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第15回国際エイズ会議参加報告書

アフリカ日本協議会幹事  稲場雅紀

 

<国際エイズ会議における直接行動政治の達成点と限界>

はじめに

 本件国際エイズ会議への参加にあたって、筆者はその目的を、(1)アジア・アフリカのNGOのHIV/AIDS活動に関するグッド・プラクティス事例の収集、(2)アジア・アフリカのNGOとのネットワーク作り、(3)途上国における包括的なHIV/AIDS対策の実現に関わる国際的なエイズ・アクティヴィズムとの連携、等に設定しました。本件レポートの作成にあたって、筆者は、上記各種目的の中で(3)に関わるテーマを選択し、本件レポートを執筆しました。(3)を選択したのは、日本が今後、途上国におけるHIV/AIDS問題への国際協力を拡大していくにあたって、これまで国際的に確立されてきたエイズ・アクティヴィズムとの接触が避けられないであろうこと、また、この領域に関して知見を持つ者は、他の領域に比して少ないと考えられることから、本件テーマについて筆者の知見を提供することは、HIV/AIDSへの国際協力に関わる日本の公共セクターにとって有意義であろうと考えられたためです。関係各位には、その趣旨をお酌み取りいただければ幸いです。

 本件国際エイズ会議への参加支援を(財)エイズ予防財団よりいただいたことに関して、深く感謝の意を表します。

 

1.国際エイズ会議を巡る政治とは

(1)HIV/AIDSをめぐる直接行動のポリティクス

 HIV/AIDSは、80年代初頭の登場の段階から、単に保健・医療の問題にとどまらず、より強く政治性を含んだ問題として立ち現れてきた。1985年にその歴史が始まった国際エイズ会議も、HIV/AIDSをめぐる様々な事象を包括的に取り扱う会議として組織されている以上、当然、HIV/AIDSをめぐるこうした政治的な文脈から自由ではなく、各会議の開催時期において争点となったHIV/AIDSに関わる様々な課題をめぐる政治的な動きが、端的かつ象徴的な形でこの会議に持ち込まれてきた。その最も先鋭的な形態が、PLWHA(HIV/AIDSと共に生きる人々:HIV感染者/AIDS患者)などの団体によって組織される直接行動であった。

 HIV/AIDSに関連して、これらの直接行動が大規模かつ先鋭的な形をとって行われる理由の一つは、HIV/AIDSという疾病の性格それ自体に求められる。

 HIV/AIDSはこれまでの歴史において、根治療法のない致死性の疾患として存在してきた。また、この疾病は、社会構造の歪みや脆弱性を反映して、当該社会において差別・抑圧を最も被っている社会集団や階層に対して、最も大きな影響を与えるものとして存在してきた。

 人間の生死に関わる問題に対して、自己の生死を左右されうる立場に置かれた人々は、必然的に、当事者として高い動機付けをもって関与せざるを得ない。また、社会的な差別・抑圧に強くさらされている集団・階層は、少なくとも潜在的には、それだけ高いレベルでの政治的な動機付けを獲得する可能性を有しているし、こうした集団・階層においては、すでに差別・抑圧によって失われた権利や利益を回復することを志向する運動が組織されていることも多い。HIV/AIDSへの取り組みは、こうした集団・階層における既存の運動と結びついて、その政治性を強化されるのである。

 HIV/AIDSに関わるということは、すなわち、こうした政治的に構成された文脈に(主体的であるなしに関わらず)自己を投企するということであり、関わろうとする側において、たとえその関わりを保健・医療や政策・戦略といった特定の部分に限定しようということであったとしても、こうした政治的な文脈から自己を切り離したまま、この問題に関与することはできない。


(2)国際エイズ会議:HIV/AIDSに関わる政治的諸関係の箱庭的再現

 国際エイズ会議は、先に述べたように、こうした文脈を含め、HIV/AIDSをめぐる様々な事象を包括的に取り扱う会議である。そうである以上、この会議は世界においてHIV/AIDSをめぐってはりめぐらされている諸関係を、いわば箱庭的に再現したものとなる。通常の世界においては、存在していても、その距離や力関係の不均等によってふだんは不可触のものとして構築されている諸権力関係は、国際エイズ会議という箱庭の中に、物理的に可触な関係として移植される(すぐそこにG8の、多国籍製薬企業のブースがあり、何か問題が起こらないかと待ちかまえているメディアも大量に存在するのだから)。直接行動は箱庭の中で単純化され可触化された権力関係の文脈にそって、通常の権力行使の流れを逆転させる形で組織される。

 一方、国家機関や巨大製薬企業等の、すでに構築されている一定の権力構造のシステムの特定の部分に配置され、既存の権力関係の流れに沿って、職務として権力を行使する位置にある者からは、HIV/AIDSをめぐって構築されている諸権力関係および自己の位置取りは不可視である。それは組織において所与のものとして与えられている自己の職務上の「役割」であり、その「役割」がHIV/AIDSをめぐるどのような権力行使として存在しているかを、あえて見る必要がないからである。

 こうした立場にいる者が、国際エイズ会議等の場で突然、直接行動の対象になったとき、それは「不意打ち」として認識される。しかし、それはHIV/AIDSをめぐる自己の位置取りを自覚・把握していなかった者の錯視であるにすぎない。なぜならば、HIV/AIDSに関わるいかなる介入も……たとえそれが既成の組織の内部に配置された交代可能な個人による職務上のものであったとしても……他者の視点から見れば、当然、政治的に構成された文脈への投企として存在することは明らかであり、自己の位置取りを自覚していようがいまいが、特定の政治的意図を実現するための主体的な権力の行使として把握されることは当然であるからである。

 先に述べたように、国際エイズ会議という場は、こうした構造全体を箱庭に移し替え、単純化し、可視化する場である。直接行動は、HIV/AIDSをめぐる世界を国際エイズ会議という箱庭に移植するにおいて引き直された、単純化され可視化された権力関係の構造における位置取り:端的に言えば<あなたはどこにいるのか>という見取り図を、端的な形でわかりやすく示し、新たな「気付き」を与えてやる行為に他ならない。

 「不意打ち」による自己の位置取りの自覚:その後の対応は随意である。よりましな位置取りを探すこともできるし、同じ位置から、より適切な権力行使の方法を模索することもできる。自己の位置取りに確信を持って権力を行使し続けることも可能だが、その場合、直接行動は「気付きを与える行為」から、行使され続ける権力を巡る闘争へと変化する。目をつぶってその場をやり過ごし、忘却することもできるが、その場合は今後つねづね無知をあげつらわれることになるだろう。

(3)HIV/AIDSをめぐる政治において、直接行動セクターをどう位置付けるか

 今回の国際エイズ会議においては、伝統的に行われてきた米国政府や先進国製薬企業のブースに加え、日本政府のブースも初めて、直接行動のターゲットの一つとなった。その行動は、他のブースに対する行動に比してきわめて穏健なものではあったが、このことは、世界第2の経済規模を誇る日本が、HIV/AIDSにかかわって展開されている国際的なゲームの主要なプレーヤーのひとりとして存在していること、そうである以上、HIV/AIDSをめぐって構築されている政治的な文脈から、日本がひとり切り離されて存在しているわけではないことを示した。

 つねに直接行動のターゲットとされてきた米国政府や多国籍製薬企業にとっては、直接行動の存在など折り込み済みであり、彼らはHIV/AIDSの政治的文脈における自己の位置取りを客観的に認識した上で、自らの戦略に沿って主体的に自己を投企している。直接行動はすでに「気づき」を与えるといった段階から、HIV/AIDSへの関与のあり方を巡る継続的な闘争の段階へと移行しており、直接行動を実施する国際的なアクティヴィストの側も、たんに会議の場での行動などというにとどまらず、自己のネットワークを駆使して、複雑かつ多様な戦略を恒常的に行使して段階的な勝利を勝ち取り、もしくは後退をくい止めている。それに対して、比較的新しいプレーヤーである日本は、自己の位置取りや戦略について十分に自覚的ではなく、また、直接行動を行う国際的なアクティヴィストの側も、日本という存在を把握し、適切な戦略を立てるという作業を十分に行い得ていない。日本がHIV/AIDS問題において、国力に応じなおかつ国益をも反映した適切な関与をなしうる成熟した主要なプレーヤーとなるためには、ひとつには、国際会議やその他の場における直接行動をたんにハプニング的なものとして、もしくは「エイズ」固有の特殊な政治情勢の反映として片づける・目をつぶるのでなく、これを受け止め、HIV/AIDSにおける自己の政治的位置を自覚して、自己投企の戦略を形成することが必要である。

 本論考では、その一助とするため、現代におけるHIV/AIDSに関わる国際的なアクティヴィズムの見取り図の一端、およびその達成点と限界を簡潔に紹介することとする。

 

2.エイズ・アクティヴィズムの課題と潮流

 1996年の多剤併用療法の開発、および2000年のダーバン国際エイズ会議における途上国でのHIV/AIDS問題の焦点化というインパクトを経て、国際的なエイズ・アクティヴィズムは大きく変化した。それまで(1)先進国における治療の開発の促進と最新の治療へのアクセスの拡大、(2)PLWHAやヴァルネラブル・コミュニティにおける人権の確立と差別・スティグマの撤廃、を焦点化し、主に先進国の当事者(PLWHA、ゲイ・コミュニティ等)によって担われていたエイズ・アクティヴィズムは、ここにおいてその課題および担い手を大きく変化させることとなった。

 現代におけるエイズ・アクティヴィズムの課題は第一に、「途上国における、治療を含む包括的なHIV/AIDS対策の実現」にある。そのためには、国際的な資金調達枠組み(主に世界エイズ・結核・マラリア対策基金)の確立およびこの資金調達枠組みへの先進国からの集中的な資金投入が必要である。また、この課題の実現を妨げる様々な障壁については、それを撤廃ないし改革することが必要となる。たとえば治療薬の高価格を構造的にもたらしているWTO-TRIPS協定については、その改革を要求し、途上国の国家予算の保健医療への資金投下を困難にしている累積債務などについては、その放棄ないし軽減を要求していくことが必要となる。エイズ・アクティヴィズムは、こうした課題の実現を図るために、直接・間接的に関連各機関に働きかけ、具体的な圧力をかけていくこととなる。

 現代エイズ・アクティヴィズムのもう一つの課題は、途上国におけるPLWHAやヴァルネラブル・コミュニティの人権の確立と差別・スティグマの撤廃、およびHIV/AIDSに関する現実主義的アプローチの確立である。ここにおいては、たとえばドラッグ・ユーザーに対する過剰な弾圧の停止や、ハーム・リダクション(健康被害軽減)アプローチの採用、セックス・ワーカーの労働権の確立と人権の確保、ゲイ・MSMに対するたとえば反ソドミー法(同性間性行為禁止法)を適用しての弾圧の停止などが課題となる。また、「禁欲」「貞操」などを強調する宗教主義・非現実的な予防啓発アプローチへの批判と、コンドームの供給増大やコンドーム使用を促進する「交渉能力」(negotiation skills)の涵養・ドラッグユーザーへの注射器供給などの現実主義的な対策の確立が要求されることとなる。

 このように、エイズ・アクティヴィズムの課題が先進国から途上国へと大きく変化した結果、アクティヴィズムの担い手も大きく変化した。かつて、エイズ・アクティヴィズムの担い手の多くは、端的に言って欧米の白人ゲイ男性であった。しかし、現在までに、以下の変化が生じてきている。

 このように、エイズ・アクティヴィズム諸潮流はここ数年間で大きな変遷を遂げている。以下、バンコク国際エイズ会議におけるエイズ・アクティヴィズムの主要なアクターを簡潔に紹介する。

(1)先進国において直接行動を担う潮流

 バンコク国際エイズ会議において、現地でエイズ・アクティヴィズムを主導したのは、タイPLWHAネットワーク(TNP+:Thai Network of PLWHA)およびタイ薬物使用者ネットワーク(TDN: Thai Drug Users Network)であった。この二つの組織は、米国の伝統的なエイズ・アクティヴィズムの担い手であるヘルス・ギャップ連合(Health GAP Coalition)と歴史的・人脈的に強い連携関係を有している。

 ヘルス・ギャップ連合は、米国でHIV/AIDSの感染が拡大した80年代初頭以降、レーガン共和党政権のエイズ黙殺政策に対して徹底した非暴力直接行動を繰り広げたPLWHA主体の直接行動団体であるACTUP(AIDS Coalition to Unleash Power)の活動を担っていたアクティヴィストたちが、96年の多剤併用療法開発以降、途上国での包括的HIV/AIDS対策を要求して活動を国際化するプロセスにおいて結成したネットワーク組織である。ヘルス・ギャップ連合は、米国国内において、途上国における治療実現を要求する直接行動を展開すると同時に、他の先進国のエイズ・アクティヴィズム団体への活動方針の提起と共有、世界同時多発的な直接行動の提起、途上国のエイズ・アクティヴィズム諸潮流への支援などの活動を精力的に行っている。

 このヘルス・ギャップ連合と、フランスで伝統的にHIV/AIDSに関わる直接行動を展開してきたアクト・アップ・パリ(ACTUP Paris)が、バンコクの国際エイズ会議における直接行動のリーダーシップをとった。これらの組織に参加するアクティヴィストたちは、毎日の会議公式プログラムの終了後に「アクティヴィスト・ミーティング」を開き、会議における直接行動の方針を決定していた。
  
(2)エイズ・アクティヴィズムの立場から政策の具体的実現を目指す潮流

 ヘルス・ギャップ連合は、WTO問題や累積債務問題などの側面からHIV/AIDSに関与しようとする市民社会活動の諸潮流のネットワーク組織としての側面や、これら様々な諸潮流においてもたらされた情報の集積・交換・分析の場という側面も有している。ヘルス・ギャップ連合は、こうしたネットワークを活用しての国際的な直接行動(米国内における直接行動はヘルスギャップ連合としてではなく、主にACTUP各支部として展開されている)の組織化と方針の提起に自己の中心的役割を設定している。その意味でヘルス・ギャップ連合は「国際的直接行動団体」としての性格が強い。

 エイズ・アクティヴィズムにおいては、こうした「直接行動団体」以外に、課題を特定して、ロビーイングなどより広い手法を使って政策の実現を目指す国際的なネットワークが存在する。たとえば「基金に資金をネットワーク」(Fund the Fund Network)は、G7やその他の主要先進国の、「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」(GFATM)への資金拠出の拡大を要求する、先進国のエイズ・アクティヴィズム諸団体の連合体である。このネットワークには、上記のヘルス・ギャップ連合やアクト・アップ・パリなどの直接行動団体だけでなく、各先進国でPLWHAへのケア・サポートその他のサービスを提供するなどのインプリメントの活動を堅実に行っているエイズ・サービス組織なども参加している。

 フランスで最大のエイズ・サービス組織であり、旧仏領アフリカ諸国のPLWHA組織などへの技術協力・支援を行っている「エイズと闘う協会」(AIDES: Associacion de Lutte contre le SIDA)は、このネットワークの主要な参加団体である。また、ヨーロッパおよび途上国における製薬企業の活動について調査やキャンペーンを行ってきたドイツのNGOである「ブコ・ファーマ・カンパーニュ」(BUKO Pharma Kampagne)も、このネットワークに参加し、ドイツ政府に対してGFATMへの資金拠出の増大を求めている。ブコ・ファーマ・カンパーニュの代表トビアス・ルッペ(Tobias Luppe)は会議最終日の記者会見において、「基金に資金をネットワーク」を代表して発言し、「なすべきことはわかっている。あとは資源をどう得るかだ」と述べ、GFATMへの拠出が十分でないG7諸国として、ドイツと日本を挙げて批判した。

(3)途上国においてエイズ・アクティヴィズムを展開する諸潮流

 バンコク国際エイズ会議では、上記のような先進国のアクティヴィスト・グループの存在もあったが、初日開会式前に行われた「治療へのアクセス」を求める1000人規模の「アクティヴィスト・マーチ」、および4日目にバンコク中心部で開催された1万人規模の「アドボカシー・パレード」を主導したのは、主にタイPLWHAネットワーク(TNP+)、タイ・エイズ・アクセス協会(Thai AIDS Access Foundation)およびタイ薬物使用者ネットワーク(TDN)であった。また、南アフリカ共和国のPLWHA団体「治療行動キャンペーン」(TAC: Treatment Action Campaign)を中軸とし、北アフリカも含むアフリカ全体のPLWHAやアクティヴィストで組織する、包括的なHIV/AIDS対策を要求するネットワーク「汎アフリカ・治療アクセス運動」(PATAM: Pan-African Treatment Access Movement)のアクティヴィストたちも、上記マーチ、パレードを始め、各種のセッションやスキルズ・ビルディング・ワークショップ、および国連のアナン事務総長など主要な国際機関の人材を相手とするミーティングなどにおいて活躍した。

 タイや南アフリカなどを中軸とするこれら途上国のアクティヴィズム組織は、いずれも、途上国における抗レトロウイルス治療を含む治療の導入を掲げて90年代後半から活動を拡大し、とくにダーバン国際エイズ会議以降の、WTO-TRIPS協定に関連しての抗レトロウイルス薬と知的財産権の問題を焦点化し、国内的・国際的な市民社会の支持を得て飛躍的な組織的発展を遂げた。

 タイにおいては、政府製薬機構(GPO: Government Pharmaceutical Organization)により、数種類のヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤(NRTI)およびネビラピン、さらにこれらの多剤混合薬(FDCs: Fixed Dose Combinations)が製造されている。これらはいずれも、タイの知的財産権法上合法的に生産できる治療薬である。しかし、NRTIのうちddI(ジダノシン)の錠剤について、英国のブリストル・マイヤーズ・スキッブ社(BMS: Bristol-Myers Squibb)がGPOに対し知的財産権保護を要求、タイ知的所有権庁(DIP: Thai Department of Intellectual Property)がこれを認めたため、タイではddIのジェネリック薬の製造が法的に不可能となった。これについて、タイのエイズNGOの老舗であるタイ・エイズ・アクセス協会などがBMS社およびDIPを提訴、数年に渡る裁判闘争が開始されるに至った。この裁判闘争は、TNP+を始め、HIV/AIDS問題にかかわるタイの市民社会全体によって取り組まれ、国際的にも、上記ヘルスギャップ連合や国境なき医師団(MSF)などによる支援体制が組まれた。裁判は第3審に間で持ち込まれたが、最終的にタイ側に有利な形での和解によって終結した。

 バンコクの国際エイズ会議で活躍したもう一つの団体であるタイ薬物使用者ネットワークは、2003年にタイで展開された「対麻薬戦争」(War on Drugs)に抵抗するタイのPLWHAや市民社会のネットワークとして形成されたものである。この「対麻薬戦争」は、タイのタクシン・チナワット現政権のイニシアティブにより展開されたもので、その過程で数千人の死者を出し、最終的には米国国務省などの圧力も含む国際社会の非難によって中途で終結したものである。タイ薬物使用者ネットワークは、TNP+のうち、薬物使用経験者・薬物使用者を中心とするメンバーによって組織されたもので、「対麻薬戦争」の中止と薬物使用者に対するアプローチとしてのハーム・リダクション(健康被害軽減)の導入を要求して、直接行動や国会議員らへのロビーイングなどを展開する一方、米国のヘルス・ギャップ連合などとの連携を通じて「対麻薬戦争」への国際的な反対キャンペーンを展開し、タイ政府への国際社会の圧力を形成することに成功するに至った。おりから、東南アジアや中東・イスラーム圏では薬物使用によるHIV感染が急速に拡大しており、旧来の「法執行アプローチ」(薬物の流通や使用を非合法とし、薬物流通に関わった者や使用者を取り締まることを主とするアプローチ)一本槍の対応の限界が明らかになってきていた。あえて「薬物使用者」当事者を名乗るタイ薬物使用者ネットワークの活動は、「法執行アプローチ」とならぶもう一つのアプローチである「ハーム・リダクション」の存在をクローズアップし、東南アジアにおいて、より現実的な薬物・HIV/AIDS対策の可能性を指し示したのである。

 タイはエイズ対策の成功国と言われているが、バンコクの国際エイズ会議でみることができたのは、タイにおけるHIV/AIDSへの取り組みは、インプリメントの側面だけでなく、アドボカシー、アクティヴィズムの側面においても大きく発展しているということである。また、米国のヘルス・ギャップ連合や国境なき医師団などとの国際的な連携が、これらの運動の発展に大きく寄与していることは明らかであり、途上国と先進国の市民社会の連携における一つのモデルケースとして取り上げることが可能であろうと思われる。

 途上国のエイズ・アクティヴィズムの典型例としてとりあげるべきもう一つのケースが、南アフリカ共和国のPLWHAの組織「治療行動キャンペーン」(TAC)およびこの組織を中軸としながらアフリカ全体のエイズ・アクティヴィストのネットワークとして形成された「汎アフリカ・治療アクセス運動」(PATAM)である。

 TACは、アパルトヘイト克服後の90年代南アフリカにおいてレズビアン・ゲイ解放運動の著名なアクティヴィストとして活躍していたマレー系南アフリカ人ザッキー・アハマット(Zackie Achmat)により1998年に創設された組織である。南アフリカ共和国においては、1997年に医薬品の並行輸入条項を導入する形で改正された薬事法に対して、多国籍製薬企業39社がこれを南ア高等裁判所に提訴するという事態(南ア薬事法裁判)が生じた。

 TACは南ア政府を支援する形で裁判に介入し、国境なき医師団やオックスファムなどの国際NGOをはじめとする国際的な市民社会組織の支援もあって、この薬事法裁判は2001年、製薬企業側が提訴を取り下げる形で決着した。しかし、南ア政府が公的医療における抗レトロウイルス治療の導入に消極的な態度をとり続けたため、TACはまず母子感染予防におけるネビラピンの導入を求めて南ア政府を提訴、勝訴を勝ち取った上、抗レトロウイルス治療の導入に関しては、2003年3月から、南ア最大の労働組合連合である「南アフリカ労働組合会議」(COSATU)と連携して反アパルトヘイト闘争に範をとった大衆的な直接行動である「市民的不服従キャンペーン」(Civil Disobedience Campaign)を展開、4月には南ア政府に抗議する世界同時多発の直接行動を各国のエイズ・アクティヴィストたちの支援を得ながら実現し、南ア政府は2003年8月、ついに公的医療への抗レトロウイルス治療の導入を宣言するに至った。

 PATAMは、2002年の8月にTACを中軸としながら結成されたアフリカのエイズ・アクティヴィストたちのネットワークである。PATAMに参加するアクティヴィストたちは、アフリカ各国でPLWHAの組織やエイズ・サービス組織などに属して活動しながら、抗レトロウイルス治療を含む包括的なHIV/AIDS対策の実現に向けて、国際機関、ドナー機関へのロビーイングやアドボカシー活動を展開している。

 国際的なエイズ・アクティヴィズムの運動展開の結果として、アフリカ諸国においても徐々に抗レトロウイルス治療を含むエイズ治療が導入されつつある。その中で、これらのエイズ・アクティヴィズムの組織は、PLWHAの治療リテラシーの向上、エイズ治療を適切に行いうる人的資源の確保といった、より具体的でなおかつ困難な課題に直面している。TACは、エイズ・アクティヴィズムの展開によって大きな組織的発展を遂げたが、現在、これらの課題に直面して、組織や活動のあり方を大きく変えていく必要に迫られている。ザッキー・アハマットは、会議最終日の記者会見において、「この会議で途上国から先進国への人材流出の問題が主要課題として取り上げられなかったことは残念だ」と述べた。エイズ治療をめぐる状況の進展や複雑化の中で、途上国でエイズ・アクティヴィズム組織が持っている様々なニーズについて、直接行動やロビーイングなどの「連帯行動」を軸に活動してきた先進国のアクティヴィズム組織が、有効な示唆を与えられなくなってきている現状が、ザッキー・アハマットのこの発言からも感じ取れる。

 

3.国際会議における直接行動の現代的限界

 上記二章で述べたように、エイズ・アクティヴィズムは、途上国のHIV/AIDS問題との関係において、80-90年代とはその姿を大きく変質させ、多様化を遂げてきている。その一方で、とくに「直接行動」という部分に焦点を絞ってみると、一部において、多様化するニーズに対応できず、陳腐化しつつある現状も見受けられる。本章では、バンコク国際エイズ会議において展開されたエイズ・アクティヴィズムの問題点と限界について触れる。

(1)スローガンとスタイルの陳腐化

 バンコク国際エイズ会議においては、主に以下の3つの課題について直接行動が設定された。

a)米国ブッシュ政権の「大統領エイズ救済緊急計画」(PEPFAR: President's Emergency Plan for AIDS Relief)の特に予防啓発における宗教的アプローチ(ABCモデルのうち、特に「abstinence」「be-faithful」(禁欲/貞操)を強調するアプローチ)の強要に反対する直接行動

b)「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」(GFATM)に対して、G7諸国が各国のGDP比に照らして十分な資金拠出をしていないことに対する抗議行動

c)多国籍製薬企業が主要国へのロビー活動などによってプロ・パテント(知的財産権優先)政策を推進する一方、途上国に対する治療薬の安価な供給については未だ消極的であることに対する抗議行動

 これらの課題については、直接行動以外に、主要な国際機関やドナー機関の責任者などへのロビーイングや団体交渉なども行われ、これらは比較的効果を上げたものと思われる。しかし、直接行動として行われたのは、G7諸国や製薬企業のブースへの直接行動、およびG7諸国首脳の写真ボードにペンキをかけるといった、国際エイズ会議において毎回のように繰り返されてきた行動以上のものではなく、新奇さやインパクトには欠けるものであった。スローガンに関しても同様で、上記a)~c)については、途上国を中心とする現場ではより多様かつ複雑な状況が生み出されているにもかかわらず、それらに対応する新しいスローガンは打ち出されず、「グローバルファンドに資金を」といった数年前から繰り返されている主張の焼き直しに終わっていた。

 また、これらの活動の獲得目標は、攻撃的なパフォーマンスを演じることによって、主にメディアによる取材・報道を期待するという以上のものではなかった。欧米系のメディアは、伝統的にHIV/AIDSを含むグローバル課題への関心が強く、テレビニュースなどにおいてもこうした直接行動は「絵になる行動」として頻繁に報道されていたが、たとえば日本についてみれば、そもそもメディアはHIV/AIDSなどグローバル課題にほとんど関心を払っておらず、こうしたメディア向け行動を如何に展開しようが、テレビはおろか新聞に報道されることすらなかった。

 実際には、前章で述べた様々なエイズ・アクティヴィズム団体は、上記a)~c)の課題について、多くの情報を持ち、直接行動以外の部分においては、より効果の高い様々な介入を行っている。こうした情報や介入の実績を元に、直接行動のスローガンや方法を再検討し、より現代的な状況に適合的な新たなスローガンや活動スタイルを打ち出す必要がある。

(2)「内職」化と戦略の欠如

 今回の国際エイズ会議における直接行動の方針は、会議時間の終了後に会場の一角でもたれた「アクティヴィスト・ミーティング」によって決定されていたが、このミーティングは、主にヘルス・ギャップ連合およびアクト・アップ・パリのアクティヴィストたちによって運営され、時間・場所といった基本的なことが他国のアクティヴィストたちに必ずしも共有化されなかった。これでは、ミーティング自体はオープンに運営されたとしても、参加者が限定され、結局のところ、具体的な直接行動の方針は欧米のアクティヴィストの「顔が見える範囲」に占有され、こうした活動がいわば「内職化」してしまうことになる。

 また、こうしたことの反映として、米国政府や多国籍製薬企業に対する直接行動については、関係者が多いため、そのスローガンや行動内容はターゲットの政策に照らしてより適切なものとなっていたが、たとえば会議最終日における日本政府ブースに対する行動は、日本のHIV/AIDS援助政策の評価すべき点および問題点に関する分析を抜きに、たんに「日本はGFATMにもっと拠出すべき」といったドグマに基づく一方的なものとして編成されてしまっていた。また、日本のメディアがHIV/AIDSやグローバル課題にほとんど関心を持っていないにもかかわらず、「メディア向けのパフォーマンス」として直接行動が展開され、日本に対する戦略のまったき不在が露呈される結果となった。

 グローバル基金への拠出を求める直接行動については、G7だけでなく、湾岸諸国などの石油産出国や韓国、オーストラリアなどG7以外の高所得国に対しても展開される必要があるが、これらの対象に対しては直接行動は行われなかった。
 
(3)現段階における評価

 2004年現在において、途上国においても徐々にエイズ治療が導入され、WHOの「3×5プラン」をはじめとして、国際機関等もエイズ治療の導入に積極的になってきている。その一方で、治療の導入にともなうより具体的な問題が様々な形で登場してきており、事態はより複雑化する状況にある。この状況において、現状の問題を端的に反映した適切な直接行動のターゲットおよびスローガンが形成されず、陳腐化の傾向が続くのであれば、今後、直接行動の意義は大きく失われることになろう。

 前章までに触れたように、直接行動は80年代から、HIV/AIDSにかかわる主要なセクター、たとえば主要国政府や多国籍製薬企業、国際機関などといったセクターに対して、象徴的かつ端的な形で問題を明示し、インパクトを与えることによって、「エイズ対策の常識」を変え、事態を前進させることに有効に機能してきた。また、PLWHAをはじめとする草の根の当事者に対して、政策形成への参加を拒絶したり、排除したりしがちなこれら権力機関に対して圧力をかけ、当事者の参画と開かれた対話の保障という規範の形成を実現してきたのも、当事者による直接行動の存在によるところが大きい。こうした意味で、直接行動はHIV/AIDSにかかわるグローバルな市民社会の主要な財産の一つである。

 自らの文化に適合的な形で、なおかつ自らが直面する具体的な問題に対応してアップデートなスタイルの直接行動を実践していくことは、日本を含め各国の市民社会にとっての責務であるということができる。直接行動のスタイルやスローガンをアップデートなものにし、新たなアクティヴィズムの地平を切り開くことができなければ、HIV/AIDS問題は今後、その複雑化の過程で、医療・保健や開発の専門家、途上国の開発に関わる国際機関やドナー機関等の手に回収され、PLWHAやヴァルネラブル・コミュニティの当事者、より広範な市民社会は、これまで様々な努力によって確立してきた、政策決定への初期段階からの当事者・市民の広範な参加といった原則や規範を喪失してしまうことになりかねない。