5.HIV感染症の経過観察

(1) はじめに
 HIV感染症についてはまだ一定の経過観察の方式が固まっていないが、経験的に留意すべき点がいくつか挙げられる。それらを各病期毎に整理してみた。病期の進行度を見るにはWalter Reedステージ分類(表IV-2)あるいはWHOステージ分類(表lV-3)も参考になる。
(2) 無症候性キャリア(AC)の時期
 この時期はHIV抗体は陽性であるが、血清中HIVp24抗原は検出限界以下のことが多く、臨床症状も見られない。従来のCDC分類(表IV-1)の第II群、あるいはWalter Reed分類のWR1、3、4(リンパ節腫脹を欠くもの)に相当する。検査値も正常のことがあるが、CD4陽性リンパ球数の減少、CD4/CD8比の低下、その他の免疫異常を認めることが多い。臨床症状はないものの、HIVに感染した細胞を保有しており、感染源となる。ACを介するHIVの二次感染の拡大を防止するための教育と、ACがAIDSに進展しないための予防処置が重要である。
 ACの期間の長さは症例により様々で、6カ月から10数年程度とされているが、さらに長い例があると考えられている。自然経過としては、ACの少なくとも10%が3年以内に、20〜30%が5年以内に、50%が10年以内にAIDSを発症するといわれている。最終的にはACの大部分がAIDSを発症すると思われているが、正確な数字はまだはっきりしていない。
 HIV感染症の経過は表Vに示すような臨床所見や予後判定因子を経時的に観察測定しながらフォローする。一番確実な予後判定因子は血液1μl当たりのCD4陽性リンパ球の絶対数、リンパ球中にCD4陽性リンパ球が占める割合(%)またはCD4/CD8比(正常:1.0〜2.0)である。CD4陽性リンパ球の絶対数は白血球にリンパ球の比率を掛けてリンパ球の絶対数を求め、これにCD4陽性リンパ球の比率を掛けることによって算出される。健常者では、リンパ球数は2,000個/μl前後、CD4陽性リンパ球数は700〜1,300個/μl程度である。HIV感染者では、通常1年間に60〜100個/μlずつ低下するが、AIDSの発症が近づくと低下速度が速くなることが多い。CD4陽性リンパ球数が少ないほどAIDSの発症が近いので、500個/μl以下となったら、AZT(azidothy-midine)の予防投与を開始する。200個/μl以下となった場合にはカリニ肺炎の危険性が高いので、発症予防のためぺンタミジン300mg1カ月1回、あるいは150mg1カ月2回の吸入、またはST合剤(2〜4g/日)の予防投与を開始する。100個/μl以下では予防借置をとらなければほとんどが発症する。
 血中β2ミクログロブリン、ネオプテリン濃度も有用な予後判定因子となっている。β2ミクログロブリン濃度は3μg/mlを超えると要注意といえる。血清中Interleukin(IL)-2レセプター濃度、IgG濃度、IgA濃度、p24抗原量なども参考となり、いずれも値の高いものの発症が多いが、検出率はCD4陽性リンパ球数やその割合(%)、あるいはβ2ミクログロブリン濃度に劣る。なお、AIDSの発症が近づくとp24抗原が増えるとともに抗p24抗体が低下してくるので(図III)p24抗原量及びp24抗体価の測定も参考となる。進行とともにHIVの分離率も高くなる。
 このような免疫学的、ウイルス学的フォローアップとともに、日和見感染症に対する観察や、リンパ節腫脹の有無、体重の変動なども定期的にチェックする。
 ACの時期における主なチェックポイントを表Vに示した。ACの状態であれば定期的チェックは2〜3カ月に一度程度が適当と思われるが、口腔カンジダ症、へルペスなど何らかの合併症状が現れてきたときには、AIDS関連症候群(ARC)と考え、1カ月に一度のチェックとする。
 これらの病態に関するチェックとともに、HIVの感染予防のための患者教育を充分に行い、また病気に対する不安、死に対する恐怖などから救う精神的サポート、カウンセリング等に関しても充分配慮する必要がある。
 なお、HIV感染症であることの告知の方法、タイミングを充分考慮し、秘密の保持を厳守する。
 小児のワクチン接種については「妊婦、小児のHIV感染症」の項を参照のこと。
(3) AIDS関連症候群(ARC)の時期
 この時期には細胞性免疫不全が顕著となり、体重減少、下痢など消耗状態が徐々に進行する。
 AIDS発症の危険性が高いので、ACの時期よりも間隔をせばめて1カ月に1回観察する。チェックポイントはAC期と変わらないが、日和見感染症の予防(ペンタミジンの吸入など)と、日和見感染症の早期発見に気を配る。AIDS発症予防としてAZTもしくはddIを投与する。既にこれらによる治療歴があり、それらが単独では無効と思われる症例では両者を併用する。
 日和見感染症では、初期には口腔カンジダ症が多いので、口腔内所見に注意する。放置すると難治性となりカンジダ食道炎、あるいは深在性真菌症に進展するおそれもあるので早期に治療を開始する。口唇、陰部のヘルペスや帯状疱疹の有無にも注意する。これらの合併症があるときは、AIDS発症の時期が近いと判断する。定期的眼底検査によりサイトメガロウイルス網膜炎の早期発見に努める。
 体動時の息切れ、発熱などがあればカリニ肺炎やサイトメガロウイルス肺炎を疑い、動脈血ガス分析を行い、胸部X線を撮る。誘発喀痰BAL、肺針吸引細胞診などで積極的に診断をつける。眼底検査によりサイトメガロウイルス網膜炎やトキソプラスマ症がないかどうかを検査することも大切である。いずれの場合も早期診断、早期治療が大切なので、病状の変化を注意深く観察する必要がある。
 この時期にはリンパ球数、CD4陽性リンパ球数のみならず、好中球数、血小板数も減少することが多い。好中球数が500個/μl以下の場合は細菌感染症にも留意し、必要に応じ顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を使用する。なお、各種ウイルス、トキソプラスマ、真菌などの各種病原体に対する抗体価をこの時期にも一度見ておくと、後日の参考にある。
 下痢もARCに多い症状である。その原因としてHIV、サイトメガロウイルス、サルモネラ菌、糞線虫、クリプトスポリジウム、イソスポラなどが挙げられているが、原因のはっきりしない場合も多い。原因がつかめない時は対症的に治療する。
(4) AIDSの時期
 AIDSの診断基準を満たす日和見感染症などを併発した患者でも、しばしばその感染症から回復し、社会生活に戻れるようになる。しかし、一旦低下したCD4陽性リンパ球数は、AZTなどにより一時的に増加するものの、数カ月から1年後には再び減少し、免疫不全状態が持続するので、引き続き病状を監視しなければならない。
 日和見感染症の治療法については後頁で述べる。日和見感染症から回復した後の経過観察では感染症の再発に特に注意する。その感染症がカリニ肺炎であった場合はペンタミジンの吸入(例:300mg/1回/4週)もしくはST合剤(例:4g/日、分2、ロイコボリン5mgと併用)による再発防止を継続する。サイトメガロウイルス感染症に罹患したAIDS症例では、回復後もガンシクロビルによる維持療法(例:4〜5mg/kg/日、毎日)が必要であるが、骨髄抑制作用が強いので、1〜2週に一度の血算が必要である。AZTの副作用と重複するので、AZTとの併用は避けた方がよい。ddIならば慎重投与。またガンシクロビルは腎から排泄されるので、腎機能のチェックも必要である。
 深在性真菌症も再発が多いので長期に投与でき、副作用が少なく、かつ経口投与できる抗真菌剤が望ましいが、その意味で最近開発されたフルコナゾールなどが使いやすい。
 HIV感染症の自然経過として、またはAZTその他の抗ウイルス剤の副作用として、好中球減少症を伴う症例が多い。これらに対しては感染防御の意味から顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)を投与するのも一法である。

   

         表V AC期間中の経過観察チェックポイント
身体所見、自覚症状等
1) 体重の変化
2) 下痢の有無、状況
3) 発熱の有無、程度
4) リンパ節腫脹の有無、部位、大きさ
5) 口内炎、舌苔、口腔毛状白板症
6) 口唇、陰部ヘルペス、帯状疱疹
7) 体動時の息切れ

病態の推移、予後因子に関する検査
1) 血算一式(含白血球分画)
2) CD4、CD8(絶対数及び%)
CD4陽性リンパ球数500個/μl以下でAZTによる発症予防開始、200個/μl以下でカリニ肺炎の予防開始。
3) 血中β2ミクログロブリン
4) ネオプテリン
5) IgG、IgA
6) p24抗原、抗p24抗体
7) 皮内反応

日和見感染症などに関する検査
1) サイトメガロウイルス、EBウイルス、トキソプラスマ、クリプトコックス等に対する抗
  体価(AC期に少なくとも一度は測っておく)
2) 胸部X線(随時)
3) 眼底検査(CD4陽性リンパ球数≦200個/μlとなったら定期的に見る)
4) 頭部CT(一度は撮影しておく)