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第8回アジア太平洋地域エイズ国際会議参加報告書
 

りょうちゃんず
早坂 典生

 2007 年 8 月 20 日~ 23 日まで、スリランカのコロンボで開催された第8回アジア・太平洋地域エイズ国際会議に参加したので報告する。

 参加するにあたり、スリランカでの ICAAP開催が危ぶまれる話題や情勢不安等を耳にすることもあった。しかし、町の印象としては、街の端々で機銃を持つ兵士の姿が見えるなど厳重警備を感じたものの、コロンボ市内は人と車に溢れた日常の生活が存在し、大きなトラブルもなく参加することができた。会場であるバンダーラナーヤカ記念国際会議場 (BMICH) は、仏教国らしく入口に大きな仏像があり、数多くの国際会議が行われた歴史ある建物であった。参加者は約60カ国から2400人以上であり、「変化の波、希望の波」をテーマに行われた。

 開会式は、スリランカ大統領マヒンダ・ラジャパクセ氏が参加することにより、厳重なセキュリティのもと行われ、入場に際しては携帯電話、カメラ等も禁止という状況であった。大統領は、アジア太平洋地域での HIV 陽性者の増加に触れ、多くの国々が手を取って対策を図らねばならないと強くアピールした。元首がリーダーシップを発揮し、アピールすることは重要であり、ホスト国としての責任を果たそうという気持ちを表現していた。しかし、気になった点がある。大統領はメッセージを終えると、プログラム途中で退席した。かつてバンコクの国際エイズ会議では、プログラム途中に VIP が退席したため、セレモニー終了と誤解を招き、プログラム後半のHIV陽性者のスピーチは空席が目立つ中で行われた。今回もまた同じことが繰り返されるのかと思ったが、大統領を見送った後、大会役員等はHIV陽性者からのメッセージまでには戻った。このことは少しほっとした。立場上やむを得ないとはいえ、本当のリーダーシップを発揮しようと思うのであれば、陽性者からのメッセージこそ、大統領に耳を傾けてもらいたいと思った。

 エイズ予防財団から HIV 陽性者支援や予防啓発プログラムの情報収集課題を受け、シンポジウム、セッション等に目を向けていたが、南アジアや東南アジア各国からの活動報告では、 peer education を活用したプログラムやコンドームの配布、スポーツやイベントを主体とした啓発活動など、主に欧米や国際機関等の支援や予防プログラムが中心となっており、その報告は日本では既に行われているものばかりであった。そういう意味では、りょうちゃんずのピアカウンセリングによる HIV 陽性者支援や、ジャンププラス、ぷれいす東京等で行われているHIV陽性者支援プログラム等を日本流にアレンジしたプログラムとして広く国外にアピールする可能性を感じた。

  また、 HIV 陽性者支援に関しては、まず各国のHIV陽性者とコミュニケーションを取ることが重要と考え、 PWA ラウンジ等を中心にコミュニケーションを取った。 PWA ラウンジは、会場敷地内に設置され、HIV陽性者限定の交流スペースである。スリランカの当事者団体であるLanka+のメンバーとボランティアを中心に運営され、ランチやデザート、ドリンク、マッサージスペース、仮眠スペースも用意されており、体調への配慮等も含めて快適なスペースであった。神戸での日本流の PWA ラウンジもすばらしかったが、スリランカのラウンジも快適であった。

  スリランカ、マレーシア、インドネシア、ミャンマー、韓国等のHIV陽性者と語り合うことができた。日本では当たり前にできる治療状況であるが、「発症したが、ようやく入手できた治療薬で驚くほど回復した」、「ネットワークを作るにもスティグマがあり組織化できない」、「地方の都市まで治療薬が行き届いていない」「国内の治療センターが限られているため、来るためには数日かかる」といった話しから、「私も神戸(7th ICAAP )に参加していた」といった話しが聞き取れた。また、日本で薬害エイズの和解によって治療体制が整備され、国内のすべてのHIV陽性者の治療に結びついていることや、今では感染ルートにかかわらずHIV陽性者が一緒に活動をしていることについて、日本を少しはアピールできたと思う。実際、ここで知り合ったHIV陽性者の治療はある程度できている様子であったが、各国に戻れば、治療、宗教、文化、法律等の条件の違いから、日本とは比べられないほど厳しく辛い生活をしている方がたくさんいることも理解しておかねばならない。私にとって国際会議の参加は、 HIV を通じてたくさんの方々とつながっていること、アジアの現状をよりリアルに感じることができたことが収穫であった。今後、日本では日本なりの体制(治療、文化、法律等)の中でHIV陽性者支援をしていくことになるが、日本なりの状況(地域、治療、生活)がひとりひとり違うことを認識した上で、日本でのネットワークを活用し、同じ問題を抱えた者同士が触れ合い、語り合う機会を持てるよう、HIV陽性者支援につなげていきたい。

 神戸の会議では参加できなかったスキルズビルディングに参加した。インドのカルカッタにある NGO が主催するHIV陽性者ネットワークやCBOのための人材開発と組織作りに関するスキルズビルディングに参加してみた。参加者同士が同じ一本の毛糸をつまみながら、これがネットワークの第一歩だと説明があった。組織の大小にかかわらず個々の組織を尊重し、結びついていけばネットワークはすぐにでもできていくとのことであった。組織作りにおいては、人が重要な資源として組織が動いていくことの大切さや、それぞれの役割分担を持つこと、スキルアップの必要性、組織運営維持の方法、それに大事なことは目的を達成するためにビジョンを持って行動し、メンバーで共有しながら進めていくことが大事であること等、組織作りに大切なポイントが講義された。スキルズビルディングは、シンポジウムやセッションと違って、一緒に参加している感じが心地よいものであった。日本でも限られた人材と予算の中で活動し、継続していくことの難しさと感じることもあるが、これからも皆で協力しながら活動を続けていきたい。

 その他として、医療関係の発表が少ない印象だった。展示ブースにおいても、製薬企業などの展示がなく、アジアでのエイズ対策と製薬企業との関係に起因するのかと思った。また、日本ブースでの折鶴によるレッドリボンのオブジェは好評であった。折鶴を折る外国の方は思いのほか器用で、日本人である私の方が折り方を忘れていたほどであった。神戸での YAKUGAI ブースでの七夕飾りと短冊つくりを思い出した。

 閉会式においてAPN+から耐性問題や第2世代の治療薬の普及、スティグマを受ける女性の問題(暴力、差別、妊娠や子供)などが話され、HIV陽性者コミュニティへの資金不足、HIV陽性者が参加しないプログラムの成功はない、自分達が声を上げるスキルの獲得が必要との声明があった。グローバルファンド等の支援による成果は挙がっているのは事実だろうと思うが、支援される側と支援する側のギャップが存在することから、これからもHIV陽性者は声を上げ続けなければならないと思う。日本においても、10年前に比べれば劇的にHIV環境は変わっている。しかし、声を上げなければ変わらない部分も多く存在するので、私も微力ながらアドボカシー活動をできる立場にあるものとして、国内のHIVの取り組みに対して、意見できることは伝えていきたい。

 最後に、日本ではMSMや薬害の問題としてHIVにスポットがあたるが、ドラッグユーザーや移民、弱い立場の女性や子供の問題として話題になることはアジアでは少なくない。日本では気付かないことなど、これからも会議に参加した経験を日本の仲間たちに伝えていきたいと思う。今後も多くのHIV陽性者が参加できる機会に恵まれることを期待したい。