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第11回アジア太平洋地域エイズ国際会議参加報告書
 
2015年以降の課題と外国人医療

エイズ&ソサエティ研究会議
樽井 正義

バンコクICAAPでは、日本のNGOが2つのセッションの企画と運営を行った。一つはアフリカ日本協議会(AJF)が国連合同エイズ計画(UNAIDS)と共催したシンポジウム「課題は消えるのか?-ポスト2015におけるエイズと開発」で、UNAIDSのTony Lisle、国連アジア極東経済委員会(ECAFE)のSrinivas Tata、そしてタイのセクシャル・マイノリティの組織Purple Sky NetworkのRapeepan JommaroengとAJFの稲場雅紀が演者としてパネルを組んだ。もう一つは外国人研究班のメンバーである国際保健市民の会(SHARE)等が主催し、Rei Foundation Limitedの後援を受けたサテライト「東アジアの移住労働」で、在日タイ人の調査をしたチュラロンコン大学のKannikar Kijtiwatchakul、SHAREの沢田貴志、フィリピンで移住労働とジェンダーの問題に取り組むAction for Health Initiatives(ACHIEVE)のMara Quesada-Bondatが報告をした。この二つのセッションでの議論を要約する。

2015年以降のエイズ対策
 貧困の解消を始めとする8つの目標を2015年までに達成することを、国際社会は新世紀の最初の課題として設定した。そのミレニアム開発目標(Millennium Development Goals; MDGs)には、HIVなど感染症の拡大防止も含まれている。この後押しを受け、2001年の国連エイズ特別総会(UNGASS)と2006年、2011年のレビュー総会で採択された3つの宣言においても、HIV/AIDSに関して意欲的な目標が設定され、新世紀における地球規模の対策を強力に牽引してきた。

 MDGsは焦点が絞られており、簡潔にして明瞭という点で評価されている。しかしそれだけに、経済やエネルギーといった分野への配慮が不十分であり、またその後先鋭化したテロリズムや国内格差のような課題が取り込まれていない、という批判もある。また保健課題についても、HIVや感染症に限らず、すべての人が、必要な保健医療サービスを、負担なく受けることができる制度(Universal Health Coverage)の構築を求める声もある。こうした議論を踏まえて、MDGsを継承し2030年を見据える国際社会の課題設定が、焦眉の課題となっている。

 国際社会の取り組みは既に始まっている。2012年6月に開催された国連持続可能な開発会議(Rio+20)は、「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals; SDGs)の設定を提言し、その議論はその後の8回の会合(Open Working Group)に引き継がれている。2013年5月には、国連事務総長の諮問を受けたハイレベルパネルが、「新たなグローバルパートナーシップ:持続可能な開発を通じた貧困解消と経済の転換」(A New Global Partnership: Eradicate Poverty and Transform Economies through Sustainable Development)と題する報告書を発表した。こうした作業を受けて、2014年秋から草案作成の会議が始まり、2015年秋の国連総会で新目標が設定されることになる。

 ハイレベルパネルの報告書では、2015年以降の開発課題が12の目標に整理されている。これがそのままにpost-MDGsの新目標になるわけではないが、MDGsと比較すると、そこには大きなパラダイムシフトが認められる。MDGsは、エイズや飢餓に典型的なように、主として途上国における緊急の課題に焦点が絞られていた。これに対して報告書では、持続可能性というキーワードが示すように、より長期的で先進国も含めた世界規模の問題を広く視野に入れ、エネルギーや雇用、統治や財政といった目標も新たに包摂されている。たしかに、この十余年の間に、国際社会は9.11とリーマン・ショックという危機に直面し、また南のみならず北においても、エネルギー、雇用、財政といった難問を突きつけられている。これらに対処しなくてはならない。

 しかしいま一つ、看過しがたい大きなシフトがある。それは保健問題の縮小と変化だ。MDGsでは、エイズなどの感染症を含む保健課題が、8目標のうち3つを占めていたが、報告書では12目標のうちの1つでしかない。それはさらに5項目に分けられており、MDGsから乳幼児の死亡削減と妊産婦の健康増進が引き継がれるとともに、ワクチンおよび性と生殖の健康と権利が新たに加えられている。最後の1項目に、エイズ等感染症と並んで、顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases; NTD)と非感染性疾患(Non-communicable Diseases; NCDs)も挙げられている。

 post-2015に向けたこうした動向、わけてもHIV/AIDS対策の比重低下は、国際社会にとってきわめて危険である。この間の各方面の尽力により、HIVは慢性疾患という側面ももつようになり、新規感染は世界全体としては減少に転じた。しかし治療を必要とする陽性者は増加し続けており、これに対処するには治療の拡大とともに予防の強化に一層の努力が求められる。努力を怠れば、感染は再び拡大し、治療費はさらに増大する。同時に、社会で弱い立場に置かれているためにHIVの影響が集中する人びとの人権を守り、ジェンダーの問題に取り組むことも、続けなければならない。課題は大きくなりこそすれ、まだ小さくなってはいない。国際社会には、わけてもHIV/AIDSに取り組む私たちには、このことを確認し、post-2015の目標を設定する作業に積極的に参画することが求められている。
 
移住労働者の医療における連携
 東アジアにおける移住労働者の治療と予防へのアクセスについては、各方面の努力によって一定の前進が認められるとともに、その限界と取り組むべき課題が明らかになってきている。そうしたことを検討するケース・スタディとして日本を取り上げ、送り出し国と受け入れ国、双方で移住労働者を支援しているNGOが、それぞれの立場から現状と課題を報告した。

 日本のエイズ動向委員会によれば、HIV陽性者の累積数に占める外国人の割合は2割に近く(アジアはその半数)、外国人人口が1.6%であることを考え併せると、外国籍労働者は日本でも重要な個別施策層と言わざるをえない。首都圏で外国人に診療を提供しているある医療機関の調査では、初診時のCD4が、かつては100以下であったのが、2006年以降は平均して250から400と上昇を見せている。その理由として、まず、低い数値は保険を持たない外国人に集中しているが、そうした外国人が減少したこと、母国においてARV治療が普及したことが挙げられよう。しかしそれだけでなく、滞日外国人コミュニティへ予防・治療の情報が少しずつ浸透していること、医療機関における外国人への対応が一部で改善したことも、寄与していると考えられる。保健所や拠点病院の医療者に対する外国人診療の情報、また外国人コミュニティに対するHIV関連情報の提供は、研究班も課題としてきたところである。

 こうした変化を促した契機の一つとして、移住労働者を送り出す国と受け入れる国、双方のNGOの緊密な連携が、さらには医療機関と行政との協力が指摘される。双方のNGOは、利用可能なARVの種類や医療機関など、治療環境に関する情報を交換し、必要とするコミュニティや医療機関に提供するとともに、母国へ帰る陽性者が継続して治療を受けられるよう、協力して個別の援助を行っている。また日本とタイの関係では、日本の医療機関に診療提供を拒まれて不幸にして死亡した事例を契機に、両国のNGOがそれぞれに働きかけた結果、厚労省は都道府県に対して、医療機関が外国人に治療を提供するよう指導を求めた。

 移住労働に関連するHIVの問題として取り組むべきこととして、東アジアにおいて、また世界においても、HIV陽性者の入国規制と強制検査との撤廃が挙げられる。これらと並んで、陽性者への必要な医療の提供も強く求められている。わけても人命にかかわる救急医療の提供は、健康に生きる権利という基本的人権が求めることであり、国民のみならず外国人にも、査証や保険の有無にかかわりなく、無条件に保証される必要がある。この人道上の要請に応えるには、市民社会と行政とが協力し合って政治的環境を整備することが、日本の文脈に即して言えば、ごく一部の自治体でしか行われていない医療費補填の制度と医療通訳派遣の体制とを拡大し充実させることが求められる。