HIV病原体の分子基盤の解明に関する研究
国立感染症研究所霊長類センター・筑波霊長類センター 山田章雄 



1. 研究の目的
 HIVはウイルス感染者体内で著しい多様性を示し、主要なウイルスポピュレーションの変化がエイズ発症と深く関わっていると考えられている。また、グローバルに見た場合には様々なサブタイプのウイルスが流行しており、各ウイルスの病原性も含め世界に流行するウイルスはダイナミックな変化をしているものと考えられる(図1)。
 本研究ではHIVの個体レベル並びに集団レベルでのダイナミズムを特に病原性の側面から分子レベルで明らかにすることを目的としている。

図1:HIVの多様性


2. 重点課題
 @アジア地域で流行しているウイルスの分子疫学的研究
 AHIV遺伝子(図2)の機能解析特にgp41、nefの機能に関する研究
 Bエイズ病態に関わる宿主因子の解析
 C抗HIV免疫に関する研究


図2:HIVの遺伝子構造


3. 研究の成果
 まず本研究を推進する上で不可欠な技術的基盤の確立を目指した。現在まで感染性のHIVクローンは欧米で流行しているサブタイプBウイルスであったが、アジア、アフリカなどで主に流行しているサブタイプA、E、Cの感染性クローンの作成に世界に先駆けて成功した。またサブタイプE型ウイルスCM235由来gp140の多量体を抗原としてモノクローナル抗体の作成を試み、9種類のクローンを回収した。更にHIV侵入機構における新たな因子を探索するため、無細胞系でのHIV侵入解析系の確立を試み、CD4/CXCR4陽性細胞から調整した膜画分にビリオン添加後、吸着/融合/脱核に由来すると思われるコア蛋白p24の遊離を指標とする検出系を確立した。
 こういった技術基盤の確立とともにgp41の融合殻構造の解析を行い、特にgp41由来ペプチドがCXCR4を含む種々の7回膜貫通蛋白と結合することにより、抗HIV活性を示すことを明らかにした。またgp41細胞質内部分がウイルス複製に対しトランスドミナントネガティヴに作用することが明らかになった。
 日本におけるHIVの動的傾向を知るために、垂直感染集団に重点を絞って解析した結果、母親由来並びに児由来HIV-1集団には、様々なサブタイプが混在するが、母親個体内のHIV-1はquasispeciesが強いのに対して、児体内のHIV-1は、ほぼ単一クローン傾向であることが明らかになった。一方、HIVの感染者体内でのダイナミズムに関しては、CCR5をコレセプターとするウイルス(図3)は感染者体内での選択圧に比較的低感受性であり、感染初期から後期にかけて持続的に存在するのに対し、CXCR4をコレセプターとするウイルスは選択圧に感受性で、感染後期に優位となることが明らかになった。

図4:RANTESプロモーター活性によるHIV感染の修飾

 宿主因子に関しては既にケモカインRANTESのプロモーター領域の多型性がHIV感染の病態を修飾することを明らかにした。即ち転写開始位置の28塩基上流のシトシンがグアニンに変化することにより、転写活性が上昇し、細胞外に放出されるRANTESの量が増すことにより、CCR5を介するウイルスの感染を抑制することを示した(図4)。昨年度はIL-4の多型性について同様に解析した結果、IL-4のプロモ−タ−領域の遺伝的多型(C-589T)がHIV-1の感染個体内進化に影響することが明らかになった。即ち、589Tの個体ではIL4の産生が増加し、その結果CD4T細胞表面のCCR5が低下、CXCR4の発現が上昇し、細胞融合能の高いSIウイルスがよりよく増殖するようになると考えられた(図5)。


図5:IL4とHIV感染

 env並びにnef領域の病原性との関わりをin vivoで明らかにするためにアカゲザルでの感染実験を行った結果、envの糖鎖を欠失させると病原性が著しく低下することが明らかになった。nefに関してもこれまでの報告通り、病原性を決定する主要なウイルス因子であることを明らかにできた。

4. 今後の展望
 特にアジア地域で流行しているサブタイプEに関してenvの機能、特にgp41の機能解析を継続し、ウイルス感染の成立に必須なウイルス膜と細胞膜の融合機構を明らかにする。これにより、有効な抗ウイルス剤の開発が可能になると期待される。一方、エイズ病態を修飾すると考えられる宿主因子の同定を続け、予後の判定などの精度上昇を目指す。また、集団内並びに個体内におけるウイルスダイナミズムの解析を継続することにより、ワクチン株の選定に役立てる。

5. 研究者構成
主任研究者 山田章雄 国立感染症研究所霊長類センター
分担研究者 小島朝人 国立感染症研究所エイズ研究センター
佐藤裕徳 国立感染症研究所エイズ研究センター
塩田達雄 大阪大学微生物病研究所
杉浦 亙 国立感染症研究所エイズ研究センター
巽 正志 国立感染症研究所獣医科学部
仲宗根 正 国立感染症研究所エイズ研究センター
服部俊夫 東北大学医学部感染病態学分野
松田前衛 国立感染症研究所エイズ研究センター
森 一泰 国立感染症研究所エイズ研究センター
協力研究者 有吉紅也  国立感染症研究所エイズ研究センター
小田原 隆  国立感染症研究所エイズ研究センター