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第15回国際エイズ会議参加報告書
 

財団法人エイズ予防財団理事長  島尾 忠男



大きな流れが動き始めた

 エイズ問題に関わるようになって、最初に出席したのが1999年のクアラルンプールでの第5回アジア・太平洋地域エイズ国際会議である。その後、2000年には南アフリカのダーバンで開かれた第13回国際エイズ会議、2001年にはメルボルンでの第6回アジア・太平洋地域エイズ国際会議、2002年にはスペインのバルセローナでの第14回国際エイズ会議に出席したが、前回までは会議の中心は、開発途上国でも抗HIV薬による治療を可能にせよという強いアピールであった。

 先進国側では、2000年に沖縄で開かれたG8会議の際に、日本が開発途上国での貧困問題を解決するために、その基盤にある感染症、特にエイズ、結核、マラリアの対策について先進国が協力することを提唱して、了承された。翌2001年には国連のアナン事務総長の提案で、国連の歴史ではじめてのエイズを対象とする国連特別総会(UNGASS)が開かれ、世界がエイズ対策の強化に同意し、世界エイズ・結核・マラリア基金の設定が提案された。基金は多くの加盟国の他に、メリンダ・ビル・ゲイツ財団なども資金を提供し、2002年に設立され。2003年からは実際に交付が始まった。

 抗HIV薬の価格が高く、開発途上国では使いたくても使用できない問題についても、国際的な場での協議が続けられたが、その間に痺れをきらしたブラジルは、特許を無視して(特許技術の強制実施権を行使して)国内での抗HIV薬の製造と使用を開始した。ようやく特許期間中であっても、開発途上国向けならgenericを製造することが合意され、昨年から薬剤の提供が始まった。

 そのため、今回の会議では服薬をどのくらい確実に行われているかという演題が開発途上国からも提出され、その向上策が討議された。開発途上国での抗HIV薬の使用という大きな流れが動き始めたといってよいであろう。

 

開発途上国での抗HIV薬による治療に関する今後の課題

 抗HIV薬についてはなお多くの問題が残されている。最も普通に用いられる薬剤について、その品質が保証された製品を円滑に供給すること、小児用に服用しやすい製品を供給すること、価格をさらに安くすることなどが当面の緊急な課題であろう。

 しかし、それにもまして重要なのは、検査から抗HIV薬による治療を担当する要員の養成と、薬剤を円滑に供給する仕組みを作ることである。なるべく標準化された処方を用いるにしても、適切な指導なしに抗HIV薬が使用されれば、服薬は不確実になり、中断が起こり、耐性の発生がみられるであろう。1960-70年代にストレプトマイシン、イソニアジド、パスの長期併用で結核が治ることが分り、先進国ではこの応用で結核の制圧に成功したが、保健医療のインフラが弱く、十分な財源もなかった開発途上国では、不確実な服薬や治療の中断が頻発し、治癒率は低く、耐性が発生し、結核の制圧に失敗した。この結核対策失敗の経験を繰り返すことが心配である。結核対策では、この失敗の経験を活かして、短期化学療法を導入した1990年代からの対策では、少なくとも治療の初期には服薬を保健医療担当者の目の前で行うことを含むDOTS戦略を採用し、成果を挙げつつある。この結核対策の経験を活かす必要があろう。

 

リーダーシップの重要性

 今秋の会議のスローガンはAccess for allであり、それを実現するために取り上げられた主要な課題がleadershipであった。国際的なレベルから、国、地域などあらゆるレベルでの強いリーダーシップが対策成功の鍵として討議された。UNAIDSのPiot博士は、閉会式で、それまでの演説で醸された雰囲気もあったためか、珍しくハイトーンでリーダーシップと抗HIV薬を使える体制の整備の重要性を強調し、国際的な場での立派なリーダーであることを示した。

 さらに踏み込んだのは昨年WHOの事務局長に就任したJWリー博士で、就任直後に3 by 5(2005年までに開発途上国のHIV感染者・エイズ患者300万人が抗HIV薬による医療を受けられるようにする)ということを公約し、UNAIDS, 世界エイズ・結核・マラリア基金などと協力し、その実現に努力している。2008年まで5年ある任期中の2005年までを区切って行った公約は勇気のある行動で、その実現を期待したい。

 世界レベルでのリーダーのトップにある国連のアナン事務総長は、3年前にその提唱でUNGASSを開催し、全世界の同意を得てエイズ対策を強力に推進している。開会式の演説では、保健省だけでなく、政府全体としての努力の必要性を強調し、今後の課題として次の三つをあげた。(1)地域住民の参加を含む予防と治療活動のインフラの強化、(2)流行が女性に広がりつつあるので、女性に対する対策の強化、microbicideを使えるようにすることも含む自分で自身を守る力の養成、(3)強いリーダーシップ。

 世界レベルでのリーダーシップで、万人が敬意を表し、賞賛したのが、閉会式で挨拶した南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領である。歩行はやや不自由であるが、はるばるバンコクまできて、力強い声でエイズ対策への協力を呼びかけた。司会者が世界でもっとも強力なアクティビストと紹介したが、そのエイズ問題にかける熱意は全ての人の胸を打つ。

 国レベルでのリーダーシップで、格別な切れ味を示したのは開催国タイのタクシン首相であった。開会式の演説で、歯切れの良い流暢な英語で、原稿も見ずに、エイズ対策を最優先施策とすることを宣言した。薬物注射をする者を犯罪者として扱わず、治療を行い、新しい注射器を用意して感染の危険を減らし、売春婦には100%コンドームを着用しての性行為の指導を続ける。売春婦でのHIV陽性率は30%から3%未満に低下した。母子感染対策として抗HIV薬の使用やその他の施策を行う。製薬会社には抗HIV薬の増産を要請し、3剤併用の治療を5万人の患者に行う。経済がさらに回復すれば、周辺国のエイズ対策の支援も行う。世界エイズ・結核・マラリア基金に100万ドルを拠出すると述べた。開会式の最後のほうでタイのアクティビストから、実際はそんな奇麗事にはなっていないという批判が出たが、公の場であれだけの公約をすれば、今後の行動は当然その発言にはかなり拘束されるはずで、その着実な実行が待たれる。

 
HIV/AIDSと結核

 今回の会議の中では、全体会議の中で、第2日の「治療へのアクセスの増強」の中で、結核とエイズが取り上げられ、一般演題の中でもエイズと結核関連のセッションが三つ開かれ、ポスターにも多くの演題が出されていた。今までの世界あるいはアジア・太平洋地域エイズ国際会議での扱いに比べて、内容的にも優れた報告が多く見られたが、これには野内ジンタナさんが地元にいたことの影響が大きかったのではないかと推察している。

 エイズと結核が相互に影響しあい、結核患者には一般国民をはるかに上回る頻度でHIV感染者、エイズ患者が発見され、エイズ患者からは高率に結核患者が発見される。各々を適切に管理することが、相手の経過にも良い影響を与えることが知られている。しかも、結核は最近10年間に、DOTS戦略を採用して、確実に服薬させ、高い治癒率を途上国でも得てきている実績がある。筆者はかねて、日本に実績があり、技術協力を手広く行っている結核対策に、VCTと抗HIV薬による治療を組み込む協力を行うべきであり、それが日本の力に相応なエイズ領域における国際協力のあり方ではないかと提案してきたが、その考え方でよいことが裏づけされたと考えている。

 

HIV/AIDSと高齢化

 7月末にWHO神戸センターで高齢化の問題を主題とする会議が開催されることになっているので、高齢化とエイズの問題を取り上げた2つのセッションを興味を持って聞いた。先進国では、治療の進歩に伴い、エイズ患者の死亡率が低下し、一部の患者は高齢に達し始めており、その管理が問題になってきている。一方、開発途上国では、もっとも大きな問題は、若い夫婦がエイズで死亡した時に、残された孤児の世話を高齢者がせざるをえないことが大きな問題として、取り上げられ、地域の支援がぜひ必要なことが強調されていた。

 

雑感

(1) 会場
 会場となったIMPACTは郊外に設置された会議・展示用の施設であるが、幕張メッセの規模を遥かに上回り、主会場のアリーナは数千名の収容能力を持ち、また別の会場でもTVで放映されており、19,000名という参加者に対応できる能力を備えており、その他に各々1000名を超える収容能力を持つ会場が13、ポスター展示場、skillsbuilding会場、Global village用ホールなど、全体で膨大な会場であり、どうやって平素維持しているのか心配になるような施設であった。それでも、ダーバンやバルセローナに比べると、一ヵ所での移動ですみ、幸いに会期中には雨には遭遇しなかったが、雨が降っても濡れないで移動できるという利点があった。

 予想されたように、会場内の冷房は強く、ずっと会場に入っていると、上着なしには寒くなるような状況で、南国でのおもてなしとはいえ、省エネを考えるともう少し温度を上げ、上着なしでの参加を呼びかけるほうが合理的であろう。

(2) 会場までの交通
  各ホテルから会場までと、帰りには、定時にシャトル・バスが運行され、会場のそばの駐車場は100台を越えるバスで満杯になり、壮観であった。夕刻には交通渋滞に巻き込まれることもあったが、混んでいる割合には車の流れはスムースであった。

 タイは日本と同じ左側通行である。幹線道路での規制は右折禁止で、右折するためには、Uターンができる所までかなりの距離を走らねばならない。なまじ少し地理を知っていると、行く先と反対方向に走るので戸惑うことがある。

(3) 言葉
 一昔前には、国際会議に出ると、アジア人では、インド人、フィリピン人、シンガポール人、マレーシア人は達者に英語を話し、英語が苦手なのは日本人、韓国人、タイ人とインドネシア人であった。今回の会場での演説を聞いていると、タイ、インドネシア、韓国の方は全般的に達者な英語を話しており、日本人だけが取り残されているような感じを受けた。会場で発表している人の話を聞いているというバイアスがかかっているにせよ、すこし心配な現象である。