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第8回アジア太平洋地域エイズ国際会議参加報告書
 

アデオジャパン
籠田 綾

0 .はじめに

  本報告書は、第8回アジア太平洋エイズ国際会議(以下 ICAAP )における、おもに若者の予防啓発プログラムについての情報収集の結果についての報告書である。会期中での情報をもとに、若者の予防啓発プログラムについての全体の流れを述べつつ、適宜それについての考察を加える。

 

1 .正しい情報の提供

  若者の予防啓発プログラムについてのセッション全体の流れとして、「正しい情報の提供」が若者の予防啓発には重要だという意見が多く見られた。その背景には若者がデジタルディバイドにより得られる情報量自体が少ない状況、あるいは情報量が爆発的に多く、その質もさまざまであり情報の正誤が判断できない状況、におかれているという現状がある。いずれにしても、(特に HIV 感染予防についての)正しい情報がないままだと、無防備なセックスといった HIV に感染する可能性の高い行動をとってしまうのである。

  では、情報提供が重要とされているなかで、必要とされている情報にはどのようなものがあるのだろうか ?  ただ情報提供をするだけではなく、少しでも効果的な情報提供を行うためには、必要とされている情報、そして情報を受け取る側の若者がどのような状況におかれているか、「若者」という 1 つのカテゴリに分類されている存在がいかに多様であるかを知る必要がある。 ICAAP ではこうした調査の結果についての発表がみられた。ネパールのユースの発表では、同じ国内とはいえ、市街地と郊外では状況が異なるため、情報提供のツールを使い分ける必要がある、ということが述べられていた。また、インドでは若者だけでなく親、先生にもインタビューを行い、若者がおかれている状況を調査した結果、ヘルスケアサービスの提供者は若者のニーズに対してあまり気を使っていないということがわかったという。こうした調査結果から、提供する情報、その伝え方に関して意義のある発見が見つかるのではないだろうか。

  また、情報を伝える機会について考えたとき、ほとんどの国において多くの若者にアプローチできるのは学校である。日本でも性教育については議論が絶えないが、 ICAAP においても性教育についての議論があがっていた。今日の日本において「必要な情報」を提供できる場であるはずの性教育が、本来の機能をはたしていないように感じられるが、この問題は ICAAP 中にも他国における話として耳にした。こうした問題を解決するためにも、若者に必要とされている情報を把握することは有意義であると考える。そして、情報を一方的に与えるだけの性教育ではなく、事前のニーズ調査、事後のアンケートによるフィードバックを繰り返すことで、よりよい性教育プログラムが生まれていくであろう。そして、学校に限らず、学校の外においても、地域、家族を巻き込んだ性教育についてもう少し検討する必要があると感じた。学校ができないから地域や家族で行う、あるいは地域や家族ができないから学校が行う、といった性教育ではなく、本来ならこれらすべてが関わって、より包括的なアプローチが必要なはずである。こうしたアプローチをしている実践例は、無いに等しかった。

 

2 .プログラムにおける「当事者としての若者」

  ここでは、若者の予防啓発についての情報収集をするなかで感じた「当事者としての若者」について述べる。

  当事者とは、自らのニーズを自覚し、そのニーズを満たすために外部に対して働きかけをする人、と定義する。当事者になる過程には二種類あると考えられ、一つ目は自分が抱える問題を自分で発見し、問題だと認識、働きかけを始める場合である。二つ目は自分が抱える問題を他者の指摘によって発見し、その問題をまさしく自らの問題であると認識して働きかけを始める場合である。したがって、外部の人間がある枠組みを用いてある人を「当事者である」とカテゴライズしても、本人が問題だと認識しない限り、その人は当事者ではない。

 HIV や AIDS に関して、若者は当事者であるといわれる。そこで、前述の当事者の定義をふまえて、若者の予防啓発プログラムについて考えてみる。そのプログラムの実施主体が若者であろうと誰であろうと、若者に対するプログラムであるかぎり、若者のニーズ、すなわち当事者性が反映されているべきである。しかしながら、若者に対する予防啓発というテーマの発表であっても、そこに若者の視点がまったく入っていないという例がみられた。また、「みせかけ」の若者とのパートナーシップと感じられるような、誰かが用意したプログラムを若者がその場だけ取り仕切っているように見えるプログラムの事例もみられたことは事実である。「若者の予防啓発プログラム」という限りは、若者の視点が必要である。それを無視しているように感じられるプログラム事例が存在したことは、いまだに HIV 感染予防では若者のプレゼンスが低いことを意味している。このような段階はすでに脱していなければならず、本来ならプログラム形成におけるよりよいパートナーシップについて語られているべきであろう。

  また、今まではプログラム実施主体について述べたが、対象となる若者に目をむけたとき、どれだけ周囲が若者は HIV や AIDS の当事者であると考えてアプローチしても、対象となっている若者がそれを「自分の問題」だと認識しなければ、彼らは当事者ではない。そして、プログラムの参加者がなんらかのニーズを感じて当事者とならなければ、結局は次のステップにはつながらない、効果の低い意識喚起に終わってしまうのである。

 

3 .終わりに

  以上が、 ICAAP で得られた若者の予防啓発活動全体的な流れと、それに対する考察である。セッションに参加して、国内での自分の活動と、世界での活動を対比することができたのは、今後につながるよい経験であった。

  最後に、 ICAAP において本会議の前にユースフォーラムはあったが、本会議においてユースが参加したセッションは、全セッションに対する割合を考えると数が少ない。 HIV や AIDS にどのような側面からであれ、今後関わっていくユースは、重要なアクターとして認められるべきであるし、さらに自らの声を届けていく必要があると感じた。