HIV感染症の医療体制に関する研究


杏林大学 南谷幹夫 



1. 研究目的
 本研究の目的は、1996年の血友病裁判の和解条項にある恒久的なHIV診療体制の構築と、全国のどの病院においても安心してHIV診療が受けられる体制作りのためにはどのようにすればいいのかという点について、当時の日本におけるHIV診療体制の現状把握と、問題点の整理、その解決のためにはどうすればいいのかという点を明らかにする目的で、すなわちまさに厚生行政の課題をどの様に解決していくかということを目的に1997年に3年計画で開始されたものである。

2. 研究方法
 この目的を解決していくために、図1に示す10の小課題を作成、それぞれの課題についてその分野での第一人者に自由度を持たせ企画立案をしていただき成果を得てきた。すなわち、エイズ治療研究開発センター(ACC)、ブロック拠点病院と拠点病院を有機的な連携の元にどの様に活用するか、さらに拠点病院と地域の病院並びに保健所との連携構築、また、病院内での看護・歯科・救急・検査・医療事故といった多くの課題をどの様に整備していくかというものである。また、2年目と3年目には、得られた成果がどこまでであり、なにが問題点として残されているかという点について整理することを目的とした、一般公開の形で吉崎班との共催でシンポジュウムを行った。それぞれの課題の結果に関しては、結果のところで目的・方法も含め列挙していく。



図1


3. 研究結果及び考察
(エイズ拠点病院と地域医療機関・保健所・行政機関との連携に関する研究:南谷幹夫)
 医療圏における上記連携の実態を把握するために、拠点病院以外の医療機関に3年間にわたりアンケート調査を行った。その結果(表1〜5)、一般病院でも10%の病院で拠点病院と同等のレベルでのHIV診療がなされていた。しかし、地域格差が依然として大きく、連携体制の不安定な地域も散見された。



(ACCとブロック拠点病院の連携に関する研究:岡慎一)
 本研究の目的はタイトルの通りであり、日本におけるHIV診療の背骨に当たる部分をどの様に構築していくかという点にある。このためのポイントは、診療支援ネットワーク(A-net)の活用とブロック拠点病院と共通した研究課題を持ち常に連携を取り合っていくことにある。A-netはこの3年間にすべてのブロック拠点病院への設置が終了し、今後はこのシステムを如何に活用していくかというところにきている。また、共通の研究課題としては、本研究班でなされる包括医療により患者のQOLがどの様に改善したのかという点を科学的に評価する事にした。3年目で、評価のための質問票は整い、一部調査が始まった。この課題については、次期研究班においては別の分野で継続していく必要があろう。総合的には、ブロック拠点病院がこの3年間で質的にも非常によく整備されACCとの連携もかなり有機的なものになったと評価できる。
(エイズ医療情報の収集・提供に関する研究:青木眞)
 国内の診療施設からの種々の質問に対し、米国の専門家との連携を構築し、迅速にしかも高度な医学知識の背景を持った回答として返答してきた。多くの質問とその回答は、HIV診療上重要なものが多く、「症例に学ぶHIV感染症診療のコツ」としてまとめられた。また、質問の多かった、小児産科の問題点に関しては米国から実際に専門家を招きセミナーを開催、本邦のこの分野の発展に大きく貢献した。
(HIV患者の看護に関する研究:石原美和)
 今後問題になって来るであろう在宅支援の現状と課題について23症例の解析を行った。その結果、保険医療従事者に対する専門性の教育、地域との連携のためのコーディネーター機能の強化、感染防御に関する教育、医療廃棄物の処理、在宅医療のための規制緩和などが問題点として残った(図2)。


図2

(安全な医療現場の確立に関する研究:梅田典嗣)
 この3年間で行ったことは、1年目の日本における針刺し事故時の対応マニュアル作成と予防薬の見本の配布、2年目の事故状況の調査とその結果に基づく改訂版作成、3年目の救急時の迅速検査キットの導入である。本研究により、一応の体制作りはなされたと考えてよく、今後は別部門との統合で対処できると思われる。
(HIV感染者の歯科治療に関する研究:池田正一)
(HIV感染者の歯科治療に関する研究:池田正一)
 本研究班開始当時、最も遅れていたのが歯科整備であった。しかし、本研究の精力的な活動により多くの地域において歯科診療が行われ始めている。最もその成果の貢献が大きかったのは、常に60〜70名もの歯科医の参加を集めて行われた各ブロックにおけるモデル診療であり、その後の各地域における歯科診療研究会の設立につながっている。今後も、ホームページの開設や歯科診療の手引き作成などを計画しており、研究の継続が期待される。
(臨床検査部門におけるエイズ対策に関する研究:今井光信)
 本研究の目的は、現状の検査法の改良と公的検査機関と民間研究機関との連携にある。特に、地方衛生研究所を活用し耐性検査等を行うための基礎を築いた(図3)。今後も、民間検査センターや地方衛生研究所の特性を生かした検査態勢の整備が必要であろう。


図3

(日本病院会会員のエイズ診療推進に関する研究:瀬田克孝)
 患者に対し信頼と安全な医療の提供ができるように、医療従事者450人に対し、患者の視点に立ったワークショップを開催した。また、若者への啓蒙を目的にピア・エデュケイション(PE)を延べ20,000人に対し行ってきた。患者の視点に立った医療のあり方は、HIV診療にとどまるものでなく、さらに医療全般への拡大も必要となろう。また、PEについても、若者の患者数が増加してきている現状を鑑みると今後ますますその重要性は高まっていくと思われ、班や形式が変わったとしても、次期研究においても継続が必要であろう。
(エイズ拠点病院の機能評価に関する研究:河北博文)
 本研究は、アンケートや自己評価にとどまらず、系統だった評価表のもと外部委員による病院機能評価であるという点が特徴である。3年間で評価表の作成から、外部委員の教育に始まり25の拠点病院において機能評価を行うことができた。時間的制約から現状ではこの数にとどまってはいるが、今後も継続して拠点病院評価を行い、ある時期での拠点病院の再構築のための資料ともなろう。
(エイズ診療拠点病院における救急医療体制に関する研究:大塚敏文)
 この3年間で、欧米の体制の研究と本邦における体制作りを行ってきた。この中でいくつかの問題点が明らかにされ、今後の研究継続に生かしていく必要が認められた。特に、救急現場における針刺し事故サーベイランスシステムの必要性と医療従事者に対する予防にかかった費用の公的補助制度の確立等は今後早急に整備すべき点であろう。また事故時の検査にかかわる法的な整備の必要性についても問題点として残されている(表6)。


表6

4. 評価
1)達成度について
 3年前には、未だHIV診療が都内といえども浸透しているとはいえず、地方においては診療格差や医療拒否すら存在したことは事実である。従って、この班の目的達成のためには、考え得るあらゆる方法を用いて診療体制の確立を構築していく事が急務であったが、少なくとも、ACCとブロック拠点病院を軸としたHIV診療体制は、診療実績及び診療体制の質的な整備の面でも大きく前進したといえる。また、院内における他科との連携等においてもそれぞれの分野において改善されつつあり一般医療に近づきつつある。ただし、まだまだ、本研究班のようなバックアップが、医療体制の維持に不可欠であり、一般医療として根付いた医療体制への転換という点においては、未だ道半ばである。

2)研究の学術的・国際的・社会的意義について
 世界的にみても日本のようなHIV診療体系を持ち運用している国は他にはみられない。本研究の成果がそれぞれの分野において見え始めており、HIV診療体制の構築に貢献できていると考えてよく、この点からは、社会的な貢献度や意義は大きいといえる。

3)今後の展望について
 3年前の立案から本研究はなされ、一部においてはある程度のめどがつき、主たる課題からランクを落とすことも可能となってきた(例えば、医療事故後の予防等に関しては、救急医療の中に統合可能)。しかし、今後も問題点を整理しつつ新たな課題も含めた研究を継続していく必要があるといえる。また、ある時期において本研究班での拠点病院評価を生かし、拠点病院の再評価と見直しを行っていく必要もあろう。

5. 結論
 包括的HIV診療の確立(自立)を最終目標とすると、個々の分野(医療間連携・看護・歯科・検査・救急など)において自立への兆しが見えてきたといえる。しかし、一般医療との溝は存在しており、引き続き本研究班の継続は必要と考えられた。

6. 研究発表
1)国内:学会発表23件、論文50編
2)国外:学会発表 5件、論文45編
学会発表(主なもの)
OKa S. Symposium, メHemophilia and HIVモ 4th International Congress on AIDS in Asia and the Pacific. (日本の血友病感染者の現状とHIV診療体制について発表した)
論文発表(主なもの)
Gatanaga H. et al. anti-HIV effect of SQV combined with RTV is limited by previous long-term therapy with protease inhibito-ers. AIDS Res Hum Retrovirus 15: 1493-8, 1999.

7. 研究者構成
主任研究者 南谷幹夫 杏林大学客員教授
共同研究者 岡 慎一 国立国際医療センター
青木 眞 国立国際医療センター
石原美和 国立国際医療センター
梅田典嗣 国立国際医療センター
池田正一 神奈川県立こども医療センター
今井光信 神奈川県衛生研究所
瀬田克孝 社団法人日本病院会
河北博文 医療法人財団河北総合病院
大塚敏文 日本医科大学