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第14回国際エイズ会議参加報告書

北海道立衛生研究所微生物部ウイルス科長  工藤 伸一

はじめに

 第14回国際エイズ会議はスペインのバルセロナで7月7日から12日まで開催され、約15,000人の参加者によるたいへん大きな会議でありました。予防・治療において注目される話題としては、作用機序の異なる新薬としてEntry inhibitorやIntegrase inhibitorが臨床治験で成果をおさめていることや、北米/ヨーロッパとタイで大規模に進められているワクチンのPhase III の臨床治験があげられるかと思います。ここでのワクチンの有効率は30%以上を示すことが最低限要求されていますが、失敗すればその後のワクチン開発に大きな影響を残すことになるため、今年から来年にかけて集計される結果には強い関心が寄せられています。それからまた、抗HIV薬による治療が進む中で薬剤耐性ウイルスの出現に対してどのように対処して行くかは重要な課題となっており、本会議でも大きく取り上げられていたのではと思います。私はHIVのGenotypeを決めることで薬剤耐性ウイルスであるかどうかの情報を担当医に提供しており、今回の国際エイズ会議における報告としてこの薬剤耐性ウイルスのGenotype解析に関する内容を中心に報告致します。

薬剤耐性遺伝子検査の治療上の効果

一般にGenotypeの解析結果はPhenotypeの解析結果とおおよそ一致することからGenotypeは耐性ウイルス判定に有用であると考えられますが、本当に治療上効果を生むものであるかどうかの実証はむずかしいものがあります。この点に関して次ぎのような報告がありました。多剤併用療法で治療中にGenotypeで薬剤耐性変異が認められたが、副作用も含めた何らかの理由で治療薬を変更できなかった症例において、1剤について耐性獲得変異が認められたクループではViral roadとCD4数は対象群に比べ大きな変化はみられなかったが、2剤について耐性獲得変異が認められ、そのまま6カ月以上薬を変更せずに飲み続けたグループでは、Viral road とCD4数とも悪化していることが報告されました。また、より多くのHIV感染者を対象としたコホート研究からは、Genotype解析を行なったグループはウイルスRNA量を調べたのみのグループに比べ、治療薬が全くきかなくなる状態に至るまでの期間が有意に長く、Phenotype解析を行なった場合と同程度であることが報告されました。これらの結果は、やはりGenotypeの解析が抗HIV薬によるHIV感染者の治療を進める上で有用であることを示しています。それでは、抗HIV薬の治療が開始されていないHIV感染者に対してHIVのGenotypeの解析を行なうことについてはどうかいいますと、すでに薬剤耐性ウイルスであると判断される場合が10%の症例で認められるとする報告もあり、抗HIV薬による初期治療においてその効果をより大きく発揮するためにはこのGenotype解析が必要であると思われます。検査経費を経済的観点からシュミレーションして解析した結果からは、その後の生涯にわたる治療経費を考慮するとやはりGenotype検査を行なって治療薬の選択を初期段階で適切に行なうことがより効果的であることが示されました。今後、耐性ウイルスによる感染がさらに増えることが予想さられることから抗HIV薬による治療開始前にGenotype検査を行なって治療方針を決めて行くことが望まれます。

Genotypeの検査法

新しい検査法として、DNA Chip技術を用いた解析法が報告されていました。この方法はOligonucleotideが基盤にのるAffymetrix社のChipを用いて行なっています。簡便さの点では従来のSequence法より良いものと思われますが、Sequence法との結果を比較すると数%の異なる検出結果となっていてその精度には今のところまだ問題があるようです。コストの点からもこの方法では費用がかかりGenotypeに導入されるのはまだ先のように思われます。PCRによるHIV遺伝子の増幅に関しては、使用するPrimerの設定やそのAnnealする条件に工夫がなされて、より生体内に存在するウイルスポピュレーションを検出できるようなシステムの改良が行なわれていました。解析範囲もpol遺伝子全体をPCRで効率よく増幅することで現在対象としている逆転写酵素領域、プロテアーゼ領域に加えてさらにインテグラーゼ領域を解析できる方法が報告されました。インテグラーゼ阻害剤が治療薬として導入された際にはこの領域も検査の対象となるため、こうした効率良く検査を行なえるシステムへの改良が同時に求められています。薬剤耐性変異の情報は現在subtype Bに関して知られていますが、その他のsubtypeについての情報が少ないのが実状です。本会議ではnon-subtype B、特にsubtype C についての耐性変異の報告が幾つか行なわれました。抗HIV薬が効かなくなったsubtype CのHIV感染者では、subtype Bにみられない変異も存在しますが一致した変異もおおく確認されています。またsubtype CのHIV感染者の末梢血単核球をin vitroの培養で薬剤存在下で継代し、出現した耐性ウイルスを解析した結果では、subtype Bと同じ耐性変異が認められています。このようにsubtype Cの薬剤耐性変異については、subtype Bの耐性変異の情報が一致する変異箇所については現時点で一応参考にすることが可能であると思われます。今後、個々のsubtypeの薬剤耐性変異についてのより詳細なデータが蓄積されることが望まれます。

その他関連する事柄

Genotype検査の試験対象は、今日Plasmaを用いるのが一般的ですが末梢血単核球DNAも用いて解析すると、その解析結果がPlasmaのものと異なる結果になる場合があることが知られています。特に、HAART法で治療中の感染者においてこの違いはみられやすい傾向があります。私共もこれまでGenotype検査を行なってきた中でこうした異なる結果になる場合を経験し、その理由については大変関心を持っていますが、その原因としてはLatent reservoirが影響していると考えています。最近感染した細胞に加え以前に感染した細胞のプロウイルスのGenotypeがおそらくは解析結果に反映していることが想定されます。そのため、私自身はLatent reservoirとしてどのような種類の細胞があるかということに興味をもっていますが本会議では、このLatent reservoirとしてCD4陽性のNK細胞もそうであるとする発表がありました。これまでCD4陽性のメモリーT細胞がその主体であったわけですが、新たにLatent reservoirとしてNK細胞が加わったことになります。また報告では、このNK細胞の特徴として薬剤の細胞内からの排泄に関わるP-glycoproteinの活性が高いことが指摘されました。そのため、特にProtease inhibitorが効きにくいとのことで治療での注意すべき点を示唆する内容でした。最近、Protease inhibior が血漿蛋白質と結合していることがわかってきています。細胞内に取り込まれるのは、蛋白質と結合していないfreeのProtease inhibitorであるのでその血中での濃度が実際に作用する上で重要なようです。このことは、薬を飲んでいるにも関わらずウイルス量の低下がみられないケースや、またさらにGenotypeで耐性変異がみられないようなケースで血中の薬剤濃度が十分でなかったり、細胞中の薬剤濃度が十分でなかったりしたことがその原因になっている可能性が考えられます。今後、抗HIV薬による治療に関して、体内及び細胞内での薬物動態についても明らかにされることが大切になってくるものと思われます。

おわりに

 HIV感染症が蔓延する地域での予防、治療をどのように行なうかが今回の国際エイズ会議においても大きなテーマでありました。 薬剤耐性ウイルスに関する話は今のところ抗HIV薬が使用可能な限られた国においてのみ問題となる話しのように聞こえてしまいます。しかし、今後国際協力に基づきこうしたHIVの蔓延した地域において抗HIV薬による治療を進める場合にも、やはり十分な体制を整えて行なうことが要求されてくるだろうと考えられます。薬剤耐性ウイルスであるかどうかも問題になってくるでしょうし、その対応も必要になってくるものと思われます。現実的には多くの困難が予想されますが十分な体制のもとに予防、治療に協力することが良い結果を生むのかもしれません。最後に、ここでは薬剤耐性ウイルスを中心に報告致しましたが、会議中はHIV感染症に関しての多くの貴重な情報を得ることができました。ここに、今回参加する機会を与えていただきましたことに感謝申し上げるとともに今後のHIV感染症の対策を考える上で役立てて行きたいと思います。