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第18回国際エイズ会議 参加報告書
 

財団法人エイズ予防財団・名古屋市立大学看護学部
新ヶ江 章友

古くて新しい問題としてのスティグマ -第18回国際エイズ会議に参加して-


はじめに

2010年7月18日から23日までオーストリア・ウィーンで開催された第18回国際エイズ会議(XVIII International AIDS Conference)に、私は財団法人エイズ予防財団の国際エイズ会議派遣事業の助成金により参加することができた。この会議で私はポスター発表を行い1)、とりわけMSM(Men who have Sex with Men, 男性と性行為を行う男性)に関する最新の研究動向を把握するよう努めた(MSMに限らず、ジェンダーやドラッグユーザーに関する興味あるセッションにも幅広く参加した)。その上で、現在のHIV/AIDS研究において、またHIV/AIDSをめぐる様々な政策決定において、どのようなことが問題となっているのかを整理した。

今回の学会のテーマは「Rights Here, Right Now(今ここでこそ人権を)」であった。全体として、現在のHIV/AIDSの世界的流行が、人権やスティグマの問題とどのように関連しているのかを意識的に考えることが出来るようなプログラム構成になっていた点が特徴的であった。とりわけ今回の会議で強調されていたのは、証拠に基づいた科学(evidenced-based science)の重要性である。一例をあげれば、今回の会議において提出された「ウィーン宣言」で述べられているように、薬物ドラッグ使用の犯罪化が、予防や治療を必要とする人々の資源へのアクセスを阻害しているという点において、逆にこの犯罪化がHIV/AIDSの流行を促進しており、イデオロギーとしてではなく科学的証拠に基づいた政策決定が行われるべきであるという点が強調されていた2)。したがってHIV/AIDSに関する議論をする際、イデオロギーに基づいた効果のない政策を批判し、すべて科学的な証拠に基づいて実践せよということが大前提となっていた。

本小論では、とりわけスティグマと差別の問題に焦点をしぼった発表のいくつかを紹介し、日本における今後の研究やエイズ施策への応用可能性を吟味してみたい。

エイズ・アクティビズムは死んだか?

この「エイズ・アクティビズムは死んだか?」というセッションは、一般の会場ではなく、グローバル・ビレッジというNGOブースが多く設けられた会場内で行われた3)。このセッションの前日の開会式前に、ユニバーサル・アクセスを政治的リーダーは早急に実現すべきだということを訴えるダイ・インが行われていた。この「エイズ・アクティビズムは死んだか?」というセッションのパネリストは、インド、エジプト、ジャマイカなどのエイズ・アクティビストによるもので、トークショー形式で行われた。

エイズ・アクティビズムは1980年代のアメリカ合衆国をはじめ、HARRT治療が行われる以前に政府や製薬会社に激しいプッシュを行い、様々なメディア媒体を使用したクリエイティブな戦略が展開された。ACT UPが最も有名なエイズ・アクティビズムの一つであるが、1990年代以降この活動は下火となっていく。「エイズ・アクティビズムは死んだか?」という問いは、このような歴史的流れの中で問われた問いなのだと思うが、パネリストのいずれもが自分たちの国や地域ではエイズ・アクティビズムは死んではいないと述べていた。

現在のエイズ・アクティビズムによる批判の対象は、1980年代のものとは若干異なり、人権侵害などの法の問題と密接に結びついているという印象を受ける。例えば今回パネリストとして登壇していたジャマイカのアクティビストは、ゲイであり、薬物ドラックの使用者であったが、HIVに感染したことによって投獄された。彼は出所後、同様の経験をした人々の声を集め雑誌を編集する。この雑誌を世に出すことで行政機関にプッシュしていったのである。とりわけ南米諸国では、MSMでも女性っぽい男性が激しい差別の対象となる。ジャマイカの警官もこのような男性を見つけると殴る蹴るなどの暴行を加えていた。このアクティビストは、警察に対して同性愛者に対する理解を求めるよう教育し、逆に同性愛者に暴行を加える人々を逮捕するまでに警察の考え方や行動を変えていったのだという。80年代の西欧諸国で展開されたエイズ・アクティビズムでは、同性愛が犯罪化され投獄されることはまれであった。しかし今回セッションに参加した人々の国では同性愛行為そのものが犯罪化されており、その結果エイズの治療が阻害されるなどの深刻な健康問題を引き起こし、様々な面でMSMの人権が侵害されていた。ジャマイカに限らず、インドのヒジュラも非常に似た状況の中に置かれていた。

会場からも興味深い質問がいくつも投げかけられていた。一つは、エイズ・アクティビズムは社会システムや制度に取り込まれてしまったのではないかというものであった。この質問に対しては、官僚システムに巻き込まれないよう自分の立ち位置を確認すべきだというラディカルなものから、システムの外と内から変えていくべきだというもの、制度側とアクティビズム側が同じテーブルで協力し合いながら議論していくべきだというものまで様々であった。80年代までのエイズ・アクティビズムに関して言えば、HARRT治療が行われるようになって以降、彼/女らの目的は一定の成果をあげたためアクティビズムも下火となっていった。エイズ・アクティビズムの声が政策に反映され現状が改善されていったことは、非常に喜ばしきことである。

しかし、エイズ・アクティビズムとはそれだけなのだろうか? ある会場からの意見で、エイズ・アクティビズムとは、フラストレーションであり苛立ちであると、その点からすれば、今のエイズ・アクティビズムはもう死にかかっているのだというものがあった。このセッションは、今回の会議全体の議論を理解する上でも非常に興味深い内容であり、日本の文脈で考えた場合にもいろいろなことを考えさせられた。

アフリカのMSMとスティグマ

薬物ドラッグの使用とともに同性との性行為そのものが犯罪化されている国々も未だに多い。今回の会議のMSMに関するセッションの多くも、これら同性愛行為が犯罪化されている国々とHIV/AIDSの流行との関係の中でディスカッションがなされていた。とりわけ近年注目されているのは、アフリカのMSMである4)。昨年末にウガンダで反同性愛法が国会で可決されたことによって、同性間の性行為を行ったものに対する無期懲役や死刑を宣告する罰則が規定された。この法律に対しては国際的な人権擁護の機運が高まる中で、ウガンダ政府は様々な国や国際機関からの批判をあびている。ウガンダはアフリカの中でもHIV/AIDS政策において成功してきた国として取り上げられることが多かったが、この反同性愛法によっていくつかの資金援助国からの援助打ち切りが宣言されてもいる。

ウガンダに限らず、カメルーン、セネガル、ナイジェリアなどの国々でのMSMに対する風当たりは非常に強い。これらの国々では、MSMに向けたHIV/AIDSの予防資源や情報を提供するだけで投獄されるという。例えばカメルーンでは、あるバーにいたMSMが集団で投獄された。その投獄された一人に刑務所内でエイズの症状が現れ検査の結果陽性だと分かったのだが、刑務所では検査の結果を患者に告げず、しかしながら裁判では被告人として立ち続けなければならなかったという。結局、この男性は治療も受けることができないまま刑務所から出され、数日後に死亡した。このような事例を見ると、健康の権利以前にアフリカの多くの国々のMSMには根本的な人権そのものが何も保障されていないということが分かる。

これまで「アフリカのエイズ」は、異性間性交渉によって流行してきたということが前提とされてきた。たしかにジェンダーの側面から見た場合には、男性の女性に対するレイプや家庭内暴力などの問題がHIV/AIDSの流行を促進しているという見過ごすことの出来ない重要な報告がなされていた。しかしながらここにきて、アフリカのMSMの間でのHIV流行が疫学的に徐々に明らかになるにつれて、実はアフリカのホモフォビアがMSM間のHIV/AIDS予防や治療へのアクセスを阻害しているということが分かってきた5)。とりわけアフリカのMSMは女性と結婚しているケースが多いということも報告されており、アフリカにおける貧困やジェンダーの問題との複雑な絡まり合いの中から、近年MSM間のHIV流行の問題がクローズアップされてきている。アフリカのMSMにおけるHIV/AIDSの問題においては、国内での根深いホモフォビアと同性愛の犯罪化に伴っていわゆる「コミュニティ」を形成することそのものが困難な状況にある。歴史的にみて、アフリカでは同性愛行為が植民地の西洋化によって「輸入」されてきたと捉えられており、そのような背景もあって同性愛行為が激しく非難されていることをも考えあわせると、アフリカのMSMの人権擁護とHIV/AIDSの健康問題を考えていく上において、乗り越えるべき障壁が未だ多く横たわっていることを認識せざるを得ない。

スティグマを定義し、測定し、評価する

HIV/AIDSの研究においては当初から、脆弱な集団に対するスティグマがHIV/AIDSへの予防や治療を阻害しているという認識がなされ、近年スティグマに関連する研究が多くなされるようになってきた6)。それらの議論は、HIV/AIDSや脆弱な集団に対するスティグマが改善されればその集団は予防や治療の資源にアクセスできるようになり、ひいては公衆衛生施策に貢献していくという論理の中で考えられている。HIV/AIDSは、その歴史のはじまりからスティグマや差別の問題と密接に関連付けられていた。このウィーンでの国際会議において再びスティグマや人権の問題がクローズアップされてきた背景としては、科学的研究や治療薬へのアクセスが徐々にではあるがグローバルに進んできたとしても、HIV/AIDSのスティグマや人権をめぐる問題が一向に改善しないため、HIV/AIDSの感染拡大に歯止めがかからないという公衆衛生的関心があるからである。したがって、スティグマや人権の問題に対しても「科学的な」切込みを行い、科学的根拠に基づいた対策が必要だと認識されているのである。

例えば、社会や文化の中に存在するスティグマを測定し、その結果を政策へと反映させようとする試みが、HIV陽性者によって行われている。The People Living With HIV Stigma Indexという取り組みは、GIPA(Greater Involvement of People Living with HIV/AIDS)の原則に則ってPLWHA自身がPLWHAに対して聞き取り調査を行い、そのことでエンパワーメントしていくことが目指されている。このような調査は現在PLWHAを中心として試みられ、その結果の一部が今回の学会でも報告されていた7)

スティグマの研究に関しては、HIV陽性者でない人々がHIV陽性者に対してどのようなスティグマ化を行うのかという側面と、HIV陽性者自身がどのようにスティグマを内面化しているのかという両方の研究が必要となる。本学会においても、HIV/AIDSに関するスティグマを量的研究と質的研究の両面から理解しようとする研究が報告されていた。質的調査としては、例えばオタワやトロントなどのカナダ在住HIV陽性者の女性に対するインタビュー調査の結果が報告されていた8)。先住民女性、アフリカ系・カリブ系女性、トランスジェンダーの女性などがとりわけ差別にさらされており、十分な治療資源へのアクセスが拒まれているという。またニューヨークの調査では、50歳以上のセクシュアル・マイノリティ男性の間でのHIV陽性者数が増加しており、彼らがどのようにHIV/AIDSをめぐるスティグマをコントロールしているのかが報告されていた9)。また中国・上海で移民の土木作業に従事する労働者に対して行われた介入研究などにおいて、HIV/AIDSや陽性者に関する情報を提供する前後でHIV/AIDSに対するスティグマが軽減されたという報告があった。しかし、HIV陽性者のスティグマの内面化などに関してはエンパワーメントする必要性が訴えられていたが、陽性者個人への介入には限界があり、社会構造への介入という面でどのような対応が必要であるのかを、今後さらに明らかにしていく必要がある。

おわりに

HIV/AIDS研究におけるスティグマ研究は、HIV/AIDSを考える上で最も中心的テーマである。なぜならば、まさにスティグマこそがHIV/AIDS流行を促進している原因であるからであり、HIV/AIDSの研究や活動に携わる人々は、この古くて新しいテーマに今後さらに果敢に取り組む必要がある。ウィーンで開催された国際会議では、この点が改めて確認される形となった。

では、日本ではどうなのだろうか。日本のHIV感染者数は、先進国の中でも唯一上昇しているということがしばしば言われている。なぜなのだろうか。日本では、HIV/AIDS治療のためのインフラは十分ではないかもしれないが、ある程度整えられてきた。しかし、なぜ「いきなりエイズ」―エイズを発症してから病院へと運ばれる―が増加し、受診遅れが目立つのだろうか。その背景には、やはりHIV/AIDSに対するスティグマがあり、検査や治療を行うことをためらう人が多数いるのではないかということが考えられる。

HIV/AIDSのスティグマの研究は、研究のための研究では意味がない。その研究結果が施策面へと直接応用されることが、HIV/AIDSとともに生きる人々にとっても、また公衆衛生施策に携わる人々にとっても望まれることである。では、どのようなスティグマの研究が今後望まれるのであろうか。まずは、HIV/AIDSの感染の高いリスクにさらされている人々の日常を、より丹念に聞き取り理解していく必要がある。彼ら/彼女らがどのような日常生活を強いられ、どのような問題に直面し、そこにどのような困難が横たわっているのか。まずはこの点を明らかにしていく必要があるだろう。これらの調査は、疫学をはじめ、社会学や文化人類学などの学際的共同研究によって、量的・質的研究の両面から明らかにされることではじめて、具体的な対策を構築していくことにつながる。HIV/AIDSとともに生きる人々の表面的な生の理解ではなく、より深い生の経験を理解することではじめて、有効な対策へと結晶化されていくのではないだろうか。日本におけるHIV/AIDS研究においても、スティグマに関する総合的な研究が構築される必要があると本会議に参加して強く感じた。

最後に、今回様々な形でご支援いただいた財団法人エイズ予防財団の皆様に、深く感謝いたします。

  1. Shingae A, Kaneko N, Shiono S, Utsumi M, Ichikawa S: Community-based rapid HIV testing for MSM (Men who have Sex with Men) in Nagoya, Japan: comparison of MSM attending a MSM targeted health center HIV testing with those attending a gay festival, Wednesday 21 July.
  2. The Vienna Declaration. http://www.viennadeclaration.com/
  3. Moody K (Moderator): Is AIDS Activism Dead ?, Monday 19 July, 11:00-12:30.
  4. Sow PS (Moderator): Men Who Have Sex With Men: Homophobia and HIV in Africa, Wednesday 21 July, 13:00-14:00.
  5. Barker J: HIV infection among men having sex with men in Kampala, Uganda, Tuesday 20 July 16, 16:30-18:00.
  6. Mahajan A, Sayles J, Patel V, Remien R, Sawires S, Ortiz D, Szekeres G, and Coates T: Stigma in the HIV/AIDS Epidemic: A Review of the Literature and Recommendations for the Way Forward, AIDS 22(suppl 2): S67-S79, 2008.
  7. Azda Y, Cruickshank I (Co-Chairs): Framing Positive Perceptions and Practice: Analysing and Addressing Stigma, Wednesday 21 July, 11:00-12:30.
  8. Logie C, The intersection of race, gender, sexual orientation and HIV: understanding multi-dimensional forms of stigma and discrimination experienced by women living with HIV in Ontario, Canada, Wednesday 21 July, 11:00-12:30.
  9. Haile C, Stigman and survival in older adult sexual minority men living with HIV/AIDS in New York City, Wednesday 21 July, 11:00-12:30.