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第14回国際エイズ会議参加報告書
 

エイズ予防財団理事長  島尾 忠男

 

前回2年前のダーバンでは、途上国でも抗エイズ薬が使えるようにせよという強いアピールが中心であったが、その後の沖縄でのG8サミット、国連のエイズ特別総会、エイズ、結核とマラリアを対象とする国際保健基金の創設と、国際社会ではこのアピールに応える措置が次々と打ち出される中で、今回の第14回総会はスペインのバルセロナで7月7日から11日まで、5日間にわたって開催された。

会議の構成

 会議にはA(生物学的な問題)、B(治療に関する問題)、C(疫学的な問題)、D(予防医学の問題)、E(社会科学的な問題)、F(相互に関連する問題と対策の実施例)、G(Advocacyとpolicy) の7つのトラックが設けられ、口頭発表やポスター発表は各トラック毎に行われ、朝の全員集会で、課題を総合的に取り上げることが試みられた。因みに、朝の全員集会での課題は第1日が「HIV流行の影響」、第2日が「21世紀の予防活動」、第3日が21世紀の治療とケア」、第4日は今回の会議の主題ともなった「科学から行動へ」であり、ここでは課題をいろいろな観点から取り上げた総合的な発表が行われた。神戸会議を企画する際にも参考になる構成の仕方である。
 
重要な役割を果たしたラポルツール

 このように、多岐にわたる内容を多くの会場で同時に開催していたので、それをとりまとめる形で最終日に閉会式の前にラポルツール・セッションが開かれ、各トラック毎に、内容を15分間で要約した。各トラック毎に数名から10名ほどのラポルツールが置かれ、発表と討議内容をまとめ、それを代表が要約して発表する形をとった。口頭発表はすべてパワー・ポイントを用いて行われたので、A,B,C,Dのトラックのラポルツール要約では、特定の演者が発表に用いたスライドをいくつかそのまま使用していた。これだけ多くの会場で同時並行して開催して、すべての会場にパワー・ポイントを投影できる能力を持つ会場が日本には幾つあるであろうか? ラポルツールにはスペインだけでなく、多くのヒトが協力していたが、有能なラポルツールの確保も神戸会議での大切な課題であろう。

会場と会議開催時間の設定

 会議は朝の8:30から10:00までがモンジュイックの丘の上にある聖ジョルディ会館(バルセロナ・オリンピックの際の室内競技場)での全員集会であり、その後は10:30から12:00、14:00から15:30、16:00から17:30に丘の下のスペイン広場に近い国際会議場、見本市会場など3つの大きな会場に3~7設けられた会場で同時並行で口頭発表が行われ、別の会場ではポスター発表、スキルス・ビルディング・セミナーが行われ、展示も会期中ずっと行われていた。

 朝の全員集会の会場である聖ジョルディ会館までは、分科会場が集まっているスペイン広場近くからバスでの輸送が朝7時から用意され、地下鉄でスペイン広場までくれば、丘の上までは歩かずにすむようになっていたが、聖ジョルディ会館から丘の下の分科会場まではバスの用意は無く、連日徒歩で10数分かけて降りねばならなかった。幸い天候に恵まれたからよかったが、もし雨天であれば、降りる道のかなりの部分が未舗装のため、泥で汚れ、苦情が出ていたかもしれない。途中には階段もあり、足の不自由な方にはつらい降り道であったと思われる。因みに、途上国のご婦人の方の中には、エスカレーターに乗り移る際に危険を感じ、階段に移る人も時に見られた。また、全員集会の終わる時間が予定の10時を過ぎ、下の分科会場は10時半から始まるので、全員集会を聞き終わって下へ降りると、分科会はすでに始まっていることもあった。

 スペインの日常生活では、昼食はふつうは2時くらいから始まり、夕食は8時過ぎからで、すこしゆっくりしていると深夜12時になることも稀でない。この時間帯との整合性を考えると、開始時間を含め全体を1時間半から2時間くらいずらしたほうが良かったかもしれない。

治安の問題

 バルセロナ市内の地下鉄は極めて便利であるが、開会式当日スペイン広場まで行く地下鉄の中で、筆者が集団すりの洗礼を受けてしまった。数人で移動中の、かなり混んだ車内である。事前に十分注意を受けていたので、貴重品は所持せず、全く被害は無かったが、不愉快な経験となり、以後単身の際には地下鉄の利用を消極的に考えざるを得ない情況となった。筆者の他には幸い被害者はいないようでよかったが、前回のダーバンでも治安は悪く、日本人に被害者も出ており、今後この会議は途上国で開くとのことで、これからも治安の問題は会議出席の際の一つの課題となりそうである。このような情況に比べれば、日本の情況は比較にならないくらい安全である。また、以前治安の悪さが問題であったニューヨーク市が、前市長の努力で問題を解決し、地下鉄が見違えるほど綺麗に、しかも安全になっているのを昨年体験することができた。観光で人を呼ぼうとするなら、治安のよさは最低の条件であろう。

結核とエイズ

 筆者は、全員集会のほかは、主として結核とエイズに関連する会場で講演を聴いたので、エイズ対策と結核対策の関連についての感想を述べる。

 エイズと結核が相互に干渉しあうことは従来からよく知られていたが、アフリカの大部分とアジアの一部の地域では、両者の一方への対策を考える際に、もう一方への対策も考えざるを得ないほど、双方が強く影響しあう情況になってきている。しかも、結核対策はこの十年来目覚しい発展を示し、DOTS戦略と呼ばれる対策が、途上国を中心に推進され、発見された患者の治癒率も向上してきている。その骨子となっているのは、(1)結核対策を重点施策とすることを政府が公約すること、(2)患者の発見は、咳や痰の持続する者の痰の塗抹で行うこと、(3)抗結核薬を全国に十分な量、適切に配布できる体制を整備すること、(4)病状に応じて決められた標準処方を用い、薬が確実に患者によって服薬されるよう見守ること、(5)登録制度を整備し、治療成績をコホート調査で評価することの5項目である。また具体的な目標としては、新たに発見された塗抹陽性肺結核患者の85%以上を治すこと、発生する患者の70%以上を発見することが掲げられている。結核対策のこれらの基本的な考え方は、エイズ対策、特に患者に対する治療とケアの体制を整備する際にも適用されるであろう。

  エイズ対策では、VCT(任意のカウンセリングと検査)で感染者を発見し、CD4リンパ球数や日和見感染の発生状況などを指標として経過を観察し、適応ありと判断されれば抗ウイルス薬の使用を始めることになるが、いったん治療を始めると、終了してよい目途が立たないこと、抗ウイルス薬の副作用が抗結核薬に比べれば多いことなどが、結核管理の違いとして挙げられる。また、エイズの場合に、抗ウイルス薬処方の標準化の試みはなされているが、結核のように割り切ることは困難であろう。

  適応のある者に対する抗ウイルス薬の使用は全世界のHIV感染者の願いであり、結核の場合にはエイズとの相互干渉を考えると、必要な場合に抗ウイルス薬を使用することが、エイズ既感染の結核患者の治療にも必要なので、HIVに感染している結核患者の発見と治療は、DOTS戦略の経験を持つ結核対策側が担当するのが合理的であろう。実際に今回の学会でも、やむにやまれぬ情況の中で、双方に対する対策を行っている実例がマラウイ、タイ、 南アフリカ、ザンビア、インドなどから報告された。この場合にも、現場第一線でVCTを実施できる人材を養成し、チームに加えることがぜひ必要である。治療に際しては、抗結核薬の中心薬剤であるリファンピシンと、抗エイズ薬の一部(PI)との相互干渉が問題になるが、結核の治療は原則として6カ月で終了することを考えると、病状が許せば先ず結核の治療を先行させ、エイズの病状が重い場合には、結核の当初2カ月の強化処方の時期を過ぎたら、リファンピシンのない処方に変更し、抗ウイルス薬の使用を始めるのが途上国の実状にあった方式であろう。

  先に述べたエイズの場合生涯治療が必要ということは、現場第一線に負担が加重することを意味する。エイズ患者の治療を導入する際には、現場第一線にそれに応じた人員の増員と予算措置を講じない限り、第一線がその負担に耐えられなくなり、結核対策、エイズ対策とも崩壊する恐れがある。このような事態を避けるためには、対策の開始に先立ち、この点に関するよほどはっきりした政府や援助機関の公約を取り付けておく必要があるであろう。

 今一つ問題になるのは、HIV感染者で、結核にも感染しているが、幸いにまだ発病していないものに対する発病予防措置である。INH(イソニアジド)の投与で、結核発病を抑えることができるだけでなく、HIV感染の進行も抑えることができることが分かりつつあり、またエイズ患者に抗ウイルス薬を用いることによって結核発病の危険も低下することが知られてきている。INH投与による結核の発病防止に関連しては、活動性結核患者をどのようにして除外するかが大きな問題点で、先進国なら手軽にできる胸部X線検査が簡単に実施できず、実施できてもその精度が必ずしも十分でない場合に、問診などで行う方法が紹介された。適切な除外がされずにINH単独が用いられた場合には、耐性発生の恐れがあるだけに、今後も慎重に検討することが必要な課題であろう。 
 
強いadvocacy活動の背景は?

 永年結核対策に従事してきた者として、羨ましさを感じるのは、エイズの場合にみられるアクティビストの活動である。先進国のエイズ患者がHAART療法の恩恵を受け、死亡率が激減し、QOLも著明に改善しているのに、途上国の患者がその恩恵を受けられないことは、保健医療の領域で見られる不平等の典型的な例であり、その改善は全世界に課せられた課題であり、その解決のための努力も近年強化されてきている。結核を相手にしてきた立場で考えると、同じ原則は結核患者にも適用される。治療法が確立している今時、その恩恵に恵まれず、むざむざ死亡する結核患者があってよいはずがない。それなのに、その声は大きくない。結核患者には立ち上がる気力がないのだろうか。専門家がだらしないのだろうか。今回の会議中に何度も強い訴えの声を身近に聴いた一結核専門家の率直な感想である。