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第8回アジア太平洋地域エイズ国際会議参加報告書
 

順天堂大学大学院医学研究科疫学・環境医学専攻
嶋根 卓也

はじめに

  ( 財 ) エイズ予防財団の派遣事業により、第8回アジア太平洋地域エイズ国際会議(コロンボ、平成 19 年 8 月 19 日~ 23 日)に参加する機会を得た。日頃、国内外の薬物乱用・依存に関する疫学研究に従事している当方の参加目的は、オーラルセッションでの研究報告 (HIV-related risk behavior among drug users of drug treatment facility in Japan:MoOPC06-07) に加え、薬物使用者の現状および予防プログラムについての情報収集であった。

1. 各セッションの概要

 まず、当会議における薬物使用者に関するセッションの全体像について触れたい。プレナリーセッションでは 2 名が薬物使用者について発表し、オーラルセッションでは薬物使用者についての 2 セッションが設けられていた。その他、スキルズビルディングでは、薬物使用者に関連した 4 つのワークショップがあり、 ポスターセッションでは、計 18 題の薬物使用者関連の報告を確認することができた。

 プレナリーセッションでは、“アジア諸国におけるハーム・リダクション”(薬物乱用に伴う健康被害を軽減させることを目的とするアプローチ)という報告と、“薬物代替療法 - 法的問題と解決 - ”という報告であった。

 1つ目のオーラルセッションは “ Let's discuss harm reduction” というタイトルで、文字通り、薬物使用者に対するハーム・リダクションの報告が中心であった。インドネシアにおける女性 IDUs(Injection Drug Users 、注射薬物使用者 ) に対するアウトリーチ活動( Outreaching female injecting drug users in South Jakarta:MoOPC06-02 ) や、台湾におけるハーム・リダクション・プログラムについての報告に関心が集まっていた(詳細は後述)。報告内容を国別にみると、インド 2 、インドネシア 1 、台湾 1 、カンボジア 1 、オーストラリア 1 、日本 1 の計 7 演題であった。

 2つ目の オーラルセッションは、“ HIV & Drug Use” というタイトルで、計 4 演題が報告され、薬物依存症者の QOL 研究(中国)および、 IDUs への介入プログラムの費用対効果に関する研究(パキスタン)といった報告があった(残りの 2 演題は、“工場労働者を対象にした KAP 調査”と、“小児における ARV アドヒアランス”についての報告で、プログラム作成に疑問を感じた)。

 ワークショップでは、“注射器交換プログラム”に第一線で関わっている方々と、フロア参加者がお互いの経験や意見を交換するセッションがあった。また、国連薬物犯罪事務所 (United Nations Office on Drugs and Crime, UNODC) の職員による、 IDUs に対する HIV 感染予防のための迅速状況対策アセスメント (Rapid Situation and Response Assessment, RSRA) の実施方法や注意点を、実際のテキストを用いて紹介するセッションもあった。

 ポスターセッションでは、次回の ICAAP 開催国であるインドネシアの報告が目立っていた( 18 演題の内訳は、インドネシア 6 、インド 6 、中国 2 、カナダ 1 、香港 1 、イラン 1 、複数国 1 )。インドネシアでは、新規 AIDS 患者の 52.6% が IDUs という報告があり、 IDUs に対する HIV 感染予防プログラムを実施している団体や、 PLWHA である薬物使用者に対する ARV 治療をサポートしている団体の報告があった。インドの報告は、 IDUs 間の HIV 感染拡大が問題となっているインド北東部での取り組みを紹介した報告が中心であった。

 全体的に、ハーム・リダクションについてのアドボカシー的な報告が多く、 War on Drugs 的な政策をとる国で、ハーム・リダクション・プログラムを開始する際にどのような議論があったのかといった点についてはほとんど触れられていなかった。また、ハーム・リダクション・プログラムによる予防効果などのプログラム評価に関する科学研究は非常に限られていた。

 

2.  日本国内の薬物使用者に対する HIV 感染予防プログラムの必要性 :
   HIV-related risk behavior among drug users of drug treatment facility in Japan (MoOPC06-07)

 当方は、オーラルセッションの “ Let's discuss harm reduction” で、国内の薬物依存症者の HIV 感染に関する態度やリスク行動についての報告を行った。

 国営のリハビリ施設を持たない我が国では、ダルク (Drug Addiction Rehabilitation Center, DARC) と呼ばれる民間団体が、薬物依存症に対する長期的なリハビリテーションを実践している。そこで当方らは、ダルク利用者を対象に調査を行い、覚せい剤乱用者は、他の薬物乱用者に比べ、リスクの高い行動をとっていることが明らかになった。つまり、覚せい剤乱用者は、注射器の使用率が高く、同時に注射器の共用率も高く(現在、国内では、針とシリンジが一体化しているディスポーザル注射器での乱用が中心である)、さらにコンドームの使用率も低いという結果であった。その他、ダルク利用者からは、「乱用者にとっては、覚せい剤乱用とセックスはセットになっており、切り離して考えることはできない」というコメントや、「薬物乱用の渇望感が高まっている時は、一刻も早く覚せい剤を注射したいという欲求に頭が支配され、感染症のことを考える余裕はない」というコメントも聞かれた。

 このような結果を踏まえ、覚せい剤が“ セックス・ドラッグ ” として乱用されていることを改めて認識する必要性を強調した。さらに、薬物依存症のリハビリテーションの中に、 HIV 感染予防プログラムを取り入れていくことが求められると提言した。この場合、薬物乱用に伴う健康リスクの軽減を目的とするハーム・リダクション・コンセプトに基づく予防プログラムが有効ではないかと結論付けた。

 なお、ここで触れた、ハーム・リダクションは注射器交換プログラムといった特定のプログラムの必要性を強調したものではない。そもそも、ハーム・リダクションとは、公衆衛生的なコンセプトやアプローチを表す言葉であり、特定のプログラムや取り組みをさす言葉ではない。国内の法律、薬物使用者の現状、文化などを考慮に入れた上で、有効なプログラムを提供していくことが重要であり、その際に、ハーム・リダクションという態度や視点を取り入れることが必要と考えている。

 

3.  台湾での ハーム・リダクション・プログラム : The experience of harm reduction in Taoyuan county (MoOPC06-03)

 この事例は、 IDUs 間での急激な感染拡大に対応する形で、行政が主体となって開始されたパイロット的なハーム・リダクション・プログラムについての報告であった。
 台湾では、 2004 年以降 IDUs 間での感染が拡大し、 2005 年では IDUs が、新規感染者の 72% を占めるまでに拡大した。台湾北西部に位置する桃園県では、 2006 年よりメサドン代替療法および注射器交換プログラムを含むパイロット的なハーム・リダクション・キャンペーンを実施した。桃園県では 1621 名の IDUs がメサドン代替療法を受け、 59 ヶ所の注射器交換所が開設された。注射器交換所では、匿名の抗体検査やカウンセリングといったサービスも提供している。その他、健康教育も学生、受刑者、 IDUs 、一般住民など様々なグループを対象に実施された。

 このような活動の結果、 IDU(Injection Drug Use 、注射薬物使用 ) を感染経路とする新規感染者は、 2005 年に比べ 43% 減少したという。最後に報告者は、公衆衛生行政、教育、司法、警察、福祉など各機関の連携や協力が必要不可欠であるが、それ以上にプログラム立案から実施に至るまで IDUs 自身の参加無しでは、このような成功はなかっただろうと締めくくった。

 この報告で、興味深かったのは、注射器交換所がクリニックや NGO に加え、薬局に置かれていた点である。ヘルスサービスを提供する身近なセッティングとして、地域の薬局が活用されているのである。実はこのような取り組みは、日本国内でも行われており、結核治療の DOTS(Directly Observed Treatment, Short-course ) を、試験的に調剤薬局で実施した例がある 1) 。地域の薬局は、クライアントにとってアクセスが容易なセッティングであり、普段から患者にヘルスサービスを提供している地域の薬剤師は、薬の専門知識も下支えとなり、こうした公衆衛生サービスの提供者にも十分なり得ると考えられる。

 

4.   国内への還元方法

 IDUs 間での HIV 感染拡大が緊急課題となっている諸外国と比較すると、我が国では、 IDU が感染経路と報告されている HIV 感染者数は全体のわずか 0.5% である。しかし、薬物使用を犯罪行為として捉える側面が極めて強い我が国では、陽性者が自身の薬物使用経験を報告しにくく、現実に IDU を感染経路とする割合は、もう少し高いと推測される。また、薬物使用とセックスは結びつきが強く、注射を伴わない薬物使用であっても、薬理作用による判断力の低下などにより、セーファーセックスを阻害する大きな要因となっている可能性も指摘できる。

 いずれにせよ、国内では薬物使用者に対する HIV 予防プログラムがほとんど準備されていない点は事実であり、今回得た情報やネットワークを薬物使用者のコミュニティに還元していくことは重要である。現在当方は、ダルクのスタッフ(元薬物使用者)や専門家らと共に、薬物使用者向けの HIV 感染予防パンフレットを作成している。薬物使用者向けの予防資材はこれまでほとんどなく、各ダルクスタッフの HIV/AIDS に関する知識は十分とはいえない状況である。作成されたパンフレットは、全国に 40 施設以上あるダルクに配布されるほか、ダルクが持つネットワークを生かし、精神病院、刑務所、保護観察所などを通じて薬物使用者へ配布する予定である。このようなコミュニティの活動に、派遣事業の成果を還元していくことで、薬物使用者を対象とする予防プログラムについての議論がさらに深まることを期待している。

 

文献
1)豊田恵美子、他:地域資源を活用した(調剤薬局を中心とした)服薬支援 (DOTS) に関する研究 . 厚生労働科学研究費補助金新興・再興感染症研究事業「都市部における一般対策の及びにくい特定集団に対する効果的な感染症対策に関する研究(主任研究者:石川信克)」平成 15 年度総括・分担研究報告書 ,p71-92,2004.