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第6回アジア・太平洋地域国際エイズ会議報告書

国立名古屋病院カウンセラー(リサーチレジデント) 菊池 恵美子


はじめに

 本会議はアメリカのテロ事件の影響を受けて、デビット・ホー博士を含むアメリカ派遣団員がほとんど参加することが出来ない状況での開幕となった。また、第5回会議に開催されていたAdherence(アドヒアランス:患者自身が積極的に治療に参加すると言う能動的態度をもって抗HIV薬治療を行ったとき、その服薬率が100%であればアドヒアランスは非常に高いと言う)の部門が本会議では消えていた。この事は、会議に参加する多くのアジア諸国にとっては抗HIV薬をいかに患者に供給していくかが大きな問題となっており、Adherenceレベルでの議論まで治療環境が十分整っていない現実があると思われる。このような状況に中においても、国際会議の魅力は、やはり日本とは異なる文化、経済、社会、医療、教育、宗教等を持つ国々の人達、しかも何らかの形で皆HIV・AIDS問題に関わっている人達に会えることである。これは、自分自身の仕事の位置付けを世界の動きに向かせる大いなる刺激剤にもなっている。

 

参加セッション感想

(1)Skill Building
(スキルビルディング:臨床ケア及び地域活動を行うときに経験する多くの課題を克服する手助けとしての技術、体験及び方法をセッション参加者が実際にセッションを通じて学んでいく。)

 最初にHIV・AIDS地域健康促進研究に参加した。この研究の目的は、知識を高める方法として地域住民参加を呼びかけ、世界的レベルでHIV・ADISを含む健康問題解決への取り組みを行っていく事である。セッションでは、このような目的遂行のための初期介入に必要とされる方法及び指導者の役割について学んだ。セッション開始後直ぐに二人組となり指導者から与えられた課題について話し合った。その後、四人組みとなりその課題について話合われたことを再確認、問題点分析そして解決策検討を行った。言うまでもなく、参加者全員が初めて会った人ばかりで、しかも国籍やバックグランド等も様々な人たちと組を作って話あうことの困難さとダイナミックさを学んだ。指導者からは、専門用語、ある特定の文化圏の人だけが理解できる言葉、さらに頭文字表現(例:IDUs)は使わないように心がけるように指導を受けた。また、ゆっくり理解しやすい言葉を用いて話をする等の注意もあり、自分を含め英語を母国語としない参加者から大きな拍手が沸いたのも印象深かった。

 次に、男性同性愛者及び男性とSEXを行う男性に関わる南アジアのNGO及びCBOへのトレーニングに参加した。このセッションはわずか12人の参加者数であったが、指導者はインド人とオーストラリア人の二人でロールプレイを含むトレーニングは論争と爆笑の連続であった。プレイの前にインド人指導者からは、母国で彼らが非常に厳しい差別と偏見に曝されている現実が述べられた。しかし、彼はそれら偏見と差別に対してユーモアと相手を尊敬する気持ちを持って立ち向かっていくことの重要性を述べた。ウイットと笑顔での淡々とした彼の話振りの中に、彼の歩んできた人生が決して平坦ではなったと想像したのは私一人ではないと思う。ここでもプレイを通じて参加者が指導者の役割も経験できるようにプログラムは設定されていた。そのため、参加者から「激論になったりしても良いのか?」「課題施行に自分自身が嫌悪感や偏見を持ったらどうするのか?」など、今後、指導者としてプログラムを施行した場合の状況を想定しての質問も盛んに行われた。

 三番目に、Foot Patrol(フットパトロール)に参加した。このプログラムは1985年イギリスのチャールズ王子とダイアナ妃の支援による非政府CBO(Community-Based Organization:地域拠点組織)として発足したYouth Projectの中に位置付けられている。Foot Patrolの目的は二つあり、(安全な)注射針利用と血液媒介ウイルス予防である。メルボルンのビジネス街を含む繁華街2.52km四方を実際にパトロールすることでプログラムは展開されていた。このセッションは文字通りFoot Patrol、即ち参加者がプログラムワーカーと一緒にパトロール地域を歩いて見学する形式を取った。薬物問題における注射針配布プログラムは、コンドーム配布プログラムがSEX行為助長になるか否かという問題と同じ課題を抱えている。即ち、このプログラムが薬物常用状態を長引かせることになるのではないかと言う事である。しかし、このプログラムを通じて静脈薬物常用者へのHIV感染率低下さらに経済効力の点からもプログラム有効性は高いとう事であった。Foot Patrolが活動している地域には薬物常用者が集うことが出来る場所があり、そこでは薬物を打つ(使用する)事もできる。ワーカーの一人が「薬物を打っても良い、でも一人で打ってはいけない。」と言った言葉が私には印象的であった。

(2)Home and Community-Based Care
 フィリピン、インド、タイそしてカンボジアからのケア報告が行われた。どの国にも共通していることは、日本のようなHIV治療体制は十分整備されていないことであった。しかし、問題解決には現実的思考をもって取り組んでいく姿勢が大事であり、それぞれの国が実情に合ったケアへの取り組みを行っていた。特に、Case ManagementとTeam Managementのケア効果差異、一病院の治療ケア限界打破へ向けての取り組み:病院間連携と病院地域連携、感染者による感染者のための活動、西洋医療と東洋医療の有用性とその活用法、そして訪問医療等は日本のHIV診療にも取り入れていきたいものであった。

(3)"With Hope and Help"and"Turning Grief into Courage"
(「希望と救いをもって」そして「悲しみを勇気にかえて」)  
  第5回会議と同様にユニセフによるカンボジア・中国・タイの感染者及び感染者の家族のビデオセッションに参加した。今回は、カンボジアよりビデオに出演した女性感染者2名もゲストスピーカーとして参加していた。貧困、差別、偏見、スティグマ(不面目自体を表現する烙印をおされた状態)と対峙する日々の生活の中での彼女らの語りは決して声高ではなかったが、母として、妻として、女性として、そして感染者としての生き方が描かれていた。惜しむらくは、彼女たちのパートナー達の声も聞くことが出来ればと思った。

 

終わりに

 コンピューターをクリックすれば瞬時に情報が得られる時代においても、人と出会い、その人の声に耳を澄まし、考え悩み、そして笑うのは本当に素晴らしいことだと改めて感じた。今回の会議に出席するにあたり、南北格差に自分自身が飲み込まれて自分の役割を見失わないようにと肝に命じていた。「格差」にため息をつくのではなく、格差は格差として存在し、限界を見極めて上で現実的なケア取り組みが必要であると思った。「観念」だけでは物事は変わっていかない。病院が地域に打って出る時代になっていると強く感じた。