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第15回国際エイズ会議参加報告書

ノートルダム清心女子大学人間生活学部助教授  東 優子

 

はじめに

 これまでの国際エイズ会議で最多参加人数を誇るバンコク会議(7月11日~16日)の報告を行う。広大な会場に用意された様々なセッションの中で、私自身はコミュニティとしての「女性」「トランスジェンダー」「若者」による、あるいはこうしたコミュニティに対する取り組みに関するセッションに注目した。主催者側でも各プログラムの組み方については出来る限りの工夫と配慮をされたのであろうが、それでも「ジェンダー/セクシュアリティ」に関して出席したいと思うセッションが同じ時間帯に組まれている場合も多く、残念な思いをすることになった。久しぶりに参加した大きな国際会議で、事前の作戦が不十分であったために、効率よく会場を回ることができなかったことが大きな反省点である。

 

女性とHIV/AIDS

  2004年2月に「女性とエイズに関する世界連合」が発足し、また2004年の国際エイズキャンペーンのテーマがWomen, Girls, HIV and AIDSであるなど、「これまでのHIV感染予防は女性・少女を守ることに失敗している」ことが改めて強調されている。対策のリーダシップを取る人たちの間にみられるHIVの女性化に関する認識の不十分さ、全般的にみられるジェンダーの視座の欠如、女性のためのリソース不足、過去の反省が教訓として活されていない現状など、指摘されていた問題点は従来指摘されてきた内容に留まるもので、目新しさはなかった。しかし逆にいえば、会場のあちらこちらで聞かれた(女性の直面している現実を捉え切れていない「リーダー」たちによる)「ABC(Abstinence, Be faithful, Condom if needed)作戦」の展開に対する批判をはじめ、「古くて新しい問題」が積み残されたまま、イデオロギーをベースとした「グローバル・ギャグ・ルール」が復活したことなど、従来の議論が繰り返された事実は、そのまま現実的な危機感の現れであったと思う。

 

トランスジェンダーとHIV/AIDS

  日本ではほとんど取り上げられることがないが、諸外国においては職業差別を含む様々な社会・文化的要因によって、トランスジェンダーが直面するHIV/AIDSの問題が深刻でることが議論されている。国際エイズ会議ではないが、第6回アジア・太平洋地域国際エイズ会議(メルボルン, 2001年10月5日~10日)では、会場内を歩く参加者の顔ぶれとしても、またプログラムとしてもトランスジェンダーのビジビリティが予想以上に高かったことが強く印象として残った。しかし今回は、CSWやMSM関連のセッションでトランスジェンダーの問題を取り扱った発表が聞かれたものの、膨大なプログラムの中からトランスジェンダー関連のものを探すのに苦労するほど、全体的にはかなり影が薄くなってしまっていた。

  そんな中で、トランスジェンダーに関して開催された2つのワークショップに参加した。1つ目は、米国の医療従事者による「トランスセクシュアルの治療とケア」で、HIV/AIDSとの関連が希薄な内容でありながらも(そのことについてはかなりがっかりしたが)、TS/TGに関して先進国であるはずの米国・サンフランシスコでさえ、医療従事者一般における認識不足が深刻で、そのことが当事者の医療サービスへのaccessibilityを困難にしている現状を改めて認識することができた。もう一つは、マレーシアの法学者が主催したワークショップで、マレーシア、タイ、アメリカ、ポルトガル、ミャンマーのコミュニティ・ワーカー(TG当事者)が壇上に上がり、それぞれの国での現状と課題を語った。各国のスピーカーが共通して口にしたことは、TS/TGが性的マイノリティ中のマイノリティであり、社会・文化的要因に起因する高い脆弱性が当事者のSRH(セクシュアル/リプロダクティブ・ヘルス)を脅かしている現状であった。トランスジェンダーに固有な問題に対する関心と認識が不十分である現状においては特に、メルボルン会議をさらに発展させた形で、トランスジェンダーのビジビリティを高めるプログラム構成を考慮すべきであろうと考える。(MTF-男性から女性への-トランスジェンダーの場合、統計上は男性として分類されてしまうため、固有の問題が顕在化しにくい点も指摘しておきたい。)

 

若者とHIV/AIDS

  今回の会議に参加した学生・若者の数が750名だったというだけあって、これほど若者の存在が強く印象づけられた会議はこれまでに経験したことがない。ピア・アプローチに対する関心の高まりに比例するように、ユース・プログラムの数もかなり多く、中にはピア・エデュケーションの評価に関するワークショップなど、参加希望者が定員をはるかに上回り、会場に入れなかったものもあった。私自身がピア・アプローチやユース・プログラムの可能性に期待する一人であるが、スピーカーとして壇上にあがった若者たちの「小さな専門家」ぶりに困惑したというのが、正直な感想である。つまり、私が参加したいくつかのセッションに限って言えば、シンポジストである若者たちが主張した内容は(問題点や今後の展望を含め)、SRH/Rに関わる活動をしている「大人」が言う内容と同じであり、期待したような若者に固有の視点や独創性を聞くことはできなかった。そのことに困惑しながらも、私は若者を巻き込むプログラムに失望したわけではない。問題はむしろ「場の設定」にあったと考えている。

  若者を巻き込んだプログラムに期待できる可能性は、彼らが訓練を通じて知識やスキルを習得し、若者コミュニティをエンパワーするキーパーソンになることに限られず、私たちにはない彼ら固有の視点や独創性に学ぶことにある。前者については、今回の会議でもその可能性を十分に感じることができた。しかし、問題は後者であろう。

  若者に限らず、様々なコミュニティを代表する当事者たちが国際会議という場で発表をする際、さまざまな制約-言語、表現や発表のスタイルなど-に曝される。そのことが、彼らのもつ知識や可能性を十分に引き出せない原因になることもしばしばみられる。そうした意味で、どういった表現方法、どういった場の設定にすれば、潜在的な可能性を十分に引き出し、私たちがそこから学ぶことができるのかを考えるプロセスから、若者を巻き込んでいくべきであろうと考える。

 

おわりに

 不十分ながら、今回の会議に参加した経験を国内での会議開催に向けて、十分に生かしてゆきたいと思う。この機会を与えていただいた(財)エイズ予防財団に謝意を表したい。