HOME >> 資料室 _ 関連学会情報 >> 第16回国際エイズ会議(トロント)/2006年 >> 参加報告書

第16回国際エイズ会議参加報告書
 

国立病院機構名古屋医療センター臨床研究センター血液免疫研究部
伊部史朗

1、 専門分野でのセッションの概要

抗HIV-1薬を用いた治療が実施されるようになってから現在に至るまで、薬剤耐性HIV-1の発生は効果的な治療を継続する上で障害となっている。これに加えて、一部の未治療HIV-1感染患者が薬剤耐性ウイルスによって感染しているという実状がある。この薬剤耐性HIV-1による感染については、"Resistance-Before you Start HAART" と題したセッションが組まれ、本会議でも重要な課題のひとつとして位置付けられていた。学会期間中、世界の各国や地域から薬剤耐性HIV-1感染頻度について多数の報告がなされたが、その中で規模の大きい3つの研究を報告したい。まず、WATCH (Worldwide Analysis of Resistance Transmission over Time of Chronically and Acute Infected HIV-1 infected persons)が挙げられる(#MOPE0388)。この研究は、世界で行われている薬剤耐性HIV-1感染状況を調べている研究グループから未処理のデータを集め、統一化した手法で全てのデータを解析することを目的としている。これまでの研究はグループにより薬剤耐性アミノ酸変異の定義が異なることが多く、互いにデータを比較することが困難であったが、WATCHはこの問題を克服している。41カ国の68の研究グループが計6,054症例の未治療HIV-1感染患者のウイルス遺伝子情報を提出し、そのうち、プロテアーゼと逆転写酵素の両遺伝子が利用できた4,717症例を解析対象とした。大陸別の薬剤耐性HIV-1感染頻度は、北アメリカ(11.4%)とヨーロッパ(10.6%)が、共に10%の大台を超えていた。続いて、東アジア(7.4%)、ラテンアメリカ(6.4%)、東南アジア(5.7%)、アフリカ(5.5%)と続いた。耐性スペクトルがより広い多剤耐性HIV-1に着目すると、その感染頻度は、北アメリカ(3.1%)、ヨーロッパ(2.1%)、アフリカ(1.0%)、ラテンアメリカ(0.7%)であり、東アジアと東南アジアでは0%であった。抗HIV-1治療の普及が本格化しつつあるアフリカにおいて既に多剤耐性HIV-1による感染がアメリカとヨーロッパに続く頻度で起きていることに驚きと危惧を感じた。

次に、ヨーロッパ17カ国からの共著者からなる報告が挙げられる(#TUAB0101)。この研究はSPREAD programmeの一部であり、2002~2003年の未治療HIV-1感染患者1,083症例を対象とし、そのうち1,050症例を解析対象とした。2年間の薬剤耐性HIV-1検出頻度の平均は9.1%であり、薬剤のクラス別に分類すると、核酸系逆転写酵素阻害剤耐性ウイルスが5.4%、非核酸系逆転写酵素阻害剤耐性ウイルスが2.6%、プロテアーゼ阻害剤耐性ウイルスが3.0%の頻度であった。加えて、多剤耐性HIV-1の検出頻度は0.7%であった。年代順にみると、核酸系逆転写酵素阻害剤耐性ウイルスの検出頻度が減少し、非核酸系逆転写酵素阻害剤耐性ウイルスとプロテアーゼ阻害剤耐性ウイルスの検出頻度が増加傾向にあった。核酸系逆転写酵素阻害剤耐性に関してはT215Y/F変異のリバータント、非核酸系逆転写酵素阻害剤耐性に関してはK103N、V108I変異、プロテアーゼ阻害剤耐性に関しては、M46I/L、L90M、V82A/F変異が高頻度に検出された。感染経路(同性間、異性間、静脈注射) や 感染時期(急性感染/慢性感染)の違いによる薬剤耐性HIV-1検出頻度には統計学的有意差は認められなかったが、サブタイプ(B、non-B)に関しては、B (10.4%)の方がnon-B(6.3%)よりも統計学的に有意に高い頻度で薬剤耐性HIV-1が検出されたと報告していた。

最後に、カナダにおける大規模な研究を挙げたい(#THAX0101)。この研究は、1998~2005の期間に2,333症例を対象に実施されてきた。8年間の薬剤耐性HIV-1検出頻度の平均は9.1%であり、薬剤のクラス別に分類すると、核酸系逆転写酵素阻害剤耐性ウイルスが3.9%、非核酸系逆転写酵素阻害剤耐性ウイルスが2.0%、プロテアーゼ阻害剤耐性ウイルスが2.1%の頻度であり、多剤耐性HIV-1の検出頻度は1.1%であった。年代順にみると、薬剤耐性HIV-1の検出頻度は増加しており、2005年の検出頻度は13%に達していた。特に、非核酸系逆転写酵素阻害剤耐性HIV-1の検出頻度が増加していた。核酸系逆転写酵素阻害剤耐性に関してはT215Y/F変異のリバータントやM41L変異、非核酸系逆転写酵素阻害剤耐性に関してはK103N、V108I変異、プロテアーゼ阻害剤耐性に関しては、L90M、M46I/L、D30N変異が高頻度に検出された。この研究でも、サブタイプBに有意に高い頻度で薬剤耐性HIV-1が検出されたと報告していた。

まとめると、薬剤耐性HIV-1による感染は世界中で起きており、特に、抗HIV-1療法が盛んに行われている欧米ではその頻度は10%前後に達している。ヨーロッパとカナダの大規模な研究から検出された薬剤耐性アミノ酸変異は類似しており、伝播しやすい薬剤耐性HIV-1の種類があることが推測される。最後に、日本においても薬剤耐性HIV-1の感染状況を把握するための大規模な研究が進行中であることを付け加えておきたい。

2、 その他参考となった研究発表の内容と理由

新薬に関しては、インテグレース阻害剤であるMK-0518 (#THLB0214)、CCR5アンタゴニストであるmaraviroc (#THLB0215)、CCR5阻害剤であるvicriviroc (#THLB0217)、抗CD4モノクローナル抗体であるTNX-355 (#THLB0218)のphase II試験が報告されたが、ここでは、2006年6月23日にアメリカ食品医薬品局によって承認されたプロテアーゼ阻害剤であるTMC-114 (PREZISTA、darunavir)に関する発表を報告したい。Tibotec社(ベルギー)はHIV-1薬剤耐性検査の大手のVirco社(ベルギー)と共に、野生型HIV-1だけでなく薬剤耐性HIV-1にも抗ウイルス効果を発揮する薬剤の開発に力を注いできたようだ。TMC-114はin vitroの研究で、既存のプロテアーゼ阻害剤に高度な耐性を示すHIV-1に対しても強力な複製抑制効果を発揮し、また、野生型HIV-1をTMC-114存在下で培養しても薬剤耐性が獲得されにくいことが示されてきた。本会議では、治療不成功例を対象としたPOWER1~3と名づけられた臨床試験の報告(#TUAB0104、#TUPE0060、#TUPE0062)がなされた。TMC-114 600mgをritonavir 100mgでブーストした1日2回服用が24週の解析で最も優れたウイルス抑制効果を示し、39~53%の患者で血中HIV-1 RNA量が50コピー/ml以下に抑制された。副作用の発生頻度は、コントロールの既存のプロテアーゼ阻害剤服用群とほとんど違いが無く、下痢の頻度はむしろTMC-114/r服用群の方が低かった。現在、未治療患者を対象としたTMC-114/rのphase III試験も進行中である。また、Tibotec社は、非核酸系逆転写酵素阻害剤に関しても、野生型及び耐性HIV-1に対して複製抑制効果を示すTMC-125やTMC-278を開発中である。

3、 選考基準となった会議における公的役割の成果

「Characterization of protease inhibitor-resistant HIV-1 in therapy-naive individuals」と題してポスター発表を行った。本研究の内容を以下に示す。我々は、1999~2005年に当院を受診した257例の未治療HIV-1感染患者を対象に薬剤耐性遺伝子型検査を実施し、薬剤耐性HIV-1による感染状況を調べてきた。このサーベイランスで7例のプロテアーゼ阻害剤耐性HIV-1による感染症例を検出した。本研究は、未治療患者に検出されたこれらプロテアーゼ阻害剤耐性HIV-1の特性を明らかにすることを目的とした。プロテアーゼ遺伝子と逆転写酵素遺伝子領域を用いて系統樹解析を行った結果、7例のプロテアーゼ阻害剤耐性HIV-1は1つの群(クラスター)を形成し、共通のウイルスから派生したことが明らかとなった。経時的な薬剤耐性遺伝子型検査を実施した結果、すぐ治療を開始する必要なく経過観察となった3例の症例で2~3年の長期間にわたりプロテアーゼ阻害剤耐性HIV-1のみが持続的に検出された。薬剤耐性HIV-1は一般的に薬剤の無い条件下では複製能の低いウイルスであると考えられているが、この結果は、これらのプロテアーゼ阻害剤耐性HIV-1が薬剤の無い条件下でも野性型HIV-1に戻ることなく十分な複製能を持ち合わせたウイルスである可能性を示唆した。次に、この可能性を調べるために、これらのプロテアーゼ阻害剤耐性HIV-1のgag、gag+protease、protease領域を持つ組換えウイルスを作成し、薬剤の無い条件下で野性型HIV-1と複製能を比較した。その結果、protease領域だけを持つ組換えウイルスは、野性型HIV-1と同等または劣った複製能を示したが、gag、gag+protease領域を持つ組換えウイルスは、野性型HIV-1よりも優れた複製能を示した。これは、gag遺伝子内の変異がウイルス複製能を増強していることを示していた。gag遺伝子の塩基配列を調べた結果、これらプロテアーゼ阻害剤耐性HIV-1が特有に保有する7つのアミノ酸変異が惹起していることが明らかになった。我々は、これらの変異がウイルス複製能向上に寄与し、薬剤の無い条件下でのプロテアーゼ阻害剤耐性HIV-1の生存を可能にしていると考えている。

4、 会議の成果を国内で還元する具体的計画

まず、2006年10月10日に名古屋医療センターにおいて開催される第95回HIVカンファレンスで、本会議の参加報告を行うことが決定している。カンファレンスには当院の医師、看護師、薬剤師、カウンセラー、研究者をはじめ、拠点病院の先生方、愛知県や名古屋市の行政の方々も参加しており、本会議で得た最新知見を還元する。また、薬剤耐性HIV-1感染状況の把握研究、細胞内HIV-1プロウイルス量とmRNA量の臨床的意義を明らかにする研究、薬剤耐性遺伝子型検査のバリデーションを実施する研究班に研究協力者として参加しているので、本会議に参加した成果をこれらの研究に活かしたい。

5、 会議の感想

2002年に参加した第14回 国際エイズ会議と比べると、アフリカの国々からの基礎研究や臨床研究の発表が盛んになった印象を受けた。また、膣内に塗布しHIV感染を予防する目的で用いるmicrobicideと呼ばれる抗HIV薬の開発がセッションに取り上げられていたことも印象に残っている。