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第9回アジア太平洋地域国際エイズ会議参加報告書
 

大阪HIV薬害訴訟原告団代表
花井 十伍

1994年横浜と2005年神戸における国内開催を除けば、1996年バンクーバ以来、13年ぶりにAIDSの国際会議に参加しました。私たちが、ARVを手にする以前、世界会議は医療の専門家が中心的役割を果たし、患者・NGOの参加が他の医学学会と比して特筆して多い世界会議という様相でしたが、世界がHIVというウイルスの正体と治療法を知ったうえで、いかにその拡大を抑止するかという脈絡にある現在、エイズの国際会議もこうした問題解決を模索する会議となりicaapはより、そうした性質に特化した会議となっているようです。横浜では、重篤な日和見感染の症状を押して、はた目からも大変な苦痛を伴ったまま会議に参加している患者さんが沢山いましたが、今回は、アジアの患者さんも含めて少なくとも外見からは元気そうで、隔世の感は否めません。こうした変化の下、医学や疫学が現在でも極めて重要であることは言うまでもありませんが、比較的安全で効果的な治療手段と予防手段が明白である現在、各国の政治・経済・人権が適切さを欠いたり、資源が不足したりする事情の解決がより直接的にAIDS問題の解決へ結びつくようになり、関連した人文科学の重要性はより増しているように思われます。

さて、9thICAAPですが、開催地はイスラム圏のインドネシアにあって唯一ヒンズー教徒が人口の大部分を占めるバリ島です。3000人を超える参加者を受け入れるキャパシティーを考慮すると殆ど選択の余地がなかったとのことですが、バリ島の中でも南部の新興リゾートエリアである、Nusa Dua 地区中心街の高級ホテルに隣接した国際会議場が会場となりました。結果として、会議場近隣のホテルは充実したサービスと設備を競い合うリゾートホテルが多く、過分なもてなしは会議における中心的課題についての現実感をはぐらかされているような居心地の悪さえ感じさせるものでした。オープニングセレモニーと歓迎レセプションは、主たる会議場から車で30分程はなれたJinbaranにある巨大な野外テーマパークで開催され、Susilo Bambang Yudhoyono 大統領(SBYの愛称でよばれているそうです)が出席しました。大統領自らが出席することで、インドネシアがAIDS問題をいかに重視しているかを十分アピールしたことは、我が国の対応との落差を感じましたが、大統領がアジア太平洋地域のネットワーク強化やワクチン・治療薬開発におけるパートナーシップの確立を訴えるとともに、何よりも会議参加者を絶対テロから守りきることを一番強調していたことは強く印象に残りました。大統領の言葉どおり、主会議場エリアへの侵入のみならず、ホテルの敷地への侵入に関しても、武装した警察による検問があり、登録者はセキュリティーカードの携帯を義務づけられ、会議場への入場はかならずこの写真付カード照合と荷物検査がある、といった徹底ぶりです(カードの発行手続きに半日行列の中で費やすことになったのにはいささか閉口しましたが…)。

本会議は、インドネシア保健大臣のスピーチからスタートしました。インドネシアにおいてもARVは政府が無料で供給しており、2006年に46%あった死亡率は2008年には17%まで減少しています。ARVが1995年に臨床現場で劇的な効果を示してから13年、ドーハでの合意やグローバルファンドAIDS結核マラリア基金など国際ファンドの後押しを受けて、アジア太平洋地域の国々も本格的にケアを前提とした施策に踏み出しつつあるように見えます。いわゆるユニバーサルアクセスが目指す到達点であることは、会議参加者の誰もが異論のないところだと思います。国連合同エイズ計画(UNAIDS)directorも2011年末までにアジア太平洋地域で100万人のART治療アクセスを達成したいとしており、既に目標の半分の565000人は治療を受けていると述べています。しかしながら、世界的経済事情の悪化は、こうした挑戦をより困難なものにしています。グローバルファンドのディレクターも経済的影響を最小限に食い止める努力を各国に求めています。また、国連人権基金も、よりターゲットを絞った費用対効果の高い予防施策を行うべきとしています。 13年の歳月は、HIV/AIDSに関して、すでに行うべきことやその手段についての迷いを少なくとも総論においては消失させるに十分な期間であったように見えました。これら印象を踏まえて、個別のオーラルセッションやポスターセッションを語学力の許す範囲で見て回る形での参加となりました。

予想された事ですが、私が日頃国内で中心的問題として扱っている、血液製剤由来の感染あるいは血液供給システムに関するスクリーニングの話題はほぼ皆無でしたし、サーベーや基礎、診断等のセッションも最小限でした。何度も参加している皆さんからは笑われそうですが、この会議が、決して学際的興味によって成立している会議ではなく、国際的問題解決のための会議であることを再認識させられました。セッションの多くを占めているのは、様々なコミュニティーベースの活動報告的なものやネットワーク構築に資するためのコミュニケーションに主眼がおかれたもので、個別のテーマとしては、女性の社会的脆弱性がいかに予防行動と治療アクセスを阻害しているかという報告や、ドラッグユーザーの注射の回し打ちによる感染拡大を抑止する手段として、違法薬物取り締まりの文脈から、ハームリダクションを含めたケアの戦略に切り替えることの重要性を実践あるいは一部実証するセッションはかなりの数を占めていました。さらに、宗教的規範性が予防や治療アクセスの障害になることを検討するセッションも興味深いものがありましたが、この領域に関してはやはり、より普遍的価値観に立脚した議論にはなりにくいようです。また、ミャンマーやカンボジア、インドネシアで感染者が増加しているセックスワーカーのセッションでは、経済的要因による脆弱性が基礎的要因となっている事が報告されiccapに関する限り、セックスワーカーというテーマは、経済的要因と女性の権利に関する要因の結節点的問題系である印象を受けました。今や、icaapはHIVというテーマをとおして普遍的価値観を模索する政治的、倫理的国際会議のようでした。

ポスターセッションはそれほど注意深く見て回れませんでしたが、どちらかというと様々なコミュニティーベースプログラムの成果発表やアンケート調査の発表などが目立っていたように感じました。中には、参加する事に意義がある的なものもあり、icaapのお祭り的側面も現れていました。

こうして、俯瞰した位置から全体を見てみると、iccapに内在する矛盾も垣間見えて来ます。私が見たところ、HIVという文脈に特に寄り添ってアジア太平洋地域の最優先課題が何か?と問われれば、繰り返しになりますがユニバーサルアクセスの確保という事に尽きると思います。そして、この目標達成を阻害している要素は、経済的要素と人権的要素の二つに集約できます。前者の要素へのアプローチは一般論としての世界経済問題をひとまず埒外に考えると、各国のHIV対策財源の確保と国際的ファンドの拡充と効率的運用ということになります。そして、後者の要素は、実は9thicaapの大部分のセッションに採り上げられた話題の主たる問題群に他なりません。これらの問題群は、殆どが人間の権利擁護に関するものであり、端的に人権と差別の問題群です。ファンドの高率運用が言われるなかで、各国のNGOにとってのicaapは、コミュニケーションやコミュニティーの強化という果実が得られる貴重な場なのかもしれないし、事実そうでしょう。しかし、こうした多くのおそらくは大なり小なり抑圧を受けている当事者が中心となった活動だとすると、誰が彼らにこうした活動を強いているのでしょうか、このような環境は誰が準備したものなのでしょうか。公衆衛生の責任者は一般的には主権国家であって、NGOの活動は例え、(民主主義で言う)主権者としての自覚に支えられているとしても、機能的にはあくまで国家が行うそれを円滑に行うための潤滑剤的役割であるはずです。にもかかわらず、icaapが国家ないし資本の力学のなかで抑圧と戦おうとする者たちの人生全てを投入して行う活動の発表会に堕してしまうとすれば、これは仕組まれた欺瞞と言う他はありません。もし、icaapが学際的好奇心ではなくなんらかの問題解決のために行われるのであれば、参加者は一つの共通の認識を再度確認する必要があると思います。私たちが、世界で例えばHIVによって苦しみをもった生活を余儀なくされる人々を皆無にするべく行動しているとすれば、こうした行動を肯定する主たる原理は、長い歴史を通じてやっと手にした一つの観念、「人権」において他にありません。そんなことはicaap参加者の全てが分かっている事だと言われそうですが、本当にそうでしょうか。「人権」と言う観念は、いまだ完全ではなく、今後可能な限り普遍的原理によって要請される揺るぎないものとして育ててゆく途上にあります。しかしながら、人権を要請する普遍性どころか、一定の限定的観念を唯一普遍的であると盲信するような人々が、そうした自己を検証する努力を横において、他国のHIVに関連する問題解決の手段を提供できるがごとくの発表を堂々と行ってはいなかったでしょうか。また、こうした発表を行うための研究費や報酬はどのくらいで誰が提供しているのでしょうか。彼らの多くは専門家と呼ばれてNGO関係者と良好な関係をもっていますが、一部NGO関係者の最終的出世した姿がそこに見いだされるとすれば、私たちは問題解決の希望の光を見失いかねません。私は、こうした印象が杞憂である事を願っています。また、帰国して、我が国においてこうした印象のアナロジーを粗雑に見いだす事にも慎重でありたいとも思います。しかしながら、少なくとも一人の参加者としてインドネシアから持ち帰った宿題として、今後の活動に生かしてゆきたいと思います。

最後になりましたが、私のような一介の患者にこうした機会を提供してくださったエイズ予防財団の関係者の皆様に深く感謝の念を表します。