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第9回アジア太平洋地域国際エイズ会議参加報告書
 

JaNP+(日本陽性者ネットワーク)国際部門
羽鳥 潤

ICCAP 9th (アジア太平洋国際エイズ会議)に参加するため、8月6日にインドネシアのバリ島に到着した。 今回のICCAPは、世界65カ国から約5,000人が参加した盛大な会合となった。個人的にも、約1週間の期間中たくさんの人と出会い、いろいろなことを語り、有意義な数多くの体験をすることができた。
本レポートでは、その中から3つのトピックについてご報告させていただくことにする。

8/8 Mercure Sanur Hotel
The 200 Forum
今回のICCAPは、開会式/ 8月9日、本会議/ 8月10日~13日まで、という構成であり、その前に ’コミュニティフォーラム’ というプレカンファレンスのイベントが組まれた。

HIV陽性者を対象としたPLHIVフォーラム、セックスワーカー対象のSEX WORKER フォーラム、女性と女性同性愛者対象のWomen&Lesbian Forumなど、それぞれのターゲットに合わせたフォーラムを開催し、参加者間での意見交流や情報交換を促進するためのミーティングが用意された。私が参加したのは、PLHIVフォーラムとMSM&TG(トランスジェンダー)フォーラム’ The 200 Forum‘の2つである。

アジア/ 太平洋地域では、MSM(Men who have sex with men)やTGという特定の集団だけで一日に約200人の新規HIV陽性者数が報告されている。‘The 200 Forum’という名前はそこに由来しているのだが、この数値を時間当たりで換算すると、約7.5分に1人の割合で新しいHIV陽性者が増加していることになるのだそうである。

アジア・太平洋地域でMSM&TG陽性者が急増している背景として、

(1) Recreational Drug(嗜好性の薬物)や飲酒が引き金となるハイリスクなセックスによって感染の機会が増えている
(2) MSW(男性セックスワーカー)への予防教育が徹底されず、コンドームや潤滑ゼリー使用へのアクセスが不充分
(3) MSMやTGでありかつHIV陽性者でもあるという二重のスティグマが、彼らの存在をクローゼットにし、実情の把握が難しい
(4) 外国からの労働移民や一時的な居留者間での感染実態が明らかでないため対策が立てづらく、MSM&TG層への影響も不鮮明

などさまざな要因があげられている。

追い討ちをかけているのが、対策のための資金供給源の不足だ。カンボジアの場合、対策費の80%が企業(ドナー)からの援助に依存しているが、それはART(HIV治療薬)供給のために使われ、MSM対策は立ち遅れた状況にあるという。現状では、グローバルファンドにおける対策費別のシェアを見た場合、MSMに充てられている割合は本来必要な割合のわずか10%程度。MSM対策費の捻出が法的に確立されているのはわずか12カ国にとどまり、全体の75%の国ではMSMに特化した予算が存在していないという状況となっている。感染の広がりに対する危機意識が薄いのは、MSM&TG層に含まれる人々の具体的な行動が一般社会にとっては’認識しずら’く、「Fundingはきちんとしたデータが提示されてこそ拠出されるもの」という考え方の根強い国が多いことだろう。しかし、アジアの先進地域においては各国のMSM団体を結ぶ新しいネットワークの構想が検討されているという情報があり、さらに最近ではグローバルファンドの活用がMSMやTG層にも向けられる動きが徐々に表面化してきているようで、こうした流れが今後どうなっていくのか注目したい。

一方、amfARのKevin Frost氏は、アジア・太平洋地域のMSM層が総合的なHIV医療サービスにアクセスするためのモデルとして、以下のような提案を行っている。

(1) 主要病院で、医療サービス従事者にMSM層への理解を高める対策を行う。患者のプライバシーに配慮し匿名性を高めたサービスを提供することを重視する
(2) MSM陽性者の中で、経験や知識の豊富な人材を’Expert Patient‘として起用する
(3) MSMのコミュニティの中に、医療サービスにアクセスできる場所を設置する。例えば、コミュニティのNGOの中に’ミニクリニック’や‘移動クリニック’を設ける
(4) MSMが自主的にプレテストカウンセリング、ポストカウンセリングを受けることができるようなVCT(Voluntary Counseling and Testing)を提供サービスにリンクさせる

世界経済が難しい状況にある現在、われわれが直面している危機を乗り切るためには、資金捻出のための戦略だけでなく現行の仕組みをどう改善し、効果的に活用していくかも大きなポイントである。‘From 200 to 0’(一日200人から0人へ)というわれわれの目標へ到達するためには、単体ではなく、ものごとを複合的な視点から捉えていくことが重要なのだとあらためて認識させられた。

8/10 MoSM02
MSM AND HIV IN ASIA AND THE PACIFIC:
CROSS-CUTTING ISSUES

‘MSM’という枠組みには、一般には’ゲイ’と呼ばれる男性同性愛者や、バイセクシャルと分類される既婚者などが当てはめられている。個人的な印象で言わせてもらえば、日本でMSMとHIVのつながりを考えた場合、多くのケースで「男性間同士での感染」がイメージされ「男性から女性へ感染が広がる」危険性についてはそれほど想定されてはいないのではないか。その意味で、バングラディシュのMr.Shale Ahmedが行った「MSM and Female Partners 」のプレゼンテーションは興味深いものであった。

今回のICCAP開催国であるインドネシアは、イスラム系住民が大半を占める(開催地のバリ島がヒンドウー教徒であるのはインドネシアでは例外的) 南アジア地域にはイスラム教国家が数多く存在しているが、バングラディシュもまたムスリム国家である。こうした国々では、宗教的な理由などから大多数のMSM人口が結婚しているが一般的であり、例えばバングラディシュ国内のMSMの36%は妻帯者であると言われている。

最近の調査結果によれば、バングラディシュの既婚女性1,000人のうち、約640人が何らかのSTD(性病)に感染しているという。バングラディシュの女性にとって、HIVは性的志向にとらわれることなく、すべての男性の性行動が女性の感染リスクに影響を与えており、それが’エイズの女性化’という問題を生み出している。女性への感染は、もはやヘテロの男性だけでなくMSMの男性も密接に結びついた問題であるという事実にショックを受けた。また、この傾向は信仰の問題だけに限定されることなく、広範な地域で人々の性行動に対する意識が著しく変化してきているという背景にも目を向ける必要があるだろう。日本でも、今後女性の陽性者が拡大していく傾向をたどるのかどうか.懸念される。

一方、タイのMr.Philippe Girautの「MSM and Drug Use」は、Recreational DrugとMSMの関連にスポットを当てた発表であった。

タイでは、MSWのドラッグ使用が大きな問題となっているそうだ。バンコクのMSMの間では、現在アンフェタミンとエクシタシーが流行しており、HIV陽性のMSMにとってはARV服用のアドヒランスの低下や、薬効の低下などにダメージを与えているという。薬物の使用理由については、セックス時の興奮を高める、日常生活のストレス解消、などの理由のほか、他のMSMと仲良くやっていくため、グループ内で阻害されないため、コミュニケーションを深めるためにドラッグを使用する、という点が挙げられており、こちらも気がかりな内容だった。そして、こうした薬物が従来の’静注針’を通したものだけでなく、吸引など新たなルートで急速に拡大しており、それが間接的にHIV感染の拡大を招いていることも否定はできない。日本のMSMの研究の中でも、薬物使用とHIV感染に関しては実態が明らかにされていない部分が多いように思われる。最近は、日本でも薬物依存の問題はメディアを通じて盛んにとりあげられ、若い人たちの間できわめて関心の高い問題になってきている。個人のプライバシーの問題に最大限の配慮を行いつつも、今後、HIV感染との関連性がより具体的なデータとして公表されていくことを期待したい。


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HIV in the workplace ?Government and Private Sector policies and Programs
Chevlon は、石油をはじめとするエネルギー産業の分野で世界に名を馳せる多国籍企業である。HIV陽性者と雇用に関して独自の企業規定が設けられている。

Chevlon Indonesia
広範なネットワークをもつ国際企業であれば、労働者は世界中のさまざまな場所の、さまざまな環境で働くことが想定される。そこでは、労働者は常に感染症というリスクに直面しなければならない。その点を考慮し、Chevlonでは「労働者がHIVを始め結核やマラリアなどの疾病にかかった場合であっても、職場内で差別をしてはならない」というグローバルポリシーをまとめた。これに基づき、Chevlon Indonesiaでは「Corporate 260」を2005年に制定し、すべての従業員を規定の対象とした。
Corporate 260の主だったポイントを挙げると

・ Corporate260 プログラム概要
 状況分析と実践的調査
 感染症に関する知識レベルの評価、病気の知識に関する事前事後トレーニング
 Chevlon の医療従事者へのガイドライン制定、トレーニング(必須)
 従業員に対する感染症の予防教育

 サハラ以南での就労について
 管理指導者によるVCTの実施、コンドーム配布
 低料金での保健施設利用
・ 採用時に就業希望者のHIV抗体検査を行わない
・ 企業倫理規定に基づき、労働者のHIVスタースは機密保持される
・ 感染症に対する差別排除に重点を置いている
・ 現在までに、538人の管理職がCorporate 260に基づくトレーニング教育を受けた
・ Global Fund とのパートナーシップ
・ 継続的な教育とトレーニングの質の向上を図り、長期的な実施に力を注ぐ

Thai’s National Project and Chevlon Thailand
2003年にスタートしたタイの国家プロジェクトは、HIV/AIDSに関するMOL(Management of Labor)コード=最低基準をベースに、*DLPWや*TBCA、ILO、Center of AIDS Right(CAR)などの諸団体との連携でスタートした。

プロジェクトの第一段階では、1st level assessment として企業規定の制定、就労者に対する強制的なHIV抗体検査の禁止を掲げた。第二段階では、就労者や管理者に対するトレーニング、個人情報の漏洩防止、サポート、コミュニティに対する啓発活動などを実施してきた。2004年から2008年まではGlobal Fundが投入され、約1万事業所、370のNGOで展開された。

プロジェクトの実施前と実施後で、HIVに対する就労者の意識に生じた変化

・ HIV陽性者の労働者と一緒に食事をするようになった   
 Bf 40.2% →Af 93.0%
・ VCT検査を受けるようになった
 Bf 13.2% →Af 16.2%
・ コンドームの使用率
 Bf 21.0% →Af 48.6%

一方、Chevlon Thailand でもCorporate Policyを制定し、VTCやケアなどのサービスを展開。ガソリンスタンドで、店員が若年層を対象とした予防啓発プロモーション「Love Station Program」や、上記のNational Projectの展開に併せ、Global Fundと連携したGlobal Fund Corporate Champions Program を実施している。

インドネシアとタイ、いずれのChevlonのケースでも、まず企業側がきっちりとしたポリシーを立案し、その上で労働者の健康管理やHIV陽性者への偏見、差別排除を含めた細やかな教育を全社的に実施してきたことが分かる。タイの事例では、国家が主導を取りながら、企業や民間のNGOなどさまざまな団体が連携し、意見を交換しながらプロジェクトを練り上げていったとのことである。

どこの国でもそうだと思うが、HIV陽性者の立場からすれば自分の病気を雇用者に伝えるのは非常にシビアな行為だ。しかしそれは、陽性者の大半が避けることのできないきわめて重要な問題である。

治療技術が進み、現在では服薬によってAIDSの発症をある程度食い止めることができる、という知識は、HIV陽性者にとってはあたりまえの常識であるが、その他大勢の人たちにとってはまだ常識となりえていない。感染症、という穏やかでない言葉の響きは、それまで身近な距離で一緒に働いていた同僚や上司に不必要な警戒心を与える。HIVと共に生きている多くの陽性者が、職場においても自分の病名を隠さなければいけない現実に直面している。

残念ながら、日本では企業間や関連団体との間で、HIV陽性者と就労という問題について密な関係がほとんど構築されていないように思える。HIV陽性者がそれぞれの勤務先でどのような就労状況にあるのか、正確な実態がつかめていないためだ。日本独自のシステムを確立させ、きちんと機能させること。HIV陽性者が安心して働ける環境を作り出すためにも、こうした諸外国のモデルケースを参考に、綿密な調査を行い、早い段階での計画着手を望みたい。

注 *DLPW(Department of Labour Protection and Welfare)
   *TBCA(Thai Business Coalition with Aids:HIV) 感染者が、偏見や差別を受けることなく社会の中で生活できる環境を作っていこうという趣旨で設立されたNGO