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第8回アジア太平洋地域エイズ国際会議参加報告書
 

名古屋市立大学 大学院看護研究科 感染予防学研究室
金子 典代

1.  はじめに

  私の本学会の参加目的は,1. Respondent Driven Sampling 法を用いた MSM の社会的ネットワークと HIV 感染リスク行動に関する調査、2.大阪のゲイ商業施設利用者における HIV 感染予防行動と啓発活動の効果評価の口頭発表を行うこと、アジア諸国での MSM の HIV 感染の実態・介入プログラムについての情報収集を行うことであった。以下に特に重点を置いて参加した MSM 関連のセッション、会議全体を通しての感想を述べる。

 

2.発表を行ったセッションから

 “21世紀における HIV 問題への新しいアプローチ”のセッションでは、インターネット配信型の予防介入プログラム、ベトナムの MSM におけるインターネット利用状況の居住環境別の比較調査などの発表が行われた。まずはじめにオーストラリアからのインターネット配信型の若者向け予防介入プログラムの開発に関する報告があった。オーストラリアは、急増した HIV ・エイズを早期に強力な政策、予防介入をもって、拡大をくいとめた成功経験を持ち、エイズ疫学・予防介入の経験・エビデンスもあり参考になる点が多い国である。紹介されていた予防介入プログラムも、性的指向の多様性を考慮に入れており、年齢、性別、性的指向など対象者層のニーズを細分化したプログラム構成、パートナーとのコンドーム使用の交渉場面を実際のシュミレーションゲームで学ぶといったエンターティメントの要素を取り入れたアプローチを用いている点で参考になった。エイズ予防分野では、インターネットを含めマスメディアを用いたアプローチの重要性が強調されて久しいが、マスメディアを用いたアプローチの開発、維持には巨額の資金と多くの人材が必要となるため、アジア諸国で大々的な展開を行うには課題が多いことを感じる。より各国でもマスメディアを用いた展開を推進するためには、どのようにスポンサーを開拓し、資金を獲得するか、どのようにニーズ調査を行い開発をすすめるのか、プログラムの効果をどのように科学的に評価するのかなどのプロセスの公開や情報交換が欠かせないことを感じる。

  ベトナムの都市部・郊外(農村)に居住する MSM におけるインターネット使用状況の比較に関する研究も、サンプリング法や研究デザインが優れており学ぶ点が多かった。この研究からは都市部・郊外(農村)に居住する MSM 両集団において、インターネットはパートナーを探すためには使用されているが、 HIV や性感染症などの性の健康情報入手源としては利用されておらず、インターネットによる HIV に関する情報発信は効果的でない可能性があるという報告であった。しかし、健康情報とエンターティメント性の高い情報と組み合わせるなどの工夫や、どのようなサイトで情報発信するかにより、無関心な層にも情報提供が可能となる可能性もあり、今後更なる研究が必要な分野であることを感じた。

  全体を通して、アジア諸国の MSM 研究ではその国の当事者が主体となり、調査研究を実施しているものはまだ少なく、欧米諸国の研究機関が資金提供者となって行っているものが多くみられたのが印象に残った。どのように当事者と、時によっては国外の研究者や行政が協働するか、どのようにすれば最も効果的かつ継続可能な介入プログラムの実施につながるかについても更なる議論が必要であることを感じた。  

 

3. MSM を対象者とした研究方法について

  MSM を対象とした研究方法については、いくつかの MSM のセッションで議論がもたれていた。総論として 10 年前に比べるとアジア地域でも格段に多くの MSM への感染拡大を示す研究データが出てきているものの、デザインが厳格でないものが多く、未だ十分なデータがそろっていない事が強調されていた。アジア地域の中でも、日本、韓国、シンガポール、台湾などの比較的高所得の国の MSM の実態に関する報告が少ないのも特徴である。今後アジア地域で実施する MSM を対象とした疫学研究においいては、厳格にデザインされたコホート研究を行うこと、できるだけ母集団に近いデータを獲得できるサンプリング方法を用いること、予防介入の前後効果評価を行っていくことの重要性が強調された。また MSM 集団における HIV 陽性割合のみならず、治療薬の普及度、検査受検率、エイズ治療についての楽観視の程度などのデータも収集していく必要性が示された。日本においても MSM は可視化されづらくアクセスが困難な集団であり、どのようなデザインの調査を実施するか、サンプリング方法を用いるかは研究上大きな課題となる。今回、私が発表した研究( MSM における社会的ネットワークと HIV リスク行動に関する調査)では RDS ( Respondent Driven Sampling )という対象者が友達を紹介し回答者層を広げていくサンプリング方法を用いたものであったが、この方法の有用性は高いことが想定され、アジアでも適用し評価する必要性が述べられていた。私は九州の博多地域で実施した RDS 法を用いた調査の結果を発表したが、セッションの参加者からも費用面や技術面での多くの質問が寄せられ、今後の研究の方向を考えていく上で非常に参考になった。

  MSM におけるニーズを明らかにし、有効な予防介入を実施していくには、 MSM がおかれている社会的背景(自身の性的指向の認識)、性行為やコンドーム使用に対する考え、疾病に対するイメージ、ゲイ・バイセクシュアルの間での予防行動に対する規範についても詳細に明らかにしていく必要性がある。今学会でも質的研究の成果が MSM 分野でも発表されていたが、自身のセクシュアリティーの認識、性行動の形態、性感染症やエイズ、また予防についてのイメージ、感染症の身近さが 1 国内でもさまざまであることなどが示されていた。どの対象者における研究についても言えることではあるが、 1 回の量的な調査だけで分かることには限界があり、より有効な介入につなげるためのデータを得るためには、質的研究と量的研究を組み合わせて研究をデザインすることが必須であることを感じた。

 

4.会議全体の感想

  今会議の参加を通して、中国、インド、タイなど人口が多いアジア各国で MSM における HIV 陽性者・ AIDS 患者数が増えていること、 MSM がエイズ予防プログラムのターゲット層として位置づけられつつあることが各セッションで示されていた。アジアでは文化・宗教的背景も絡み、自身の性指向を明らかにしづらい状況にある MSM が多い。そのため、当事者団体やゲイコミュニティが成立しにくく、彼らの実態やニーズが明らかになるまでに時間がかかる状況にあることが考えられる。この点は、比較的早期からゲイコミュニティが成熟していた西欧諸国とは異なり、必ずしも欧米で成功したアプローチがアジア諸国にも適用可能とはいえない。そのためアジアで有効かつ継続性の高い予防プログラムの展開のために、アジア諸国でネットワークを結び、情報交換を行っていくことが極めて重要である。実際、本会議でもアジア諸国間でさまざまなネットワークや共同体が形成する取り組みが行われていた。今後も情報交換やニーズを明らかにしていくこと、国連機関の資金の流れに影響を与えていく上でも必要なアプローチであると感じた。

  第 8 回 ICAAP の主催国であるスリランカは、国民総生産が高くないにもかかわらず非常に良好な公衆衛生指標を保っており途上国の保健政策のモデルになることの多い国である。出稼ぎ民が多いなどのリスク要因があるにもかかわらず、エイズ・ HIV 感染報告が少ないことも特徴であり、その背景や今後の展望についての政府担当者、専門家からの意見は非常に興味深かった。スリランカで初めてのエイズ患者報告が出た早期から国にエイズ対策の専門部局を立ち上げたこと、安全な血液・医療機器供給体制を徹底したこと、国固有の家族関係の強固さを理由に挙げていたが、開会式の中でも 1 回も MSM や薬物使用者の存在や実態について触れられることはなかった点が気がかりに思えた。ハイリスクな集団や MSM など hidden population の実態にも目を向け適切な予防施策を展開していくかどうかが、今後も感染拡大を食い止められるかの決め手になっていくのではないかと思う。

 

5 .最後に

  今回の学会参加中は、エイズ予防財団の職員の方々、日本国内でエイズ研究や予防、啓発活動にかかわる研究者、行政家、活動家と交流を深めることができたものも大きな収穫であった。わが国では、エイズ予防研究にかかわる人材が極めて少ないのが現状であり、特に疫学・エイズ予防の分野での海外に向けた情報発信が不十分であることを感じる。今学会でも、海外の研究者や活動家から日本の現状について聞かれることは多く、感染者増加が続いている実態を伝えるとみな非常に興味関心をもち、さまざまな質問を受けた。今後、関係者間でネットワークを強化することで、より有効かつ質の高い研究が可能になると思う。