4.HIV感染カウンセリングの実際

(1) HIV感染カウンセリングの特徴
 カウンセリングは、これまで述べられたように、HIV感染者にとって日常の個人的な健康管理、発症予防、病気治療、その他必要な問題の具体的かつ実際的な解決や、決断のために有効な手段となる。そのためには、まず何よりもカウンセラーは、カウンセリングを求めるHIV感染者に対して、個人の秘密をも話せるような信頼関係を作らねばならない。そのうえで、最新の情報の提供や、心身両面にわたってのカウンセリングを行うことにより、本人を取り巻くあらゆる困難に対処できる能力の増進が図られることになる。
 HIV感染カウンセリングには一般のカウンセリングと多少異なる特徴がある。カウンセラーはこの特徴をよく理解して感染者との関係を深めるようにする必要がある。特徴の一つは、この病気が感染症であることである。そのため、病気治療とともに、他人に対する感染予防についてのカウンセリングを行う必要がある。言い換えるとカウンセリングの関係を深めることによって、本人が感染予防に最善を尽くしつつ、症状と闘い、かけがえのないその人の人生を全うすることができるようにする必要があるのである。
 二つめの特徴は、HIVに対する社会の反応にときに偏見が見られることである。感染者のかかえる困難な問題もこの点に関連する場合がある。一般的なカウンセリングの場合、来談者は種々の問題をかかえているばかりでなく、心の状態が健康でないために、問題に立ち向かうことができないことが少なくない。然し、HIV感染者の場合はむしろ心そのものは健康であり、きっかけをつかむことにより、しばしばカウンセラー以上に強い心の持ち主となり、カウンセラー自身が教えられる場合も多い。四つめの特徴は、血友病のHIV感染者の中には、未成年者や思春期の者が多く含まれていることである。この場合には、家族に対するカウンセリングがむしろ主体となることも多い。 
(2) HIV感染と情緒反応
 HIVに感染していることを知ったことにより、人はいろいろな感情を体験する。その内容はその人のこれまでの生活背景、性格などによりさまざまで、一律には決められないが、カウンセラーは、HIV感染者が次のような感情を持つかもしれないことを理解しておくと、相談を受けるとき相手に共感し、一緒に考えやすくなる場合があると思われる。
(ア) 不安
1) 誰かに感染させたのではないかという不安
 HIV感染者の中には、「自分は誰かに感染させたかもしれない」という疑いを抱き、不安の中で生活している者もいる。この不安には「もしかすると、相手を自分と同じ運命に引きずり込んでしまったかもしれない」「取り返しのつかないことをしてしまった」という仮定に基づく罪悪感が根底にあることも多い。日常生活における相手との物理的距離が近ければ近いほど、また、相手との情緒的な結びつきが強ければ強いほど、このような不安は深刻となる。
 誰かに感染させたかもしれないという不安は、これ以上の感染の拡大を防がなければならないという意識に結びつきやすい。そして、そのような意識を持った感染者の多くが、実際に他者に感染させないように自分をコントロールしながら日常生活を送っている。しかし、他方で、この不安を抱き続ける感染者は、必要以上に他者との接触を避けて、自分の世界に閉じ籠もりながら、闘病期間を非社会的に過ごすことになりかねない。
 このような不安は次のような方法でやわらぐこともある。
ア.  相手に検査を受けてもらう
 相手が抗体検査を受けて、その結果が陰性であれば、感染させたかもしれないという不安は解消される。しかし、相手に検査を受けてもらうためには、まず何よりも自分がHIVに感染したことを打ち明けなければならないし、打ち明けた場合に生じると思われるさまざまな問題への心の準備が必要となる。また、相手の検査結果が陽性だった場合の覚悟もしておかなければならない。
イ. 不安の背後にある罪悪感や孤独感をやわらげる
 感染の拡大を防ぐという視点に立つならば、もしも相手が感染していた場合、その相手が知らないうちに別の誰かに感染させる可能性があるため、その相手にも検査を受けてもらうのが妥当である。しかし、感染させたかもしれないという不安は、身近な人に自分の感染を告げていないことへの罪意識や自分だけが将来を失ってしまったという孤独感などが根底にあることが多い。いずれにせよ、自分がHIVに感染したことを打ち明けて、相手に検査を受けてもらうためには、実際に相手との接触がどの程度のものであり、それによってどの程度の感染の可能性があったのか、本人とカウンセラーとが冷静に考えなければならない。もしも、感染の可能性が極めて低いものであったなら、むしろ、不安そのものよりその背後にある別の意識や情動への対処が必要になることもある。
2) これからの闘病生活についての不安
ア. 症状や経過についての不安
 HIV感染症の存在が確認されてからまだ日が浅いため、エイズの症状や経過に関する国民の知識は十分とはいいがたい。そのため、感染を告げられた者は、「いつごろ症状が現れるのか」「どのような症状なのか」「その症状は苦痛を伴うのか」「どのくらい生きることができるのか」など症状や経過について不安を抱くことがある。  
イ. 医療や福祉についての不安
 HIV感染者に対する医療や福祉などの制度が、国民に十分知られていないこともあり、感染を告げられた者は「どのような治療を受けることになるのか」「隔離されるのではないか」「治療や感染予防のために生活にどのような制限が加えられるのか」「どのような援助を受けることができるのか」など医療や福祉についての不安を抱くことがある。
3) 社会の反応についての不安
 HIV感染者に対しては、社会からの差別、偏見やプライバシーの侵害がときとして見られると言われており、その侵害から自分を守るために、HIV感染者は社会との接触を避けることが多く、感染者に対する社会の反応についてはほとんど知られていない。そのため、新たに感染を告げられた者は、「新聞やテレビの報道によって、自分のプライバシーが公にされるのではないか」「身近な人が感染を知ったらどうするだろうか」「感染していることを家族や地域社会や職場に連絡されるのであろうか」「地域の学校や職場から追われるのではないだろうか」「追われた場合にどのように暮らしていけばよいのか」「大切な家族の行く末はどうなるのだろうか」という不安を持っていることもある。
 感染者の抱くこのような不安をやわらげるためには、次のようなことが役立つことがある。
ア.  情報の提供
 「どうなるのだろうか」という不安は、病気についての正確な情報を十分知ることでかなり解消される。カウンセラーだけで不十分なら、それぞれの分野の専門家にも協力を求めることが望ましい。また、感染者同士による情報交換も場合によっては有効な方法である。
イ.  心理的な抵抗力の強化
 ロールプレイングなどによる不安な場面の擬似体験や自律訓練法によって心理的な抵抗力を強化する専門的な方法が効果のあることもある。
ウ. 不安をもたらす環境への働きかけ
 問題の解決に向けて積極的な行動をとることも一つの方法である。
4) 欲求が満たされないことによる過度の不安
 日常生活においてさまざまな欲求を制限ないし、断念しなければならないHIV感染者は、欲求が満たされないことによる不満が蓄積され続けることも多く、そのために度を越えた不安が生じることがある。不安の対象が不明確な漠然とした不安、了解できないような強迫的な不安、当人が我慢できずに生活に支障をきたすような強烈な不安など、HIV感染者が過度の不安を訴える場合には、このような種類の不安である可能性も考える必要がある。その場合は、どのような欲求が満たされていないのかを見極め、どのようにその欲求を満たすことが可能か考えてみる。
5) 死に対する不安
 決め手となる治療法がない現在、HIV感染者は死に対する不安を強く感じることが多い。多くの人は感染を告げられると同時に死に対する不安を抱きがちであり、症状が出てくるとその不安はさらに強くなると考えられる。
 死を受け入れることができた人の手記などを読んだり、さまざまな場所のロールプレイングをしたり、なんらかの宗教的確信を持ったり、いままでの人生についてまとめたり、今仕上げなければならない事柄を決めてそれに専念したりすることなどで不安がやわらぐこともある。
 また、死に対する不安は、生き続けようとする欲求が満たされないことによって生じる。したがって、少しでも長く生きようと努力することはこの不安をやわらげる。「きっと死をまぬがれる方法があるはずだ」「近いうちによい治療法がきっと開発される」など希望を持つことが大切である。そのような希望を持って、規則的な生活に心がけたり、からだによいと思われる活動を試みたり、さまざまな自己努力に努めている感染者もあり、また、実際、薬物などを用いた発症予防治療を受けながら、これらの自己努力を続け、長い間発症に至らずに健康な生活を続けているHIV感染者も多い。
(イ) 生きる希望の喪失
 将来への望みに不安を持ったり、現在の大切な生活を制限されたりするHIV感染者は、生きる希望を喪失することもある。そして、そのために無気力な闘病生活を送って心身の健康を損ねたりすることも起こり得る。決め手となる治療法がない現在、HIVの感染をそのまま死の宣告のように受け取ることも多く、そのために感染者は将来へのさまざまな望みを絶たれ、将来に向けた日々の生活が無意味と感じてしまうこともある。また、ときには周囲の人々からの差別や偏見、他者への感染予防、自己努力などのために、感染者はそれまで続けてきた職場や学校での生活、地域や家庭での生活、性生活など、生活のさまざまな側面を制限ないし、断念しなければならない場合も考えられる。その生活がそれまでの当人にとって大切なものであればあるほど、それが欠けた日常生活は無意味に感じられるようになるものと考えられる。
 したがって、感染者が自分なりのやり方で、生活の中に希望を見いだしていけるようにすることは、HIV感染カウンセリングのもっとも大切な事柄の一つである。 
(ウ) 怒り
 HIV感染者は、ときに誤った知識に基づく不当な拒否や差別をしていると考えられる周囲の人々に対し、怒りを抱くことも多い。また、血友病の感染者は医療関係者に怒りを抱くことがあるかもしれない。ときには興味本位ではないかと考えられる報道などによってプライバシーを侵害されたり、差別や偏見が助長されたとHIV感染者が考えた場合、マスメディアに対して怒りを抱くこともある。
 これらの怒りを抱くことになった問題は社会的性格が強いことが多いため、感染者は個人として怒りに対処することが難しいことがある。そういうときには、次のような方法が助けとなることがある。
1) 怒りの発散
 怒りの内容を理解し、その怒りを効果的に発散させる。カウンセラーにぶつけるだけでも気持ちが楽になることもあるし、目の前に空の椅子をおき、そこに怒りの対象が座っていると想定し、言葉によって自分の気持ちをぶつけるというようなことも一つの技法として考えられる。
2) 情報の提供
 怒りを抱くことになった問題を解決するために必要な情報を伝える。情報がないときには、問題を解決するための方法を感染者と一緒に考える。
(エ) 罪悪感
 HIV感染者は、これまでの生活の中で何か過ちを犯したのではないかというさまざまな罪悪感を抱くことがあり、その罪悪感から自分自身を罰するような行動をとることもある。自分自身を罰する行動は、罪悪感から生じる心理的な不安を緩和することにもなるが、場合によっては、闘病生活の質を低下させたり、症状を悪化させたり、ときに故意に命を縮めたりする危険性まで考えられる。
 感染者が抱く罪悪感は、感染原因、本人の社会的背景、文化的背景などによって大きく異なる。その際、当人がどのような規範(モラル)を持ち、その結果として当人がどのような罪悪感を抱くようになったのかを認識させることは、この罪悪感から開放させる有効な方法の一つである。
 また、当人自身がHIVに感染した原因について責任を感じていることが罪悪感を重くしていることがある。このような場合には、HIV感染による問題が生じたのは当人の責任ではないという認識を持たせることもときとして有効な方法の一つである。
 また、罪悪感そのものはそのまま受け止め、罪悪感から生じる不安を積極的かつ生産的な方向で解消することによって、危険な自罰行為が防げることもある。
1) 身近な人に打ち明けていないことへの罪悪感
 家族、恋人、友人、職場や学校の仲間など、身近な人に対して自分がHIVに感染していることを打ち明けておらず、そのことに罪悪感を感じる人がいる。感染したことを隠して以前と同じように接しようとすればするほど、自分自身に対しても身近な人に対しても結果として嘘をつくことになると考えられるからである。また、特に配偶者や恋人に対して以前と同様に接すれば、相手を感染の危険にさらすことにもなりかねないのでこの場合は別の葛藤を生じることになる。
 打ち明けないことを自分自身で決めたにもかかわらず、そのことに罪悪感を抱いている感染者は、「本当は伝えなければいけない」という義務感を強く持っている。この場合、打ち明けた方が良いかどうかについてもう一度考え治してみるように勧めるのも一つの方法である。しかし、たとえ打ち明けて罪悪感は解消されても、今度は打ち明けたことによって新たな問題をかかえる可能性もある。
 「相手の伝えなければならない」という義務感を弱めることも一つの方法であり、そのためには次のような方法も役立つかもしれない。
ア. 私的なことをすべて相手に打ち明ける必要があるのかどうか、考えてみようと勧める。
イ.  打ち明けた場合に生じると思われる自分にとっての不利益、相手にとっての不利益など、打ち明けることができない理由をもう一度確認するよう勧める。
ウ. 打ち明けなくても、身近な人に対する感染は、感染者側の注意で防ぐことができることを確認するよう勧める。
2) 身近な人に精神的負担をかけることへの罪悪感
 家族、恋人、友人、職場や学校の仲間など、身近な人に次のようなさまざまな精神的負担をかけることに、HIV感染者は罪悪感を抱きがちである。
ア.  決め手となる治療法のない病気にかかったことによる精神的負担
 治療に必要な経済的負担もさることながら、悲しみや失意といった精神的負担を、家族を始めとする身近な人にかけることがある。
イ.  世間からの拒否や差別による精神的負担
 周囲の人は「もしかすると感染者の身近にいる人も感染しているかもしれない」という疑念を抱きがちであり、中には感染者だけでなく、その身近な人に対しても、あからさまにあるいはひそかに距離をおこうとする者のいることがある。
ウ.  性行為によって感染した場合の精神的負担
 同性との性行為によって感染し、しかも、自分が同性愛者であることを隠していた感染者の場合には、そのことを知らされた身近な人間が精神的ショックを受けることがある。また、配偶者や恋人以外の異性との性行為を通して感染した場合も、家族や恋人にそのことを知らせれば精神的ショックを与えることがある。

 上記のような身近な人にかける精神的負担に対する罪悪感から、家族や恋人にさえもHIVに感染していることを打ち明けられないでいる者もいる。また、すでにHIV感染の事実を打ち明けた人でも、身近な人がそのために困惑しているのを見て、打ち明けたことを後悔している場合もある。
 心理的に完熟した人間ならば、身近な人に余計な負担をかけたくないと思うのは自然である。身近な人達の負担を思いやることは、人間として必要なことであり、その気持ちだけでも身近な人の負担は楽になると考えてみるよう勧めることもよいだろう。

3) 他人にHIVを感染させたことへの罪悪感
 誰かにHIVを感染させたという事実が明らかとなったとき、事の重大さから当人は大変な罪悪感を抱く場合がある。特に感染させた相手との情緒的な結びつきが強ければ強いほど、その罪悪感は深刻となり、感染させた相手が家族の場合には、あまりに重い罪悪感から、当人が家族との関係を絶ってしまうこともある。また、逆に感染させられたことに対する怒りを抱いた家族の方から、当人との関係を絶ってしまうこともあると思われる。いずれにせよ、それまでの家族との関係がなくなると、当人は重い罪悪感を抱いたまま孤独な闘病生活を送ることになる。
 HIVを感染させた相手が当人の家族でない場合でも、「他人に迷惑をかけた」という罪悪感を抱くことになる。特に相手が恋人や友人であるなら、家族の場合と同様に関係が途絶えてしまい、孤独な闘病生活を送ることにもなりかねない。また、感染させた相手が普段親しくない人の場合であっても、その人のことが十分に分からないだけに、多くの不安や心配が罪悪感に伴って生じることがある。
4) 性に関する規範についての罪悪感
 相手が異性か同性かにかかわりなく、社会的規範から逸脱した性交渉をしたことによって感染した場合に、罪悪感を抱くことがある。一般に性に関する社会的規範から見れば、不待定の人を相手にした性交渉などは逸脱したものととらえられていることが多いと考えられ、罪悪感を抱きながらこれらの性交渉を行っている者が少なくない。また、これまでは罪悪感を自覚していなかった人でも、HIV感染の事実を知ったことを機会に罪悪感を持つようになることもある。
(オ) 孤独感
 HIV感染者は、「ひとりぼっちだ」という感覚、つまり孤独感を抱きやすく、耐えきれないほどの淋しさや悲しみを感じていることから、HIV感染者が抱く孤独感は、多くの場合、他者と理解し合い共感し合うような情緒的な関係を不本意にも制限されることによるものである。
1) 本当の自分を出せないことによる孤独感
 感染したことを周囲の人に告白していないことにより、孤独感を抱くことがある。感染者の中には、「身近な人に余計な不安や負担をかけたくない、」「周囲の憶測や噂によって家族に迷惑をかけたくない」「告白することによって相手が自分から離れていくのを避けたい」「HIVに感染する以前と同じように相手との関係を維持したい」などの理由から、HIVに感染したことを告白できないでいる者も多い。HIVに感染したことを隠して、今までどおりに振舞おうとすればするほど、HIV感染者は自分にも相手にも結果として嘘をつくことになってしまう。自分のかかえている最大の問題を話題にすることができず、本当の自分をさらけ出すことができないために、相手との関係はどこか不自然となり、共感や理解といった情緒的な交流が欠如しがちになることがある。 
2) 性的関係の制限による孤独感
 感染の拡大を防ぐという理由から、HIV感染者は、他者との性的な関係を制限することになる場合が多い。他者との性的な関係は、単に性欲を満たすという生理的な行為だけではなく、身体的接触によって相互に愛情を交わし心理的な安定を得るという情緒的なコミュニケーション行為でもある。したがって、性的関係を制限している者は、淋しさを伴う孤独感を抱くことがある。 
3) HIV感染を告白した場合の人間関係の変化による孤独感
 HIVに感染した事実を相手に告白した場合、当人と相手との人間関係は今までどおりではなくなりがちであり、このような人間関係の変化に感染者は孤独感を抱くことがある。
 告白された相手としても、あまりにも深刻な問題にどのように対応してよいか分からず、その重圧に耐えきれなくなることさえある。告白した当人も、「自分が感染者であることについて相手は本音の部分でどのようにとらえているのだろうか」「信頼して告白したが、もしかして他の人に言い触らしはしないだろうか」などと気がかりとなることがある。このような気持ちから、両者の関係がよそよそしくなったり、疎遠になることもあり得る。
4) 周囲の人からの拒絶による孤独感
 自分の意思でHIV感染の事実を告白したのではなくても、周囲の状況によって感染を疑われてしまうことがある。HIV感染の事実について問われることもなく、周囲が急によそよそしい態度で接してくることも考えられる。いずれにせよ、HIV感染を疑われてしまった場合、たとえ本入がその情報を否定したとしても、あからさまなあるいはひそかな拒絶に会う場合もある。
 これらさまざまな孤独感に対しては、次のようなことを勧めてみることもよいかもしれない。
ア.  周囲とのコミュニケーション作り
 HIV感染者の持つ孤独感は、人間関係の変化によるコミュニケーションの制限から生じることが多いので、周囲の誰かとのコミュニケーションができるような方法を考えてみることやHIV感染者に対し支援してくれるようなネットワーク作りを試みることが、有効なことがある。 
イ.  心理的な抵抗力の強化
 孤独感に対する抵抗力を強化するための、その人なりの方法を考えてみる。
(3) エイズ不安症候群
 エイズにまつわるさまざまな不安を主訴とする神経症で、特にHIV抗体検査を受けていない人やHIV感染の事実を告知されていない人が病的な不安を抱く場合をいう。自分がエイズに感染したのではないかという疑念から日常生活が困難になるほどに不安が高まった状態がその代表例であり、抗体検査の結果が陰性であっても不安を解消できないことがある。また、感染するのではないかという不安から日常生活が困難になるほどに強迫的な感染予防行動をとることもある。
 エイズ不安症候群に陥った人には、実際に感染の可能性や危険性が高い者もいれば、逆に感染の可能性や危険性がほとんどない者もいる。いずれにせよ、適切に対処しなければ家出、自殺など、さまざまな問題行動へと発展することがある。対応が難しい場合は、カウンセラーだけで対処せず、精神科領域の専門家に相談する必要がある。
 エイズ不安症候群に対する対処方法としては、次のような方法が考えられる。
(ア) 当人がHIVに感染したと考えている行為は何であるかを確認し、それがどの程度感染する可能性がある行為なのかを専門家の立場で伝える。
(イ) HIVに感染したのではないかという不安を解消するために、HIV抗体検査を受けることを勧める。
(ウ) HIVに感染するのではないかという不安を解消するため、HIV感染に関する専門的な知識を提供する。
(エ) エイズにまつわる不安の背後にある別の事情への不安や恐怖を発見し、それを解消、ないし緩和するための治療やカウンセリングを行う。
(4) HIV抗体検査をめぐる諸問題
 HIV抗体検査はHIV感染カウンセリングにとって鍵となる事項で、まず、カウンセリングは、この「HIV抗体検査を受けるかどうか」から始まるといってもよい。ここでは、HIVカウンセリングが必要となる場合をこの抗体検査をめぐって3つに分けて示すが、いずれにしても抗体検査には、極度の心理的不安を伴うことがあるので、被検査者に対する十分な配慮が必要である。
(ア) 抗体検査前カウンセリング
 抗体検査前カウンセリングでは、HIV抗体検査とはどのような検査であるか、どのような条件で受けるのか、結果によって起こると思われる事態、どのように結果を知らせてほしいか等、を中心に行うことになる。
(イ) 抗体検査後カウンセリング〔検査結果が陰性の場合〕
 HIV抗体検査の結果が陰性であった場合にもカウンセリングを行うことがある。過去に行った行為がきっかけとなって、抗体検査を受ける場合が多いので、この機会に、HIV感染について十分理解させることによって、感染危険のある行動様式を自ら変えられるようにすることが、このカウンセリングの目的である。
(ウ) 抗体検査後カウンセリング〔検査結果が陽性の場合〕
 HIV抗体検査の結果が陽性であった場合には、結果についての情報、治療の見通し、感染予防の方法、日常生活の生活様式の変更、発症予防の知識、社会生活等について取り扱うことになる。