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第20回国際エイズ会議 参加報告書
 

特定非営利活動法人akta
岩橋恒太

 本会議参加にあたり、私は3つの目的をもって参加した。1つ目は、国内のMSMを対象とするエイズ対策の企画・実施・評価の報告・共有である。2つ目に、前回のワシントンD.C.での国際会議で議論が大きく始まった、TasPおよびPrEPと呼ばれる、新たな予防技術に関する国際的な議論の把握である。3つ目が、2つ目の議論およびその他、他国での取り組みの把握を通じて、今後の国内におけるMSMを対象とするエイズ対策のあり方について検討することにあった。

1. 国内におけるMSM対策の報告について
 Global Villageとよばれる会場のエイズ予防財団のブース等において、国内のMSMを対象とするエイズ対策の企画・実施・評価について、「Epidemiology and Prevention Strategy of HIV/AIDS among MSM in Japan / Epidemiology of HIV/AIDS in Japan」 というタイトルのポスター報告を行った。
 報告の中では、日本における疫学動向、特にMSMの間での感染動向と年齢別感染動向の推移等について扱っている。また、厚生労働省の「同性愛者等のHIVに関する相談・支援事業」の下、全国6カ所でNGOが運営するコミュニティセンターを基点に行われている活動と、その評価体制およびコミュニティベースで行った調査のファインディングスの報告を行っている。
 ポスター報告の来場者には、国際会議のホスト国であるオーストラリアの他、特にアジア圏のNGO、研究者、医療者が多くあった。参加者からは、MSMに感染が集中する日本の疫学状況とその理由への質問を多く受けた。また、コミュニティセンターを基点とするアウトリーチプログラムにも多くの関心をいただき、特にLiving Together関連の取り組みには、同じアジア圏からの参加者の関心を得ることができた。惜しむらくは、実際に用意した資材の多くが日本語で書かれたものだったため、参加者が手記を用いることの戦略を理解したり、ビジュアル面で関心をもっても、手記そのものの内容に触れられなかった。この点については、取り組みのより詳細な翻訳が必要であることを痛感した。
 また、参加者からの質問からは、今後の対策を検討するうえで有益なコメントをいただいている。例えば、「ウェブを用いた介入が国際的には主流化しているようにみえるが、なぜ街や地域ということを重視して介入を行っているのか」などの質問である。この質問に対しては、これまでのMSM対策がNGOや研究者を中心に、ゲイ向け商業施設のオーナーたちや、また広い意味で、地域でエイズに携わる行政や医療などのセクターとの「コラボレーション」ということを重視して取り組んできていることがあると回答した。この質問への回答は、私がとっさに回答したものがあったが、実は国際会議の他のセッションでも議論されたテーマでもある。後で詳述したい。
 加えて、今回の国内の取り組みの報告には、取り組みそれ自体の国際的な認知をあげること以外に、国内のMSM向けエイズ対策をめぐる環境が困難になっていることを共有することも目的としていた。端的にいうと、国の予算におけるエイズ対策費の縮減と、その中でのMSMへの介入のための予算の縮減の現状である。エイズ動向委員会報告等の疫学的データをみると、全国的にはMSMの新規感染者数は増加しており、またそれにともない、MSMにおける有病率は上昇している。そのため、MSMを対象とするエイズ対策は継続か、これまで以上の規模で実施する必要がある。しかし、国のエイズ対策費は減少する一方である。こうした日本の現状を他国にも共有することで、NGOの国際的な枠組みを模索したり、情報共有することを考えていた。
 これまでと同様、先進国において、エイズ対策への国際的な援助を求めることは難しく、また国内のエイズ対策費の獲得が厳しい現状は共通していることがわかった。それどころか、これまで先進国に比して国際的なエイズ対策費がより多くかけられてきた途上国においても、グローバルファンド等に依拠した予算が成り立たなかったり、実際の入金が遅延したりと、厳しい状況が続いている。日本だけではなく、国際的にエイズの対策費が縮減している現状にある。
 予算の問題はそれだけで国際会議の複数のセッションがたつほど、喫緊の課題である。どの地域においても予算が限られているため、予防および支援にかける予算をいかに整理・統合(integration)するかが課題である、と検討されていた(21 July "Behind the Scenes: Socio-economic Drivers", 23 July "ART for a Lifetime:Implications for Health Systems Globally")。私が参加したこのセッションでは、オーストラリアのニューサウスウェールズ州の取り組みが紹介されており、そこでは、予防と支援を並行して実施することが対策として最も効果的であるという指針の下、実施されてきた政策の評価が行われていた。その結果、地域の保健に対して政治が強いコミットメントをもつことにより、縦割りになっている組織を整理し、医療機関、NGO等の地域でエイズに関わる団体をつなぐことにより、州のエイズ対策を行ってきたことが報告された。また報告者によれば、現在Treatment as Prevention(TasP)と呼ばれる対策についても、こうした地域の連携が果たされない限り有効に機能しないだろうと報告を行っていた。
 また予算の問題は、長期療養時代を迎えた陽性者の医療費負担についての議論にも及んだ。ここでも整理・統合がキーワードとなり、例えば国の保険制度等について、エイズをシングルイシューとして取り扱う方法を継続できるのか、あるいは他の健康問題との統合に移行するのか、検討されていた。そうした議論の中で印象的だったのは、LGBTと家族の問題だった。例えば介護や、金銭面などでの広い意味での支援が必要な陽性者が、もし国際社会や国、地域からの支援を得られない場合、多くは家族からの支援を期待されるだろう。しかし、そもそも陽性者に対してのスティグマが家族においてもないわけではない。さらにLGBTの場合、セクシュアルアイデンティティに対する社会的な受容が、どの社会においても十分に進んでいるわけではない。特にアジアにおいては家族におけるLGBTの受容は課題として大きく残っており、そのため、地域で支える枠組みが予算の問題で成り立たなくなった場合、陽性者の孤立が進むのではないかという議論が行われ、印象的だった。

2. PrEP等新たな予防技術に関する議論
 WHOは、今回の国際エイズ会議に先立って、2014年7月に新たなガイドラインを発効した(CONSOLIDATED GUIDELINES ON HIV PREVENTION, DIAGNOSIS, TREATMENT AND CARE FOR KEY POPULATIONS)。このガイドラインは、キーポピュレーションに対してのエイズ対策を改めて記したものである。
 今回特に注目を浴びたのは、MSMへの予防ガイドラインの改定である。従来通り、コンドームやローションの使用の促進が、エイズをはじめ、他のSTI予防にも最も有効と前提しながら、新たに予防の項目としてPrEP(PRE-EXPOSURE PROPHYLAXIS)を立てたのである。
 PrEPとは、未HIV感染者が事前に抗エイズ薬を経口投与することによって、HIV感染の可能性を減少させるという予防技術である。ウィルス暴露後に感染予防を行うPEP(Post-Exposure Prophylaxis)が登場してオーストラリアなどでは定着をしているが、暴露前投与のPrEPはまだ新しい技術といえる。
 前回のワシントンD.C.で行われた国際会議でも、TasPと同じく、PrEPの技術の紹介とその可能性の検討がなされていた。PrEPの必要性は、開催されたワシントンD.C.に居住する黒人MSMのとても高い有病率とともに紹介・報道されたため、一気に関心を集めていた。前回の国際会議では導入の可否、あるいは可能性を検討する段階であったが、今回のメルボルンでは、PrEPの感染予防技術としての導入は前提で、実際にはどのように導入することが可能かを検討するフェーズに移った印象を受けた(22 July"Oral Pre-exposure Prophylaxis: New Evidence for Targeted Implementation")。
 今大会ではPrEPの導入に先立った様々な臨床的研究が紹介されていた。これらの研究は、誰がPrEPの対象になるのか?、どのように提供されるべきか?、誰がコスト負担をするのか?といった実利的なレベルでの問いがあげられており、PrEP自体が社会に与えるインパクトを検討するものはほとんど見られることがなかった。コミュニティのニーズ把握に関する調査では、PrEPの導入による、よりアンセーファーなセックスの頻度の上昇などの逆作用がみられることもなく、またエイズに対しての感染不安がPrEPの導入により低減し、メンタルヘルスの面でプラスに機能しているなどのファインディングスが報告されている。
 PrEPは、どのようなインパクトを社会に与えるのだろうか?本学会の中で、その問いに示唆的な考察を提示したのが、オーストラリアの研究者のスーザン・キパックスだった。キパックスは「connectedness」という概念を示しながら、この10年間の国際的なエイズ対策の評価を行った。「connectedness」とは、まだ日本語の定訳のある言葉ではないが、日本語でいうところの「つながり」、「きずな」、あるいは「協働」という意味で用いられているものだろう。キパックスの議論を端的にまとめると以下のような内容である。
 エイズが登場した1980年代から1990年代後半にかけて、エイズ対策は国際、国、地域、個人と個人などのあいだにある「connectedness」を基点として、支援などが進められてきた。しかし2000年代に入ってからのこの10年は、治療技術が発達し予防に関する新たな技術が登場し、その結果、治療はよくなったが、一方でエイズ対策、特に予防に関しては「医療化」が進み、またエイズの問題を社会ではなく、個人に帰責する「個人化」が進んでいるというのである。
 キパックスの議論はあくまで一つの見取り図であり、どの地域にも適用できるものではないだろう。しかし、キパックスが批判の対象としているものが、PrEP等新たな予防技術による社会へのインパクトへのより詳細な検討がなされず、技術先行で進んでしまっている現状にあることは明らかである。
 WHOが新たに発効したガイドラインに対して、いかにコミュニティは対応していくべきなのだろうか。キーポピュレーションをエイズ対策の要と再定義したことはとても重要であるが、一方で新たな予防技術などについて、いかに考えることができるだろうか。
 本学会では、この問いに対して、バンコクを中心に活動しているNGOのapcomが"Role of MSM communities in rolling out "the WHO 2014 Consolidated Guidelines for HIV prevention, Diagnosis, treatment and Care for Key Populations" in the Asia Pacific"という、注目するセッションを行った(25 July)。バンコクでの、MSMのHIV有病率の上昇は顕著で、ハッテン場での検査および調査によると、ハッテン場利用者のうち18%程度がHIV陽性で、陽性がわかった利用者のうち約半数のCD4値は350を割っていた。バンコクではこうした状況に対して、国際機関の支援を受けながら、国・州レベルの一般キャンペーンとMSMに特化した介入を組織した。このMSM向けの介入を担当したのが、NGOのapcom(Asia Pacific Coalition on Male Sexual Health)である。
 apcomは、ゲイ向けクラブイベントやウェブサイトを対象に介入を実施し、セーファーセックスとHIV抗体検査の定期検診を行うキャンペーンを実施している。特徴的なのは、MSMに特化したキャンペーンの企画をapcomが実施し、実際のキャンペーンについてはイベントオーガナイザーなどが実際の資材やプロモーションビデオなどの作成を担当していた。そして、その評価についても研究者と協働しながら実施しているのである。
 このセッションではPrEPについては十分に議論されなかった。しかし、キーポピュレーションを対象とするWHOのガイドラインの発効を踏まえて、あらためて複数のセクターがエイズ対策で役割分担をし、協働することの価値を示したと考える。ただし、こうした内容のセッションであったにもかかわらず、MSMの活動家をふくめ、あまり聴衆が集まらないことが、今の国際エイズ会議の関心を象徴しているようだった。

3. Living Togetherと日本の今後
 さて、最後に国際エイズ会議の視察を踏まえて、国内のMSMを対象とするエイズ対策が今後何を目標に行っていくべきかをまとめたい。
 日本ではゲイ向けの予防介入のほか、これまでにLiving Togetherという、陽性者とその周囲の人たちのリアリティを伝える活動が行われている。手記リーディング等を通じて、それぞれがHIVに対して身近さを感じることにより一つは検査や予防行動につながること、もう一つはHIVやHIV陽性者へのスティグマを低減するプログラムである。ここでキーワードになるのは、HIVに対しての身近さである。
 HIVに対しての身近さや社会的な受容が、それぞれの個人の行動にどのような相関があるのかについては、これまでも国内で調査は行われてきた。実際にHIVへの身近さをもつ人の検査行動は、もたない人に比較して、高い傾向にあることがわかっている。
 こうした研究の比較研究が、今回の国際エイズ会議でも報告された。サンフランシスコとロンドンのゲイコミュニティにおける、コミュニティ調査や疫学データの比較検討を行った研究の報告である(July 24"Gay and Other Men Who Have Sex with Men(MSM):Prevention within an Accelerating Epidemic")。サンフランシスコのMSMの有病率は24%と依然として高いが、過去と比較して減少傾向にある。それに対して、同時期のロンドンでは10%から13%へと増加傾向にあった。この原因を検討した研究である。
 サンフランシスコのMSMとロンドンのMSMの行動の一番の違いは、検査行動の頻度にあった。サンフランシスコのほうが、ロンドンと比較して、定期検査の頻度が高かったのだ。一方ロンドンの場合、検査機関などの検査実績と比べるとコミュニティベースの調査で明らかになった検査頻度よりも低い傾向にあることがわかった。この検査行動の違いにもっとも統計的に影響のあった因子が、HIVの開示のしやすさ(disclosure)の程度だったのだ。この研究は、日本で行われてきたLiving Together戦略が有効であることを強く示唆するものではないだろうか。
 新たな治療や予防の技術は、医療の発達によって、次々に登場する。それは人々の健康に資する重要なものである。しかし一方で、そのことが社会にどうインパクトをもつのか、その都度立ち止まって、それぞれのセクターのもつデータや経験を集約し、その地域でどのような対策を立てていくのかを検討するべきである。そうしたことを今回の国際エイズ会議に参加して、改めて実感することができた。
 なお、今回の訪問の成果については、すでにcommunity center aktaが発行する「monthly akta 9月号」に小レポートのかたちで報告を行い、新宿を中心としたコミュニティに発表している。また、今後、community center aktaのtalkshowイベントのなかで、国際エイズ会議派遣の成果発表会を2014年度内に予定している。