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第9回アジア太平洋地域国際エイズ会議参加報告書

SWASH(Sex Work and Sexual Health)アウトリーチワーカー
八木 香澄

テーマ: トランスジェンダー・セックスワーカーの労働環境およびHIV/AIDSに関するアジア各国の現状と課題

<ICAAP9thにおける、セックスワーカーによる活動>
2009年8月にバリで開催された「第9回アジア・太平洋国際エイズ会議(ICAAP9th)」において、アジア太平洋地域のセックスワーカー・コミュニティであるAPNSW(=Asia Pacific Network of Sex Worker)は、当事者とサポートスタッフによる数度にわたるミーティングやセッションを開き、アジア太平洋地域においてセックスワーカーが置かれている状況とHIV感染予防について活発な議論をおこなった。

セックスワーカーは、法律、性規範、感染症リスク、労働、人身売買、セクシャリティ、同性愛、暴力、ヘルスケア、エンパワメントスキルなど、多くの課題に関して提言をもつものであるが、セックスワーカーの置かれている状況とその提言が、特殊性と普遍性を併せ持つことは忘れてはならない。ある問題の状況は国ごとにその位相を変え、別の問題の状況は国を超え共有されている。この報告書では、ICAAP9thにおけるセックスワーカーに関するさまざまな話題の中でも、トランスジェンダー・セックスワーカーの諸問題に焦点を当てて、報告・提言したい。(TGとしては主にMale-to- Femaleを想定している。)

<TGSWの権利擁護とHIV拡大予防>
会議を通じて得られた認識は、概要以下のとおりである。

  1. 【偏見と差別】トランスジェンダー(TG)とセックスワーカー(SW)のそれぞれに対して社会的な偏見と差別があり、これがトランスジェンダー・セックスワーカー(以下TGSW)の社会的な立場をより一層弱いものとしている。

  2. 【性の健康】このような状況において、TGSWは「性の健康(Sexual Health)」に関する情報や権利を獲得することが困難となっており、HIV/AIDS予防・治療の観点からも重要なグループであると考えられる。

  3. 【HIV予防】HIVの拡大予防策の一環としては、これまでに女性セックスワーカーに対するアウトリーチが試みられて一定の成果を挙げてきた。一方で、TGSWに関しては、その存在と問題状況が最近ようやく認知されてきた段階であるといえる。TGSWに焦点を当てたHIV/AIDS対策を立てるためには、まず当事者の声に耳を傾ける必要がある。

1. <TGとSWに対する偏見と差別>
日本の売防法を含め多くの国の法律や行政措置、宗教や性道徳においては、売春とは「女性セックスワーカーが男性顧客にセックスを売る」ものであると想定されており、MSMセックスワーカー(MSM:Men who have Sex with Men)やTGSWの存在やその問題状況は、女性セックスワーカーよりも更に不可視化されやすいことが課題で、その労働環境は女性セックスワーカーとは異なる。女性が男性にセックスを売る、という形でのセックスワークが合法化されている地域(オーストラリアの一部の州やニュージーランドなど)でさえも、社会通念や教育のあり方、宗教的な圧力の影響によって、人々がセックスに関して偏った知識や否定的な感情を持ち、性の健康に関する大切な情報を得られない状況にある。女性セックスワーカー自身も例外ではなく、その社会的な性道徳を内面化していることにも気が付きにくく、性や性志向、働くことなど自己肯定をしにくい状況なのである。

男は家族のリーダーとして期待され、男が女らしくあれば非難の対象となるような状況にあって、男が体を売ること(MSMセックスワーカー)や、トランスジェンダーとして体を売ること(TGSW)は伝統的な文化や習慣に反していると考えられたり、そもそも存在しないものとして扱われたりしている(不可視化)。

また刑務所においては、トランスジェンダーは去勢していなければ女性刑務所に入れない国や、男性刑務所では女性と扱われず剃髪される国もある。また刑務所内で差別やレイプの被害をうけることもある。これはトランスジェンダーのアイデンティティに対する理解不足や差別の例の一つである。

<TGSWにとっての労働環境>
このような社会背景の下、TGSWに対する警察や客、客以外の一般男性による暴力やレイプは不可視化され、黙殺されやすくなっており、労働に見合う金銭の授受や、客と安全な性交渉を行うことを困難となっているのである。このような背景のもとで、TGSWがコンドーム・ネゴシエーションを行いにくくなっており、HIV感染に関するリスクがより高くなっている。
また、TGSWが経済的・財政的な困難に陥ってしまうことは、さらなる労働環境の悪化につながり、警察からの摘発、保健機関や行政介入の対象となる。TGSWの労働環境やHIV感染状況を変える手段として摘発をすることは解決への道にはならない。重要なのは、TGSWが暴力に晒されている状況と医療の問題をいかに解決するかである。

2. <医療サービスへのアクセス>
TGSW自身が社会による差別を内面化してしまい、医療サービスにアクセスする選択肢をみずから避けてしまう場合(「私は悪い人間だから、病気になるも仕方が無い、医者に診てもらう価値が無い」)もある。もし医療サービスにアクセスしたとしても、医師がセックスワーカーやトランスジェンダーの人権について認識しておらず、TGSWは言葉による暴力をふるわれたり、警察に通報されるのではないかという惧れから、診療や検査の機会から遠のく場合がある。

同性愛が違法なイランでは、生活を脅かされる暴力や逮捕をさけるためには手術を選択するしかない人たちもいる。その手術とは性転換手術である。家族や友達と縁をきられ、社会との接点が少ないトランスジェンダーも多くいる、その折に理解してくれる医療や支援団体にめぐり合わなければ命を落とす危険もある。ホルモン剤AIDSの発症を抑える薬と併用しても体に負担がかからないか、などの研究もきいたことがないが、健康面での選択肢や情報がすくないことは不安につながる。 二元論で表される性別のどちらかになるための手術を受けなくても安心して社会生活を送ることができる状況ならその手段を選ぶ必要はないのだ。


3. <SWに関わるNGO活動の中のTGSW>
HIVに対する感染リスクが高い脆弱(vulnerable)な人々が、安心して働き生活できる社会環境・労働条件はまだまだない。そのような環境が整えられることで、TGSWの人々は自分自身と顧客の性、パートナーや家族など周囲グループの健康を守り向上させるための理解と行動(HIV検査やAIDS治療を受けを取ること)が容易になるのである。

では、TGSWのおかれる環境とはどのようなものであろうか。MSMセックスワーカーと共通する問題が多い一方で、MSMセックスワーカーと一括りにし、同様に扱うことは危険でもある。地域によってはMSMセックスワーカーはMSMコミュニティと連繋が取りやすい環境にある場合もあるが、アジア地域全般の現状としては、そのような連携は困難な状況にある。セクシャリティの違いや、各国の性規範のなかにおけるトランスジェンダーの扱われ方が大きく異なるためである。TGSWの置かれた状況を改善するために、様々な立場にあるセックスワーカーの連繋を、よりフレキシブルにする必要がある。

アジア.太平洋地域におけるセックスワーカーのコミュニティの中では、TGSWはどのような位置づけがなされているだろうか。日本と異なり、アジア各国では女性セックスワーカーへのサービスや教育プログラムに関して基金を獲得しやすい環境にあるが、性規範や宗教的な影響のために、TGSW独自の基金は集めにくい。そこで、NGO(前述のAPNSW)は、セックスワーカーに対する取り組みの一環として、TGSWのサポ-ト・プログラムを作って予算を割りふっている。そのサポート・プログラムにおいては、TGSW自身がピア・エデュケーターとなる場合もあり、あるいはTGSW当事者ではないサポーターがセックスワーカーならびにトランスジェンダーの人権や労働環境、はたまた生活や家族環境などにも十分なトレーニングを積んでプログラムに従事している。HIV/AIDSのためのプログラムを実施するには、TGSWやサポーターのエンパワメントは大切なのだ。


<日本でのTGSWに終点を当てたHIV/AIDS>
セックスワーカーに対して向けられる差別意識や暴力の背景には性についての社会通念・規範があるので、性別(女男あるいはトランスジェンダー)に共通した問題が起こる。どんな性別であろうと、どんな性別のターゲット客を選ぼうとも、その置かれている状況を改善するための課題は共通することも多い。

しかし、具体的な問題解決をするためには、性別を安易に横断する政策では不十分であり、ワーカーの性別、ターゲット客の性別を細分化した問題意識とアプローチが必要である。

TGSWのおかれている状況には、女性セックスワーカーやMSMとは同じ認識では解決できない問題がある。初歩的な問題として、男女どちらかのアイデンティティを持っている人も日常会話で私はおとこです、と自己紹介する人はあまり居ない。まして現在自分がトランスジェンダーである、もともと男だ、と言う必要もきっかけも特に無いが、隠している人もいれば、その性別のアイデンティティで生活している人も居る、実際言えない環境があるのも事実。労働者どうしでも顧客でもその性別で接して欲しいとかんがえているトランスジェンダーは多いのだ。公にカミングアウトしたい人に出会うことは少ない。

そして日本の現状は、TGSW当事者とサポーターによる連帯・ネットワーク構築もなされていない状態で、TGSWの実態把握はまだまだこれからである。これからは、地道なアウトリーチ活動や支援組織、学術研究者が加わった質的・量的分析が必要になってくると思われる。

そしてその調査結果をいかに活用するかであるが、国や自治体が繁華街から性産業を駆逐する「浄化政策」などは、結局はセックスワーカーが働く環境をアンダーグラウンドにもぐらせ、ハイリスクな環境に追いやるだけである。そのような事態にならないためにも、当事者の意見をそのプライバシーに配慮して集め、伝えなければならない。

韓国とムスリムの事例では当事者だけでワークショップを開く際に、プライバシーを守り、安心して話してもらうために、開く場所や日時、会議の名前を伏せ、暗号化するなどの工夫をしていた。 そして何かあったときはサポーターが駆けつけられるように、サポーターの勉強会も開いている。インドネシアの事例では暴力から逃れようとしているセックスワーカーがいればその町ぐるみで守ったり、一時的に逃がしたりできるよう、サポーターグループが声を掛けて廻るアウトリーチの活動もある。

社会における性的マイノリティーの理解がすくない日本においても、それら諸外国の活動の戦略は有効であり、当事者とサポーターからなるグループの立ち上げが必要になると考えている。

<会議についての雑感>
挨拶をして人の名前を聞くよりも先に、感染者かどうかSWの当事者かどうかに興味を持つ日本人にであい、その意識のあり方を残念に思った。その人が自分は当事者じゃない、と言うことも何に加担しているのかを考えないのだろうか。当事者が身近にいるということを忘れないでほしい。その興味のぶつけ方をする人がいるせいで、会議に出られなくなったり、情報を得にくくなったりする当事者がいるのだ。このような貴重な場を、興味本位の非当事者が、当事者に対する身勝手な妄想を満足させる場であっていいのか?元気な当事者はいるし、そのような人に出会えるのは非当事者にとっても貴重な体験になるだろう。しかし、この会議の場は顔を出せる当事者以外の人が参加したり発表したりできないような場所にはしてほしくない。

目的を予防だけに決め、勉強したり訴えたりすることも重要だと思うが、予防できない状況や出来なかった状況で何が出来るかも学ぶべきだと思うし、社会的な背景や立場上排除されている人に対して配慮がいると考えるトレーニングも必要である。それは無関心層だけではなく、この会議に関心を寄せている私たちも、忘れてはならない教訓である。

このような状況を鑑みると、日本でNGOやプロジェクトをオーガナイズする際には理解がある立場に見せかけた一部の社会からの、スキャンダラスな姿勢にはまだまだ注意を払わねばならないと考えている。

<その他のセッションで、参考になったもの>
SWの顧客に対するアウトリーチ活動で、成果を上げている例が報告されていた。インドネシアの事例で、長距離トラック運転手が仕事先の売春宿に通うことによって、遠く離れた地域間でHIVが伝播してゆくのを何とか防ごうという取り組みである。それはSWや運転手の取り締まりでも、一方的なHIVの予防知識の押し付けではなく、当人たちの幸せを向上させるために何が必要かを当人たちに考えてもらうことを第一としたアプローチであり、プログラムは、SWの性の健康を向上させてHIVやSTI予防してもらおうと働きかけるだけでなく、トラック運転手に労働組合の側から働きかけ、労働環境の向上や健康状態のチェックを労働者の立場に立って行うものであった。トラック基地の売春宿でコンドーム講座を定期的に開いたところ、一度参加した運転手が、その次の回にその妻もHIVの検査のために連れてきたこともあったそうである。SWだけでなく、顧客とその家族も含めて、HIVに対してvulnerableな人々ととらえアプローチしているところが包括的で良いと感じた。

(参考)
ICAAPに参加した「友人の報告」

日本でトランスジェンダーについてオーガナイズする場合、当事者の意見をいかに取り入れるか、そのために当事者がいかに安全に参加できる環境を築くかが一番の問題である。

しかし、ICAAP9において、日本がその水準に達していないことが悲しくも判明した。今回、日本の参加者たちがさまざまな場所で(トランスジェンダーに限らず)、活動にかかわる人間が当事者であるか否かをぶしつけに尋ねたり、一方的に当事者であると断定するという場面に数多く出くわした。そのような扱いをするということは、当事者が安全に活動できない環境を作ってしまうことに他ならない。

HIVポジティブ、移民、トランスジェンダー、MSM、セックスワーカーなど、さまざまな立場の当事者たちは、国によって差別を受けている人々であり、あるいは捕まったり暴行を加えられる立場におかれているということを忘れてはならない。ひどい場合には、逮捕や暴行はその人の生命を脅かすことさえある。これは大仰な比喩ではなく事例として挙げられた話である。日本では警察や市民から暴行を加えられることはないと判断しているのかもしれないが、ときに差別は簡単に社会的な生命を断つ。

そのような立場にある人々を、ICAAPというHIV/AIDSに理解があるだろう場において好奇の目で見る姿勢、無責任な発言には驚かされた。たとえばトランスジェンダーは、日本において社会的認知を獲得しつつあるように見えるが、実際は親など家族からの理解を得るのは困難な状況であり、会社などの公の場で明かしにくい環境といえる。 カミングアウトするには自分がそうできる環境を作ること、築き上げることが必要であり、本人の環境を考慮しない第三者による発覚はただの暴力である。一人歩きした推測の情報は、その瞬間だけでなく、後々になってから、その人が当事者であろうと非当事者であろうとアイデンティティや社会的身分を傷つけてしまう。

ICAAP参加者でさえ、HIV/AIDSの活動に携わる人々(当事者であれ非当事者であれ)と、どのように接するかのトレーニングがされていないというのは由々しきことである。活動はさまざまな人によって支えられる。当事者、サポーター、研究者、行政、さまざまな人が各々の立場で活動に参加しているにも関わらず、好奇心に従って、当事者であることだけを気にする姿勢は意味をなさない。

トランスジェンダーであるのがそんなに珍しいのであろうか、セックスワーカーが面白いのであろうか。私が目撃した彼らの態度は、当事者でなければ活動に重みがないと言い兼ねない傾向があった。というよりも、その人が当事者(例えばTGSW)であってほしいと期待しているのである。そして否定されると物足りなく感じ、または疑惑をもって探りをいれたりするのであった。これは非当事者の参加者を軽んじることでもあるが、一方で当事者であると判断すると影で吹聴したりして当事者を追い込んでおり、その矛盾に気づいていない。

(無論、日本人参加者すべてが、このような無配慮な姿勢で活動していたわけではないことは、ほかの参加者の名誉のために記しておく。)

好奇心は誰しもある。だが、活動に参加するときにはそれをコントロールする十分なトレーニングが必要である。①個人情報をむやみに尋ねないこと、②勝手な推測をせず本人が言いたくない情報は保留としておくこと(保留していても共に仕事はできる)、③知りえた個人情報を相手の許可なく開示しないこと、④価値観を押し付けないこと、否定しないこと、⑤知らないことや理解できないことは正直に伝えること、その上で話す機会をもつこと、⑥自分の言動の有責に自覚的であること(ある発言が相手を追い詰め自殺に至ることや、社会的な危険にさらす可能性をもつことを十分に配慮すること)――以上のような姿勢をもっていなければならない。

実績のあるアジア各国の NGOにとってもサポーターやピアエデュケーターの育成は困難を抱えている。宗教規範の強固な国や複数の宗教がある国ほど難しく、サポーターら本人のアイデンティティや価値観を単純に否定しても意味がない。そのために彼等はNGO内で頻繁にミーティングやワークショップを行う。サポーターはそもそも活動に完璧な理解があるという人々ではないのだ。当事者も非当事者も、さまざまな立場、さまざまな価値観で参加するのに変わりはない。

だから、サポーターやピアエデュケーターも、トレーニングを受けなければ当事者に暴力を働きかねない。緊密な関係性は親和的であるほど、権力関係も発生するのである。価値観の押し付けや否定という暴力につながらないために、ミーティングなどを通じて、自分の価値観を明確にし、その上でどのようにサービスを提供するか、どのように接していくのかを議論し、衝突しながら学んでいくのである。

手法はNGOごとにもろもろ異なる が、日本でも適用できる手法や留意点についてはそのスキルを提供してもらった。私の目下の課題は、NGO内だけでなく、ICAAPで目撃したような事態を幾分かでも改善するために、サポーターやピアエデュケーターの育成を試みることである。かつそのスキルを他団体ともシェアできるよう、マニュアル化も検討する必要があるだろう。