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第6回アジア・太平洋地域国際エイズ会議報告書

動くゲイとレズビアンの会   風間 孝


LGBTへの予防啓発と社会的要因

0 はじめに

 今回の会議では、主としてジェンダー&セクシュアリティのトラックのうち、男性同性間の予防啓発に関わる内容についてオーラル(10月7日)&ポスター発表(10月8日)を行い、セッションに参加した。以下では、そのうち興味深かったコミュニティ・フォーラムおよびテーマ・セッションについて報告する。

 

1 コミュニティ・フォーラム(10月5日)

 ここでは、参加者が「予防」「ケアと治療へのアクセス」「アドボカシー」「ジェンダー&セクシュアリティ」の4つの分科会に分かれ、討議が行われた。会議場についた時点で、すでに分科会は開始されていたため、分科会の議論を集約する場であるコミュニティ・フォーラムのプレナリーに参加することにした。よって、以下はプレナリーでの報告のうち、「ジェンダー&セクシュアリティ」での討議について報告する。

 イシューとしてとりあげられたのは、「ヘルスケア」「移動」「教育/リテラシー」「性的マイノリティの不可視性」「ハームリダクション(IDU)」「コミュニティのエンパワーメント」であり、こうしたイシューについて取り組むうえでの阻害要因としては「エイズは優先課題ではないという考え」「文化障壁」「自己決定権、所有権」「法律」といった観点があげられた。今後の挑戦課題としては「言語の問題」「ソドミー法の存在」「性についての議論の不足」「人権規約の未批准」「PWAの権利」「文化的、政治的多様性」があげられ、また具体的な行動計画としては「資源へのアクセス」「情報へのアクセス」「ネットワークの形成・強化」「ICAAPの会議に性的マイノリティとジェンダーのイシューを乗せること」等があげられた。

 ここで報告されたことを私なりに解釈するならば、性的マイノリティへの予防および治療・ケアを進めていく上で性的マイノリティを取り巻く社会的要因は無視し得ないということであろう。すなわち、性的マイノリティをめぐる問題として「資源および情報へのアクセス」の困難さが指摘されているが、それは例えば同性間の性行為を処罰の対象とする「ソドミー法」、あるいは「性についての議論の不足」から来る誤解や偏見、スティグマ化が「性的マイノリティを不可視に追いやっている」という認識と不可分ではない。このような認識を踏まえたうえで、コミュニティの側がこのようなスティグマ化を打ち破り、とりわけ予防といった側面で中心的な役割を果たせるような力をつけていくことが「コミュニティのエンパワーメント」であり、「ネットワークの形成・強化」であるといえるだろう。ジェンダー&セクシュアリティに関わるイシューの展開においては、このような性的マイノリティを取り巻く社会的要因を踏まえた取り組みの必要性を改めて再認識した。

 なお、今回の会議参加日程では、コミュニティ・フォーラムへの参加が困難であった。会議にはオーラルやポスター発表のほかにも、コミュニティ・フォーラムのようなコミュニティやNGOの経験を交流させる貴重な機会がある。今後の会議参加日程の立案に当たっては、このような企画への参加も考慮していただければ幸いである。

 

2 テーマ・セッション(10月7、8日)

 ここでは私が口頭報告を行った「国内/国際行動のためのパートナーシップ」と、「社会的な場を通じてのMSMをターゲット化した予防」の2つについて報告したい。

(1)「国内/国際行動のためのパートナーシップ」では、当初発表者が4名予定されていたが、結局2名不参加で、オーストラリアのエドワード・ルイス氏と私のみであった。ルイス氏の発表「パートナーシップ:病気と健康における、より良いあるいはより悪い、より豊かなあるいはより貧しいパートナーシップ」は、オーストラリアにおけるHIV対策におけるパートナーシップの構築を分析したものであり、パートナーシップの考えがもともとは政府とHIV感染リスクにさらされているNGO/コミュニティの間で育まれたこと、そしてそのパートナーシップが政府とNGO/コミュニティの間だけでなく、感染の広がりとともに医療機関、病気にさらされている人たちの間に広がっていった経緯の説明があった。報告者の結論は、パートナーシップというのはHIV対策という必要性の中で信頼が生まれ育まれてきたというものであったが、それぞれのセクター間でパートナーシップに求めるもの、それを実現させるための手順といった利害関係は必ずしも完全に一致するわけではないと思われる。そのような利害の調整に関わる分析と解決策についても話を聞きたかった。

 その後に行った私の発表「日本における『エイズ予防指針』制定後の個別施策層対策と男性同性愛者」えは、予防指針から1年が経過した時点における地方自治体(都道府県、政令指定都市、中核市109自治体)へのアンケート調査の結果(回収数は108)を踏まえ、指針制定後のエイズ予防の手段がどのように変化したのか、しなかったのかを、男性同性愛者への政策実施の観点から報告した。口頭報告の一部を紹介すると、同性愛者を個別施策層として位置付けている自治体は9.3%であり、同性愛者向けの施策を実施する必要性を感じている自治体は54.6%、そのうちなんらかの施策を実施している自治体は49.2%であった。

 以上から、同性愛者向けの施策の必要性を感じていながら施策を実施していない自治体の存在が浮かび上がった。なぜ必要性を感じていながら施策を実施していないのかをたずねたところ、「具体的な方法が見つからない」「情報を伝えるルートがない」「協力するNGOがない」が上位を占めた。つまり、同性愛者に情報を伝えるうえで協力するNGOがないために具体的な対策に取り組めないということがその理由としてあげられたのである。このような観点は、とりわけ同性愛者のコミュニティや繁華街を持たない地域においてはより深刻であると思われる。さきほどのオーストラリアにおけるパートナーシップについての報告と比較して差異が際立つのは、NGOの存在を前提にしてパートナーシップについて語れるオーストラリアに対し、NGO不在の中でパートナーシップを考えなければならない日本の状況である。しかしながら日本の大都市圏においては徐々に行政とNGOの連携のもとで同性愛者への予防が進められつつある。このような事例を参考にしつつ、NGOの側は自治体に対しNGOによるサービスの情報提供およびそのための方法論の提示を積極的に行っていく必要性を改めて感じた。

 また私の発表に対しては、香港の参加者より「予防指針はどのような経緯でできたのか。また個別施策層として位置付けられている集団は、統計的データを反映しているのか。ゲイ・コミュニティの受け止め方はどうか」、別の香港の参加者からは「エイズ対策における国家ポリシーのうちで最も重要な要素はなにか?」といった質問があった。質問から察するに、個別施策層概念に基づく日本の予防指針に示される政策を香港に導入するという前提をもっての質問のように思われた。今回の会議では東アジア(香港、台湾、中国、韓国)といった国々の参加者と交流する機会を持てなかったが、香港の参加者が予防指針に関心を示してくれた点から考えると、エイズに関する政策体系および政策実施において生じている問題点などについても東アジアという一定の地理的に近い枠組みの中で交流・討議ができる機会が持てれば、会議参加の意義づけも増していくと思われた。

(2)「社会的な場を通じてのMSMをターゲット化した予防」では、4人から報告があったがここでは、興味深かった2つの発表について報告する。

 「ダッカにおけるクルージングの場およびドレッシング・ルームでのMSMに対するピアに基づくアウトリーチ」という報告を行ったバングラデシュのカムル・アサン氏は、MSMがスティグマ化・周辺化され、セクシュアル・ヘルスのための介入が必要とされていること、セイファーセックスのための環境が欠如していることを踏まえ、セックスが行われている公共の場およびメイクアップ・ルームやドレッシング・ルームといった男性を求めるために女装をする場に対するピアに基づくアウトリーチ実践報告があった。とりわけ、アウトリーチで意識している点として、セックスを行う行為者間の力のバランスの不均衡、警察の嫌がらせへの対処、住む場所がないために公共の場にいる人向けにドロップインセンターをつくっていることが報告された。

 「ネット上の男性:MSMへのITアウトリーチ」という報告を行ったマレーシアのエドワード・ロー氏は、インターネットを使った介入実践について報告した。報告者いわく、インターネットは主要なコミュニケーション手段となっており、高いニーズがあるが、一方でエイズの情報が不足している。そこで、インターネットのチャットを使って行動変容を促すことをねらった(ITアウトリーチ)。また取り組みに当たっては、同じアウトリーチネームを使う、カウンセリングルールを使う、またクライアントと会わない、電話を直接しないというルールを持ちアウトリーチを実践しており、かなり広い層へのアクセスが可能になった、という。しかし、少ない人的資源、トレーナーの不足といった限界も指摘された。啓発効果については、まだ開始したばかりなので、効果がどの程度あるかは別の機会に報告したいとのことだった。

 日本においても、ホームページによる情報提供がNGOや行政などで様々な形で行われているが、この報告はチャットという方法を用いて、利用者と対話をし、介入を行うというものである。インターネットが一方向的な情報媒体を脱し、双方向的な媒体として予防啓発に活かせるかは大きな課題であるが、そもそもエイズについての知識を得る目的以外の利用者に対し、アウトリーチを行うというこの報告のアプローチは、相手のニーズと齟齬を来す点で介入手法として困難さを感じた。だが、インターネットは魅力的な媒体でもある。日本での応用可能性について考えてみたいと思わせる報告だった。

 個別の報告のほかに興味深かったのは、MSMという言葉の使用および概念についての聴衆からのコメントであった。そのコメントの概略を紹介すると、このセッションでMSMという同じ用語が報告者によって用いられているが、それが同性とセックスをする人という意味で用いられている一方で、ゲイのアイデンティティをもっていない人という意味でも用いられており、概念の混同がみられる。さらに、MSMは行動にのみ焦点を当てた疫学上の用語であり、男性同性間の関係をさすのであれば、MSMのほかにもゲイ、ホモセクシュアルなど違った呼び名もある。どのような用語を用いるのかを、それぞれの文脈に応じて判断すべきで、すべてをMSMという用語で統一するのは妥当ではない。介入を考えるのであれば、単に行動にのみに焦点をあてるのではなく、アイデンティティ、文化、習慣といったものも重視する必要がある。

 たしかに、バングラデシュのアサン氏の報告では、MSMのカテゴリーは特定の性的指向ゆえに他の男性とセックスをするがゲイというアイデンティティを持たない人という意味で用いられていたが、マレーシアのロー氏の報告では男性とセックスをする人全般をMSMで括っていた。このような混乱は日本にも見られる。すなわち、一方でゲイというアイデンティティをもたず男性とセックスをしている人へのアクセスは困難であるという認識をもとにしてMSMという用語が用いられる一方で、男性とセックスする男性を総称してMSMとして用いられる場合がある。だが、男性同性間への予防啓発を進めていく上では単に性行動にのみ焦点を当てることの限界はすでにこの会議でも、またエイズ予防指針の個別施策層概念でも指摘されてきたとおりである。したがって、性行動にのみ焦点を当てるのではなく、「アイデンティティ、文化、慣習」等の要素を考慮した啓発の体系化を進めていく必要があるだろう。そしてこのような点への考慮は、性的マイノリティへの啓発にあたって社会的要因を重視すべきであるとするコミュニティ・フォーラムで示された方向性の延長線上にあるといえるだろう。

以上