6.妊婦、小児のHIV感染症

(1) はじめに
 小児のAIDS症例は、その85%が1985年以後の報告であり、急速に増加している。米国における最近の報告では、小児のHIV感染の80%は母親からの感染であるとされ、輸血用血液や血液製剤からの感染経路の阻止が成功するにつれて、小児のAIDSはHIV陽性の妊婦(母親)から出生した児の疾患となりつつある。妊婦への感染経路、妊婦対策並びに小児の実態と診療につき述べる。
(2) 妊婦のHIV
 米国における報告では、妊婦HIV感染者の70〜80%は本人の性生活のパートナーが麻薬の静脈注射で感染したと思われる者であったが、最近では異性間性的接触による感染が中心になってきている。中央アフリカにおける妊婦の感染ルートは、主に異性間感染である。
 ここでは一夫多妻型の性習慣が感染をさらに拡大しており、ある都市では20%を超える妊婦が感染している。わが国ではまだ報告例が少なく妊婦への感染経路を比較する段階にないが、これら諸外国の報告からみると、今後は異性間感染が主になると思われる。
 HIV感染妊婦から児への垂直感染率は、調査方法によって異なり、正確なものは把握されていないが、諸家の報告では13〜50%と報告されている。出生時においては、母親の血清抗体を調べなければ罹患の有無は不明であり、国によって実情も異なるので正確に調査すればもっと感染率の高い地域が存在する可能性もある。
(3) 小児への感染経路と分娩対策
 母児間の感染は垂直感染である。その経路としては、子宮内感染、産道感染、母乳感染の3つが考えられる。小児のAIDSの発症が生後3〜23カ月と早期に起こること、出生時に肝脾腫大、貧血、リンパ節腫大等が認められること、低出生体重児が多いこと、また在胎14〜20週の胎児、胎盤、羊水等からHIVが分離されることなどからみて、経胎盤的に子宮内感染を起こす疾患である。産道感染は子宮頚管粘液や膣内分泌物からHIVが分離された報告があることから、当然考えられるが、明確な証明は得られていない。経膣分娩でよいのか帝王切開がよいのかの最終結論はまだ出されていないが、現時点では帝王切開が望ましい。
 母乳からの感染についてはBlancheからの追跡調査があり、人工栄養で保育した99例中25例(25.3%)がHIV陽性であったのに対し、母乳栄養では6例中5例(83.3%)が陽性であったと報告している。また母乳中からHIVを分離したという報告もあり、現時点では母乳の授乳は避けるべきである。
(4) 感染妊婦と分娩管理
 分娩に際して最も注意すべきことの一つは、医療従事者への水平感染の防止である。ウイルスの性質としてはB型肝炎ウイルス(HBV)より流血中のウイルス濃度が低いので、基本的には各病院で既に対策が講じられているHB抗原陽性妊婦の分娩と同様に取り扱えばよい。ただしHIVにはワクチンが無いこと、罹患すると予後は極めて悪いことから考えると一層慎重な対応が望まれる。従って分娩に際してはチームを編成し、安全教育と技術的な習熟を図り妊婦や児に対して冷静に対応できるようにすることが大切である。
 分娩に際しては、部屋の管理、使用機材、消毒、汚物処理の方法など十分、打ち合わせをしておく。分娩は帝王切開で、あらかじめ予定を立てて実施することが望ましい。なお手術時の管理などは別項に述べたが、開腹時の止血は十分に行い、娩出に際し母体血が、児になるべく付着しないように心がけることが必要である。また経膣分娩になった場合も基本的注意は同じであるが、母体血、膣内分泌物などの嚥下や付着を少なくするように努める。羊水の飛散に注意し、会陰切開も必要最小限とする。児は使い捨てのリネンでくるみ、血液や羊水を拭き取ったあと、沐浴し、十分な湯を用いて付着した血液や分泌物を洗い流す。なお臍帯断端部は7.5%ポピドンヨードで消毒する。点眼はポリビニールアルコールヨウ素液(8倍希釈)を用いるのが一般的である。産褥の管理に際しても、通常の術後感染と同様に取り扱う。
(5) 免疫学的変化と臨床像
 HIVはCD4陽性リンパ球やマクロファージに感染し、その結果CD4陽性リンパ球は破壊され、細胞数の減少や機能障害が出現する。機能障害はBリンパ球やナチュラルキラー細胞にも現れ、小児でよくみられる所見は、多クローン性Bリンパ球の活性化による高γ-グロブリン血症である。しかし特異抗原に対する抗体産生能は低下する。この結果慢性下痢、心筋障害、腎疾患、中枢神経系異常や脳萎縮などが出現する。
 発症については二つのパターンがみられる。すなわち、抗体陽性の母親から出生した感染児の大部分には6カ月までに何らかの異常な症状所見がみられ、またその1/5は、1年以内に発症する。通常このグループの予後は悪い。他の児は1年間に約8%の割合で成人と同様なAIDSとして発症し、10〜15年以内には全員発症すると考えられている。一方抗体陽性で生まれた児全体の60〜70%は、15カ月で通常移行抗体が消失する。しかしこのグループの感染リスクについては、まれに抗原が検出されることもありまだよく解明されていない。 
(6) 臨床症状
 異性間感染並びに垂直感染の増加により、母親が感染リスクを認識していないことも多い。従って下記の臨床症状が原因不明であれば、患児にHIV感染の可能性があることを念頭に置かねばならない。
 一般的に注意すべき症状としては、発育障害、繰り返す感染症(特に中耳炎)、口腔内カンジダ症、下痢、グラム陰性菌による敗血症などである。また全身性のリンパ節腫大、肝・脾腫大は特徴的である。血中高γ-グロブリン血症並びに低γ-グロブリン血症もみられる。低γ-グロブリン血症の存在するときにはHIV抗体の産生低下も認められる。原因不明の血小板減少症、反復性リンパ性間質肺炎、心筋障害、腎機能障害(ネフローゼ症候群)及び中枢神経障害などの症状を持った症例をみた場合には診断を確定するための検査を実施する。 
(7) 診断
 生後15〜18カ月間は、移行抗体が残存するため抗体診断が難しい。しかし早期治療が望ましいので、この時期に診断をするためには、ウイルス分離やPCR法によるHIVDNAの検出、あるいはHIVIgM抗体等の検出などを行い、経過の観察が必要である。
 小児のHIV感染の診断と分類については、上記のような問題を踏まえ、米国のCDCで定義が定められている(表VI-1、表VI-2)。わが国でも現在はこの定義にそって診断を行っている。今後PCR法の活用によって、より早期に確定診断することが必要である。
 なお、最近、CDCは小児のHIV感染の新たな定義及び分類を公表した(表VI-3、VI-4)

表VI-1 小児HIV感染の定義(CDC)
  1. 母親が抗体陽性の生後15カ月未満の児
    1) 血液または組織からのHIVの検出、あるいは
    2) HIV抗体陽性で液性1)及び細胞性2)の両免疫不全とP−2群3)のサブクラスのひとつ以上の存在、あるいは
    3) CDCが決めたAIDSの臨床像に適合
  2. 母親が抗体陽性の生後15カ月以上の児と、他の感染経路によるもの
    血液または組織からのHIVの検出、あるいは
    2) HIV抗体の検出、あるいは
    3) CDCが決めたAIDSの臨床像に適合
1):免疫グロブリンの高値
2):リンパ球絶対値の低下、CD4絶対値の低下、CD4/CD8比の低下
3):表VI-2小児のHIV感染の分類(CDC)による


表VI-2 小児のHIV感染の分類(13歳未満)(CDC)
P-0群 感染不確実1)
P-1群 無症候性感染
  1. 正常免疫能
  2. 免疫能異常2)
  3. 免疫能未検査
P-2群 症候性感染3)
  1. 特異的所見4)
  2. 進行性神経疾患5)
  3. リンパ性間質性肺臓炎6)
  4. 二次性感染疾患
     D-1 AIDS(CDC定義)に特有の二次性感染症
     D-2 反復性重症細菌感染7)
     D-3 他の二次性感染症8)
  5. 二次癌
     E-1 AIDS(CDC定義)に特有の二次癌
     E-2 HIV感染によると思われるその他の癌
  6. HIV感染によると思われるその他の疾患9)

分類の説明
1): HIV抗体陽性の母親から出生した15カ月までの児で、感染を証明できない者を含む
2): 高ガンマグロブリン血症、CD4T細胞減少、CD4/CD8比の減少、リンパ球減少症(他の原因を除外)
3): 一度P-2に分類されれば、改善してもP-1に戻さない
4): 次の原因不明の2項目以上が2カ月以上続くとき
発熱、発育不良または10%以上の体重減少、肝腫大、脾腫、耳下腺炎、全身性リンパ節腫大(φ>0.5cm、対称性はlつと数え2カ所以上)、下痢(1日3回以上)の持続または反復(2カ月以内に2回以上で脱水を伴う)
5): 神経または知的発達の喪失、脳の発育障害(後天性小脳症、脳萎縮の証明)、対称性運動機能障害(麻痺、緊張異常、病的反射、アタキシア、歩行異常の2つ以上)のいずれか
6): 組織学的にLIPが確認できたもの、またはX-Pで2カ月以上続く両側性の網様結節状間質性浸潤像を示す肺臓炎(病原微生物による場合を除外)
7): 原因不明で2年間に2回以上反復する敗血症、髄膜炎、肺炎、深部膿瘍、骨・関節感染
8): 口腔カンジダ症(2カ月以上持続)、ヘルペス口内炎(2回/年以上)、多皮節性または全身性VZV感染
9): 肝炎、心臓病、腎症、貧血、血小板減少症、皮膚疾患


表VI-3 小児HIV感染の新定義(CDC)
  1. HIV抗体陽性または母親がHIVに感染していた18カ月未満の児
    1) 次のいずれかのHIV検出法により2回以上陽性の場合(臍帯血を除く)HIV分離、HIVのPCR法、HIV抗原(p24)
    2) CDCが決めたAIDSの臨床像に適合
  2. 母親がHIVに感染していた生後18カ月以上の児と、他の感染経路によるもの
    1) EIA法及び確認検査法によるHIV抗体の陽性
    2) CDCが決めたAIDSの臨床像に適合


       表VI-4(1)小児のHIV感染の新分類
  臨床分類
免疫学的分類 N(無症候) A(軽症) B(中等症) C(重症)
1(正常) N1 A1 B1 C1
2(中等度低下) N2 A2 B2 C2
3(重度低下) N3 A3 B3 C3


表VI-4(2)年齢区分毎のCD4陽性Tリンパ球数及び全リンパ球に対する割合に基づく免疫学的分類
免疫学的分類 児の年齢
1歳未満 1〜5歳 6〜12歳
μl(%) μl(%) μl(%)
1(正常) >=1500(>=25) >=1000(>=25) >=500(>=25)
2(中等度低下) 750-1499(15-24) 500-999(15-24) 200-499(15-24)
3(重度低下) <750(<15) <500(<15) <200(<15)


表VI-4(3)小児のHIV感染の臨床分類


N群(無症候) HIV感染によると考えられる症候がない児またはA群の症状のうち1つしかない児
A群(軽症) 以下の症状の2つ以上を示すがB群またはC群の症状はない児
  • リンパ節腫脹(2カ所以上で0.5cm以上。対称性は1カ所とみなす)
  • 肝腫大
  • 脾腫大
  • 皮膚炎
  • 耳下腺炎
  • 反復性または持続性の上気道感染、副鼻腔炎、中耳炎
B群(中等症) A群またはC群以外の症状を示す児。以下は症状の例示であり、これらに限定されない。
  • 30日以上続く貧血(<8g/dl)、好中球減少症(<1000/μl)または血小板減少症(<100,000/μl)
  • 細菌性の髄膜炎、肺炎または敗血症(1回)
  • 6カ月以上の児に2カ月以上続く口腔咽頭カンジダ症
  • 心筋症
  • 生後1カ月以前に発症したサイトメガロウイルス感染
  • 反復性または慢性の下痢
  • 肝炎
  • 反復性単純ヘルペスウイルスロ内炎け年以内に2回以上)
  • 生後1カ月以前に発症した単純ヘルペスウイルス気管支炎、肺炎または食道炎
  • 2回以上または2つの皮膚節以上の帯状疱疹
  • 平滑筋肉腫
  • リンパ性間質性肺炎(LIP)または肺のリンパ過形成
  • 腎臓病症
  • ノカルジア症
  • 1カ月以上続く発熱
  • 生後1カ月以前に発症したトキソプラスマ症
  • 播種性水痘
C群(重症) AIDSの診断基準に含まれる症状(LIPを除く)
 

(8) 治療
 AIDSの根本的治療は現在まだ開発されていないが、AZTが重症AIDSの治療の予防的投与に用いられている。本剤は副作用として骨髄抑制(白血球減少、貧血)や経口投与による消化器症状がある。米国では本剤の中心静脈からの持続投与(0.5〜1.8mg/kg/時)や経口投与(180mg/m2/6時間毎)が試みられ、精神神経発達や体重増加などの一般状態に改善がみられたと報告されている。いずれにしろ、まだ治療法は検討中である。わが国では血友病患者でHIVに感染した小児に対し発症予防のため、AZTの投与が実施されている。400mg/日と800mg/日の2種類の投与群に分けて行われているが、中間報告によると400mg/日でも800mg/日の効果に劣ることなく、しかも副作用が少ないとされている。また予備治験であるがddIの小児への投与も行われている。
 また補助療法としては、顆粒球減少による感染対策として、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)の併用も試みてよい。また血小板減少を伴う場合には、濃厚血小板液の輸注も考慮する。低γ-グロブリン血症に対して、γ-グロブリンの補充療法を3〜4週に1回行えば、反復感染対策には効果があるとの報告もあるが、まだ研究段階である。口腔内真菌感染に対しては、ケトコナゾールやジフルカン、カリニ肺炎対策としては年齢ごとにCD4陽性リンパ球数(1歳未満1500/μl以下、1〜2歳750/μl以下、3〜5歳500/μl以下、6歳以上200/μl以下)を考慮し、ST合剤あるいはペンタミジンの予防投与を考慮する。またサイトメガロウイルス感染に対してはガンシクロビルを用いる。リンパ性間質性肺炎とカリニ肺炎は区別が必要で、気管吸引液または気管支鏡にて気管内分泌物を取り、確認のための検索を行う必要がある。
(9) 生活管理
 病院での管理上、小児のAIDSに特徴的なことはなく、成人と同様一般的な管理でよい。しかし年齢によって、本人の疾病理解度が異なるため、看護管理上成人と同一にはできないことも多い。また個室管理を長期に行うと、精神的ストレスとなり、治療に非協力的になる場合もあるので配慮が必要である。
 登園、登校については原則として自分のことが自分でできるまでは集団生活には入れない方がよい。現在わが国では学齢期のHIV抗体陽性者のほとんどが血友病患者であり、すでに指導体制が整備されている。いずれにしろこれらの小児を含めて、定期的なフォローアップが必要であるが、それとともに、社会的差別や偏見が生じることのないよう、HIV感染症に対する正しい知識の普及が益々必要である。
 予防接種については、一般的には定期接種を実施する。生ワクチンは原則として禁忌と考えていたが、麻疹罹患例で重症麻疹になった例が報告されたため、現在は米国では表VI-5のように指導されている。実施面においてすべてが日本の実情に合うわけではないが、日本でもポリオ、BCGを除く定期接種は主治医による個別接種として実施する。なおワクチンにより免疫を獲得する前に麻疹に接触した場合には、γ-グロブリンの予防投与を行う。水痘の場合は、高単位水痘帯状疱疹ウイルス免疫グロブリンを投与する。



      表VI-5 HlV感染児の予防接種
ワクチンの種類 無症候性患児 症状を有する患児
ポリオ生ワクチン
ポリオ不活化ワクチン1)
DTP
MMR2)
肺炎双球菌
インフルエンザ
不可


可(1歳半)
可(6カ月以上)
可3)
不可


可(1歳半)
可(6カ月以上)
可(6カ月以上)
1) 日木では現在入手不可
2) 感染のリスクが高いときには、15カ月より早く投与できる(ACIP)。
日本では単独で接種される。
3) 6カ月以上、毎年定期的に実施するのは症状により考慮する。