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第8回アジア太平洋地域エイズ国際会議参加報告書
 

東京大学大学院医学系研究科国際保健学国際保健計画学教室
佐々木 由理

母子感染及び女性の健康について-第8回アジア太平洋地域エイズ国際会議に参加して-

 今回の ICAAP8 では女性の HIV 感染拡大についてのセッションは女性に焦点を当てるというよりもむしろ、全体の HIV 感染を語る上で社会的に弱い立場になりやすく、 HIV 感染の危険に直面しやすい1つの集団として、必然的に「女性」の HIV 感染の話が出てくるという印象であった。

<女性の人権に焦点を当てて>

  女性の教育へのアクセス、サービスへのアクセス、生活の中での男性(特にパートナー)との関係、地域社会の中でのリーダーとしての女性の役割の重要性が指摘された。その中で、まず女性の人権を確保し、 HIV 感染の拡大を防ぐためには、女性の関わりが重要であるのみならず、男性の関わりの重要性が強調された。報告の中には、男性(特にパートナー)からの暴力への恐れや、性関係における強制あるいはコンドーム使用の有無に対する女性の意見の取り入れがなされないことが、女性の HIV 感染拡大を生む1つの大きな要因であるとされた。また、これらの要因を更に探ると、貧困が起因しており、貧困層においては、女性に教育の機会が与えられず、そのことが女性と男性が同等に意見を言えない状況を生み出していることが考えられた。また、貧困と教育のレベルの低さにより女性が職業として性産業を余儀なくされているということが多数あり、女性の教育レベルの向上を計り HIV 感染の知識を含めて学ぶこと、その中に男性も含めること、そして女性の職業選択の幅を拡げ、女性が社会の中で暴力や差別からの恐れや偏見を持つことなく HIV について積極的に問題意識を持って関わっていくことが重要であるとされた。これは理想論であるが、現在は既に多くの貧困女性が性産業に携わっており、その女性達に性産業を強制的にやめさせたり、その代わりの職業をすべてに提供することは困難である。しかし、それらの女性に対しても HIV の知識を伝達し予防を呼びかけること、又、男性に対しても知識伝達、予防の呼びかけは可能であり、積極的に進めるべきである。このことは現在までも多く言われてきたことであり、その中にコンドームの使用が出てくるが、今回の ICAAP では 100 %コンドーム使用という概念はいかがなものかという意見が出された。これにはコンドーム使用が女性による選択ではなく主導権がいまだに男性にあることを解決しないことには意味をなさないこと、又、アメリカ主導で実施されてきた ABC 政策に対する批判が含まれていたと考えられ、昨年のトロント国際エイズ会議と一致した流れであり、 ABC 政策の変換が迫られていると考える。

 

< HIV 母子感染の観点から>

  HIV 拡大予防の1つの entry point となるのが HIV test を受検することにある。アフリカでは HIV test を受検しても女性が Post test counseling に訪れる割合が男性よりも低いことが調査されてきた。ここでも、女性の人権が主要な点であり、 HIV status をパートナーへ告知することや、パートナーの同意なしに HIV status を告知されることへの恐れがその割合の低さの要因として挙がっている。しかし、今回、インドネシアの報告とカンボジアの報告のどちらでも Post test counseling 受検が 90 %以上であり、アフリカのケースのような報告はなされなかった。しかしアフリカ同様、 reproductive age にある人の中で、 HIV test を受検し、陽性の場合は ART 治療を受けられる人はアジア・太平洋諸国で 10 %に満たず、これらのサービス拡大が 1 つの緊急な課題であることが指摘された。

  又、カンボジアは VCT 拡大の成功国として紹介された。しかし、最近のカンボジアでは PITC が導入されており、 2006 年 6 月からはプノンペンにおいても、最も大きな病院の 1 つであるカンボジア国立母子保健センターで、 VCT から PITC へと政策が変換されている。しかし、今回のカンボジアの oral presentation における報告では、それらの保健省レベルでの政策の変換が起こっている現状は指摘されず、 VCT の拡大のみが強調された。著者のポスターでカンボジアでの PITC の問題を指摘しており、ポスターを見にきてくださった方とその問題点を共有できた点はよかった。国立母子保健センターにおいては、 VCT から PITC の政策の変更によって、 HIV 検査を受検する妊産婦数は増加したものの、 Post test counseling 受検率は下がった。カンボジア全土で VCT から PITC への移行の傾向がある中で、その移行に際しての問題点の指摘を抜きにして、カンボジアを HIV 感染拡大の予防について成功国としてクローズアップすることはできないと考える。今後、 PITC を組み入れる国もアジア諸国の中で増加する可能性があるが、その政策について十分な検討が必要である。

  哺育方法に関しては知る限りのセッションにおいて、主要なテーマとして挙げられなかった。インドネシアの状況についての発表後、その点に関する質問をしたところ、母乳の代替物が、陽性の母親のおかれた社会環境の中で受け入れられるものであり( acceptable )、与えることについて実行可能であり( feasible )、確保しうる家族の経済性又はサポートシステムのもと( affordable )、持続できる環境にあり( sustainable )、衛生的な状態で与えられる( safe )時、それを推奨し、そのような環境が整わない時は EBF 実施を推奨するという WHO のスタンダードに基づいて実施されているということであったが、どのように、誰が、母親の社会環境を判定し、母乳代替品や EBF などそれぞれの陽性の母親に適した哺育方法を徹底させてゆくかの具体的な対策が述べられることはなかった。哺育方法については混合乳哺育が最も母子感染率を高めるとされており、混合乳哺育をどのように防ぐかを含めた哺育についてのより明確なテーマ設定と対策が必要であると考えられた。

  妊娠期からの治療として ART 処方開始時期、児への HIV 検査、治療開始時期については明確な政策が報告され、 ART 処方の adherence を高めるためにはやはり特にパートナーを含めた家族や社会の理解の必要性が再認識された。

  HIV 母子感染や女性の健康について、社会の中で女性が empowerment されることは重要であることは言うまでもないが、男性を含む社会全体が HIV について理解し、問題を考えてゆく環境を整える必要がある。それと共に、 HIV の予防や治療に関して、すべてのサービスを受けられる人はいまだにごくわずかであり、 HIV サービス全体の scale up は必須であると考える。

 

<会議全体の感想>

  今後の HIV 政策についての理想論が述べられることが多かった感がある。具体的な疫学調査の結果などが少なく、現状が十分に把握されていないのではないかという疑問が残った。学会の中で、より具体的な疫学調査結果報告が増加すればそれに基づいて、理想を現実へ向かわせる方向性をより具体的に示せるのではないかと考えた。これらを踏まえて、国内での HIV 母子感染についても具体的な疫学調査を実施し、日本の現状を把握することで、日本の HIV 対策への提言をしていきたい。