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第6回アジア・太平洋地域国際エイズ会議報告書

国立社会保障・人口問題研究所 小松 隆一


アジアのHIV流行と対応

1.はじめに

 第6回アジア・太平洋地域国際エイズ会議(6th ICAAP)は、国連エイズ特別総会後にアジア・太平洋地域で開催された最初の大きなエイズ関連会議であり、これまでのICAAPよりもいっそうの政治的なコミットメントが感じられる会議であった。建国したばかりの東チモールをはじめ30カ国以上の政府代表団が閣僚級会合に参加し声明文をまとめあげ、また、彼らは様々なセッションにも活発に参加していた。ブータンの女王が南・南西アジアのHIVと開発プロジェクトについてのシンポジウムで講演を行い、つい2、3年前まではおそらくは無視されていたであろうHIV/エイズ流行とその促進要因や予防の必要性などについて言及していた。また、ネパールの元薬物依存者が朝の基調講演を行った際に、ネパールの保健大臣はきちんと最前列のほうで彼の話に耳を傾けていた。これまでHIV/エイズに関してはほとんど沈黙を保っていた西アジアの国からも参加者が見られたことも第6回会議の特徴のひとつだった。例えばイランからの参加者によれば、イランではすでに注射薬物使用者のためのハームリダクション事業として注射針交換が開始されている。生物医学分野の発表数は比較的抑えられていたが、このように会議の範囲が拡大し内容が多様化している。会議全体をまとめる4つのメイン・トラックは「治療とケア」「予防」「社会・経済的決定因」「ジェンダー・セクシャリティ」というように組織されていた。

 

2.流行状況

 サブ基調講演で、アジア地域のHIV感染の流行状況についてMonitoring the AIDS Pandemic(MAP)ネットワークによる検討を中心にした報告が行われた。その他にも、様々なセッションで流行状況が議論された。アジア・太平洋地域の中では、これまでのところ国レベルでHIV有病率(prevalence)が1%を越えているのはタイ、カンボジア、ミャンマーだけであるが、実は州・県などのレベルで見ると1%以上に感染がひろがる場所が他にもある(例えばインドのMaharashtra、Tamil Nadu、Manipurなど)。さらに詳細に見ると、この2、3年の間に薬物注射使用による爆発的感染がベトナム・インドネシアなどいくつかの場所で見られ、ジャカルタでは40%、バリでは50%を越える感染となっている。これまでアジアでは大きな問題ではないと見なされがちだった男性とセックスする男性(MSM)の間の感染が確実に増えつつあることも重要な点である。とりわけアジアのMSMの性的ネットワークはヘテロセクシャルとも重なりがちであることが、薬物使用者とセックスワークとのオーバーラップとともに明らかにされている。また、薬物注射や売血時の感染が一時話題となった中国でも、この数年HIVの性感染や性感染症数が急増しているにもかかわらずセックスワーカーのコンドーム使用がわずか20%以下で推移しているという危機的状況である。日本を始めアジアの社会は急速に変化し、リスク行動が、特に若者の間で増加していて、いつ急激に感染が流行してもおかしくないと言える。

 

3.行動サーベイランス調査

  2000年にWHOとUNAIDSが第2世代サーベイランスのガイドラインを出版してからまだ日が浅いが、すでに多くの国では行動サーベイランス調査(BSS)が取り入れられていて、成果があがり始めている。行動サーベイランスはアジア・太平洋の多くの国のようにHIV感染がまだそれほど高くない国では特に有用となる。例えば、フィリピンZamboamga市ではセックスワーカーのコンドーム使用率が1997年の28%から向上し続けているのがBSSにより確認されているが、なお不十分であるため、予防対策の一層の強化がなされている。バングラデシュやベトナムなどでは、薬物注射と性的リスク行動ネットワークの重なりが数量的に示された。

 

4.カンボジアの成功とコンドーム促進

  HIV感染の流行に対して、カンボジアでは強力なリーダーシップと政治的なコミットメントをもって対応し、流行のコントロールに一定の成果をあげたことが今回の会議の明るい話題の一つであった。タイで90年代初頭に成功したコンドーム100%政策をカンボジア政府も実施し、短期間に売春宿でのコンドーム使用率を向上し、HIVの新規感染を抑制することに成功した。説得力のある質の高いデータによって、政治的なコミットメントを獲得すると同時に予防対策を練り、そして多部門に渡る対応によって環境を整えることが重要であるという教訓がカンボジアの成功からは導き出されている。一方、国レベルの政策ではなくても、中国、バングラデシュ、モンゴル、ミャンマーなど様々な国でコンドームのソーシャルマーケティングが実践されていることが報告された。売春宿のような直接的な買売春ではタイ・カンボジアのコンドーム100%政策が功を奏しているが、それ以外の文脈でのコンドーム使用率の向上はこれらの国を含め各国が直面している課題である。

 

5.政治的コミットメントとコミュニティとのパートナーシップ

 カンボジアの成功から明らかなように、政治的コミットメントと市民のサポートはHIV予防のためにはきわめて重要であるが、成功のためのもう一つ重要な要素はコミュニティとのパートナーシップである。HIVの影響を受けやすい人たちのコミュニティが主体的に関わらなければ、予防を行うことも困難であるし、質の高いデータを集めて現状を認識することすら覚束なくなる。予防だけでなく、ケアの視点も取り入れなければ、コミュニティですでに感染している人たちと協力することも難しい。フィリピンでは、感染者の人権に考慮した法律が施行されるなど政治的に強力なコミットメントが行われているし、NGOがケアと予防やサーベイランスの様々な曲面で活用されるなどコミュニティとのパートナーシップが上手く行われている。複数の性パートナーを持つ女性たちの性パートナー数が比較的少ないという行動疫学的な状況にも助けられているのだが、現在までのところHIVの爆発的流行が回避されているフィリピンも政治的コミットメントとコミュニティ・パートナーシップの成功例となりうるかもしれない。 国際移動者はHIV感染に対して脆弱であるにもかかわらず、予防とケアの責任が出発国にあるのか到着国にあるのか曖昧にされたままにされがちである。このような状況をめぐる討議も、在インドのネパール人の脆弱性など、いくつもの発表がされた。この文脈でも、出発国・到着国それぞれの政治的コミットメントと国際移動者の属するコミュニティとのパートナーシップが重要だろう。

 

6.神戸へ向けて

 エイズの予防とケアには心理・文化的な理解や社会・経済的な側面の検討が不可欠であるし、政治的なコミットメントとコミュニティとのパートナーシップが必要であることが明らかである。グローバルな視点ではエイズは開発問題となっているし、すでに国際政治の一部となっている。日本の生物医学的領域の研究が最先端にありワクチン開発や医療マネジメントに大きく貢献できるのは確かであるが、ICAAPはアジア・太平洋という国際的な文脈の中でエイズについて討議する場であるので、2年後に神戸で開催される際にはエイズ予防とケアの課題の多様性をバランスよく反映した国際会議として成功することを期待したい。