3.HIV感染の基礎知識

(1) HIV感染症/エイズとは何か
(ア) HIV感染症/エイズの概念
 AIDS(acquired immunodeficiency syndrome、後天性免疫不全症候群)とは、HIV(human immunodenciency virus、ヒト免疫不全ウイルス)が人に感染した結果、主に細胞性免疫が障害されて免疫不全状態となり、ニューモシスチスカリニ肺炎(以下「カリニ肺炎」と略す。)カンジダ症、サイトメガロウイルス症、トキソプラスマ感染症のような日和見感染症を合併したり、カポジ肉腫や悪性リンパ腫などの二次性悪性腫瘍を発生したり、あるいは痴呆や骨髄症などの神経障害をきたす病態をいう。
 病態の本質は、HIVがへルパーT細胞やマクロファージなどに感染し、細胞の機能障害・破壊をきたして宿主(感染者)が免疫不全などに陥ることである。
 HIVに感染した宿主(感染者)が直ちにエイズになるわけではない。HIVに感染してから症状が発現するまでの間、すなわち潜伏期間があることが知られ、この間、感染者は元気に生活を営むことができる。この状態は無症候性感染と呼ばれ、その状態にある宿主(感染者)を無症候性キャリア(あるいは単にキャリア)と呼ぶ。
 潜伏期間は人によって異なるが、その後宿主(感染者)が免疫不全などを起こし、二次性の日和見感染、悪性腫瘍、中枢神経症状などの特徴的な症状を呈した状態を「エイズ」と呼ぶ。無症候性感染からエイズまで、すべてをまとめてHIV感染症という。 
(イ) 感染経路
 HIVは感染者の血液、精液、膣分泌液、唾液、尿、涙などの体液中に含まれていることがある。しかしながらHIVの感染力は非常に弱いため、このうちHIVの感染源となり得るものは、実際上、血液、精液、膣分泌液である。したがって、HIVの感染経路は、主として性的接触あるいはHIVを含む血液との濃厚な接触に限られる。海外では母乳感染も報告されているが、唾液や昆虫による感染の報告はない。また、HIVを含む血液であっても、単に手指・体についただけでは感染しない。
 なお、HIV感染の原因となり得る次のような事項を危険因子(リスクファクター)と呼び、特に注意する必要がある。
1) 性行為感染
 アメリカ、ヨーロッパでは、エイズ患者の70〜80%が同性愛ないし異性愛の男性であり、アフリカのエイズ患者の約80%は異性愛行為によるとされている。男性同性愛行為による高い感染率は肛門性交によるところが大きいといわれ、出血を伴う激しい行為ほど感染の危険が大きいと思われる。 
2) 血液媒介感染
 HIV感染者からの輸血あるいはその血液を原液に造られた血液製剤である凝固因子製剤によってもHIV感染の起こることがあった。しかしながら現在では、献血血液のHIV抗体検査と凝固因子製剤の加熱処理等安全対策が行われており、その後、これら血液製剤による新しい感染例は報告されていない。なお、注射の回し打ち等を行った場合には、血液を介して感染が起こることがあり、大変危険である。
3) 母子感染
 わが国では、HIV感染者の女性が出産した例がほとんどないため、まだ母子感染例は報告されていないが、米国では小児のエイズ患者の感染原因の約80%が、両親のうち少なくとも1人以上がHIV感染者であり、さらにそのうちの80%は母親がHIV感染者である。
 一般に、HIV感染者が妊娠・出産する場合、胎児への感染危険は約50%といわれており、さらに母親本人の病状が悪化する可能性もあるといわれている。
(ウ) 経過
 HIV感染後エイズ発症までの期間については、調査によりまちまちであるが、平均して1年間に感染者の5〜7%が発症するといわれている。また、これまでのところ、発症するとその後の経過は悪く、CDC(米国感染症センター)のまとめでは、1年で50%が死亡するといわれている。
 現在、多くの薬剤が臨床応用されているが、効果が不十分であったり、また副作用が強かったりして、HIVに対する特効薬といったものの開発には成功していない。エイズの治療薬と同時に、発症を阻止する薬剤、免疫能力を賦活する薬剤などの使用も試みられている。また、合併する日和見感染症、悪性腫瘍の治療方法も改善され、エイズの予後はいくらか改善される兆しが見えてきている。
 エイズは、最も予後の悪い疾患の一つであり、HIV感染者、エイズ患者、非感染者のいずれもがエイズを恐れている。HIV感染者とエイズ患者は、特にこの点を切実に感じており、さらに、感染性の疾患であるという理由等で、社会から阻害される恐怖も抱いている。十分に社会的活動のできる無症候性キャリアの悩みは深い。
(2) HIV感染症の診断・治療
(ア) 検査法
 HIVに感染すると、生体はHIVに対して特異的に反応する抗体(抗HIV抗体)を産出する。
 HIVのウィルス分離が一般的でない現在、被検者のHIV感染の有無を検査するために、血中の抗HIV抗体を測定するのが普通の検査方法である。
1) スクリーニング法
ELISA法(EIA):(enzyme-linked immunosorbent assay)
PA法:(particle agglutination method)
2) 確認法
WB法:(Western blot method)
IFA法:(immunofluorescent assay)
 スクリーニング法は高感度で大量処理能力があり、経済性、簡便性に優れているが、偽陽性の出現頻度が約0.3%ある。確認法は精度は高いが、大量処理には向かず、やや高度な設備と技術を要する。実際の検査に当たっては、まずELISA法やPA法を行い、陽性検体はさらにWB法やIFA法により確認するのが一般的である。
(イ) 検査結果の解釈
1) 抗HIV抗体が認められない場合(陰性の場合)
 通常、HIVに感染していないと判断してよい。ただし、以下のような場合には、HIVの感染があっても陰性反応を呈することがある。
ア.  感染直後で、まだ抗体産出が十分に行われていない場合(感染後、抗体検査が陽転するまでの期間は6〜8週間といわれているが、海外では抗体の産出に数カ月以上から年余を要する例も報告されている)。
イ.  HIV感染で高度に免疫能が低下し、抗体賛成能の低下により抗HIV抗体が十分産出されていない場合(ただし、この場合は通常エイズの症状が発現している)。
2) 抗HIV抗体が認められた場合(陽性の場合)
 HIV感染者と判断する。ただし自己免疫疾患患者、頻回輸血者、妊婦、経産婦、マラリア患者などでは、HIV感染がなくとも陽性の反応を呈することがあり、確認試験が必要である。
(ウ) 臨床症状と病型分類
 HIVによる感染の一般的経過は、次のとおりである。
 HIVの感染が成立すると約6〜8週後に、患者の血液中に抗HIV抗体が検出されるようになる。それに先立って急性症状を呈するものが少数に認められるが、大多数の感染者は無症状に経過する。急性症状は出現しても一過性の伝染性単核球症様症状あるいは感冒様症状で、1〜2週間続いて自然に消退し無症状期に入る(asymptomatic carrier、無症候性キャリア)。その後種々の潜伏期を経て、一部の患者ではlカ月以上の持続発熱、持続性全身性リンパ節腫脹(per-sistent generalized lymphadenopathy、PGL)、10%以上の体重減少、下痢、倦怠感、盗汗などの非特異的症状が現れ、これが持続する場合、エイズ関連症候群(ARC、AIDS related com-plex)と呼ばれる。さらに進行して細胞性免疫能が高度に障害されると、日和見感染症、悪性腫瘍、カポジ肉腫、神経障害などの合併症を伴って重篤な臨床症状を示してくる。これがAIDS(acquired  immunodeficiency syndrome)である。表1に従来の分類とCDC分類(1986)との対比を示す。

 次にHIV感染症に伴って起こり得る症状について挙げておく。


表1 HIV感染症の病型分類
CDC分類(1986) 従来の分類
第I群: 感冒様一過性の症状 AC
第II群: 無症候性感染 AC
第III群: 持続性全身性リンパ節腫脹 ARC
第IV群: その他の臨床症候群 ARC
A亜群:非特異的全身症状 ARC
B亜群:神経疾患 AIDS
C亜群:二次感染症 AIDS
C−1: CDC記載のAIDSによる日和見感染(1982、1985) AIDS
AIDSの診断基準(厚生省、1988) AIDS
C−2: その他の二次感染症 AIDS
D亜群:二次悪性腫瘍 AIDS
E亜群:その他の疾患 AIDS

1) 一般的身体症状
ア. 全身倦怠感
 長期に持続する倦怠感、ときには“気分がよくない”程度から全身衰弱を示すまでさまざまである。家事や階段の上り降りといった日常の生活に支障をきたすようになって気づかれることもある。
イ.  発熱、悪寒、盗汗
 これらの症状は、HIV以外のウイルス感染症でも見られるため、当初からHIV感染を考えることは少ない。HIV感染の場合の特徴は、数週間にもわたって持続することであり、その間に他の重症感染症は鑑別され得る。発熱、悪寒は一日のうちいつでも起こり得るが、タ方から夜にかけて体温の上昇をきたすことが多い。
ウ.  体重減少
 エイズ患者は持続する体重減少で気づかれることが多い。通常1〜2カ月間に体重の約10%以上も減少する。食欲不振や下痢をきたす他の感染症の場合に比較して、徐々に長期にわたって体重減少が持続する特徴がある。腸管壁での細菌の異常増殖による栄養の吸収障害、および脱水によるとされている。
エ.  リンパ節腫脹
 局在するリンパ節の腫脹は、いかなる種類の感染によっても起こり得る。これはリンパ節にあるBリンパ球が感染に対して抵抗していることを示すひとつの生体防御反応である。感染した病原体の種類、また個人によってそのリンパ節の腫脹程度はさまざまで、感冒などでも数週間腫脹が持続することがよくある。2カ月以上持続するリンパ節の腫脹がある場合にはHIV感染を一応考慮すべきで、ARC状態である持続性全身性リンパ節腫脹では6カ月以上持続する。
オ. 皮膚症状
 エイズのもっとも待徴的な症状の一つであるカポジ肉腫(Kaposi's sarcoma)は、赤色から暗紫色で直径数mmからコイン大の不規則な形をした無痛性の結節として出現する。大きさは徐々に拡大することもあり、それに伴って色は濃くなる。全身の皮膚、口腔内、鼻粘膜、眼瞼にも出現する。
カ.  口腔内白斑
 口腔内に白斑が見られたら口腔カンジダ症か口腔毛様白斑症が考えられ、両者とも何らかの免疫機能低下状態を意味する。口腔内カンジダ症は真菌感染症で、抗生剤の長期服用によっても起こり、免疫機能低下状態の鋭敏な指標である。口腔毛様白斑症は舌の辺縁に盛り上がった白色斑でウイルス感染によるものとされ、HIV感染の重要な指標である。
キ.  下痢
 一般に下痢は多くの感染症で起こり得るが、ほとんど数日以内に軽快する。下痢の程度はさまざまであっても二週間以上持続する場合、HIV感染を一応考慮しなければならない。HIV感染症における下痢は、腸管内細菌の異常増殖による吸収不全、Cryptosporidoumなどの腸管内感染によると考えられている。
ク.  乾性咳嗽
 乾性咳嗽とは痰を伴わない渇いた咳で、エイズの日和見感染症としてもっとも頻度の高いカリニ肺炎の特徴的症状である。同様の咳は一般の肺炎や喫煙者にも現れることがあるが、米国では乾性咳嗽があればHIV感染の可能性があり、さらに精査する必要があるといわれている。
2) 免疫不全状態に伴う日和見感染症、悪性腫瘍による症状
ア. カリニ肺炎(pneumocystis carinii pneumonia(PCP)
 PCPはエイズ患者にもっとも高頻度に見られる日和見感染症であり、カリニ原虫によって引き起こされる。この原虫は、健康人には全く害を及ぼさないが、免疫能の抵下しているエイズ患者には、急速に肺炎の症状を引き起こす。PCPの場合、通常痰を伴わない乾性咳嗽をきたし、呼吸促迫を呈するようになる。
イ.  カポジ肉腫(Kaposi's sarcoma)
 カポジ肉腫は全身性多発性に生じる非上皮性腫瘍で繊維芽細胞と小血管の増生を特徴とする。皮膚には赤色から暗紫色で直径数mmからコイン大の不規則な形をした無痛性の結節として出現する。大きさは徐々に拡大することもあり、それに伴って色は濃くなる。皮膚のみでなく粘膜、軟部組織、消化管、リンパ節へも出現する。米国のエイズ患者では、PCPに次いで二番目に多い症状であり、特に男性同性愛者に高率に出現している。
ウ.  トキソプラスマ感染症
 Toxoplasmagondiiという原虫による日和見感染症で、エイズ患者に好発するトキソプラスマによる脳症では、中枢神経症状を呈し、発熱、めまい、頭痛、意識低下から痙攣をきたす。
エ.  クリプトスポリジウム感染症
 Cryptosporidiumという通常動物に寄生する原虫による日和見感染症で、エイズ患者に重症の下痢を引き起こす。下痢は何カ月も持続することがあり、一日に数リットルもの水様性下痢便を排出し、脱水のため死亡することもある。
オ.  非定型抗酸菌症
 Mycobacterium avium intercellulare(MAI)という結核菌に似た非定型抗酸菌による感染症であり、エイズ患者の場合、播種性感染の病状を呈し、全身の高度な消耗状態をきたす。
カ.  クリプトコッカス感染症
 Cryptococcusという真菌によって引き起こされる。クリプトコッカス髄膜炎では、頭痛、めまい、昏迷から視野障害、嘔気、健忘、痙攣、言語障害などの神経症状を呈する。
キ.  進行性多巣性白質脳症(progreaaive multifocal leukoencephalopathy)(PML)
 ウイルス感染により脳内に小膿瘍を多発性に形成し、健忘、運動麻痺、痙攣、性格変化等の中枢神経症状を呈する。
ク.  単純ヘルペス(herpes simplex)
 Herpes simplex virus感染により口唇、外陰部に水疱や潰瘍を形成する。単純ヘルペスは、エイズ以外でもしばしば見られるが、エイズにより免疫能が低下している場合、通常一〜二週間で治癒すべきものが遷延悪化し、四股など他の部分にも出現する。
ケ.  サイトメガロウイルス感染症
 健康成人でもかなりの頻度で過去にCytomegalovirus(CMV)感染の既往があり、AIDSやARCのように免疫能の低下がある場合、ウイルスが再活性されて重症の臓器感染症状を呈することがある。CMVによる肝炎、肺炎は重症で死亡率も高く、また網膜炎では失明することが多い。
コ. カンジダ症
 Candida albicansは健康人においても常在する真菌であるが、特に免疫低下状態で発現しやすい。食道カンジダ症は、激しい嚥下痛をきたし、口腔内カンジダ症は口腔内の剥離困難な白斑として現れ、免疫低下状態の鋭敏な指標とされている。
サ.  持続性全身性リンパ節腫脹(persistent generalized lymphadenopathy)(PGL)
 持続性全身性リンパ節腫脹とは、鼠径部以外の2カ所以上の部位で、直径1cm以上のリンパ節が3カ月以上持続性に腫脹するものと定義されている。
シ. 腔毛様白斑症
 ときには口腔内カンジダ症と間違われることがあるが、舌の側面にカンジダよりも厚く毛状に出現する。2種類のウイルスの感染であるといわれ、やはり免疫能低下の指標となる。
ス.  帯状疱疹(herpes zoster)
 Varicella zoster virusによる感染症であり、神経走行に沿って多発する痛みを伴う水疱が出現し、免疫能低下状態の一つの指標となる。また、しばしば多層性に出現することがある。
セ.  血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura(ITP)
 血小板の減少により鼻出血、口腔内出血、皮下出血などをきたす。種々の原因によって起こり得るが、HIV感染の場合にも続発することがある。
ソ.  その他に悪性リンパ腫、リンパ性間質性肺炎、 ヒストプラスマ症、イソスポリア症、サルモネラ菌血症、HIV消耗性症候群(スリム病)などがある。
3) 中枢神経症状
 日和見感染以外であっても、HIVにより中枢神経症状が比較的高頻度に出現することが知られており、これはHIVの脳神経細胞に対する直接作用といわれており、健忘、痴呆、運動麻痺、意識障害、痙攣、性格変化などのエイズ脳症症状を呈する。
(エ) 治療、予後
 これまで多くの薬剤がHIV感染症に対する治療薬として検討されてきたが、HIVを確実に排除し、AIDSを確実に治療させる特効薬はまだ見いだされていない。現状ではアジドチミジン(AZT)が、試験管内でも臨床的にも効果が確認された唯一のHIVに対する抗ウイルス剤であるが、AZTは胃腸障害、造血障害などの副作用が強い。その他発病阻止を目的として、インターフェロン、イソブリノシン、 ノイロトロピン、 レンチナン、グリチルリチン、漢方薬などの試験投与が行われている。
 AIDSに合併した各種の日和見感染症に対する治療としては、これら日和見感染症の起因微生物の種類に応じた薬剤が研究されており、一部は実用化されている。
 AIDSの薬物治療は現在、1)日和見感染に対する治療薬、2)抗HIV剤、3)免疫調節剤に大別される。中でも日和見感染に対する治療は近年の抗真菌剤、抗ウイルス剤等の開発により各々の病原体に対する有効薬剤が知られ、かなり効果的に感染をコントロールし得るようになった。また抗HIV剤、免疫調節剤も基礎的研究から有効性の証明されたものも少なくなく、現在臨床治験中である多数の薬剤の今後に期待がかけられている。
1) 日和見感染症に対する治療
ア. カリニ肺炎
 カリニ肺炎の治療にはsulfamethoxazole trimethoprim合剤(ST合剤)やペンタミジンが用いられる。ST合剤は通常経口で3週間以上投与され、原虫の葉酸代謝に作用して効果を示し、その有効率は60%以上である。しかしながら、発疹、発熱、白血球減少、低ナトリウム血症、肝障害などの副作用が20〜80%と高頻度に出現する。ペンタミジンは抗原虫剤で、ST合剤と同程度の有効率を示すが、強い毒性を示すため二次選択剤として使用されることが多い。副作用発現率は40%程度とされ、白血球減少、腎障害、血糖異常、低血圧、肝障害、筋注部位の無菌性膿瘍などをきたす。カリニ肺炎は再発しやすいため、これらの薬剤による維持療法、あるいは予防的投与の検討がなされている。
イ. トキソプラスマ感染症
 エイズ患者に好発するトキソプラスマによる脳症には、ピリメタミン(pyrimethamine)とサルファダイアジン(sulfadiazine)との併用療法が有効である。副作用が約半数に見られ、骨髄抑制、発疹、発熱などのために投与中止を余儀なくされる例がある。
 治療は最低3〜6カ月間必要で、再発が高頻度で見られるため、その後も副作用の状態が許せば維持療法を続行するのがよいといわれている。
ウ.  クリプトコッカス感染症
 クリプトコッカスによる全身感染や髄膜炎には、アンホテリシンB(amphotericin B)の単独投与あるいはフルシトシン(flucytosine)との併用療法で約60%の有効率を示す。副作用には肝障害、腎障害、消化器障害、骨髄抑制、筋肉痛、過敏症なとがある。
 再発が約半数に見られるため維持療法の必要がある。
エ.  非定型抗酸菌症
 現在有効とされる治療法はない。
オ.  ヘルペスウイルス感染症
 粘膜のヘルペスウイルス感染症には、アシクロビル(acyclovir)の経口投与あるいは静脈内投与が効果的である。重症の帯状疱疹にもアシクロビルの静脈内投与が行われる。サイトメガロウイルスによる肺炎や網膜炎にはガンシクロビル(ganciclovir)の静注が有効で、症状の軽快が見られるが再発をきたしやすい。副作用は白血球減少である。
カ.  カンジダ症
 口腔内カンジダ症にはナイスタチン(nystatin)、クロトリマゾール(clotrimazole)などのトローチが用いられる。食道カンジダ症にはアンホテリシンBが有効であるが、再発をきたしやすいためナイスタチン、ケトコナゾール(ketoconazole)等の長期経口投与による再発防止が必要である。フルシトシン(flucytosine)、ミコナゾール(miconazole)も用いられている。
2) 抗HIV剤
 AZT(3'-azido3'-deoxythymidine)は、逆転写酵素阻害剤としてHIVに対する抗ウイルス作用が試験管内で確認され、臨床的にもARC、エイズ患者に使用され、有効性が認められた結果、わが国でも昭和62年から承認されている。しかし、頭痛、食欲不振、悪心嘔吐、貧血、白血球減少などの副作用が高率に出現する。
 その他の抗HIV剤としてはDDC(2’3'-dideoxycytidine)、DDA(dideoxyadenosine)、DDI(dideoxy−inosin)、スラミン(suramin)、インターフェロン(interferon)、アンプリゲン〈ampligen)、デキストラン硫酸(dextran sulphate)等が検討されている。
3) 免疫調節剤
 Tリンパ球の刺激等による免疫増強作用を持つと思われる薬剤が、現在AIDS治療薬として用いられている。それらにはノイロトロピン(neurotropin)、グリチルリチン(glycyrrhizin)、レンチナン(lentinan)、イソプリノシン(isoprinosine)等がある。
(3) HIVの感染予防知識
(ア) 感染をどのように防ぐか
 HIV感染に対する有効なワクチンがまだ開発されていない現状では、エイズについてよく理解し、感染危険行為をとらないよう自分で注意することが唯一の予防方法である。
1) 一般予防
 食物、食器、握手、空気、便座、咳やくしゃみ、プール、入浴、吊革などの日常の接触によって感染することはない。また、蚊やその他の昆虫類による感染も否定されている。HIVが感染するためには、一定量以上のウイルスが必要であり、それに足りるウイルスの増殖は、これらを通しては行われない。
 一般に、HIVの感染力は弱く、したがって、さきに述べたとおり、血液、精液、腟分泌液の取扱いに注意さえすれば感染は防げる。
 これらの血液、精液、膣分泌液のうち、精液、膣分泌液は後の「(イ)安全な性生活」で取り上げるとして、まず血液については、日常生活において次の点に注意しなければならない。
ア. カミソリ、歯ブラシ、タオル、くしなどの血液がつきやすいものは、各人の専用とし、他人のものは用いない。
イ. 血液がついた体や衣服、シーツなどは、なるべく早く石鹸を用いて流水で十分に洗い流す。
ウ. 注射器や注射針を個人で使用する者は、ディスポ製品を用いるか、使用後塩素系漂白剤で減菌し、決して他人と共用しない。

 日常生活以外においては、かつて血液製剤などにHIVが混入していたことがあったが、血液の処理方法の改善やチェック体制の確立により、現在はそのようなことはなく、これらによって新たに感染することはないといわれている。また、献血や注射に際してはディスポ製品を用いるか、減菌されたものを用いるので、これらによる感染は防止されている。

2) 家族や身近にHIV感染者がいる場合の感染予防
 もし、家族や身近にHIV感染者がいても、性交渉のない限り簡単にはHIVに感染しないことが知られている。このことは、性関係のない家族にHIVが感染したという例が、これまで一例も報告されていないということからも明らかである。しかし、エイズの確実な治療法がない現状では、より一層の安全を期すため、次の点に注意する必要がある。
ア.  カミソリ、歯ブラシ、タオル、くしなど、血液がつきやすいものは、HIV感染者の専用とする。
イ. HIV感染者の血液がついたものは、密封して焼却することが望ましい。それができなければ、直ちに石鹸を用いて流水で十分に洗い流す。
ウ.  注射器や注射針を家庭内で使用する場合、HIV感染者の専用とする。
3) HIV感染者が行う他者への感染予防
ア. カミソリ、歯ブラシ、タオル、くしなど、血液がつきやすいものは、HIV感染者の専用とする。
イ.  HIV感染者の血液がついたものは、なるべく自分で密封して焼却することが望ましい。
 それができなければ、直ちに石鹸を用いて流水で十分に洗い流す。
ウ.  他人に、血液や臓器、精液などを提供しない。
4) 医療従事者への感染予防
ア.  医療従事者へのHIV感染の危険性
 HIVは通常の社会生活においては感染しにくいウイルスであるが、血液、精液といったHIV感染者の体液を介して感染することがあるため、HIVに汚染された体液に直接曝露する危険性がある医療従事者は、特に注意する必要がある。特に汚染された注射針等の鋭利なものを扱う場合、あるいは手術、分娩等の観血的医療を行う場合には十分な注意が必要である。1985年の米国感染症センター(CDC)の報告では、医療従事者1,498名の調査で感染者は認められておらず、その後汚染された注射針で感染した看護婦を始め、世界で年間数名程度の感染例の報告があるが、医療従事者への感染の頻度はB型肝炎のそれよりはるかに低いとされているので、当面、現在の知見ではHIVに対する消毒、減菌等は、B型肝炎の感染予防に準じてよいとされている。
イ. 医療従事者のHIV感染予防
 「HIV医療機関内感染予防対策指針」の要点を次に記す。
a) HIVに感染しているということだけを理由として診療を拒否してはならない。
b) 医師、看護婦等医療関係者のみならず、すべての関係者がHIVに関する正しい知識を持つようにする。
c) 血液、体液、臓器などはHIVに限らず未知、あるいは検査未実施の病原体を含んでいる可能性があることを考え、常に慎重に取り扱う。また、手指に傷や病巣のある場合で、直接体液に触れる恐れのあるときには、グローブを着用する。
d) その他、一般的な院内でのHIV感染予防対策として、次のようなことが勧められる。
ア)  感染予防対策委員会の設置
イ)  医療行為の内容と患者の状態を勘案した危険度の検討を行い、その度合に応じた患者への対応を行う。
ウ)  必要に応じた患者に対するHIV抗体検査の実施(本人の同意が前提)
エ) HIV感染者に対する二次感染予防の必要性の説明と指導
オ) 注射針、注射筒の扱いは常に慎重にする。
カ)  HIV感染者の観血的処置については
i) グローブ、マスク、メガネ、予防着の着用
ii) 血液の飛散による汚染を避ける
iii) 限定された区域を使用
iv) 可能な限りディスポ製品を使用
v) 計画的な手術の施行
キ) HIV感染者を特に隔離する必要はないが、医療上の必要から、また失禁、異常行動等必要に応じて個室に収容する場合がある。
ク)  消毒と手洗いの励行
 HIVの減菌方法として、WHOは次の方法を示しているが、わが国では当分の間、B型肝炎ウイルスの減菌に準じた方法で行うことが実際的と思われる。


処理方法 処理条件
次亜塩素酸ナトリウム
フォルムアルデヒド
エタノール
グルタールアルデヒド
煮  沸
オートクレーブ
 0.5% 10分〜30分
 5% 10分〜30分
 70% 10分〜30分
 2% 10分〜30分
20分   
121℃(250゜F)、20分

(イ) 安全な性生活
 HIVは、性的接触を通して感染するため、私たちのほとんどはこの病気にかかる危険性を持っており、私たちみんなが関心を持たなければならない病気である。私たち一人一人がHIVに感染しないようにするためには、以下に述べるような性交渉の方法に留意する必要がある。
 性交渉の方法に注意することにより、私たちはエイズにかかる危険性を非常に小さくすることができる。これにより、私たちはある種の行為を断念しなければならないかもしれないが、性生活を持つことすべてをあきらめる必要はない。私たちは、性交渉についての考え方を変えなければならないかもしれないが、性交渉を楽しみたいという気持ちを曲げる必要はない。また、私たちは性交渉を楽しむ新しい方法を模索しなければならないかもしれないが、性交渉をつまらない退屈なものにする必要はない。HIVは性交渉の相手との体液(精液、月経の際の出血、膣分泌液)の交換によって感染する。どんな行為でも体液の交換のあるものは危険であり、私たちの体内ヘ、HIVに感染した体液の侵入を許してはならない。体液は膣、陰茎(ペニス)、口、傷口、炎症などを通して侵入していく。以下、HIVの感染予防に有効と考えられる性生活について、具体的に述べてみたい。
1) コンドームなしに膣性交は危険であり、妊娠の希望がない限り、常にコンドームを用いる。コンドームは性交渉を行う者相互のHIV感染予防に役立つので、腟性交や肛門性交に際して最初から最後までコンドームを用いる。
2) また、性交渉の相手の数を制限すれば、より安全になる。しかし、たった一人の性交渉の相手しかいないとしても、常に安全な性交渉の方法をとるという心構えを忘れない。
3) 不特定多数の相手と感染予防手段抜きの性交渉を持ったり、不待定多数の相手と性交渉を持った人や、そもそも違法である麻薬類を用いている人を相手に感染予防手段抜きの性交渉を持たない。
4) 売春婦・(売春夫)と性交渉を持たない。
5) アルコールや薬物は、私たちの判断を鈍らせ、その結果、安全に性交渉を持つことを困難にさせるので、お酒を多量に飲んだときや、薬物を使ったときは性交渉を待たない。
6) コンドームをつけずに行う肛門性交は、大変危険である。また、コンドームを最初から最後まで用いた場合、肛門性交で感染することはそれほど多くないが、肛門性交はコンドームが外れたり、破れたりする可能性が膣性交より高いので、危険である。
7) 口を用いた性交渉は、体液の交換がなければ安全だが、口を用いた性交渉を安全に行うためには、最初から最後までコンドームを用いる。
8) 体液の交換がない限り、相互の自慰行為は安全である。性交渉の相手とお互いにマスタベート(自慰)し合うか、自分自身でマスタベートする際、相手が男性であれ、女性であれ、相手のいかなるからだの開口部のそばにも射精をしない。
9) 抱擁、愛撫、キス、マッサージ、体と体のこすりつけ合い……これらは体液の交換がない限り、すべて安全である。
10) 性交渉に用いる器具の共用は、体液が付着している場合には危険である。
(ウ) 妊娠と母子感染
 妊娠中の女性は、そうでないときと比べて妊娠という体の変化がHIVと作用し合って、体の具合を悪化させる場合がある。もし、来談者がその性的パートナーの女性がHIVに感染している可能性がある場合は、医師に相談し、できるだけ妊娠前にHIV抗体検査を受けるよう指導する必要がある。また、母体がHIVに感染していると、妊娠中あるいは周産期にHIVが胎児に感染する可能性がある。したがって、現在妊娠の希望がない場合でも、将来の妊娠に備えて、コンドームを用いた避妊をすることで母体への感染を予防することが必要である。
 すでに母体がHIVに感染している可能性がある場合には、母乳を通して赤ちゃんへ感染することがあるので、母乳で育てることをあきらめ、乳幼児粉ミルクを用いることを勧めるのが適当と思われる。このことは、ある意味で赤ちゃんとの重要なスキンシップの機会を極端に減らしてしまう可能性があり、それを補うためにも、別の機会を通して赤ちゃんとの密接なスキンシップを保つことがさらに重要になってくる。
 いずれにしても、来談者と赤ちゃんは特別なケアが必要となるので、来談者、パートナー、医師やカウンセラーの間でよく相談する必要がある。 
(エ) 薬物およびアルコール依存
 アメリカやヨーロッパのHIV感染者は、男性同性愛者と静脈注射薬物(ヘロインなどの)濫用者を中心に広がっている。静脈注射薬物濫用者は注射器や注射針を共用することがあるため、注射器(針)に付着したHIVを含む血液が、それらを通して未感染者の体内に入り、感染が広がっている。
 また、静脈注射薬物のみでなく、マリファナやコカインなどすべての麻薬類には気分を高ぶらせる作用があり、これらを用いることは個人の判断力を鈍らせ、HIVに対する必要な感染予防行為をとれなくさせる恐れがあり、極めて危険である。加えて、薬物やアルコールを濫用することは生体に備わっている免疫力を低下させ、エイズだけでなく、あらゆる感染症にかかりやすくさせる。特に、すでにHIVに感染している人にとって、免疫力の低下は致命的であるので、決して濫用しないよう指導する必要がある。
(オ) 精神・神経症状
 エイズに伴って現れる精神・神経症状は、次の3つのレベルで生じる。
1) 感染者によるもの(感染者になったことによる感染への怒り、絶望感、混乱や発症への不安など)
2) エイズ患者によるもの(発症まで進んだことによる死への不安、引き籠もりなど)
3) 器質的なもの(HIVが脳に障害を与えることによって生じる記憶の消失、人格変化、集中力の欠如など)

 これらのうち1) 、2)は心理・社会的な影響が強く働いており、それに対して、3)は純粋に器質的なものと考えることができる。
 いずれにせよ、エイズに関連するこれらの症状は、担当医や看護婦だけでなく、精神科医によるかかわりや、カウンセリング、社会的支援などによって改善されるよう努力する必要がある。

(カ) 発症予防
 現在のところ、エイズを完全に治癒させる薬はまだ開発されていないので、発現した1つ1つの症状を対症療法的に治していくことや、免疫力を高めることにより治療を行うのが良い。
 したがって、HIVの無症状性感染者等にとって、エイズの発症を防ぐことは極めて重要なことである。そのために、HIVに感染した人たちが毎日の生活の中でできる、次のようなことがある。
1) 高蛋白の食事を中心としたバランスのとれた食生活をする
2) 規則正しい生活をする
3) 十分な休息や睡眠をとる
4) 適度な運動をする
5) 酒やタバコを控える
6) ストレスの少ない生活をする
7) 社交の場を持つ
8) 生きがいや趣味を持つ
9) エイズについて勉強したり情報を集めたりする
10) 定期的に医療機関に通う

 これらの中には、その実行が大変難しいことが含まれているかもしれないが、これらはすべて免疫力を高め、発症や再発、症状の悪化を防ぐことに役立つと思われる大変重要な事柄である。また、カウンセリングを受けることはこれらを実行するうえで役立つので、カウンセリングを受けるよう指導する必要がある。

(4) HIV感染と血友病
(ア) 血友病の基礎知識
 血友病は血液中の凝固因子のうち、第VIII因子または第IX因子に欠陥を有する伴性劣性遺伝を示す遺伝性疾患で、ほとんど男子のみに発症する。凝固因子とは、出血時に血液を固まらせ止血するのに必要な物質の総称であり、凝固因子に1つでも欠陥があれば、止血は不十分となり重大な結果を招くことがある。血友病には2つのタイプがあり、第VIII因子に障害があるものを血友病A、第IX因子に障害を有するものを血友病Bといい、その患者数は4〜5:1と血友病Aの方が多い。男子出生人口l万人に対し、約1人の発生が認められるとされており、わが国には両者あわせて3,500〜5,000人の患者がいると推定されている。
 血友病に対する治療の基本は、不測する第VIII因子または第IX因子を補う補充療法である。正常人血液より得られた第VIII因子、第IX因子を精製し、濃縮した血液凝固因子製剤を静脈に注射することで止血が図られる。古くは輸血と安静ぐらいしか治療法がなかったが、1970年代以降すぐれた血液凝固因子製剤が開発され、血友病患者の生活は大きく改善された。
(イ) 血友病におけるHIV感染
 血友病患者にとって命の綱ともいえる血液凝固因子製剤がHIVに汚染され、HIV感染者が発生してしまったことは、患者・家族に二重の苦しみと悲しみを与えている。世界的なHIV感染者の発生により、わが国においても、血液凝固因子製剤や輸血によるHIV感染者が発生した。これらの感染防止のため、供血者のチェック、ウイルス不活化処理等の対策が開始され、特に血液凝固囚子製剤については、昭和60年から加熱処理によるウイルス不活化が実施され、その後は、新たな感染者は認められていない。しかし、以前の汚染された血液凝固因子製剤によってHIVに感染した血友病患者は、1,000人以上いると思われ、現状ではわが国のHIV感染者のかなりの割合を占めている。
 したがって、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカと異なり、血友病患者が感染者のかなりの割合を占める我が国においては、エイズ対策を考える場合、血友病対策を抜きにしては考えられない。
 HIVに感染した血友病患者への対策は、
1) 正しい血友病治療の実施と継続
2) HIV感染によって受ける負担の軽減
3) HIV感染者の緻密な長期的観察と発症予防
4) エイズの治療と発症予防方法の開発

 が骨子になると思われる。2)〜4)は血友病患者に限らず、すべてのHIV感染者に重要なことであり、特に2)の負担軽減に関しては、治療費等の経済的負担に対する施策や社会保障といった対策とともに、社会全体のHIV感染、エイズに対する正しい理解を推進し、差別や偏見を解消すること、あるいは患者、家族の抱える精神的苦痛、心理社会的問題の軽減と解決に対するカウンセリングが重要な柱となる。1)および3)に関しては治療に責任を持つ医療機関の役割が重要で、常に正しい情報、新しい知識、技術を患者に提供することが望まれる。
 血友病患者はこれまでも、治癒することが期待できない疾患である血友病と長い間闘ってきた。そして今、新たに生じたHIV感染に直面し、ときには混乱や絶望を経験しながらも、全体的には逃げることなく正面から取り組もうとしている。そういう意味からも、カウンセリングは、血友病患者の大きな支えとなっていくよう期待される。