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第10回アジア太平洋地域エイズ国際会議参加報告書
 

ジャンププラス(日本HIV陽性者ネットワーク)
羽鳥潤

ICAAP10 Busanに参加して

韓国第二の大都市、釜山は、思いのほかゆったりとした印象だった。
面積は東京都の2倍以上あるが、人口は3分の1以下。立ち並ぶ高層ビルの威容はみずからを主張せず、取り囲む緑の山々や港町の海岸線の一部になってひっそりと調和している。街を往く人々の雰囲気も穏やかで柔和な顔つきをしていた。東京成田空港からわずか二時間半のフライトでこの地に降り立った私にとっての釜山は、外国というより日本の続きの風景にすら思えた。この思いは最後まで変わることはなかった。
しかしながら…..会期の中盤に発生した一連の”事件”によって、釜山ICAAPはのんびりムードに染まらないさまざまな意味で多くの人たちの記憶に残る大会になったのではないかと思う。詳しくは本報告の後半で記述させていただきたい。

ICAAP(アジア太平洋エイズ会議)への参加は、私にとって2009年のインドネシア、バリ島会議に続いて二度目の経験であった。Empowering People, Strengthening Networks(人々に力を与えネットワークを強化して行こう)というバリ島大会のメッセージに代わり、今回の釜山はDiverse Voices, United Action(さまざまな声を集めて団結した行動を)がスローガン。8月26日の金曜日から30日の火曜日まで5日間にわたって開催された。

<コミュニティフォーラム(プレイベント)>
本会議の前に催されるさまざまなコミュニティフォーラムは、HIV陽性者である私にとって重要である。PLWHA(HIV陽性者フォーラム)をはじめ、各国からのHIV陽性者(会議参加者)やその支援者たちが集う場が数多く設定されており、情報収集の機会として貴重であるからだ。今回もPLHIVフォーラム、インターフェイス(Interfaith)フォーラムの二つに参加させていただいた。

・ PLHIVフォーラム
2008年のメキシコ国際エイズ会議開催直前に、スイスの研究者によって発表されたいわゆる”Swiss Statement”は、HIVの予防や治療、ケアサポートに携わる人々だけでなく、HIV陽性者自身にも非常に大きな衝撃を与えた。HIVの感染源と陽性者をめぐる問題は非常にデリケートで扱いが難しく長い間”Untouchable“とされてきたがそこに果敢に切り込んだ試みだったからである。この考え方はHIV陽性者にとって”有利”な方向に働いたと受け取られる場合があるようだが、実際には一般的な認知度がほとんど得られず、逆にHIV陽性者の性的接触に関する”犯罪化”を促すケースすら生み出してしまっているようである。抗ウイルス治療の継続による血中ウイルス量のコントロールとHIV感染の関連性については現在[HPTN052] というプロジェクトが国際協力によって実施されており 今後の成果が待たれていることなどがMr. John Rockから報告された。
一方、治療薬の提供をめぐっては ”現在治療を受けている人々” とは別に“HIVに感染しやすいと思われる人々”に対する予防的処方が講じられているが、在庫の供給バランスをどう調整していくべきかという問題や、抗体検査の拡大実施に伴う費用負担をどうするか、検査方法の改善をどう進めていくかなど長期的な視点に立って解決しなければいけない問題が山積している。国際的な資金調達のメカニズムをうまく活用して費用を捻出する努力も不可欠だが、同時にHIV陽性者をより積極的に予防施策に関与させていこうという”Positive Prevention”という新しい考え方にも陽性者として注目していきたい。

・ Interfaith(多宗教間)フォーラム
日本では恐らくお目にかかれまい、ということでこの「インターフェイスフォーラム」に参加してみた。儒教、イスラム教、キリスト教、仏教などの各関係者が信仰の垣根を越えて集まり、HIVと共に生きる人々と心の問題のあり方をさぐった非常に興味深い内容であった。
アジア太平洋は地理的範囲も広範だが、人々が話す言語や信仰の対象もまた多様なエリアである。たとえば韓国では儒教とキリスト教が、台湾では道教とイスラム教が、シンガポールではキリスト教とイスラム教が、そして日本でもいろいろな宗教を信仰する人々が狭い国土の中で並存し社会の中で一緒に暮らしている。ふだん穏やかな生活を送っている間は意識してないようなことが、病をきっかけに生と死への関心を高め、毎日の営みを違った方向から見つめるようになる、という経験は比較的良くあることではないかと思う(もちろん、私自身もそうである)が、それは病を患った直後や、容体が落ち着くまでの短期間で収束してしまう性質のものではなく、人が生き続けていく間永続的に繰り返されていくものでありそのリアリティを日々体感している。
HIV陽性者の場合、治療というと、どうしてもウイルスコントロールの部分のみにスポットが当てられてしまう気がするがそれと同程度、もしかしたらそれ以上に重要なのが自身の心のコントロールどうやって病気という現実と折り合いをつけながら生きていくかという課題である。こればかりはたとえどんな画期的な新薬が開発されようと解決できないだろうから。清冽な香りの漂う場内で他国の陽性者たちの心の声を聞きながら自分の内面とも向き合ったひと時は今まで体感したことのない不思議な感慨を私に与えてくれた。

<HIV陽性者の立場から>
国際会議に参加させていただくたびに感じるのだが、その大会ごとの”流行語”(Buzz)というのがあるようである。たとえば今回は”HIV感染の影響を受けやすい人々(人口層)”を表すのに従来のVulnerability(ぜい弱な)というネガティブな表現をさけ、KAP(KeyAffected Population、主要な影響を受ける人々)という言い回しに変わっていた。”ものごとの鍵を握る主役はあなたです”という当事者への積極的な引き込み、ポジティブなニュアンスが感じられるし、実際以後の友人たちとのメールでのやり取りでもKAPは完全に定着しているように感じられる。
一方でHIV陽性者たちが作るコミュニティが好んで使われていたBuzzが“Nothing about us without us”。「自分たちのことを扱った問題なんだから、当の本人たちが置き去りにされるなんてありえないよ、そうだったらおかしいんじゃないの?」という強烈なニュアンスも含んでいる。実際後述するICAAP会期中のデモ活動においても抗議者たちのプラカードにこの言葉が盛んに流用されていた。

ICAAPの会場では非常にたくさんのHIV陽性者が参加しており(本会場にいる限りにおいては)”自分はHIVポジティブです”という意思表示をしたところで“そうですか、で、それが何か?”といった感じで”特別視”されることはないし、自分はポジなのだと”自意識過剰”に陥ることもない。今回のICAAPは隣国での開催ということもあり、私以外にも何人もの日本人HIV陽性者が参加した。国際会議は初めてという方々もいたが、彼らはPLHIVラウンジの存在に興味、というかかなり驚いていたようだ。
さまざまなセッションの合間にHIV陽性者が気軽に立ち寄って飲食や仲間とのおしゃべりを楽しむことのできる陽性者ラウンジは、HIV/エイズの国際会議ではおなじみの光景だが、実際のところ、入場に関して厳密なセキュリティチェックが行われることはない。私が参加させていただいたメキシコでも、バリ島でもそうだった。”え?ポジティブの証明とかしなくても入れるの?なんで?“という日本での常識とのギャップに彼らは驚いたわけである。
もちろん同じことを現在の日本で実現できるかといえば無理な話だ。参加者がそれぞれの国に帰って母国で同じ環境を再現できているかといったらそれも違う。つまりここは非常に特別な空間なのだ。
しかし、特殊であろうとなかろうと….それがすでに実現されていることが大切なのだと私は思う。作ろうと思えば可能なのだ。そのことをあのゆるりとした雰囲気を自分以外の日本人陽性者に理解してもらえたこともうれしかった。

<新世代の力>
会期四日目のプレナリーセッションのテーマが”MSM”であったというのも今までの国際会議の常識を覆す出来事であったと思う。座長を務めたDAN(Developed Asia Network)のStuart Koe氏は他の日のプレナリーの座長の方々に比べても非常に若く、エネルギーがありそしてMSM(ゲイ)の参加者にとって”カリスマ的”な存在でもある。
そのStuart氏が座長を務めた別のサテライトプログラム”Sex,Drugs&Technology : Findings from Asia’s Multi-country Internet Survey” では若い世代が新しいテクノロジーを使ってHIV/AIDSの問題にアプローチしている現状をレポートしており、中でもアジア12カ国に暮らすMSMを調査対象としたインターネットによる性行動調査AIMSS2010の結果は、流行に敏感なアジアのMSMの性意識を考える上で興味深いものであった。

日本がゲイフレンドリーな国かどうか?と問われれば個人的には回答に迷うが、それでも新宿2丁目に代表される日本のゲイコミュニティにはアジア中のMSMが絶大な興味をもっており、シンガポールや台湾からたくさんの人たちが訪問している。一方、日本からもタイやベトナム、台湾などにたくさんのツーリストが訪れている。マレーシアや韓国、シンガポールのように政府がセクシャルマイノリティに対して厳しい規制を敷いている国はあるが、MSM人口の移動はそうした現実とは関係なく断続的に発生している。アジアのMSMにおけるHIV感染の増大はこうした事情を背景に拡大していると見られるが、新しいITテクノロジーに乗って流行を追い続ける彼らのライフスタイルは旧来の発想では計り知ることのできない性質のものである。

私は専門職の研究者ではなく数字から現実を読み取る作業経験がないため調査内容の精度や信憑性には言及できないが調査が極めて現実的な視点で行われていること….たとえば、セーフでないセックス=コンドームを装着しないセックスと分類するのではなく、URAIE(肛門性交でパートナーに射精される受身)がどれくらいの割合か?その行為の前にどの程度の割合でレクリエーショナルドラッグ(嗜好性で興奮を喚起させる薬物)が使用されているか?のように明快で率直、具体的な表現を用いて実施されている点に興味をもった。寄せられた回答を見ても自らをヘテロセクシャルと自認していたり、HIV陽性者と率直に回答していたり、特定のパートナーはいるが不特定の複数パートナーと性行為を行っているなど、参加者からお仕着せでないフランクな回答を引き出すことにかなり成功しているのではないかという印象も抱いた。翻訳チームを作りアジアで使用されている9カ国の言語に対応、各国で同時に実施することで数万人の回答を可能にした功績は大きいのではないだろうか。MSMが直面しているリスキーな性行動の実態を量的に横並びに捉える、という視点で試みは一定の成功を収めたのではないかと思う。近い将来、新しい調査AIMSS2012も実施されるとのことでこちらにも注目したい。

<抗議デモ>
私はAPN+(アジア太平洋ネットワーク)というアジアのHIV陽性者ネットワークの日本代表で、各国のHIV陽性者団体のメンバーとふだんから交流の機会がある。インド政府とEU、アメリカ政府間でのFTA締結をめぐる一連の動きや、FTAにより南アジアや東南アジアで、今後のHIV治療薬の入手が困難となるHIV陽性者が多数生じる可能性があること、インドを中心とするさまざまな陽性者団体がEUやアメリカに対する抗議活動を行ってきた経緯など、ある程度の情報ももっていた。実際、会場入りする直前にある関係者から“開会式の前に会場内でFTAの抗議デモを行うから応援のため見に来てほしい”というメールをもらっていたため日本からの友人を誘って予定された時刻に現場に駆けつけたくらいである。
「ずっと昔、Act Upという団体が製薬会社や特定の国の政府などに対して過激な抗議活動を行っていたことがあるんだよ。あなたはそのころHIVは他人事だったと思うし遠巻きに見ていたと思うけどね」かつてとある先輩から印象的な言葉を受けた思い出がある。私はそのときのことをぼんやりと思い出していた。実際、その程度の認識しかなかった。予想に反して抗議活動は止むことはなく開会式、その翌日の会場外での現地警察による抗議者への拘留、紛糾と一部セッションの中断、中止….など活発になる一方だった。シナリオを超えた展開でまったく想定外だった。失礼な言い回しになるかもしれないが、そこまで強い思いを抱いているなど予想もしていなかったのである。

外国の陽性者団体に属している友人のひとりは「HIVやエイズが政治になっているけど、それって本当に正しいことなのか?自分はやっとの思いで旅費を融通し、仕事も休んで遠路はるばる来たのにいちばん見たかったセッションが打ち切りになって見れなかった」と嘆いた。また、私がピアサポートについて講演していた会場にいたとき、抗議者の一団が「苦しんでいる仲間がいる。彼らを救うこともピアサポートだ」といって室内に入ってきた様子を覚えている。口演者は彼らの意思を尊重し自発的にセッションを打ち切って退出してしまった。プレナリーの会場でも、大きなマスクで顔を隠した抗議者たちがゲリラ的にステージに上がり本来予定されていた講演のプログラムをさえぎった。 壇上の彼らも、それを黙って見守る聴衆たちも一様に複雑な表情を浮かべていた。

Diverse Voices, United Action(さまざまな声を集めて団結した行動を)という今回のICAAPのテーマは思いもかけない形でアジアの現実を反映させたものになった。 2009年のバリ島での参加者は5,000人以上と推定されるが、今回の釜山は当初の予想を下回る3,000人。閑散とした会場内を見渡すかぎりその公式発表の数字すら多すぎるような感じさえした。会議への参加申込は多かったそうだが、会場に来られなかったセックスワーカーやIDUたちが実はたくさんいたのだという推測もあとから色々な人たちより聞かされた。さまざまな声が集まらなかった怒りがそれぞれの人たちからさまざまな怒りを融合させてしまい、結果的に団結した行動として実行されたのか。いや、団結したのはごく一部の人たちで、”それ以外の人たち”は明らかに困惑していた。
抗議活動の是非についての私見は述べまい。ただし、FTAの問題だけではなく、セックスワーカーやIDU(注射針を用いた薬物使用者)への差別偏見、韓国内のセクシャルマイノリティが抑圧されている現状などさまざまな人たちによるそれぞれの思いを加えたことで問題が非常に複雑なものになってしまった感じがしたし、そのことは率直な感想として記しておきたい。しかしながら同じ会場に同じ目的で集った人たちの間の中にもさまざまな声があり、主張があったことを改めて認識できたのは自分にとって大変有益なことであった。さまざまな声が集まったら時には対立も抗議も覚悟しなければならない。そこを乗り越えた地点で私たちは団結しなければならないのだ。現実的に前へ進むというのはたぶんそういうことなのだろう。さて、日本の私たちは、前へ進めているだろうか?


* 会議の成果を国内で還元する具体的計画
現時点で
  9月25日(土)AktaにてICAAP10報告会にて発表
  10月10日(祝)国際基督教大学ジェンダー研究センターにてアジアの現状、
  ICCAP10の報告発表
を予定しています。