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第15回国際エイズ会議参加報告書

HEARTY NETWORK代表  館林稔

 

access for all

  今回の会議のテーマは"access for all"であった。このテーマの意味するところは、すべての人がHIV・エイズに関わるあらゆるリソースへのアクセス可能であることである。人種・地域・階層の差によらず治療や予防のリソースにアクセスすることができる社会基盤の確立がその目標である。南北の経済格差から生じる治療格差の問題は指摘されて久しいが、国家間の格差のみならず、各国国内における格差が存在することも看過できない。安価なジェネリック薬の生産が導入された国でも、薬が十分に感染者の手に渡っているとは言い難い。支援団体により薬へのアクセスが容易なところと、困難なところがあり、薬にアクセスできる層とできない層が存在している。また薬へのアクセスのみならず、薬を含めた治療普及に携わる医療従事者の圧倒的な不足も問題とされている。更に治療環境を維持するための社会基盤整備に必要とされる経済的なリソースの問題も今後の課題である。会議におけるグローバル・ファンドへの期待は大きく、拠出金の募集にとどまらず、グローバル・ファンドの具体的な活用へと関心が集まっていた。

アクション

 会議開催国であるタイ国のタクシン首相は、開会スピーチの中で麻薬撲滅戦争から"harm reduction"への転換を力説した。その一方でタイ国内でドラッグユーザーの支援をするパイサーン・スワンナウォン氏(Thai Drug User's Network)のスピーチは開会式のプログラムの最後に回されてしまうという皮肉な事態になってしまった。ほとんどの人が氏のスピーチが始まる頃には会場を去り、会場に残ったのは数少ない感染者団体であったことは当事者として非常に残念なことだが、この事態に対してはGNP+、ICASOから遺憾を表明する声明が出された。もう一つ印象的に残ったことは、感染予防をめぐり、"harm reduction"が主流となりつつあるが、米国の予防政策の"abstinence"への転換やグローバル・ファンドへの拠出金問題で、米国に厳しい非難が集まり、連日デモが繰り広げられたことである。このことは世界規模でのアクティヴィズムを目の当たりにする貴重な体験であった。

グローバル・ヴィレッジ

  過去最大規模のエイズ会議となった今回の会議は、バンコクの北隣に接するノンタブリー県の会議場インパクトで行われた。中でも目を引いたのは展示ブースのある「グローバル・ヴィレッジ」で、医療関係者・製薬会社や政府関係者のブースだけでなく、社会的弱者を支援するNGOによるブースが多かったことも印象的であった。会議中は日本国内の感染者団体を代表するJaNP+のブースの手伝いをさせていただいたが、世界各国の参加者がブースを訪れ、さまざまな反応をいただいた。中でも注目を浴びたのは、血液凝固製剤による感染者のアドボカシーが日本のHIVアクティビズムを導いてきたという事実であった。ブースを訪れた人は「血液凝固製剤による感染者によるアドボカシーの歴史」展示パネルに少なからぬ興味を示し、さまざまな質問がなされた。実際に展示会場を見たところ、日本以外で血液凝固製剤による感染者による展示はなかったのではないかと思われる。更にブースではJaNP+が制作した治療から生活全般にわたるガイドラインのプレゼンテーションを行った。このガイドラインへの反響は各国の感染者のみならず、公衆衛生関係者の目を引き、高い評価を得たことは特筆に値する

支援の形

  タイではすでにジェネリック薬が製造されており、その恩恵に浴すことができる患者がいる。その一方でその恩恵を受けられず僧院で最後を看取られる患者がいることも忘れてはならない。会議中JaNP+ブースでタイの僧侶とお話しする機会に恵まれた。自らが支援活動をしていることもあり、色々とお話させていただいた。ブースを訪れた僧侶は北部タイのパヤオ県のP寺からいらしたS・W師である。師は地元の病院や家族から見捨てられた患者の世話をしている。伺ったところでは治療にはタイの民間療法薬*を使われるそうである。師は病院や家族から見放されただけでなく、経済的にも困窮した患者の世話をしており、亡くなった患者の子供も引き取って育てている。子供は男子は寺子となり、女子も僧院の手伝いをして育つそうである。もちろん感染している子供は両親と同じように僧院で看取られる。師は肩掛けのかばんから僧院の様子を写した写真を何枚も取り出し、まわりを気遣いながら、その日常を話してくださった。ある写真には患者が鳥を放ち、魚を放流しているさまが写っている。これは放生(ほうじょう)といい、生類を放つことは罪障を流し、善根を積むことを意味する。引き取られた患者のうち症状の軽微な患者は他の重篤な患者の世話をし、その他さまざまな仏事の手伝いをするそうである。日本人の目から見ればターミナル・ケアの風景と見えるこの営みも、北タイの小さな僧院では日常の修養とされている。修養は仏教的世界観に支えられ、つましいコミュニティに受容された形での修養である。このことからある自明の事実に気づかされる。「支援はコミュニティによる受容の中で最もよくなされ得る」という事実である。支援活動に携わる身として、最新の治療情報を追い、社会資本へのアクセスについて語ることが多い。ついつい関心は権利や保障の文脈に傾きがちである。その中でタイの僧侶から伺った支援とコミュニティの日常は、今会議の中で最も稔り多く、また多くの課題を再考する機会を与えてくれた体験であった。最後に、会議に参加するに当たり、このような希有の体験を得る機会を賜った(財)エイズ予防財団各位のご厚意に深く感謝し、拙い報告の結びとさせていただきたい。

*タイの民間療法薬
ヤー・サムンプライと呼ばれる。サムンプライとは薬用に用いられる植物の総称であり、日本での漢方に類するものと思われる。