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第18回国際エイズ会議 参加報告書
 

特定非営利活動法人ぷれいす東京
(財団法人エイズ予防財団リサーチ・レジデント)
大槻 知子

2010年7月18日~23日にオーストリア共和国ウィーンで開催された第18回国際エイズ会議に参加したので、以下の通り報告します。

●HIV/AIDS対策資金の減少
約2千人のアクティヴィストが会議場内を行進し、オープニング・セッションの舞台を占領したのが印象的な本会議の幕開けであった。「No retreat – fund AIDS」――昨年、先進工業国などからのHIV/AIDSへの取り組みに対する拠出額は減少し、先般のG8やG20の会合でも主要国がそれらに積極的な姿勢を示さなかったことに対する強い抗議である。

一方で、翌日のプレナリー・セッションで基調講演を行ったクリントン基金のビル・クリントン元アメリカ大統領は、各国政府は昨今の経済不振などを理由にHIV/AIDSへの取り組みを緩めてはならないと述べつつも、少額の資金をより多くのドナーから集めるような仕組みの推進や、運営上の無駄を省きサービスそのものに費やすリソースを増やすといったプログラム実施者側の努力の必要性にも言及していた。

●MSM(男性とセックスをする男性)へのアプローチ
デンマークでは、ゲイ男性の間においてHIV感染率が下がっているという報告があった。ゲイ男性の間で予防をしないアナル・セックスを行う率が依然高い(HIV陽性のゲイ男性のうち69パーセントが、過去に少なくともHIV陽性ではない相手と予防をせずにアナル・セックスを行ったことがあると回答)にもかかわらず感染率の低下が見られる理由として、HIV陽性者における治療の奏功が挙げられた。調査では、HIV陽性のゲイ男性の80パーセントは抗HIVの治療を行っており、そのうち82パーセントが血液中のウィルス量が検出限界未満であったことがわかったという。1.

アフリカ諸国におけるHIV/AIDS対策でも、MSMへのアプローチの重要性が認識されつつあるようだ。ウガンダ共和国の首都カンパラで行われた303名の男性に対する調査で明らかとなった、同性愛嫌悪に基づく暴力や嫌がらせを経験したことがあるMSMは、他の男性に比べてHIV陽性になる可能性が5倍高いなどというエビデンスとともに、なぜ人権に基づくアプローチがHIV/AIDS予防の側面でも重要であるかが示された。2.  そのような中でとても感銘を受けたのが、国際エイズ学会次期会長のエリ・カタビラ氏が、クロージング・セッションのスピーチの中で同性愛嫌悪とMSMとそれぞれについて言及したことである。アフリカ諸国の一部を含むある文化圏では一切存在しないこととされている同性愛が存在するとまず認識した上で、さらにそれを忌み嫌う同性愛嫌悪がHIV/AIDS対策へ悪影響を与えていることに対し取り組みを行う必要性が明確にされたが、それには単にMSMへのアプローチだけ行うのとは違う大きな意味があると考えられる。

財団法人エイズ予防財団リサーチ・レジデントとして従事する「地域におけるHIV陽性者等支援のための研究」(厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業)に関連するものとしては、以下の2つのテーマについて特に言及したい。これらのテーマに関する発表で学んだことは、同研究班で実施し本会議で示説発表も行った「HIV陽性者の生活と社会参加に関する調査」とパラレルになるものであり、また今後国内でのHIV陽性者支援ツール等を開発していくにあたり非常に有益なヒントを与えてくれた。

●HIV陽性者の就労
UNplus(UN System HIV Positive Staff Group)という、国際連合の各機関で働くHIV陽性者のネットワークに携わる人たちによるセッションがあり、そこでは労働者として社会参加するいちHIV陽性者が普段感じていることが共有され、またHIV/AIDS対策の最前線にHIV陽性当事者が関与することの重要性も示唆され、さらには(会議の場における)HIV陽性者の可視化も実感させられるという、何重にも強い印象を与えられた。UNplusのメンバーの中には、GIPA(HIV陽性者の参画拡大)あるいはMIPA(HIV陽性者の意味のある参画)で陽性者としての立場を生かすようなポストに起用された人もいれば、HIV/AIDS対策には直接関係のないポジションで勤務していて、その中で感染を知ったという人もいたようであるが、HIV/AIDSへの取り組みを行っている国連の組織内にも存在するHIV/AIDSに対する差別や偏見への言及、さらにはフロアにいた直属の上司らが彼らからのHIV陽性のカミングアウトをどう受け止めていったのかといった語りは、他ではなかなか聞くことのできない大変貴重なものであった。「スティグマに対する唯一の解決策は陽性者自身が可視化されること、その存在を知らしめ、他者の持つイメージを変えること──そのために自身がフォーカル・ポイントとなることは厭わない」と言い放ったUNplusのメンバーが強く印象に残っている。

●HIV陽性者のエイジング
様々なセッションに参加していて、HIV陽性者へのケアとサポートに関しては、個々人に対してのものからカップルや家族単位をベースとするものにその対象がシフトしているように見えた。一方では、イギリスのHIV陽性者の生活実態調査などで、高齢のHIV陽性者は孤立を恐れている、あるいは実際に社会的に孤立しているという興味深い発表があった。3.  高齢者はHIV検査にアクセスしづらい、セックスに関する情報が得にくい、あるいはそれについて話しづらいといった問題、ゲイ・コミュニティにおけるエイジズムなど様々な要素が検討されたが、高齢者を対象としたデータそのものが少なく、それこそがHIV/AIDS対策において高齢者の存在が軽視されていることの表れだと見る向きもある。特にHIV陽性者の予後の長期化により、HIV陽性者の高齢化にともなう支援の取り組みを行う上では、同様の調査がより多く行われることが期待される。

●薬物
今回の会議は、そのテーマを扱う発表数の多さからも、HIV/AIDSと薬物との関係性への注目につきると言っても過言ではない。そのベースとなっているのが、イデオロギーにもとづいた犯罪化政策ではなく、科学的根拠をもとにケアとサポートを薬物使用者に提供することの必要性、そしてそれは基本的人権であるという考え方である。例えば、多数の人々を違法薬物使用により勾留していることで刑務所や司法システムがパンク状態となっている国々があること、一方でハーム・リダクションのアプローチは一定の成果を上げていることなどが、その正当性を裏付けている。そして、この考え方は「The Vienna Declaration(ウィーン宣言)」という、会議の公式宣言である文書の形で力強く示され、後述するHIV/AIDSに対する人権ベースのアプローチと連動している。

●人権
GNP+ (the Global Network of People Living with HIV)によると、これまでに少なくとも600人以上のHIV陽性者がHIVを伝染させた、あるいは他者にHIVを感染させたとして有罪宣告を受けているという。世界50ヵ国でHIV陽性者の訴追が行われ、北米や西ヨーロッパのみならず、アフリカ諸国でもHIV感染の犯罪化が急速に進んでいるとされ、現在は世界45ヵ国において他者へのHIV感染を犯罪とする法律があるという。差別やスティグマにとどまらず、それら懲罰的な扱いが、HIV陽性者へのケアやサポートを妨げ、結果的には新規感染予防にもつながらないという指摘がなされていた。4.

「Rights Here, Right Now(今すぐここで人権を)」という今回の会議のテーマに据えられ、またウィーン市内中心部でHIV/AIDS関係団体の恊働による大規模なデモや集会も行われた「人権」というコンセプトであるが、会議場でとても印象的な光景を見た。HIV陽性者のエイジングに関するセッションを行っていた会議室の出入り口で、ある参加者が「Children’s Rights First(子どもの権利が先)」と書かれたプラカードを持って、サイレント・プロテストを行っていたのである。HIV陽性者の高齢化を議論することができるのは、そもそも医療が保障されているごく一部の国や地域にのみ許された贅沢だという、南北問題の一端のように捉えることもできる。しかし、今回この人権という大きなテーマに対して会議を通してコンスタントに出てきたコンセプトは、その人の経済的背景を理由に人の命に優先順位などつけられない、老い先の短い人より小さな子どもにリソースを費やすべきといったコスト計算などできない、それぞれが等しく尊重されるべきなのだという、ある意味実現が不可能のようにも見える理想であった。あるいは、例えば注射針・注射筒交換プログラムの提供の是非が論争の的となることもあるように、どこまでを「基本的人権」として保障するか、実はその定義も様々なのかもしれない。それだけ大きく、考えさせられるテーマであった。

●まとめ
自らの活動分野、活動地域のことを熟知している参加者が、それぞれの見識や経験を他者と共有すること、そして他分野、他地域に関する情報を得て、視野を広げて帰ってくること。それがこの国際会議という場がもつひとつの大きな役目であるとして、今回そこに参加できたことは非常に有意義であり、また、より多くの地域などから偏りなく参加者や発表があればなおいいであろうとも感じた。

また、会議場の外でも、ウィーンでのHIV/AIDSへの取り組みを知るためのプログラムが用意されていて、地元のHIV陽性者支援団体を訪問することができた。そこでは、HIV陽性者にバディ派遣を行うサービスの実施など、所属団体での業務に直接つながるノウハウなどを得た。さらに、HIV陽性当事者として参加した会議参加者へのサービスやその有り様などは、関与する日本エイズ学会学術集会「HIV陽性者参加支援スカラシップ」運営の機会を通じてもその見聞を共有し、還元していきたいと考える。

最後に、今回の会議参加の貴重な機会を与えてくださった財団法人エイズ予防財団に感謝します。ありがとうございました。

以上

  1. Cowan, S. et al. New paradigm for positive prevention: "Test and treat" – testing for and treating HIV has lowered transmission rate in Denmark in spite of increased unsafe sex among MSM. Eighteenth International AIDS Conference, Vienna, July 19, 2010.
  2. Barker, J. et al. HIV infection among men who have sex with men in Kampala, Uganda. Eighteenth International AIDS Conference, Vienna, July 20, 2010.
  3. Power, Lisa. “Having not expected to live this long, it's quite a shock": the 50 Plus Project and the diversity of older people with HIV in the UK. Eighteenth International AIDS Conference, Vienna, July 21, 2010.
  4. Canadian HIV/AIDS Legal Network, GNP+, and NAM. Criminalisation of HIV exposure and transmission: global extent, impact and the way forward. Eighteenth International AIDS Conference, Vienna, July 18, 2010.