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第18回国際エイズ会議 参加報告書
 

京都大学文学研究科グローバルCOE助教
青山 薫

ポスターセッションにおける報告

今回の派遣事業で「2010年国際AIDS会議」に参加させていただいた私は、7月20日、Sexual Health Risks Faced by Female Sex Workers in Japanという題目で、ポスター発表を実施する機会を得た。

この発表は、平成21年度から3年間にわたる計画で受領している、「エイズ対策研究事業」に関わる厚生労働科学研究費補助研究「個別施策層(とくに性風俗に係る人々・移住労働者)のHIV感染予防対策とその介入効果の評価に関する研究」の途中経過の一端である。この研究は、東優子大阪府立大学准教授を代表とする共同研究で、私は研究分担者の一人であり、研究協力をするセックスワーカー当事者・支援者団体SWASHの一員でもある。そのため発表者名は、東代表以下、今回同じ派遣事業によって参加することができたSWASHメンバーの八木香澄、SWASH独自の資金で参加した要友紀子のほか、やはり研究分担者である野坂祐子大阪教育大学准教授、および青山薫とした。

当日は、16枚のパワーポイントスライド(添付)を連ね、朝から夕方まで指定の場所にポスター展示をし会議参加者が自由に閲覧する形だったが、昼休み前後の閲覧者の多い3時間ほどのあいだは、八木と青山が交代で説明に立った。内容は以下の通り。

  1. 日本における売春防止法の歴史
  2. 現代日本の性風俗産業におけるサーヴィス種の分類
    (ア) とくに「ホンバン」(膣ペニス性交)と「非ホンバン」があること
  3. SWASHなどによる先行調査
  4. 最近の性風俗産業取り締まり動向といわゆる「デリヘル」増加の関係
  5. 上記東班の独自調査による日本人セックスワーカーの年齢分布
    (ア) サーヴィス種分布
    (イ) サーヴィス種とコンドーム利用のクロス統計
    (ウ) 結果として、「非ホンバン」形態でコンドーム利用率が低いこと
    (エ) 当事者が何が問題と捉えているか
  6. 今後の課題と連絡先
何千というポスター発表のなかで、私たちのものを選んで立ち止まってくれる人がいるのかどうか、非常に心もとない思いで始めたが、その心配は杞憂に終わった。とくに細分化されている性風俗産業内部の日本的事情や、合法である「非ホンバン」形態でコンドームの利用率が低くワーカーが危険に晒されていること、それは、「ホンバン」行為の斡旋(売春防止法違反)と取られることを恐れて店舗や経営側がコンドームを用意することができないため、という産業内部を知るSWASHの観察には、新しい知見として関心を示す閲覧者が多かった。また、香港をふくむ中国からの参加者の関心が高かったことも特徴的だった。同様の調査、同様の当事者参加研究を進めている、日本の性産業には中国籍移住者が多く働いていることもあり、日本の先行研究にはとくに注目している、などがその理由だった。

参考になった他の研究発表

私にとってとくに印象に残った発表は、(1) Comprehensive HIV Prevention Services for Sex Workers Reduces HIV Risk in Central Asia、(2) Prevention of HIV and STI for Clients of Prostitutes Jingle: ‘Your Service Call’ (Poster)、(3) Sex Work, Punitive Laws and Human Rights の3件だった。

(1)は、主に旧ソビエト連邦圏で働く移住者をふくむSWの安全と健康問題をあつかったグループセッションで、まず当事者の置かれた過酷な脱法脱権利状態が報告された。そして、中心課題であるHIV予防に取り組むためにこそ、それだけでなく、当事者の安全と健康、それをめざすために権利はく奪状況を改善することなどをふくむ「総合的サーヴィス」の必要性が議論された。とくに興味深かったのは、数的調査の対象となったSWはもとより、この調査に参加しなかった対象者以外のSWにも、総合的アプローチは積極的な影響をあたえている、という報告だった。社会的な認知を得、自己評価が上がることなどが関係するのではないだろうか。

また、このセッションに参加したことによって、今回AIDS会議がウィーンで開かれたことの地理的意味も把握できた。ウィーンは従来から(旧)社会主義経済圏に接する資本主義市場の大きな入り口として機能しており、現在まで仕事を求める労働者の移住や、人身取引の舞台ともなっている。会議でロシア語が公用語のひとつになっていたのはこのためで、経済格差を背景に、人、物、金が交錯するこの都市は、セックスワークやHIV感染・予防の現場としても重要な位置を占めているのだった。

(2)は、ポスターセッションで、そのなかでも地味なものだったのだが、ドイツのHydraというSW支援団体とTAMPEP(SWと関係者のための汎ヨーロッパ資源ネットワーク)が中心となっていたことが、私にとっては魅力だった。ヨーロッパ経済圏市民成人による自発的なSWのすべてが合法のドイツやオランダと、日本の事情は違うものの、合法化に向けた20年にわたる当事者団体の交渉の軌跡や、現在も続くキリスト教保守派などからの非合法化の圧力、非合法化の害としてのHIVを始めとする健康危機は、当事者だけでなく社会に影響する危機であること、そのような観点から世論や客を味方につけることが必要である点など、現実的に参考になる経験の共有が有意義だった。

とくに、スウェーデンが1999年に法制化した「買春」客の犯罪化について、さまざまな調査が進んでおりヨーロッパ内での評価も別れているということ、今後も注目していきたいと思った。

(3)は、ペルーにおけるトランスジェンダーSWの反差別運動、アメリカにおける反売春政策のSW間のHIV予防に対する負の影響、インドにおけるSW非犯罪化に対する「新たな楽天主義」、ウクライナにおけるSWコミュニティのHIV予防における役割 という発表の集大成。全体として、差別や犯罪化に晒されながらも、権利と安全を守るSW当事者運動と言説の蓄積がなされつつあること、とくにSTI予防の点で「善意のSW取り締まり」が予期しない負の影響をあたえていることも国境を越え、文化の違いを越た共通認識になりつつあることが印象に残った。翻って日本では…と、格差に愕然とするほかなかったとも言える。

インドの発表者Chakravortyはこの分野の著名人だが、論理的に秀逸であった。「新たな楽天主義」とは、昨年の同性間性関係の非犯罪化に象徴される性の自由化がSWの非犯罪にもつながり得るのではないか、という見通しのことだ。この見通しには、もうひとつ、Immoral Traffic Prevention Amendment Bill (モラルに反する人身取引予防改正法案)が、反対運動によって客の犯罪化を断念したという立法過程も影響しているという。反対運動には、運用上SWに対するハラスメントに使われている人身取引予防法の問題を感じている多くの法律家が参加していた。

彼女たちの立場は、SW当事者が客との交渉力を持つことと、関係法制化の場にも参加するべき、という当事者中心主義。処罰主義でない法理学の欠如は、法的介入によるSWの非犯罪化を困難にする。世界中の経験をみても、立法府(議員)の先入観に任せている限りSWの非犯罪化はあり得ない。SW当事者による介入には周囲の理解を得るなど長い道のりが必要だが、この方向で人権を基礎とした法的枠組みをつくりあげていこう、というものだった。

会議の成果を国内で還元する具体的計画

会議で得た成果の還元については、次の6点を計画している。
  1. この報告書が、エイズ予防財団を通してウェブ公開されること
  2. 9月10日に招かれている「関西クィア映画祭」のトークセッションで、今回会議参加の報告をふくめること(終了)
  3. 上記東班の共同研究に反映させること
  4. 東班のウェブサイト ‘sexba’ にも報告・情報を載せること
  5. 私個人の研究(移住SWについて、結婚移民について、など複数)、研究発表、論文執筆、大学での授業の機会に経験をシェアすること
  6. 長期的には、SWASHメンバーと執筆を計画している一般向け書籍に、今回の会議をふくむSW運動と健康安全、HIV予防啓発の世界的動きを紹介すること
会議の感想

全般的な感想は、参加人数、参加者が医療従事者から、政治家、多国籍企業、NGO、国連関係者、ドラックユーザー、ゲイ団体、SW当事者、研究者まで、社会のあらゆる階層におよんでいたこと、メディア関係者の人数、会場の広さなど、おそらくかかっている経費とともに、とにかく圧巻であったというにつきる。国際AIDS会議はほんの十数人の関係者の尽力で始まったというが、現在の規模は、今まで私が参加してきた世界社会フォーラムなど巨大規模の国際会議にも見られない特徴的なものだ。とくに社会的にエリートと目される人びとと底辺を支えると目される人びとが、これだけ幅広く集まるだけでなく、学術的な発表の場でも同席し、同等の立場で議論をする機会は他にないのではないだろうか。

そこにはしかし、負の面もある。IDチェックが厳しすぎ、アドミニが遅くなるばかりでなく、メディアセンターなどには警戒態勢が敷かれていた――誰を誰から守っているのか、参加者として問わずにはいられない――、そして、毎年問題になる参加費の高さがもっとも分かり易い例だろう。

それを克服するために存在する、無料で、誰でもアクセスできる「グローバルヴィレッジ」は、実はどの発表を聞くよりも人的ネットワークをつくるのに有効な場だ。SWSHも私自身も、ここでRed Umbrella(ヨーロッパで始まり、アジア太平洋に及ぶようになったSW当事者ネットワーク)のブースを借りて、くつろげつ時を過ごさせてもらい、独自のプログラムによく参加した。カンボジアにおけるSW支援団体のHIV予防に関する映像作品、SWファッションショー、他のSW団体との資料交換、次回AIDS会議が開かれるアメリカの入国管理事情の検討、などなど、楽しくかつ今後の研究と運動につながる、文字通り貴重な資源を身につけることができた。経費の高さの根本的な解決にはならなくても、グローバルヴィレッジがあることで、どれだけAIDS会議が「民度」を保っているか計り知れない。今回は、そこにウィーン市が無料カフェを出していたり、主催者側の気配りも感じられた。

また、会議3日目に主催者が企画したHIVと人権パレードは、勤務時間を過ぎた夕方のたった30分とはいえ、歴史的な建造物に囲まれたウィーンの目抜き通りをHIV感染者やSWが「アウト」でデモするもの。やはり彼我の格差を思い知らされる圧倒的な経験だった。ゴシック建築の市庁舎や国会議事堂に、でかでかとレッドリボンが飾られている光景は忘れられない。集会では、「人権を基礎にHIV予防を、という観点でローカルとグローバルをつなぐウィーンでありたい」という趣旨の、ウィーン市長のスピーチがよかった。日本にもこんな政治家が出現することを祈る思いだった。

最後に、今回の経験を可能にしてくださったエイズ予防財団のみなさまに、心からお礼申し上げます。どうもありがとうございました。今後も変わらないご活躍を楽しみにしております。