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第14回国際エイズ会議参加報告書

金沢大学大学院医療薬学専攻 木村 和子

1. ドラッグマネジメントと医薬品政策 -抗HIV薬のアクセス改善-

(1)背景

第14回国際エイズ会議の大きな特色の一つは特許切れ前の抗HIV薬のジェネリックの製造がタイやブラジルで行われていることが国際的に容認され、値下げ交渉の努力もあいまって抗HIV薬の大幅な値下がりが起こり、その関連の報告が多数なされたことであろう。特に7月11日の全体会議で行われたブラジルエイズ国家調整官Paolo Roberto Teixeira氏の演説にはブラジルは発展途上国のリーダであるとの賞賛の声と大きな喝采が寄せられた。閉会式でもポリネシアからのHIV感染者が抗HIV薬服用により、健康を維持する喜びを語り、Nelson Mandela前南アフリカ大統領は「命を救う薬の入手は基本的人権である」と訴えた。

2000年ダーバンでの第XIII回国際エイズ会議では「年間の薬代が10,000ドルにものぼる抗レトロウイルス薬(ARV)を年収数百ドルの人々がどうして買えるのか。製薬企業は儲けを優先し、人命を軽視している。」という怒号が渦巻く中で、UNAIDSは誇らしげに製薬企業5社がUNAIDS等5国連機関の仲介で5発展途上国に10分の一の値段でARVを提供することに合意したと披露した。

あれから2年、人々の叫びはこんなに世の中を動かすことができるのかと驚く。一連の経過は、人々と政府や国際機関の努力により多国籍企業の譲歩を引き出すことができることを示した。そして、どのような戦略が最も大きな価格低下を誘導するかまでも研究されるようになった。


(2)経過と結果

HAART登場以来1998年まで、製薬企業は新薬の研究開発意欲をそそる為に高価格の維持は必要、二重価格制は不可能であると譲らなかった。しかし、1998年末以降UNAIDSの支援によるドラッグアクセスイニシアティブ(DAI)や公的入札・競争的調達によりコートジボワールでARV(抗HIV薬)の価格低下が始まり、続いて、ジェネリックとの競争による価格低下がブラジル、ウガンダで起こった。2000年の世界エイズ会議での問題がクローズアップされ、2001年南アフリカ政府に対する製薬企業の提訴取下げ、国連エイズ特別会議でのグローバルファンド設立合意、2001年「TRIPSと公衆衛生に関するドーハ閣僚宣言」で加盟国の公衆衛生の保護、特に医薬品アクセス促進の権利が明言され、強制実施権など「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)」の柔軟性の確認が行われた。そしてUNAIDSアクセス促進イニシアティブ(AAI)で先発メーカ5社と国際協議による調達がなされ、さらに中南米アフリカ諸国協力体制などの結果、ARV価格の著しい低下が起こった(元売価格ブラジル-87.9%、ケニア-88%)が導かれた(MoOrG1035LuchiniS,et al)。

また、値引き策としては先発と後発の競合が最も効果的であり、さらに地元で製造能力のある国(ブラジル、タイ)は一段と低価格を引出すことに成功している。例えばAZT/3TC+NVPでは患者一人あたり年間価格はタイUS$649(最高のケニアでの価格US$1272に比較し-49%)、ブラジルUS$665, ウガンダ(AAI,US$716(-44%)、セネガルUS$1230(-3%)であった(MoOrG1036CarmenPerezCasas, et al)。

しかし、価格は標準化されておらず、その国の状況や交渉力によって随分違いがある。安価になったようでも、医療保障制度の整っていない発展途上国で貧しい人々に手が届く状況ではなく、多数の人々が取り残されている。発展途上国で治療を必要としているAIDS患者は570万人と推定されているのに対して、実際治療を受けている人は23万人に過ぎない(MoOrG1035)。


(3)多国籍企業の取組み

発展途上国に展開する多国籍企業にとって従業員のHAART経費はそれにより得られる経済的利益(医薬品以外のヘルスケア、怠業、死亡見舞金、リクルート、雇用、労働生産性の向上)より大きい。それにもかかわらず、従業員及びその家族にHAART提供を決定し、歓迎された(TuOrG1245S.Forsythe, et al)。
なお、発展途上国の人々に必要なのは抗HIV薬だけではない。今なお20億の人々が必須医薬品へのアクセスの欠如に苦しんでいる。国際的支援、競争入札、国内生産の育成などにより90%の値引きまで引出した抗HIV薬の経験は発展途上国の医薬品事情の好転に生かすべきである。
  

 

2. タイ国の総合的取組み

「エイズワクチンの製剤化に関する研究会(国立感染症研究所)」のメンバーとしてタイ国とのHIVワクチン共同開発に関連し今後の参考に資するためタイについて情報収集した:

タイは首相が陣頭に立ちHIV予防対策として売春宿のコンドーム100%作戦、性病治療、メディアキャンペーン、小学校での教育を展開し、1995年以降新規感染率の低下に成功したことは有名である。予防啓発に加えARVの国内生産、HAARTの導入、HIVワクチン開発など総合的にHIV対策を展開しており、この会議でも各分野でタイ国専門家からの報告が相次ぎ、感染者を多数抱える発展途上国の中ではブラジルとともに抜きん出た存在になっている。以下、取組みのいくつかを紹介する。

(1)タイ国営企業によるARVの生産(MoOrG1035KrisanaKraisintu)

政府医薬品機構(Governmental Pharmaceutical Organization:GPO)は生物製剤など必須医薬品300品目以上とその他の医療関連品を製造している。従業員は2,200人、年間売上は1億米ドル、R&Dに売上の1.6%を費やしている。ちなみに、日本の製薬企業のR&D比率は平均8.6%(総務省「2001年科学技術研究調査結果の概要」)である。

タイは人口6,200万人に対してHIV感染者120万人、AIDS患者10万人を抱え、毎年3万-5万人の新規エイズ患者が発生している。最低賃金は月US$120以下であり、二剤併用はAIDS患者の5%、月US$600かかる三剤併用療法の患者は極めて少ない。

GPOはR&Dの結果、1995年にAZTカプセルを初めて供給した。2001年には三剤併用患者一月分US$112-140相当をUS$54で供給し、2002年にはLamivudine+Stavudine+Nevirapine一月分をUS$28で供給した。GMP適合による品質確保も図られている。国内生産により先発品の5分の一から20分の一の価格で供給可能となった。新たなARV生産プラントにより第1期には5万人のAIDS患者に供給可能となり、第2期には10万人に供給可能となる。タイは一部ARV薬の自給体制を整えたのである。

先進国での医療費保障の逼迫は皆保険存続にかかわる問題であり、特許を凌駕したこのようなドラスチックな薬剤費負担軽減には目を見張る。人の健康にかかわる医薬品や医療関連品については、開発直後から公的財産として広く製造を許し、特許権の保護に変わる仕組みで開発費の回収、開発意欲の高揚を図ることは検討に値するのではないかとも思われた。

(2)タイの無料HAARTプログラムパイロットプロジェクト(MoOrG1079及びTuOrG1246 Kriengkrai Srithanaviboonchai)

2001年2月にNGO、PWHA及び公衆衛生省が共同発表し、パイロットプロジェクトとして北部タイでHAARTによる無料治療(Access to Care, ATC)を開始した。既存の医療体制の中で、8レジメン、630症例に対して行われている。すべてのパートナーが参加し、技術、運営、倫理面での配慮を計画段階で十分行うことによってプロジェクトを成功させることができた。今後、国民健康保険制度の中で皆施用が検討される。

(3)HIVワクチン開発

発展途上国で初めてのHIVワクチン第III相臨床試験がタイで行われている。バンコク首都行政庁、タイ公衆衛生省とUSCDC、マヒドール大学熱帯医学部及び米国カリフォルニアのVaxGen社の共同研究である。1995-1999年にIDUの疫学調査を行い、1999年3月-2000年8月に4,943名のIDUをスクリー二ング。二価ワクチンB[MN]/E[A244]rgp120;AIDSVAXRB/E、VaxGen,Inc.,USAがIDU2,545名に17のバンコク首都行政庁薬物治療クリニックで投与された。

投与群:300ugAIDSVAXB/E+アジュバンド、コントロール群:アジュバンドのみ。第5回目までの投与を2276名(97%)が受けた。プライマリエンドポイントはELISA及びWBにより測定したHIV感染、セカンダリエンドポイントはCD4及びウイルス量による症候推移の変化。中間解析結果は2002年末、最終結果は2003年末に公表予定。(WeOrD1300 K.Choopanya et al)

米国からはAIDSVAXB/Bの米国及びヨーロッパでの第III相試験の実施状況について報告があった。結果は2002年末に公表予定(WeOrD1299 C.Harro etal)。

(4)予防活動の評価

本章冒頭で紹介したタイの予防活動の結果、行動変容により2020年までのAIDSによる累積死亡が1200万人減少すると推定される。この減少による医療費の削減は12-33%であり、さらに収入低下の抑制を加えるとその効果は37-55%に上る。これは世界銀行など国際開発機関のプロジェクト開始基準「リターン10%以上」を大きく超えるものである。

(Amfa, TREAT AISA, David.E.Bloom)
このように、タイはHIV/AIDS 蔓延という危機に国を挙げて取組んだ結果、医療保障、社会開発、科学技術で進歩を遂げつつあり、却って国家発展が促されたようにすら見受けられる。

 

3. 公的役割

(1)研究発表:MoPED3672 「血液安全性確保のためのHIV検査目的献血者の選別」 杉本、高西、木村、今井

要旨:「わが国の献血のHIV陽性率は先進国中最も高いことから、欧米のHIV感染者献血防止法を調査し、わが国の施策の参考とする。献血者IDの確認、強力なHIV教育、来所陽性者情報の保存、面接技術の向上及びVCTの普及が重要である。」
 献血の安全性に関する発表はバングラデシュ、ドイツ及び日本(2題)の計4題のみであった。ドイツにおいてもPCRでHIV-1RNAの確認が行われており、150万検体のうち過去陰性であった15検体が陽性になった。陽性率は日本とほぼ同じである。うち2検体のプールPCRは陰性で、単独PCRやWBを経時的に行い陽転を確認した。この結果から考察すると、西欧先進国もすべてが全サンプルにPCRを導入しているわけでもなく、国別の献血陽性率の比較には検査方法の標準化が必要である。しかし、これらの国々がHIV陽性者の献血を防ぐ方策自体はわが国にとっても参考になるものと思われた。

(2) 第13回日本エイズ学会公開シンポジウム"HIV/AIDS 必要としている人々にケアは届いているか"(2002年11月30日)招聘外国人講師との打合せ

Ivan Wolrrers(Vrie University Amsterdam), Marco Antonio de Avila Vitria (National STD/AIDS Program, Brazil),Warren O'Briain(AIDS Vancouver, Canada)各氏と面会し、来日の確約をとるとともに、シンポジウムの趣旨説明、アブストラクト及びスライド作成を依頼した。三氏とも来日を期待し、シンポジウムへの積極的な協力を約束した。

(3)「海外のHIV感染症の医療体制に関する研究」(厚生労働科学研究エイズ対策事業HIV感染症医療体制研究班分担)に関する追加情報の収集

a. 欧米では患者の多いところに治療専門家や治療施設が必要に迫られて育ったことが、これまでの調査から明らかとなっていた。ところでその育成に政府の関与があったのか、また、育成のため何らか政府ファンドの投入などが行われていないかについて情報収集した。

オーストラリア: 500人に一人の一般医(general doctors)が指定を受け、特別訓練を経て専門家としてARVを処方し、対価も要求できる。また、主要病院の免疫科は特別専門科として指定され、州政府を通じ連邦政府のファンドが投入されている。(GrahamBrown/WAAC)

ベルギー:ベルギー最大の治療施設アントワープの熱帯病研究所でも政府による特段の指定は行われていない。(World Courier)

カナダ:ブリティッシュコロンビア州の3次医療施設St.Paul's Hospital、特にBC Center for Excellency in HIV/AIDSはBC州保健省に指定され資金的サポートも受けている。このように 州政府指定を受けた施設はOntario州に3、ケベック州に1存在する。(Mr.O'Briain/AIDS Vancouver, Canada)

イギリス:イギリス最大の治療施設Chelsea & Westminster(C&W)でも特段の指定を政府から受けていない。(Mr Simon Wright/actionaid)

b. 移動労働者等への医療提供:

イギリス:他国に比べ、外国人に対しリベラルな医療提供を行ってきていたが、最近は厳しくなってきている。一年以下の滞在者には一般に移民資格は与えられずNHS(National Health Service英国医療制度)は提供されない。超過滞在の妊娠中のアフリカ女性が治療を拒否され、自費診療となった事例がある。HIV感染症は緊急医療として扱われていないのでNHSで提供されない。ただし、HIVは性病指定されており担当GPを通さずに任意の生殖泌尿器科にかかることができる。そこでは素性を詳しく聞かれないため、滞在資格にかかわらず実質的に治療をうけることができる。最大のクリニックはC&Wのコブラクリニックである(Positive Nation Magazine、Mr.GusCairns)

カナダ:3ヶ月未満の滞在者には移民資格が与えられず、Medicareの対象にならない。難民申請中であれば連邦政府により特別の手当てがなされる。医療提供は州の責任である。
コミュニティセンターによっては詳しい素性を聞かずに医療提供するところもあり、そのようなところに辿り着けば医療を受けられるが、制度化されたものではない。
このような人々にも救命救急医療は提供されるが、病院や医師の倫理感に基づくもので費用はそれぞれの予算でやりくりする。(Canada Legal Network, Mr Richard Elliott)

オーストラリア:正式なビザが発給される2年以上の滞在に到らないものはMedicaidの対象とならず、自費診療となる。移民法(Immigration Act)に、「資格外移民は無料ケアの対象とならない」と記されている。緊急医療は無料でケアが受けられるが、費用は請求される。回収できない場合は病院の負担となり、また、政府に報告しなければならないので病院はそのような患者を敬遠する。移民及び健康政策は連邦レベルで決めるので、州による差はない。(The Australia National University, Dr M.Watchirs)

なお、世界で1億5千万人の人々が出生地以外の国を渡り歩いている(WeOR220,D.Grondin)。タイーミャンマー国境地域、抑留センター、監獄、工場、興行及び性産業に従事するの移動労働者がケアを受けられる率は10%程度である。(WeOr222,MyatHtooRazak) 

 

4. 会議の成果を国内で還元する具体的計画

(1) シンポジウム開催
第13回日本エイズ学会公開国際シンポジウム"HIV/AIDS 必要としている人々にケアは届いているか"(2002年11月30日)開催

(2) 講演、授業
a. 2002年9月29日:薬剤師リフレッシュフォーラム講演「ジェネリック医薬品と医療」
b. 2002年11月7日:生体膜シンポジウム特別講演「ドラッグマネジメントの国際協力」
c. 2002年12月:金沢大学留学生のための特別講義「HIV/AIDS:今世界は」

(3) 厚生労働科学研究への反映
平成14年度エイズ対策事業「HIV感染症の医療体制に関する研究班(主任研究者白阪琢磨)」「HIVの検査法と検査体制を確立するための研究(主任研究者今井光信)」に反映する。

(4) 創薬等ヒューマンサイエンス総合研究事業への反映
平成14年度「リコンビナントタイプHIVワクチンの標的集団の解析とパイロットプロダクションの可能性の検討(主任研究者仲宗根正)」に反映する。

 

5. 会議の感想

Bs10 Adressing Mobile and Migrant Peopleシンポジウムで「多くの国には資格外滞在者に医療提供する仕組みが全くない。仕組みとしてはないが既存システムにうまくもぐりこめば医療を受けることができる国もある。ヨーロッパの1カ国では自国でHIV医療の受けられない資格外滞在者にも積極的に医療提供している。植民地を有したヨーロッパにはそのような国がほかにもあるのではないか。」と質問したところ、議長から「非常に重要なポイントだが、ヨーロッパの取組みも色々である。(ソフトである)」との答えを得た。セッション終了後、記者が飛んできて、ヨーロッパについて取材をしていたが、ヨーロッパ以外の地域についても取材したいのでそのうちメールするのでよろしくといわれた。今までのところ、連絡はない。

セッション参加による最新情報の収集と、海外専門家との個別議論を通じ認識を深めることができた。エイズ会議に参加した一週間で、2年分の情報収集を一挙に行ったような、私にとっては参加必須の会議である。関心あるセッションが同時進行したり、カウンターパートとのアポイントメントがセッションと重複したり、忙しくまた充実した一週間だった。HIV/AIDSの日本の専門家とも親交を結ぶことができたことも大きな成果である。このような機会を与えていただいたエイズ予防財団に深く感謝致します。