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第6回アジア・太平洋地域国際エイズ会議報告書

結核予防会結核研究所 国際協力部国際研修科
大菅克知


はじめに

結核予防会結核研究所国際協力部では、エイズ予防財団から委託を受け、過去6年間に渡りアジア地域エイズ専門家研修を実施している。 この研修の紹介を通し、アジアにおけるエイズ対策分野の人材育成に関する意見交換を行い、またアジア地域のエイズ対策の近況に関する情報収集を通じて、今後の研修内容の向上に資することを主な目的とし、アジア太平洋国際エイズ学会に参加した。 以下筆者の参加したセッションを中心に概要を報告する。

 

エイズと結核

サハラ砂漠以南のアフリカ地域では、エイズの蔓延に伴い、それまで次第に減少していた結核が1980年代半ばより再び増加の一途をたどり始めている。 ジンバブエ、マラウイ、ザンビアなどでは新結核患者数が5倍にも増加しているという。これはHIV感染により惹起される免疫不全の進行の結果、日和見感染症としての結核の発症頻度の増加によるところが大きい。 またこのためにHIV未感染者へも結核を伝染させることになり、地域の結核患者数が増加することになる。このことにより結核対策に対する負担が増加するのみでなく、医療全体への負担も大きく拡大している。 

人口の膨大なアジア地域には、結核感染者、結核患者ともに世界の半数以上が存在しており、一方アフリカ地方より10年以上遅れてHIV感染が現在急激に拡大しつつある。 HIV感染症が比較的早期に広まった北部タイ地方では既に結核の増加が見られ、同様な現象はインドの一部でも観察され始めている。火(結核感染者)に油(HIV感染)が注がれ、大火事が起こる前の状態が現在のアジアと考えられる。 対策としてはまず現在進められているDOTS(ドッツ:直接監視下短期化学療法、または対面服薬) を徹底することにより、地域の結核を減少させることである。またHIV感染者に坑結核薬(INH)の予防内服を行うことにより、結核の発症を防ぐことも一部で試みられている。

今回の学会ではインドからの発表が主であり、上記のフィールドでの経験が紹介されていた。 HIV感染と結核の合併問題が、アジア地域においては未だに切羽詰った問題と認識されていないことを明かに反映して、今学会においてはエイズと結核のセッションは非常に小さく扱われており、参加も低調であったことは残念であった。 アジア地域において結核は最大の感染症であることに変わりはなく、またその公衆衛生的観点からの重要性は今後も大きくなることは明らかであり、エイズの日和見感染の中の一感染症というだけの位置付けは危険である。この領域は研究対象となる分野も多く、今後の学会においてはより重要視されるべきであろう。

 

エイズと性感染症

HIV感染症への有効な予防的介入策が依然として模索されている中で、性感染症(STDまたはSTI)対策がHIV感染に及ぼす影響について、2つの著名な研究が過去に発表されている。まず始めはタンザニアのムアンザにおける研究であり、1995年にLancet紙上に発表された論文はセンセーショナルであり、世界に明るい希望を持たせた。これはSyndromic Management を柱とした性感染症の治療を改善強化することにより、HIV感染率が抑制されることを示した、英国のグループによるコホート研究(RCT)である。一方米国のグループは、性感染症の集団治療(Mass Treatment)が、HIV感染率になんら影響を及ぼさなかったことを示すコホート研究(RCT)をウガンダのラカイにおいて実施し、1999年のLancet 紙上に発表した。この二つの著名な論文は、世界の研究者の間に激しい議論を巻き起こした。 一見相反する結論が出てしまったことにより、それまでWHOが薦めていたHIV感染対策の一環としての性感染症対策の意義が問われはじめたためである。 その後英米のグループ双方を交えた総合的な解釈がLancet 紙上に発表され、2つの研究は視点と方法が異なり、HIV感染症対策としての性感染症対策の重要性を否定するものではない、ということに帰結した。これによりSyndromic Management と Mass Treatment の組み合わせによる性感染症対策の有効性が提唱されている。

アジアにおいては陰部潰瘍等の性感染症はアフリカ諸国に比較して少ないとされ、HIV感染症対策としての性感染症対策はあまり重要視されているとは思われない。しかし1998年にオーストラリアで出版されたSexually Transmitted Diseases in Asia and the Pacificの中でも指摘されているように、アジア地域の性感染症は実態がかなり小さく報告されている懸念があり、また性をタブー視する傾向から、実際にはかなり蔓延していると考えられ、その対策の良否はアジアにおける将来のHIV感染の広がりに大きく影響を及ぼしうると考えられる。

今学会では結核同様、性感染症も非常に軽視されており、予定されていたセッションが延期され、その会場、時間帯ともに、ほとんど付け足しと言っても良い扱われ方であった。これはセッション司会者の一人であるWHOの某氏も皮肉を込めて指摘していた。発表もフィリピン等からのMass Treatment に関する報告など数題に限られ、低調であった。来年のバルセロナでの世界エイズ学会では多くの時間が予定されていることを、司会者は強調していた。性感染症は時代と共にその疾病の種類、頻度、ターゲットグループともに変化しており、社会変化に伴う人々の性行動の変化と密接に関連している。そのため性感染症のモニタリングとその早期診断、治療およびカウンセリングの良否は、直接HIV感染症の広がりに跳ね返り、時代や社会に即した有効な 対策はきわめて重要であると考えられる。

 

エイズ対策分野の人材育成

1980年代末から1995年までWHOがエイズ対策(Global Programme on AIDS)を推し進めた際、政策作りの手始めとしてまず個々の国に支援したことは、国家エイズ対策プログラム(National AIDS Programme)の設立と、中期計画(Medium-Term Plan)の策定であった。この時期、国家エイズプログラムマネージャーが育成され、その下に国家主導で計画が実行に移された。その後HIV感染症の拡大に歯止めがかからないこと、WHO主導態勢に批判が集まったこと、国家主導型よりNGO等のほうがよりニーズに沿った木目細かい介入ができることなどの理由で、活動の主体はNGOに移行し、UNAIDSがWHOに取って代わった。確かにNGO主導で地域社会に密着したエイズ予防とケア活動の成功例は報告されており、ドナーからの資金もNGO支援に流れてきた。しかし一方で、国家が本来担う責任、例えば安全な輸血供給態勢の整備や、性感染症対策、HIV抗体検査の整備等、またそれらを監督すべき国家エイズプログラムが弱体化したことは否めない。また以前のエイズ対策関係者の中には他の職務についたものも多く、それまでの人材育成への投資が無為に無駄にされている事実も見逃せない。

この状況下で結核研究所国際協力部では、1995年よりエイズ予防財団と共催でアジア地域の医師、保健医療関係者を対象に6週間の研修を毎年実施してきた。過去5年間は疫学、サーベイランス等の対策の基礎からカウンセリング、STD対策等の重点事項、および各国からの参加者各自によるそれぞれの置かれている状況に関する問題分析と、その解決のための活動計画策定をその中心としてきた。これはWHO主導型の国家エイズ対策の支援が中断した後、その方針を基本的に継続する内容であったが、その背景にはNGOによる有効な対策がある一方、国家による責任あるエイズ対策も重要である、という認識があってのことである。昨今のエイズケアにその関心が集中する傾向の中、本来医学的に複雑で高度な内容を含むHIV感染症のケアをいかに地域レベルで行うか、という難問に対して、今後は国家エイズ対策の担う責任はより大きいと思われる。ケアパッケジ作りや、各種ガイドラインの策定、また必要薬剤のロジスティックスと精度管理等、国家が中心となって進めるべき分野は拡大するであろう。そのための人材育成は緊急の課題と思われる。筆者は自分が関係する研修の評価とその改善を目的に、広く参考例や情報を収集するために会場を回ったわけである。

予想通りエイズ分野の人材育成に関するセッションは少なく、またポスター展示もその方法の不備により十分な議論をする機会となり得なかった。 まず研修に関するほぼ唯一のセッションが、予め登録制と言うことで、参加できなかったことが残念であった。 またポスター展示に関しては、どこでも好きなところに貼って良いと言う主催者側の指示に従ったが、このため学会抄録に興味ある内容を見つけても、実際に展示されているポスターにたどり着くのは容易でないという、通常考えられないような状況であった。この点は主催者側の猛省を促したいとともに、今後の会議主催において参考にすべき点であろう。会場で過去の研修生と再開し、近況を聞き得たことが唯一の収穫と言って良いだろう。

 

会議全体の印象と考察

筆者は過去にWHOのエイズ対策に参加し、南太平洋諸国を中心に主に国家中心の対策プログラムに関係した。その頃と比較し、過去6年間にエイズ対策がどの程度進歩したかを、学会誌などではなく生の声を聴くことを楽しみに今回の会議に参加させていただいた。実際には予防面での新しい内容はほとんど見られず、流行であるケア面に時間が多く割かれていた点は大方の予想通りではあった。唯一の違いといえば、過去と比較して同じ内容ながら担当者が熱くなり、ことの重要性を力説している点であった。エイズの波が次第に押し寄せていることの現れであろう。既に記したHIVと結核や性感染症の問題も、今後5年後には扱われ方に大きな違いが生ずることは容易に予想できる。逆に今後も低調な扱われ方をされ続けるならば、それはHIV対策が順調に進んでいることに他ならず、むしろ望ましいことではあろう。 最後に会議主催者は苦労されたではあろうが、これがオーストラリアでの国際会議か、との失望は隠せない。今回の国際会議に参加する機会を与えていただいたエイズ予防財団に感謝の意を表したい。