることを知っているので、受診の際、自ら同性愛者であると医師に告げることもある。
    3) 異性間性的接触者に対する留意点
     異性間性的接触は同性間性的接触よりも感染危険率が低いようであるが、欧米やアフリカ、東南アジアなどで、売春婦や麻薬常習者との性的接触があれば、感染機会となりうる。最近、いわゆる性の解放とAIDSに対する意識の低下、そして自分だけは安全とする根拠のない過信から、予防を忘れた不特定異性との性的接触による感染者が次第に増加する傾向がみられる。
    4) 輸血・血液製剤受注に対する留意点
     わが国では凝固因子製剤による血友病の感染者を除くと、輸血による感染は少ないが、アメリカ、ブラジル、メキシコ、オーストラリアなどでは報告が多い。わが国では、献血血液や血液製剤に使用する血液のHIV抗体検査が行われるようになって以来、国内での輸血感染はない。しかし、発展途上国では完全な検査が実施されていない国もあるので、これらの国の在外歴があれば生活歴と輸血歴を確認する必要がある。特に発症すべき根拠のない日和見感染症や説明困難の症状を示したり、転帰をとった症例にはHIV感染も疑うべきである。
    5) HIV抗体陽性女性からの出生児
     母親がHIV抗体陽性であるときは、その出生児の13〜50%はHIV感染があるとされるので、追跡検査が必要である。この場合、母親からの経胎盤による移行抗体により児の血中抗体が陽性を呈するので、抗体検査で判定する場合は15カ月以上の追跡検査と観察が必要である。抗体検査が最も確実であるが、その他の検査には、培養法、PCR法などがある。
    6) 医療事故に対する留意点
     海外におけるHIV関係の医療事故のリスクはB型肝炎に比べてはるかに抵い(針刺し事故で0.5%以下)。わが国では未だHIVの事故による感染は知られていないが、医療関係者の感染危険因子として忘れてはならない。
(4) 内科的診療の要点
  1. 基本的診療項目
    1) 全身症状
    体重減少、全身倦怠、食欲不振、発熱の有無・程度・持続リンパ節腫脹の有無・部位・程度など
    2) 呼吸器症状
    咳、息切れ、呼吸困難など 
    3) 消化器症状
    口腔内所見:口内炎、舌苔、口腔毛状白板症、口腔カンジダ症、カポジ肉腫下痢の有無・程度など
    4) 神経症状・精神症状
    意識障害、精神障害、知能障害、運動障害、行動異常、神経学的徴候など
    5) 皮膚科的診察
    へルペス(口唇、皮膚、性器)、帯状ヘルペス、脂漏性湿疹、カポジ肉腫など
    6) 眼科的診察
    視力検査、視野検査、眼底検査など
  2. 内科的診療で注意すべき所見(詳細は後述)
    1) リンパ節腫脹
     リンパ節腫脹は種々の疾患にみられるが、原因不明の場合は、HIV感染も鑑別診断に入れる必要がある。
     ことに鼠径部以外の2カ所以上の部位に3カ月以上持続する直径1センチメートル以上のリンパ節腫脹があって、HIV感染危険因子の認められるときは考慮すべきである。
     感染の有無は通常血清抗体検査によって判断される。
    2) 発熱、体重減少、下痢
     1カ月以上続く原因不明の発熱や持続する水様下痢あるいは10%以上の体重減少はHIV感染を疑うに足りる根拠になるが、いずれも非特異的症状である。AIDSにみる特徴的なHIV消耗性症候群(スリム病、やせ病)では数カ月のうちに10%以上の著明な痩せを来し、発熱もしくは下痢を伴う。
    3) 神経症状
     HIVによる直接の神経障害として脳症、痴呆、ミエロパチー、末梢神経症がある。健忘、集中力低下、無関心、歩行障害、運動失調、振戦などで始まり、進行して痴呆となるところから、これらを一連の疾患とみなし、一括してAIDS痴呆症候群と呼ぶことがある。
     AIDS痴呆症候群以外に、AIDSに伴う日和見感染症としてトキソプラスマ脳症、クリプトコックス症、サイトメガロウイルス脳炎があり、原発性脳リンパ腫、進行性多巣性白質脳症などもあって、いずれも脳神経障害を起こす。
     青壮年に、原因不明の進行性脳症や亜急性脳炎をみたり、説明し難い神経症状を呈する症例に対してはHIV感染も考慮する。
     そしてAIDSにおける神経症状はHIV直接侵襲による病変と日和見感染症としての神経病変とを鑑別する必要がある。
    4) 日和見感染症
     従来健康に過ごしてきた青壮年者が、突然、重篤な日和見感染症に罹患した場合には、日和見感染の病原体究明とともにHIV抗体検査を考慮したい。AIDSに伴う日和見感染症としてカリニ肺炎、カンジダ症(口腔カンジダ症、食道炎、肺炎)、サイトメガロウイルス症(網膜炎、胃腸炎、食道炎、肺炎、脳炎、脳症)が3大疾患に挙げられる。その他、非定型抗酸菌症、クリプトコックス症、結核、サルモネラ血症、単純へルペス、多層性帯状疱疹、アメーバ赤痢などがある。
    5) 悪性腫瘍
     AIDS患者にはカポジ肉腫や非ホジキンリンパ腫あるいは原発性脳リンパ腫をみることがあり、忘れてはならない疾患である。
  3. 母子感染を疑う症状と所見(表VI-2、P-2群サブクラスAを参照)
     慢性口腔カンジダ症、耳下腺炎、不明熱、慢性下痢、敗血症、肺炎、リンパ節腫脹、肝脾腫
  4. 境界領域で注目される所見
    1) 眼科的診察
     眼底に進行性で増大傾向のある白色壊死性網膜炎の所見があればサイトメガロウイルス症網膜炎が疑われる。視力の低下、部分的視野欠損を認めるが、出血を伴わないこともある。トキソプラスマ脈絡網膜炎は単独あるいは脳症の分症として発症する。眼底とくに黄斑部に好発し、黄白色綿状の病巣を作り、乳頭周囲、赤道部に広がる。いずれの場合も自覚症状がなくても、定期的に検査し早期発見することも大切である。
    2) 皮膚科的診察
     皮膚にカポジ肉腫や悪性リンパ腫ができることがあるが、単純へルペス、多層性帯状疱疹をみることが多い。単純ヘルペスの初感染巣は小水疱よりもびらん及至潰瘍として出現する。重症に経過することが多く、1カ月以上続く。
     帯状疱疹は2〜3枝以上の神経分節を侵して多層性となり、水痘様散布疹を伴うことも少なくない。
     粘膜カンジダ症では口腔カンジダ症として出現し、波及して食道炎を起こしてくる。
     脂漏性湿疹はHIV感染症患者に好発する。顔面に多い。
(5) 必要な検査とその所見
  1. 抗HIV抗体検査
  2. 血液像(貧血、白血球数減少、血小板数減少)
  3. 免疫学的検査
     抗HIV抗体陽性のときは免疫学的検査を行い、細胞性免疫の障害程度を明らかにする。
     ただし、この際、副腎皮質ホルモン投与やリンパ性白血病など他の細胞性免疫低下要因の有無に留意する必要がある。
    1) 末梢血リンパ球数減少(1,000個/マイクロリットル以下)
    2) CD4陽性リンパ球数減少(軽度:700個/マイクロリットル以下、中等度:500個/マイクロリットル以下、高度:200個/マイクロリットル以下)
    3) CD8陽性リンパ球数不変ー減少 
    4) CD4/CD8比低下(軽度:1.0以下、中等度:0.3以下、高度:0.14以下)
    5) 血清免疫グロブリン値
    −IgG増加(2,000mg/dl以上)
    −IgA増加(400mg/dl以上)
    小児では年齢正常値の25%以上
    β2ミクログロブリンの増加(24マイクログラム/ml以上)
    6) ネオプテリン濃度上昇
    7) リンパ球幼若化反応減弱(PHA、PWMなどによる幼若化反応からみた免疫能減弱度)
    (必要な場合のみ) 
    8) 遅延型皮膚反応(既陽性→陰転化)(必要な場合のみ)
  4. 日和見感染の病因診断に必要な諸検査
     AIDSとしての日和見感染症を合併しているときは、その病原微生物を決定して、治療に資する。複数の日和見感染症を合併していることが多い。血液塗抹培養、便検鏡、培養、喀痰検査、気管支鏡、経皮肺針吸引細胞診、CT、MRIなど必要な検査を行う。
     参考として、サイトメガロウイルス、単純へルペスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、EBウイルス、トキソプラスマ、各種の真菌、原虫などに対する抗体価を測定する。
  5. 日和見感染症の病像診断に必要な諸検査
     日和見感染症の病原体療法を進めるとともに、臓器病変に対する必要な検査を行い、病像を把握して適切な対症療法を併用するための判断に資する。
(6) 病型決定
 患者の抗HIV抗体陽性が確認されれば、患者はHIV感染症と診断される。無症状患者はキャリアであり、血液像のほか、免疫学的検査としてリンパ球サブセット検査によって細胞性免疫の程度を判断する。
 HIV感染症の患者で症状のある場合は、診察、一般検査、必要な特殊検査、免疫学的検査を行って、リンパ節腫脹、非特異症状、日和見感染症合併、二次性悪性腫瘍、神経症状の存在などを明らかにして、HIV感染症の病型(病型分類表IV-1〜3)を決定する。
 また、AIDSの診断にはサーベイランスのためのAIDS診断基準(厚生省、1994表IV-6)を用いる。
 1994年、AIDSの指標疾患の改訂が行われ、肺結核、反復性肺炎、浸潤性子宮頚癌の3疾患が追加された。