1.カウンセリングの理念

(1) 目的
 HIV(human immunodeficiency virus、ヒト免疫不全ウイルス)感染者の苦しみは、一つにはエイズを発症した場合、生命の危険があるにもかかわらず、根治的な治療法が今のところ発見されていないことであり、二つには周囲の人々から過度に忌避的な態度を示されてることのあることである。言ってみれば、二重の苦しみを持つ。
 しかしながら、この病気の原因ははっきりしており、根治的な治療法を求めての追求は世界的規模で精力的に行われている。その成果を期待しつつ、少なくともその暁光の見え始めるまでの間、彼らの苦しみを理解し、彼らにとってもっとも賢明な生き方は何かを一緒に考える心理的社会的援助が今や強く望まれている。そこにはもちろん、HIVの伝染可能性についての教育・指導・相談も含まれる。それらを通じてわれわれはHlV感染者の良識に訴え、二次感染を防がなければならない。そして彼らに心理的援助を行うと同時に、社会に対する自覚ある行動を促すという、カウンセラーにとって必ずしも容易でない作業を完遂させるためには、HIV感染者を偏見なく受け入れることのできる社会が望まれる。
 今日の世界はあらゆる種類の差別や偏見とたたかっている。HIV感染者をどう扱うかについても、われわれはあるいは人間の英知を試されているといっても、言い過ぎではないだろう。とりわけ、わが国のHIV感染者には血友病患者が多い。その複雑な気持ちを十分に受け入れた上で、彼らを支えなければならない。
(2) 対象
 HIV感染にかかわるカウンセリングは、次のような場合等に必要になるだろう。
(ア) 感染したかもしれないと恐れている人
(イ) 検査を受けようかどうしようかと迷っている人。検査を受けたが、結果を医師にたずねようかどうしようかと迷っている人(もしくは未成年者のHIV感染者を持つ両親)。
(ウ) 感染が明らかになった人。子供の感染を知った両親。
(エ) HIV感染者と生活をともにする配偶者、近親者、知人、学校教師、職場関係者など。
(オ) 現にHIV感染者を担当する医師並びに医療従事者。
(3) カウンセリングの原則
(ア) 相手の自己決定を助ける
 カウンセリングとは、相手が自分で自分の生き方を決めることができるよう、側面から助ける作業である。決してカウンセラー自身の人生経験や知識を相手に教え込むことではない。この点はもっとも大切な原則で、以下に書かれる諸注意はすべてこの原則のためのものといっても過言ではない。
 カウンセリングには、比較的短時間で達成できる目標、つまり差し当たっての情緒上、行動上の混乱を収め、そのコントロールを回復させるという目標と、より長期の目標、つまり人間的な成長を通じて新しい生活の可能性を開かせるという目標の2つがあるが、いずれの場合にも来談者の自己決定の尊重という原則を踏まえての展開である。
(イ) 相手の不安や怒りの言葉に耳を傾ける
 直接の面接にせよ、電話を介しての場合にせよ、来談者の抱く不安や恐れや怒りや絶望を、批判を加えることなく、静かに共感を持って効くことからカウンセリングは始まる。不安の内容によっては分別のある成人さえ打ちひしぐほどの力を持つが、しかし、それはまたもう一人の人間に共感を持って受け入れられるとき、ずっと耐えやすいものになり、その結果、人は今までより有効な現実的行動をとることができるようになることが、精神療法やカウンセリングの研究から分かっている。人によっては、カウンセラーの共感を得ただけで、自力で問題解決の糸口をつかむ人もあるくらいである。
(ウ) 相手と一緒に考える
 相手の話を共感を持って聞くことは意外に難しい。ともすれば、われわれは前もって用意した一般論をせっかちに相手に押しつけ、説得しようとしがちである。説得が有効な場合もあるが、多くの場合限界がある。知識を与えられるだけでは来談者の不安や怒りは消えない。むしろカウンセラーには、現状を打開するのにふさわしい道を、来談者と一緒になって探るという態度が望まれる。来談者個々でその生活背景や生活はすべて異なるから、結論も通常一人一人で異なったものになろう。
(エ) 時間をかける
 一度だけの相談で結論が出ないことはいくらもある。また一度決心したかに見えても、それが揺らぐこともよくある。そういう場合、できれば何度か対話を繰り返した方がよい。一般的に、カウンセリングは、ああでもない、こうでもないという回り道を経て結論に至るのであり、時間が必要である。また、一度にすべて解決することは多くの場合不可能であり、したがって、少しずつ、段階を追って進めていくことが大切である。
(オ) 信頼関係を大切にする
 カウンセリングで大切なのはカウンセラーと来談者の信頼関係である。来談者がカウンセラーを心から信頼することができれば、それだけでカウンセリングの目的のかなりの部分が達成されているといえるほどである。そのためには、カウンセリングを通じて知ったことがらについて、カウンセラーは秘密を守ることができなければならない。何らかの理由で他の人に相談する場合であっても、本人の合意を得てからにしなければならないし、また、その人にも秘密を守ってもらわなければならない。
(カ) 指導者と同僚を持つ
 独り善がりのカウンセリングにならないために、またカウンセラー個人の心の中に生まれた不安を処理するためにも、カウンセラー自身がすぐ相談できる指導者(スーパーヴァイザー)あるいは研修仲間を持つようにする。カウンセラーはできるだけ不安に対する耐性(トレランス)の高い人材であることが望ましく、そうなるための努力を惜しむべきではないが、しかしベテランでもカウンセリング中、心に不安や迷いが生まれ、そのため相手の言葉に耳を傾け、相手の感情に共感するだけの自由な態度がとれなくなることがある。
(4) カウンセラーの役割
(ア) 一番望ましいのは、主治医が良好な医師と患者の関係をもとに、身体的治療のみならず心理的社会的ケアまで併せて行う場合だろう。HIV感染について、いつどのように誰に告知するのかという問題も含めて、主治医が一番よい立場にある。主治医とともに看護婦もまたいうまでもなく、患者に大きな心理的影響を与える立場にある。とりわけ入院治療の場合、患者は主治医と過ごすよりはるかに長い時間を看護婦と共有するから、看護婦は好むと好まざるとにかかわらず、カウンセラー的役割を果たすことになる。しかし、主治医や看護婦といえども、患者の心理的問題に直面する場合、いろいろな不安や迷いを体験する可能性がある。その解消を図るために、同種の経験を分かち合う同僚やカウンセラーたちと率直に意見を交換する機会を、できれば定期的に持つことを勧める。
(イ) カウンセリングの第二のケースは、医師が何らかの理由でカウンセリングを医療協力者(コメディカルスタッフ)に委ねる場合であろう。医療の中で心理的社会的ケアの面で医師を補佐するコメディカルスタッフが有用なことは、MSW(医療ソーシャルワーカー)、PSW(精神科ソーシャルワーカー)、カウンセラー(臨床心理技術者)、チャプレン(牧師)などが果たしてきた役割の歴史が示している。対象には血友病の人とそうでない人、HIV感染によってすでに一定の症状の発現している人とそうでない人があり、それぞれアプローチの方法が少し異なる。
1)  血友病の人や一定の症状発現を見た人は、主治医の管理下にとどまることが多いから、カウンセラーは主治医との協力下に働くことができ、その役割はわりあいはっきりしている。一般に治療下にある病人は医療従事者に対して二つの相反する感情(信頼し依存しながら、同時にもう少しこうであってほしい、ああであったらよかったという不満)を持つことがある。また、患者のみで自律的な集団活動を展開しようとする動きもあるだろう。このような場合の患者心理を理解し、主治医と患者との間の調整役たることが望まれる。
2) 一定の症状の発現のない感染者へのカウンセリングが難しいことは、エイズが多発している先進国での経験が教えるところである。とりたてて症状がない場合、感染という現実を無視ないし否認したり、あるいは周囲の健康者への複雑な気持ちに苦しみ、賢明な行動を選択できない可能性があるからである。また、彼らは医師に会うことを避ける可能性があり、それだけにカウンセラーとしてもっとも役割を期待される対象かもしれない。
3) 感染した血友病の子供を持つ親へのカウンセリングもまた、重要な項目である。主治医にそのための十分な時間がない場合には、カウンセラーが代行せざるをえないことが多いと思われる。家族(特に核家族)とは心理的に緊密なつながりを持った小集団であり、家族のメンバーの独りの心理的変化は、他のメンバーないしは家族全体の態度の変化へとつながるから、家族に対しては単なるなぐさめとしてではなく、カウンセリングを行う必要がある。
4) 次に感染者と接触のある人々へのカウンセリングもまた、重要な領域の一つである。近親者、とりわけ配偶者、性行為のあり得る友人、近隣の人、子供の場合には教育関係者等が考えられる。カウンセリングの要点は、一つには感染者への無用の不安、理不尽な差別および排除をなくすよう、二つには二次感染の危険を防ぐよう、各自からその理性的行動を引き出すことにある。