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第15回国際エイズ会議参加報告書

荻窪病院小児科・血液科医師  木内 英 

 

1. 国際エイズ会議出席の目的:

私は昨年からHIVの専門医としての経験を積むために荻窪病院に勤務し始めた。今回は個人の発表がなかったが、拠点病院での専門医を増やす観点から派遣を許可して頂いたと理解している。Track B(臨床分野)を中心に参加し、重要な発表も多く見ることができた。内容を大まかながら述べることにする。

 

2. Track B (Clinical Science)

(1) HAARTの現状と効果・副作用

  1. NRTIではTenofovirについての臨床報告が際立って多かった。臨床効果については、HAART失敗例でもVL減少は-0.66 logとおおむね良好(TuPeB4552)だった。TDF+3TC+LPV/rの抗ウィルス効果は極めて優れていることが示唆された(B11364)が、TDF/ddI/ABC, TDF/3TC/ABCのウィルス学的失敗報告が多く、特にddIとの併用はK65R変異の高率発生など薬剤耐性面から問題がある可能性が示唆された。乳酸アシドーシスについては0.1%(TuPeB4632)とわずかだった。

  2. TDFの腎毒性については180日1600例近くを集めたGilead社参加のスタディではCre上昇は0.3%, 低P血症は0.6%だけ(TuPeB4552)、別のスタディでも1.6%(TuPeB4632)と2002年のstudy-902の4%よりさらに低率だった。尿細管障害パターンが有意に多いとの報告もあった(WePeB4951)が、総じて腎毒性は少ないとする報告が多かった。しかし、どの報告も血清クレアチニンなど腎不全の指標を追跡したものが多く、血清・尿中電解質や尿酸、尿中NAG, BMGを評価したものはなく、これだけで腎毒性がないとするのは不十分と思われた。

  3. ATVの効果については薬物動態的に優れているboosted ATVについての報告があった(B12424, WePeA5636, ThOrB1356)が、いずれも脂質代謝でのメリットを論じたのみで、抗ウィルス効果を他のPIと比較検討したものは少なかった。

  4. d4Tの減量検討もいくつか報告された。タイ人ではHalf-doseで有効かつ乳酸アシドーシスや末梢神経障害が減るとの報告(WePeB5952)や、0.84mg/kgで十分との報告(WePeB5861)、40mg bid→30mg bidで十分で副作用も軽減との報告(WePeB4459)などがあった。

(2) 新薬の効果・副作用・耐性

  1. Fusion InhibitorであるEnfuvirtideの効果についてCooperらは長期HAART経験者に対しTDF以外のNRTIを中止、enfuvirtideを代替薬として使用するopen-label studyを行ったが、顕著な改善が得られず、乳酸アシドーシスの明らかな改善もなかったとした(B10228)。カナダのグループは全gp41領域を検索し、新しいgenotypic resistanceを発表した(WeOrB1292)。ポスターでもgp41のHR1変異が特定のFusion inhibitor(T-1249)に対する耐性獲得(TuPeA4321)や、gp120領域の特定のループ変異が耐性獲得に関与する(WePeA5653)などの報告があった。シンポジウムでは他のFusion inhibitorの現状をReview、かつて心毒性のために採用されなかったAMD3100 (CXCR4 coreceptor antagonist)やSCH C(CCR antagonist)も改良が加えられ、毒性を克服したUK-427, 857が良好な成績を上げていた(TuPeB4489)。

  2. Capravirineは新世代NNRTIであり、L100I, K103N, V106A, Y181などの強いNNRTI耐性変異が複数あっても有効である。シンポジウムでphase II studyを始め、これまでの主な知見がよくまとめてあり、大変参考になった。ただし、Capravirineの耐性変異についての新しい知見は示されなかった。またLPV/rとの併用によりCapravirineの血中濃度上昇が以前から指摘されていたが、臨床的には毒性を認めなかったとする報告があった(TuPeB4630, TuPeB4631)。

(3) 母子感染・妊婦へのHAARTについて

  1. 米国とケニアの共同研究(TuOrB1187)では母子感染および乳児のHIVの予後因子を分析、母児のVL高値と低出生体重が危険因子とした。しかし個人的に驚いたのは乳児死亡率の高さだった。平均154,295copies/mLの妊婦群の81%にZDVの短期予防投与を行った。79人の感染児のうち49%が平均7.3ヶ月で死亡、平均のPeak VLは1,251,400 c/mLだった。国内の「治療の手引き」では乳児急速進行型が10-25%と記述されているが、この数字の妥当性はまだわからないのかもしれない。

  2. アフリカ諸国のスタディはZDVとNVPのmonotherapyを比較し、全体的にはNVP単独投与の方がすぐれているとしたものが目立った。これらは経済的にNVPに頼らざるを得ない国の事情からすれば有意義な発表ではあったが、妊娠中のNVP投与の肝毒性が既に指摘された状況で、日本で妊婦にNVPはもはや使用しにくく、あまり参考になるとは思えなかった。ThPeB7088ではCD4もVLも測定、妊婦におけるHAARTの有効性を示していたが、母子感染までは言及していなかった。シンポジウムではこうした議論が包括的によくまとめられていた。

 

3. 会議外での視察活動

(1) 小児臨床の必要性
日本におけるHIV感染妊娠例は1984年から20年の観察期間中で275例、うち母子感染例は30例。HAART経験例は5例のみ、2002年以降は母子感染例がない。しかし、これからも母子感染が抑止できる保証はない。日本ではいまだハイリスクグループの感染抑止には至っておらず、これらハイリスクグループから異性間性交などを介した一般人口へのアウトブレイクの懸念が増大している。

臨床現場の経験からも言えば、日本でも妊娠中全く産科医を受診しないまま分娩直前になって来院する、いわゆる「駆け込み分娩」は後を絶たない。このような駆け込み分娩は事前に感染症のチェックもされていないため、母体がHIVに感染していた場合に、母子感染が発生するリスクが高い。幸いにしてまだこうした駆け込み分娩で直前に感染が判明することは少なく、あったとしても事前にHIV感染が判明しているケースが多いが、今後感染不明例が増えてこないと断言できる証拠はない。このような将来のリスクに対応するために、小児の臨床例を途上国から学ぶ必要があると思われる。

(2) 小児HIVの臨床像-Ramathibodi hospital見学から:
バンコク市内のRamathibodi hospitalはMahidol大学の付属病院であり、バンコク市内でも最大級の病院である。私はICAAPの沢田医師の仲介で小児科病棟におけるHIV感染児の臨床に触れることができた。2例を挙げる。

  1. 症例A:14歳、女児。8歳時に肺炎の反復からHIV感染が判明、以後AZT+3TC+NVPが継続されている。2002年8月時のCD4は1.46%だったが、2003年8月には6%に回復傾向にあった。2004年に入ってほぼ毎月肺炎を反復し、気管支拡張症を合併した。女児はwastingが進み(体重16kg)、Hgb 8.4、おそらくウィルスコントロールは不良で、薬剤変更が必要だったが、2003年8月以降CD4チェックは行われておらず、VL定量やgenotype分析はできていなかった。

  2. 症例B:4歳女児。3歳から肺炎の反復と母親のAIDS死によりHIV感染が判明、以後たびたび肺炎を発症し当院入院を繰り返している。今回は胸膜炎により左気胸を併発し、呼吸困難で来院した。問診・検査から結核は否定的、抗生剤2剤併用により解熱、酸素投与のみで呼吸状態が改善しつつある。
    HIV感染の日和見感染では、結核やカリニ肺炎が重要となる。しかしバンコク市内では地方より結核が減少しており、細菌性肺炎も重要な日和見感染だった。小児では健常児でも細菌性肺炎に罹患することが多い。従って小児の先天性免疫不全症候群では細菌性肺炎の反復や重症敗血症などが問題になることが多く、小児のAIDSでも同様の傾向があるのかもしれない。

(3) 小児HIV/AIDSの課題-ウボンラーチャターニー見学から

  1. タイ東部のウボンラーチャターニーでは日本のボランティア団体であるSHARE:Services for the Health in Asian & African Regionsがこの地方のHIV/AIDS患者のケア・教育・内服指導・社会への教育(性感染症予防・差別意識の改善)に取り組んでいる。具体的には専門的教育プログラムを受けた日本人スタッフがタイ人の感染者グループリーダーや病院看護師を指導、彼女たちを通して学校にコンドームの必要性を訴えたり、集団学習プログラムを組んだりして教育・啓発を進めている。こうした活動によりタイでは感染者グループの団結を通して権利保護や社会的自立が日本よりはるかに進んでいる。このSHAREの配慮によりアムナッチャラン県病院見学と家庭訪問を行うことができた。県病院ではHIV小児例が現在15人おり、既に何人かは死亡、乳児期のカリニ肺炎重症例なども経験していた。乳児期のエイズ゙発症例は急速進行型であるため、複数の日和見感染が同時に発生することも多い。5,6歳以降の児童と違い、カリニ肺炎や結核(髄膜炎、粟粒結核)も多く、最も多いのは結核、との話だった。

  2. 家庭訪問では、3件の家庭を訪問することができた。印象的なのは両親をエイズで失い祖父母に養育されている7歳の女児だった。訪問時、AZT, 3TCのシロップが10本以上、全く未開封のまま炎天下にさらされていた。薬の管理状態からみて祖父母が女児の治療に無関心なのは明らかだった。彼らは兄にわずかな薬代を与えるだけ。兄は始めのうちは車で30分以上かかる道のりを徒歩で通っていたが、次第に疲れ、女児の体調がそれほど悪くならないために薬の必要性も感じなくなり、最近は病院に連れて行かず、薬代で買い食いをしていた。女児は2002年8月にCD4 1.6%のためHAARTを開始したが、その後は検査を受けていない。ボランティアのメンバーや県病院のナースは限られた時間とマンパワーの中で最大限の努力をしている。にもかかわらずまだこのような症例が依然残っている。エイズが単に治療薬だけ用意されればいいものではないことを痛感した。こうしたボランティアによるきめ細かいサポートがより幅広く多くの人々や地域を包括して行われなければならず、そのために現地で努力している友人たちへの支援が必要だと感じた。

 

4. 最後に
今回は発表演題が用意できなかったにもかかわらず、派遣していただいたことで、国際的なエイズをめぐる大きな動き、新しい治療の試みと知見、小児の実際の臨床など、大変勉強になることが多かった。また、同様に派遣されてきた多くの関係者と話すことができ、共通の目的をもった人たちと知り合いになれたことも大きな収穫だった。このような機会を設けていただいた(財)エイズ予防財団とその関係者、少ないマンパワーをやりくりして小児臨床見学をアレンジしていただいたSHAREの方々に深く感謝申し上げたい。