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第16回国際エイズ会議参加報告書

せかんどかみんぐあうと 
藤部荒術

今回の、第16回国際エイズ会議においては、MSMを対象にした予防介入の実践の報告(ポスター発表“Building Relationship with Gay Bars Made It Possible: “LIFEGUARD”, Safer Sex Workshop for MSM in 14 Prefectures”THPE0466、8月17日)とともに、各国のMSMへの予防介入に関する最新の趨勢を知ることが会議参加の目的でした。6日間に及んだ会議参加を通して、「MSM」をテーマとした研究発表および各種セッションは、膨大な数にのぼりましたが、事前に「MSM」と「HIV予防」をキーワードにして参加すべきものを抽出した上で、できるだけ能率よく参加できるように努めた結果、実り多い、充実した時間を過ごすことができました。
以下では、そうして得られた情報を「先進国でのMSM予防をめぐるコンテクスト」と「途上国でのコンテクスト」に分けてまとめ、最新のMSM関連事業・研究の動向として報告いたします。

アメリカ合衆国、ヨーロッパ、オーストラリアなど先進国の研究においては、社会科学・行動科学的もしくは学際的な観点から、ゲイ・コミュニティにおけるHIV感染増加の原因・背景を探ったり、予防の新たな実践を試みや、その効果を評価したりすることが主に発表の中心をなしていました。感染増加の直接要因として考えられる、コンドームを装着しないアナル・インターコース(以下UAI)が起こる間接要因として、以下の5つのトピックが注目されていました。

(1)検査・治療アクセスの向上:検査・治療アクセスの向上が、MSMの間にエイズを慢性疾患の一つに過ぎないものであるとして深刻に考えない治療楽観主義treatment optimismを生み出し、それがUAIの増加につながっているのでは、という仮定に基づく研究が多く見られました。そのような楽観主義が具体的に如何なる性行動につながっているのかを特定し、その結果をどのような介入活動につなげていくのかを考える調査研究についての発表として、“Belief systems associated with ongoing risky sex among HIV-infected MSM in care: opportunities for new interventions”や(TUPE0469)、“Correlates of HIV treatment optimism in a health seeking sample of MSM”、そして(WEPE0715)“HAART-related beliefs and UAI with serodiscordant or unknown HIV status partners in a Canadian sample of MSM”(WEPE0724)などがありました。

(2)セーフセックス疲れ:先進国のゲイ・コミュニティの中で、長期間にわたってセーフセックスの実践を自分自身に課してきたため、何らかのUAIをしたいという欲求が生まれる「セーフセックス疲れ」safe sex fatigueと呼ばれる現象が拡がっており、これが新規感染率上昇を招いているとの考えが紹介されていました。セーフセックス疲れという心理の生起とそのリスク行動に与える影響についてはユトレヒト大学のde Wit博士の調査研究“Sexual restraint to prevent HIV-infection promotes safer sex fatigue and risk-taking among MSM”(TUPE0487)などがありました。

(3)過度のアルコール・薬物の使用:男性同性愛者における薬物や過度のアルコールの使用と、最近のHIV感染増加とが関係しているのではないかという仮定の下に行われた調査もありました。8月17日に開催された“HIV Prevention among MSM”というセッションでは、パネリストを務めたサンフランシスコ保健局職員が指摘していたように、薬物を摂取する者の間でより多くのUAIが見られ、薬物がHIV感染の増加につながっている、ということが報告されていました。

(4)インターネット:先進国のゲイ・コミュニティにおいてはチャットルームなど、インターネットを通じて性的パートナーを探すことが90年代半ば以降急速に普及しており、インターネットがHIV感染率とどのような関係にあるのか、インターネットに注目した研究が数多くなされているようです。“Self-reported behavioral change since using the internet to find sex partners: an online study among MSM in the US and Canada”(WEPE0718)では、性的パートナー探しのためのネット使用開始後に起こった性行動の変化についての研究したものでした。また8月17日に開催された“HIV Prevention among MSM”では、性的パートナー探しのためのネット利用がUAIの増加につながるメカニズムの解明に資する、という研究が多くの関心を集めていました。またインターネットを介入の場として利用し、その結果を評価するタイプの研究として、8月14日に行われたアブストラクト発表“What's working (or not) working for HIV prevention among MSM? ”の中のオランダ・ロッテルダム市保健局などの協力を得て開発されたGaycruise.nlというプロジェクトの発表が一定の好評を博していました。

(5)先進国ゲイ・コミュニティ内のマイノリティ:先進国内において、アジア系・ラテン系・アフリカ系などのエスニック・コミュニティ内での同性間性的接触を通じての感染が上昇していることが、先進国のゲイ・コミュニティ全体におけるHIV感染率を引き上げているのではないかという懸念に対応する研究が多く見られました。ゲイ・コミュニティへの関与や商業施設の利用度を白人・ラテン系・アフリカ系ごとに調べ、それぞれの人種・民族コミュニティごとにどのような要素がUAIと関連しているのかを分析したサンフランシスコ市保健局の調査を発表したポスター・エグジビション“Racial/ethnic differences in gay-identity-related factors and their association with sexual risk among MSM”(WEPE0654)やフォーカス・グループ・インタビューを通じてアジア人コミュニティが抱える問題を整理したバンクーバーの調査“Voices on their lives as Asian MSM in Vancouver, Canada” (TUPE0636)、バンクーバーのASIAが行うアジア人向けの事業“Leadership training for gay youth: a strategy for increased engagement in gay men's HIV prevention” (WEPE0661)やUCLAがロスアンジェルスのラテン系コミュニティと行うVCTとアウトリーチの連携事業モデルの構築“An integrated HIV outreach & service intervention model for young Latino MSMs: results from a pilot project”(WEPE0404)などに関する報告がその代表的なものでした。

以上が先進国のコンテクストに置けるMSM予防の報告でしたが、以下より途上国におけるMSM予防のコンテクストを述べたいと思います。今回、途上国におけるMSM対策に見られた3つの傾向を以下に簡単に報告します。

(1)MSMに関する研究・事業の地理的拡大:ブラジルやインド、東南アジア諸国といった伝統的に一定のMSM研究・事業が行われてきた地域のほかに、中国、南アやザンビア、ウクライナ、ボスニアといった国々が数々のポスター発表やセッションを行うようになったのが印象的でした。特に、MSMやHIV予防に関して、90年代半ば以降の弾圧的であった中国本土からも、複数のポスター・口頭発表を行う研究者や活動家が会議に参加していたことも新しい傾向として特筆されることだと感じました。

(2)MSM問題の正式化の流れ:8月15日に開催された、UNAIDS主催のセッション“HIV Prevention among MSM---Deeping and Extending the Responses ”に参加したことを通して、UNAIDSの政策ポジションペーパーで、MSMが女性・少女、ユース、セックスワーカー、移動労働者、難民などともに、「優先人口 “key populations”」の一つとして優先的な施策が必要であるとされるなど、MSM問題が発展途上国のコンテクストでより正式なものとなってきている流れを具体的に感じることができました。

(3)ジェンダープロジェクトにおけるMSMコンポーネント:(8月13日“Gender, Culture, and Male Sexual Identities: Implications for HIV/STI Prevention”では、異性愛を自認する男性を対象にし、その「男性性」に注目して計画・実施されたジェンダープロジェクトにおいてMSM関連の事業がそのコンポーネントの一部として付加されているタイプの事業報告を集めた報告が一定数見られました。MSM問題が、MSMを対象に対する直接的な予防介入という側面ではなく、このようなジェンダー関連事業におけるホモフォビアの取り上げという側面も有し始めている、という印象を持ちました。

帰国後、今回の国際エイズ会議で得た成果を還元すべく以下のことを実施しています。各発表を通して得た各国のMSM/ゲイ男性のリスク行為の背景にある多様な社会的・文化的要因や実際のさまざまな予防活動を比較、検討、分析して、国内で開催するMSM/ゲイ男性向けHIV予防プログラムの企画立案・実施に還元していく予定です。また、HIV感染者の生活および予防行動の問題については、感染者当事者との間での情報・意見交換を目的とした、一連の報告会・学習会を開始しました。その成果は、追って特集記事を作成し、一般市民にも還元する計画でいます。