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第10回アジア太平洋地域エイズ国際会議参加報告書
 

お茶の水女子大学
(人間文化創成科学研究科・ジェンダー学際研究専攻)
博士後期課程
熊田陽子

(1) 自分が関わっている分野を中心としたテーマの報告及びその他参考となった研究発表

本会議で報告者(熊田)は、セックス・ワークとHIV/AIDSの関係を扱う研究発表を中心に参加した。これら発表の多くは、法およびその運用者である警察と、セックス・ワーカーの諸権利に言及されることが多かったので、まずはその内容について報告したい。そのうえで、異なる視点から警察という公権力に対して行われた別の研究発表を紹介する。そして最後に、セックス・ワークと法及び警察の関係を改めて再考していく。

以前より、法とそれを運用する警察は、しばしば、セックス・ワーカーを抑圧するものとして考えられてきた。多くの国でセックス・ワークは、どの労働・サービス形態を取り締りの対象とするかなどの点について差異はあるものの、合法とは認められない。その場合、セックス・ワーカーにとって、法を運用する立場にある警察は、自分を助けるのではなく、むしろ抑圧する存在として認識される[i.e. Day 2007]。

本会議でも、各国(e.g. 韓国、パプアニューギニア、インド、タイ)で行われた調査に基づいて、セックス・ワークが合法でないという理由から、警察がセックス・ワーカーの諸権利を侵害しているという主張がなされた。たとえば、本会議の開催国である韓国には、Anti-Prostitution Actが存在する。しかしこの法律は、「自発的」にセックス・ワークに従事する人々を処罰し、「自発的」でない(とされる)人々だけを保護する内容である。従って、警察が、いかなるかたちにせよ、セックス・ワークをサポートすることはない。そればかりか、時に、非常に暴力的な検挙が行われる。また、セックス・ワークを犯罪とするパプアニューギニアでも、警察が法律を盾にワーカーを脅すことが多い。警察によるセックス・ワーカーへの暴力的行為(e.g. 金銭の取り上げ、セックスの強要、公共の場における侮辱)も頻繁に起こるという。

では、このような警察との対立が、どのようにHIV感染と関係するのだろうか。いくつかの過程が想定できる。たとえば、警察の取り締まり対象であるセックス・ワーカーは、法が支配する社会において正当な居場所を持たない存在として、広く社会の人々に認識されることになる。その結果、客に対しても弱い立場に置かれ、性行為においてコンドームを使うよう要求することが困難になる。また、スティグマを付与されているため、クリニックなどで検査・治療を受けることが難しい場合がある。更に、警察を頼ることのできないセックス・ワーカーは、客や雇い主からの不当な扱いや要求に屈せざるを得ないということも考えられる。

こうした事実を取り上げ明らかにしていくことは非常に意義深い。警察による保護を含む諸権利は、いかなる職業についていようと、全ての人間が獲得すべきであるからだ。なお、警察による保護の欠如は日本においても起きている。たとえば、以前に報告者が出会った女性セックス・ワーカーも、知人男性との間で起こったトラブルについて警察に保護を求めた際、彼女がセックス・ワーカーであることがわかるとまともに取りあってもらえなかった。別のワーカーなどは、客とのトラブルは強面の「店のスタッフ」が腕力にものをいわせて解決するのが当たり前だと思っており、警察を頼ることなど全く念頭になかった。

このように、本会議では、セックス・ワークと警察が対立的な関係にあるとする研究発表を聞き・目にすることが多かった。しかし、その一方で、別の視点から警察との関係を再考する印象深い試みもなされていた。それは、警察官を中心とした警察関係者に対して、様々な性のあり方を実践する人々の現実を知らせ、理解を深めるよう働きかける取り組みである。パプアニューギニアやインドなどで行われたこうした活動は、特定の団体が、警察と、セックス・ワーカーや同性間で性行為を行う人々、そしてトランスジェンダーとの間を取り持つ形で始まった。主要なゴールとは、ワークショップやトレーニングを通じて、様々な性のあり方やHIV感染の実態、陽性者の経験などを警察官に知らせ、意識の変容を図ることである。結果として、警察官による暴力事例は減少したという。さらに、トレーニングを受けた警察官が、後に他の警察官に知識を伝達する役割を担っているという事例も報告されていた。

このように、警察がセックス・ワーカーなどを目の前にした時の具体的な扱いの改善という点だけでも、警察を対象とした活動は有益である。しかし、意義は、これだけにとどまらないと報告者は考える。先に、多くの国でセックス・ワークは合法と認められていないと述べた。にもかかわらず、パキスタンで行った調査発表で述べられていたように、セックス・ワークは"open secret"として確かに存在する。そして、それが存在し続けるからには、「違法」と「合法」の間の「つなぎ」ともいうべき部分もまた、確かに存在しているということになる。その「つなぎ」とは、法のゆるさ、すなわち法文の多様な解釈の可能性と言えるだろう 。いかなる法も、人々のあらゆる具体的行為を規定し、制限することはない。つまり、法の運用者には、いわば恣意的にそれを解釈すると言う自由が残されているのである。たとえば、日本でも売春防止法と風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律という、セックス・ワークにかかる二つの大きな法律がある。しかし、これらの法文のどこを重視して店を取り締まるのか、あるいは、同じようなことをしている店が複数あった場合、なぜ特定の店が摘発の対象となり、他の店は見逃されるのかといった点は、ある程度の傾向は見出せるだろうが、完全に明白とはいえない。その過程には、運用者それぞれの意図が働いているからだ(もちろん、セックス・ワークを行う側にも、程度は違っても独自に法文を解釈し行為する余地が残されていないわけではない)。こうした意味でも、セックス・ワークにかかる法の具体的な運用者の意識を変えることは、セックス・ワーカーと法の関係そのものの変容に帰結する。更にそれは、HIV感染率の減少やスティグマの軽減といった成果へとつながる大きな可能性を持っていると考えられる。

また、以上のような発表は、報告者に、セックス・ワークの法的位置付けについて再考を促す機会にもなった。これまでセックス・ワークについては、合法化ではなく非犯罪化を通じて諸権利を確保すべきという声が強かった。合法化が国家権力による介入と管理を伴うのに対し、非犯罪化はそれから自由であると想定されるからだ。しかし、警察側とセックス・ワーカーが対立するような関係にあっては、やはりワーカーが楽々と諸権利を獲得できるとは考えにくい。たとえば、非犯罪化を通じて獲得する警察権力からの「自由」は、最悪の場合、警察によるワーカーの「放置」へと転じる可能性も否定できないからだ。セックス・ワークの非犯罪化と諸権利の確保という議論を行う際、具体的な業務に当たる警察官を巻き込んだ上記のような取り組みの必要性は、今後も念頭に置いておくべき問題であることを痛感した。

(2) 会議の成果を国内で還元する具体的計画
本会議で得た知見は、女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツの啓発活動団体、「GBA(「Girls, Be Ambitious!」)」を通じた報告ならびに討論会において還元される。2011年11月に、幅広い立場・年齢の参加者と、HIV/AIDSの関係について考えるワークショップが予定されている。また、2011年12月には、社会学、文化=社会人類学、ジェンダー研究、公衆衛生分野を専門とする研究者が参加する「HIV/AIDS研究会」において、本会議で得た知見に関する討論会を計画している。

(3) 本会議の感想
報告者が前回参加したバリでの会議に比べて、参加者総数が少なく、また、ポスター・セッションのコーナーも空白が目立っていたように感じた。しかし、参加した研究発表の場では活発な議論や意欲的な活動報告が数多く行われ、非常に有益な会議であった。エイズ予防財団担当者の方をはじめ、本会議を通じてお世話になった方々にこの場を借りてお礼を申し上げたい。

参照文献
DAY, Sophie
2007 On the Game. Pluto Press.
熊田 陽子
2011 「現代日本における性風俗店営業の法的位置づけ―風営法の規定に見る『適法性』の検討―」『人間文化創成科学論叢』、第13巻、pp.11-20。