HOME >> 資料室 _ 関連学会情報 >> 第10回アジア太平洋地域エイズ国際会議(釜山)/2011年 >> 参加報告書

第10回アジア太平洋地域エイズ国際会議参加報告書
 

特定非営利活動法人 CHARM ひよっこクラブ
伊達 直弘

『第10回アジア・太平洋地域エイズ国際会議 (ICAAP10)に参加して 』

■ はじめに
私は現在、HIV陽性とわかって間もない人のためのグループプログラム「ひよっこクラブ」のスタッフをしています。私が今回のICAAPに参加をしようと思ったきっかけは、今年でHIV陽性者支援にかかわり始めてからちょうど5年という節目の年にあたるため、この機会に改めてアジア太平洋地域のHIV/AIDSに関する諸問題とその対応を学び、日本の現状を客観的に捉える機会を得たいと思いました。もうひとつは日本以外の国で、HIV陽性である当事者の視点から行われている、実践的なピアサポートプログラムについて、もっと詳しく知りたくなったというのが参加の動機です。

海外にはHIV感染予防だけではなく、HIV陽性者支援に関しても「多様な人々に合わせた多様なプログラム」が用意されていると聞いています。国際会議は、各国から参加をされる方々と情報交換を行い、コミュニケーションを図る絶好の機会ですから、私の今後の活動に対する見識を広め、新たなステップを踏み出すための好機になるのではないか、またそこから得たヒントを、日本での活動にフィードバックしていけるのではないかと考え参加をしました。

■ ICAAPについて
ICAAPは、1990年にオーストラリアのキャンベラで第1回が開催され、それ以降、隔年でアジア太平洋地域の都市で開かれています。日本では、2005年に第7回ICAAPが神戸で開催され、韓国では今回が初めての開催となり、アジア太平洋地域を中心とする各国のHIV/AIDSに携わる多くの人々が参加をしました。ICAAPは、研究者や医療関係者だけが集うのではなく、HIV陽性である当事者や支援者、アクティビストも多く参加をし、HIV/AIDSの諸問題の背景にある、マイノリティー、セックスワーカー、移住労働者などに対する差別や人権など複合的な観点からも、活発な議論が行われることが特徴的な会議です。

■ オープニングセレモニー ・ FTA抗議活動
ICAAP10の会場となったのは、BEXCOという大きなコンベンションセンターです。会場やその周辺は、私が出発前に想像していたような国際会議の派手さはなく、会場正面にもICAAPと書いた一枚の垂れ幕があるだけで看板もない、とても控え目な会議という印象を受けました。後に知ったことですが、このひそひそした雰囲気の背景には、韓国政府が当初からICAAPの韓国開催に対して、あまり協力的ではなかったということが影響していたのかもしれません。

オープニングセレモニーは26日に行われました。会議の最初ということもあり、参加者はやや緊張した面持ちでスピーチを聞いており、キューバの大統領の出席もあるなど、しばらくは穏やかな時が続いていたのですが、韓国保健相のスピーチが始まったところで、突然、抗議のデモンストレーションが始まりました。このようにアクティビィストグループが国際会議で声を上げることは、過去に何度かありめずらしいことではないようでした。抗議の主な内容は、FTA(自由貿易協定)に反対するものです。FTAが特許を強化することは、インドなどの国でジェネリック薬の製造ができなくなり、ジェネリック薬を頼りにしている120カ国以上の国々に暮らすHIV陽性者の治療へのアクセスが閉ざされてしまう、適切な治療が受けられなくなり命の危機につながるという主張です。その他には、韓国政府に対して、HIV陽性者を管理し差別するエイズ予防法の廃止を求める抗議、移住者に対するHIV強制検査とHIV陽性者への渡航規制の廃止を求める抗議、セックスワーカーの労働権と健康権を求める抗議がありました。

私は、このオープニングセレモニーまでの、彼らの主張は人命につながる大切なことばかりであるし、勇気を持って意見表明を行う彼らの行動に感銘を受け、胸に響くものを感じていたのです。しかし、抗議行動は日増しに強くなって行き、会場前で抗議を行う彼らのグループと警察官が衝突し機動隊も出動して、逮捕者が出てしまうという事態にまで発展して行きました。私が出席していた、HIV陽性者相互支援(ピアサポート)についてのセッションをしていた会場にも、見境をなくしてしまった彼らが拡声器を持って乱入してきました。彼らは「HIV陽性者の逮捕者が出ているというのに、ここでは何をやっている ピアサポートとは何なのか!」と叫びながら参加者を取り囲みセッションの中断を求めてきました。そこにいた人たちは、このまま拘束されてしまうのではないかと恐怖を感じていたくらい、彼らは参加者に対しても乱暴な態度を取るようになってしまっていたのです。私はこの時、彼らが本当は何を言いたかったのか、どうしてこうなってしまっているのか、わけが分からなくなっているように思えて残念な気持ちでいました。しかし、この抗議行動の背景には、実際にその立場になってみなければわからないことや、私の知らないいくつもの根深い問題があるのではないかと思いました。私は帰国後も、この出来事について調べたり、話したり、繰り返し考えてきましたが、まだうまく整理ができていないというのが正直なところです。

ただ確かに言えることは、「ユニバーサルアクセスが根付いていないということ」治療を必要としている世界中のすべてのHIV陽性者に治療薬が届いていない! ケアが届いていない!という現実を彼らは訴えたかったのだと思います。

■各国の活動・アジアパシフィックビレッジ
「ハームリダクション」
会場を入ってすぐの大きなフロアに「アジアパシフィックビレッジ(APV)」という、各国で活動をするNGOやCBO、製薬会社などが出展しているブースを集めたスペースがありました。私がこのICAAPに参加をした主な目的は、海外で実施されているプログラムを知ること、そこで活動をしている方々と情報交換を行うことですから、会議開催中はこのフロアで過ごす時間が最も多くありました。会議の2日目には、日本から参加をした友人たちと共に、たくさんあるブースやポスター発表をひとつひとつ見て回りました。ICAAPはアジア太平洋地域の会議ですから、タイ・インド・インドネシア・マレーシア・シンガポール・日本などアジアを拠点に活動する団体の出展が多いようです。HIV感染予防をテーマとしたブースが多くを占める中、私が驚いたのは、日本ではあまり見かけない「ハームリダクション」について紹介をするブースが多く出ており目立っていたことです。ハームリダクションとは、ドラッグユーザーの注射針の使いまわしを防ぐという意味合いで使われることが多いですが、ドラッグに限らず、リスクのある行動を完全にやめるとか、やめさせるという発想ではなく「行動の中にあるリスクを徐々に減らしていく方法」を考えていくことをいいます。私の想像以上に、アジア諸国にもドラッグユーザーが多いということを知ったと同時に、頭からそれはダメと言わない、押さえつけたり排除をしないで、その人の立場に立ち共に考えるという発想を持った人々が、各国でさまざまなプログラムを実施し活動をしている、日本と比べてみた時にこれはすごいなと思いました。ハームリダクションは、HIVやSTI感染予防のためにも、いろいろな応用が可能な発想ではないかと思います。予防は、感染を防ぐ方法を伝えコンドームの使用を提案するだけではなく、「自分が感染をするリスクや予防をする方法を知っているのに、コンドームを使わない、使えない」人たちとも、本音で話ができる機会があれば、もっといいんじゃないか、うまくいくんじゃないかと思いました。人々は多様ですから、一人ひとりさまざまな背景や考えを持っています。その人がその時に自分のためにできるベストを共に考えそれを尊重する。そんな機会が増えれば、今よりももっと多くの人々が予防について主体的に、自分のこととして考えることができるようになるのかもしれないなと思いました。

「HIV陽性者のためのPositive Living Centre (PLC) とProject Hope」
アジアパシフィックビレッジに出展している数多くのブースの中で、私が初日から関心を持ち何度も足を運んだのが、シンガポールの「Action for AIDS」という団体のブースです。Action for AIDS (AFA)は、HIV/AIDSに関連する様々な事業、「予防・検査・支援・治療」をひとつのプロジェクトとして包括的に捉え活動しています。

AFA は、ボランティアグループとして1988年に設立されました。活動目的は、プライバシーが守られたHIV検査施設の運営と提携クリニックを持つこと。HIV陽性者へのサポートプログラムを実施するための施設「Positive Living Centre (PLC)」を運営すること。その他には、教育事業としての講演会の開催、特定のコミュニティーやグループへのアウトリーチ活動、出版物や広報資材の制作を行っています。運営スタッフは、日本と同じように大部分をボランティアスタッフが担っていますが、活動資金は大小を問わず、多くの組織や個人、企業、財団からの寄付によって賄われているそうです。

私がこのAFAの活動に注目した理由は、HIV陽性者のためのドロップイン「Positive Living Centre (PLC)」の存在と、HIV陽性とわかって間もない人を対象としたサポートプログラム「Project Hope」が実施されていたからです。私はちょうど日本で、Project Hopeと同じようなプログラムのスタッフをしていることから興味のあることが多く、AFAのブースにいらしたスタッフの方々にいろいろな質問をしました。

- Positive Living Centre (PLC)について -
PLCは、HIV陽性者のみが利用できる施設です。AFAの主催するサポートプログラムやワークショップの会場として使われる他に、セルフヘルプグループのミーティング会場として部屋の貸し出しも行われています。また、HIV陽性者が自由に訪問できるドロップインセンターとしての役割も果たしており、平日の9:00から18:00まで開かれているそうです。

PLC内部の写真を見せていただくことができましたが、大小いくつかの会議室と事務室、カウンセリングルーム、ゆったりとしたソファーと大きなテレビのあるリビングなど、どの部屋も安心して過ごせるように、色やインテリアなどにも配慮がされている優しい印象を受けました。維持費の確保、利用者のプライバシー保護や管理など、さまざまな運営上の問題があるのではないかと想像しますが、PLCの存在を知っているHIV陽性者にとっては、利用するしないに係わらず、いつでも行けてほっとできる場所がある、そんなポジティブな気持ちを保ち生活するための、お守りのような存在にもなっているのではないかと思いました。

- Project Hopeについて -
Project Hopeは、HIV陽性とわかって間もない時期の人々のために用意された、オリエンテーションのようなプログラムです。AFAの提携クリニックから紹介されてくる参加希望者が、5名から8名に達すると新しいグループが作られます。そのグループは週に1回のペースで集まり、毎回違うテーマを決めて話し合い、8週間から10週間を1クールとして開催しているそうです。私が興味を持ったのは、このような感染を知って間もない時期に特化したプログラムを終了した方々が、終了後も続けてピアサポートプログラムへの参加を希望した場合、Project Hopeではどのような対応をしているのかということでした。 Project Hopeでは、終了された方々を対象とした自由参加型のカジュアルな月例会を開いているそうです。この会では、お茶を飲んだり簡単な食事をしたり、和気藹々とした時間を楽しまれているそうです。

更に、PLCを利用するいくつかのセルフヘルプグループが、「Positive Alliance」 という名のHIV陽性者グループネットワークを結成し、多様なHIV陽性者のニーズに答えられるように、さまざまなサポートプログラムを用意しています。例えば、「イスラム教の人々のグループ」「女性だけのグループ」「ヘテロセクシャルの男女のグループ」等があります。また、これまでPLCでさまざまなサポートを受けてきた人たちが、今度はAFAのボランティアスタッフとして活動するための研修や準備をする会もあるそうです。

私はこのような組織が、アメリカやオーストラリアにあるということは耳にしていましたが、日本以外のアジアの国で、特に陽性とわかって間もない人を対象としたプログラムが実施されていることを知りませんでした。

ICAAPでAFAのスタッフのみなさんと交流をし、情報交換ができたこと、また帰国後もAFAやシンガポールでピアサポートに携わる方々へメールで質問をしたり、交流を続けることができていることは、私が今回ICAAPへ参加をした大きな収穫であったと感じています。

■ おわりに
ICAAP 10では、韓国での開催にもかかわらず、韓国国内の情報をほとんど得ることができませんでした。新聞などのメディアでも国際会議開催についての報道は全くなかったと聞いています。そこには、文化や政治の影響、スティグマが強く残っていること、HIV/AIDSについて自由に語る環境がまだ整っていないこと、この国の現状を物語っているような気がしました。しかし、このような状況下にあっても、韓国のセルフヘルプグループが出展していたブースがひとつだけありました。派手さのない素朴で手づくり感のあるブースでしたが、壁にあるポスターには、HIV陽性者が小グループで登山に出かけ、楽しそうに記念撮影をしている写真がぺたっと貼ってありました。プライバシー保護の観点からでしょうか、顔の部分にはシールが貼られていて参加者の表情までは見えなかったのですが、陽性とわかってから初めて同じ立場の人と会った時に見せる、ほっとした表情を彼らもしていたんだろうなと想像します。これがHIV陽性者支援・ピアサポートの原点であるということを教えてもらったような、思い出させてもらったような気持ちになりました。

ICAAP10参加の成果を国内で還元する具体的計画としては、参加報告記などの印刷物を作成し、関西のピアサポーターや支援者、医療従事者との情報・意見交換に役立てて行きたいと考えています。

■ 謝辞
今回のICAAP 10への参加を可能にしてくださいました、エイズ予防財団のみなさまを始め、いくつものセッションを共に聞き通訳を引き受けて下さった、ジャンププラスの羽鳥さん、支援の先輩として根気よく私と話してくれた、ぷれいす東京のりきやさん、現地でお世話になりました関係諸団体のみなさまに心よりお礼を申し上げます。