後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針


 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号)第十一条第一項の規定に基づき、後天性免疫不全症候群に関する特定感染症予防指針(平成十一年厚生省告示第二百十七号)の全部を次のように改正し、平成十八年四月一日から適用する。


平成十八年三月二日
厚生労働大臣 川崎 二郎
厚生労働省告示第八十九号


 後天性免疫不全症候群や無症状病原体保有の状態(HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染しているが、後天性免疫不全症候群を発症していない状態をいう。)は、正しい知識とそれに基づく個人個人の注意深い行動により、多くの場合、予防することが可能な疾患である。また、近年の医学や医療の進歩により、感染しても早期発見及び早期治療によって長期間社会の一員として生活を営むことができるようになってきており、様々な支援体制も整備されつつある。しかしながら、我が国における発生の動向については、国及び都道府県等(都道府県、保健所を設置する市及び特別区をいう。以下同じ。)がHIV感染に関する情報を収集及び分析し、国民や医師等の医療関係者に対して情報を公表している調査(以下「エイズ発生動向調査」という。)によれば、他の多くの先進諸国とは異なり、地域的にも、また、年齢的にも依然として広がりを見せており、特に、二十代から三十代までの若年層が多くを占めている。また、感染経路別に見た場合、性的接触がほとんどを占めているが、特に、日本人男性が同性間の性的接触によって国内で感染する事例が増加している。こうした状況を踏まえ、今後とも、感染の予防及びまん延の防止を更に強力に進めていく必要があり、そのためには、国と地方公共団体及び地方公共団体相互の役割分担を明確にし、正しい知識の普及啓発及び教育並びに保健所等における検査・相談(カウンセリング)体制の充実を中心に、連携して重点的かつ計画的に取り組むことが最も重要であるとともに、国、地方公共団体、医療関係者、患者団体を含む非営利組織又は非政府組織(以下「NGO等」という。)、海外の国際機関等との連携を強化していくことが重要である。

 また、我が国の既存の施策は全般的なものであったため、特定の集団に対する感染の拡大の抑制に必ずしも結び付いてこなかった。こうした現状を踏まえ、国及び都道府県等は、個別施策層(感染の可能性が疫学的に懸念されながらも、感染に関する正しい知識の入手が困難であったり、偏見や差別が存在している社会的背景等から、適切な保健医療サービスを受けていないと考えられるために施策の実施において特別な配慮を必要とする人々をいう。以下同じ。)に対して、人権や社会的背景に最大限配慮したきめ細かく効果的な施策を追加的に実施することが重要である。個別施策層としては、現在の情報にかんがみれば、性に関する意思決定や行動選択に係る能力の形成過程にある青少年、言語的障壁や文化的障壁のある外国人及び性的指向の側面で配慮の必要な同性愛者が挙げられる。また、HIVは、性的接触を介して感染することから、性風俗産業の従事者及び利用者も個別施策層として対応する必要がある。なお、具体的な個別施策層については、状況の変化に応じて適切な見直しがなされるべきである。

 さらに、施策の実施に当たっては、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下「法」という。)の理念である感染症の予防と医療の提供を車の両輪のごとく位置付けるとともに、患者等(患者及び無症状病原体保有者(HIV感染者)をいう。以下同じ。)の人権を尊重し、偏見や差別を解消していくことが大切であるという考えを常に念頭に置きつつ、関係者が協力していくことが必要である。

 本指針は、このような認識の下に、後天性免疫不全症候群に応じた予防の総合的な推進を図るため、国、地方公共団体、医療関係者及びNGO等が連携して取り組んでいくべき課題について、正しい知識の普及啓発及び教育並びに保健所等における検査・相談体制の充実等による発生の予防及びまん延の防止、患者等に対する人権を尊重した良質かつ適切な医療の提供等の観点から新たな取組の方向性を示すことを目的とする。

 なお、本指針については、少なくとも五年ごとに再検討を加え、必要があると認めるときは、これを変更していくものである。


第一 原因の究明

一 エイズ発生動向調査の強化

 エイズ発生動向調査は、感染の予防及び良質かつ適切な医療の提供のための施策の推進に当たり、最も基本的な事項である。このため、国及び都道府県等は、患者等の人権及び個人の情報保護に配慮した上で、法に基づくエイズ発生動向調査の分析を引き続き強化するとともに、患者等への説明と同意の上で行われる、病状に変化を生じた事項に関する報告である任意報告による情報の分析も引き続き強化すべきである。
 また、都道府県等は、正しい知識の普及啓発等の施策を主体的かつ計画的に実施するため、患者等の人権及び個人情報の保護に配慮した上で、地域における発生動向を正確に把握することが重要である。

二 個別施策層に対する施策の実施

 国は、個別施策層に対しては、人権及び個人情報の保護に配慮した上で、追加的に言語、文化、知識、心理、態度、行動、感染率、社会的背景等を含めた疫学的調査研究及び社会科学的調査研究を、当事者の理解と協力を得て行うことが必要である。さらに、これらの調査研究の結果については、公開等を行っていくとともに、迅速に国の施策に反映させることが重要である。
 また、都道府県等においても、地域の実情に応じて、個別施策層に対し、人権及び個人情報の保護に配慮した上で、追加的に調査研究を実施することが望ましい。

三 国際的な発生動向の把握

 国際交流が活発化し、多くの日本人が海外に長期又は短期間滞在しているとともに、日本国内に多くの外国人が居住するようになった状況にかんがみ、海外における発生動向も把握し、我が国への影響を事前に推定することが重要である。

 


第二 発生の予防及びまん延の防止

一 基本的考え方及び取組

  1.  後天性免疫不全症候群は、性感染症と同様に、個人個人の注意深い行動により、その予防が可能な疾患であり、国及び都道府県等は、現在における最大の感染経路が性的接触であることを踏まえ、①正しい知識の普及啓発及び②保健所等における検査・相談体制の充実を中心とした予防対策を、重点的かつ計画的に進めていくことが重要である。また、保健所をこれらの対策の中核として位置付けるとともに、所管地域における発生動向を正確に把握できるようその機能を強化することが重要である。
  2.  普及啓発においては特に、科学的根拠に基づく正しい知識に加え、保健所等における検査・相談の利用に係る情報、医療機関を受診する上で必要な情報等を周知することが重要である。
     また、普及啓発は、近年の発生動向を踏まえ、対象者の実情に応じて正確な情報と知識を、分かりやすい内容と効果的な媒体により提供することを通じて、個人個人の行動がHIVに感染する危険性の低い又は無いものに変化すること(以下「行動変容」という。)を促すことを意図して行われる必要がある。
  3.  検査・相談体制の充実については、感染者が早期に検査を受診し、適切な相談及び医療機関への紹介を受けることは、感染症の予防及びまん延の防止のみならず、感染者個々人の発症又は重症化を防止する観点から極めて重要である。
  4.  このため、国及び都道府県等は、保健所等における検査・相談体制の充実を基本とし、検査・相談の機会を、個人個人に対して行動変容を促す機会と位置付け、利用者の立場に立った取
    組を講じていくことが重要である。

二 性感染症対策との連携

 現状では、最大の感染経路が性的接触であること、性感染症のり 罹患とHIV感染の関係が深いこと等から、予防及び医療の両面において、性感染症対策とHIV感染対策との連携を図ることが重要である。したがって、性感染症に関する特定感染症予防指針(平成十二年厚生省告示第十五号)に基づき行われる施策とHIV感染対策とを連携して、対策を進めていくことが必要である。具体的には、性感染症の感染予防対策として、コンドームの適切な使用を含めた性感染症の予防のための正しい知識の普及啓発等が挙げられる。

三 その他の感染経路対策

 静注薬物の使用、輸血、母子感染、医療現場における事故による偶発的な感染といった性的接触以外の感染経路については、厚生労働省は、引き続き、関係機関(保健所等に加え、国立国際医療センターエイズ治療・研究開発センター(以下「ACC」という。)、エイズ治療拠点病院等)と連携し、予防措置を強化することが重要である。

四 検査・相談体制の充実

  1.  国及び都道府県等は、基本的な考え方を踏まえ、保健所における無料の匿名による検査・相談体制の充実を重点的かつ計画的に進めていくことが重要である。
  2.  具体的には、都道府県等は、個人情報の保護に配慮しつつ、地域の実情に応じて、利便性の高い場所と時間帯に配慮した検査や迅速検査を実施するとともに、検査・相談を受けられる場所と時間帯等の周知を行うなど、利用の機会の拡大に努めることが重要である。
     また、国は、都道府県等の取組を支援するため、検査・相談の実施方法に係る指針や手引き等(以下「指針等」という。)を作成等するとともに、各種イベント等集客が多く見込まれる機会を利用すること等により、検査・相談の利用に係る情報の周知を図ることが重要である。
  3.  また、検査受診者のうち希望する者に対しては、検査の前に相談の機会を設け、必要かつ十分な情報に基づく意思決定の上で検査が行われることが必要である。
     さらに、検査の結果、陽性であった者には、適切な相談及び医療機関への紹介による早期治療・発症予防の機会を提供することが極めて重要である。一方、陰性であった者についても、行動変容を促す機会として積極的に対応することが望ましい。


五 個別施策層に対する施策の実施

 国及び都道府県等は、引き続き、個別施策層(特に、青少年及び同性愛者)に対して、人権や社会的背景に最大限配慮したきめ細かく効果的な施策を追加的に実施することが重要である。
 特に、都道府県等は、患者等や個別施策層に属する者に対しては、対象者の実情に応じて、検査・相談の利用の機会に関する情報提供に努めるなど検査を受けやすくするための特段の配慮が重要である。また、心理的背景や社会的背景にも十分に配慮した相談が必要であり、専門の研修を受けた者によるもののみならず、ピア・カウンセリング(患者等や個別施策層の当事者による相互相談をいう。以下同じ。)を活用することが有効である。

六 保健医療相談体制の充実

 国及び都道府県等は、HIV感染の予防や医療の提供に関する相談窓口を維持するとともに、性感染症に関する相談、妊娠時の相談といった様々な保健医療相談サービスとの連携を強化する必要がある。特に、個別の施策が必要である地域においては、相談窓口を増設することが必要である。また、相談の質的な向上等を図るため、必要に応じて、その地域の患者等やNGO等との連携を検討すべきである。



第三 医療の提供

一 総合的な医療提供体制の確保

  1.  国及び都道府県は、患者等に対する医療及び施策が更に充実するよう、国のHIV治療の中核的医療機関であるACC、地方ブロック拠点病院及びエイズ治療拠点病院の機能を引き続き強化するとともに、新たに中核拠点病院制度を創設し、エイズ治療拠点病院の中から都道府県ごとに原則として一か所指定し、中核拠点病院を中心に、都道府県内における総合的な医療提供体制の構築を重点的かつ計画的に進めることが重要である。
     具体的には、ACCの支援を原則として受ける地方ブロック拠点病院が中核拠点病院を、中核拠点病院がエイズ治療拠点病院を支援するという、各種拠点病院の役割を明確にし、中核拠点病院等を中心に、地域における医療水準の向上及びその地域格差の是正を図るとともに、一般の医療機関においても診療機能に応じた良質かつ適切な医療が受けられるような基盤作りが重要である。
  2.  また、高度化したHIV治療を支えるためには、専門医等の医療従事者が連携して診療に携わることが重要であり、国は、外来診療におけるチーム医療、ケアの在り方についての指針等を作成し、良質かつ適切な医療の確保を図ることが重要である。
     また、都道府県等は、患者等に対する歯科診療の確保について、地域の実情に応じて、各種拠点病院と診療に協力する歯科診療所との連携を進めることが重要である。さらに、今後は、専門的医療と地元地域での保健医療サービス及び福祉サービスとの連携等が必要であり、これらの「各種保健医療サービス及び福祉サービスとの連携を確保するための機能」(コーディネーション)を強化していくべきである。
  3.  十分な説明と同意に基づく医療の推進
    治療効果を高めるとともに、感染の拡大を抑制するためには、医療従事者は患者等に対し、十分な説明を行い、理解を得るよう努めることが不可欠である。具体的には、医療従事者は医療を提供するに当たり、適切な療養指導を含む十分な説明を行い、患者等の理解が得られるよう継続的に努めることが重要である。説明の際には、患者等の理解を助けるため、分かりやすい説明資料を用意すること等が望ましい。また、患者等が主治医以外の医師の意見を聞き、自らの意思決定に役立てることも評価される。
  4.  主要な合併症及び併発症への対応の強化
     HIV治療そのものの進展に伴い、結核、悪性しゅよう腫瘍等の合併症や肝炎等の併発症を有する患者への治療も重要であることから、国は、引き続きこれらの治療に関する研究を行い、その成果の公開等を行っていくことが重要である。
  5.  情報ネットワークの整備
     患者等や医療関係者が、治療方法や主要な合併症及び併発症の早期発見方法等の情報を容易に入手できるように、インターネットやファクシミリにより医療情報を提供できる体制を整備することが重要である。また、診療機関の医療水準を向上させるために、個人情報の保護に万全を期した上で、HIV診療支援ネットワークシステム(A―net)等の情報網の普及や患者等本人の同意を前提として行われる診療の相互支援の促進を図ることが重要である。さらに、医療機関や医療従事者が相互に交流することは、医療機関、診療科、職種等を超えた連携を図り、ひいては、患者等の医療上の必要性を的確に把握すること等につながり有効であるため、これらの活動を推進することが望ましい。
  6.  在宅療養支援体制の整備
     患者等の療養期間が長期化したことや患者等の主体的な療養環境の選択を尊重するため、在宅の患者等を積極的に支える体制を整備していくことが重要である。このため、国及び地方公共団体は、具体的な症例に照らしつつ、患者等の在宅サービスの向上に配慮していくよう努めることが重要である。
  7.  治療薬剤の円滑な供給確保
     国は、患者等が安心して医療を受けることができるよう、治療薬剤の円滑な供給を確保することが重要である。そのため、国内において薬事法(昭和三十五年法律第百四十五号)で承認されているがHIV感染又はその随伴症状に対する効能又は効果が認められていない薬剤の中で効果が期待される薬剤の医療上必要な適応拡大を行うとともに、海外で承認された治療薬剤がいち早く国内においても使用できるようにする等の措置を講じ、海外との格差を是正していくことが重要である。

二 人材の育成及び活用

 良質かつ適切な医療の提供のためには、HIVに関する教育及び研修を受けた人材が、効率的に活用されることが重要であるとともに、人材の育成による治療水準の向上も重要であり、国及び都道府県は、引き続き、医療従事者に対する研修を実施するとともに、中核拠点病院のエイズ治療の質の向上を図るため、地方ブロック拠点病院等による出張研修等により支援することが重要である。

三 個別施策層に対する施策の実施

 個別施策層に対して良質かつ適切な医療を提供するためには、その特性を踏まえた対応が必要であり、医療関係者への研修、対応手引書の作成等の機会に個別的な対応を考えていくこと等が重要である。
 例えば、個別施策層が良質かつ適切な医療を受けられることは、感染の拡大の抑制にも重要である。このため、都道府県は、地域の実情に応じて、各種拠点病院等において検査やHIV治療に関する相談(情報提供を含む。)の機会の増加を図るべきであり、特に外国人に対する医療への対応にあたっては通訳等の確保による多言語での対応の充実等が必要である。


四 日常生活を支援するための保健医療サービスと福祉サービスの連携強化

 患者等の療養期間の長期化に伴い、障害を持ちながら生活する者が多くなったことにかんがみ、保健医療サービスと障害者施策等の福祉サービスとの連携を強化することが重要である。具体的には、専門知識に基づく医療社会福祉相談(医療ソーシャルワーク)等のほか、ピア・カウンセリングを積極的に活用することが重要である。また、患者及びその家族等の日常生活を支援するという観点から、その地域のNGO等との連携体制、社会資源の活用等についての情報を周知する必要がある。


第四 研究開発の推進

一 研究の充実

 患者等への良質かつ適切な医療の提供等を充実していくためには、国及び都道府県等において、研究結果が感染の拡大の抑制やより良質かつ適切な医療の提供につながるような研究を行っていくべきである。特に、各種治療指針等の作成等のための研究は、国において優先的に考慮されるべきであり、当該研究を行う際には、感染症の医学的側面や自然科学的側面のみならず、社会的側面や政策的側面にも配慮することが望ましい。

二 特効薬等の研究開発

 国は、特効薬、ワクチン、診断法及び検査法の開発に向けた研究を強化するとともに、研究目標については戦略的に設定することが重要である。この場合、研究の科学的基盤を充実させることが前提であり、そのためにも、関係各方面の若手研究者の参入を促すことが重要である。

三 研究結果の評価及び公開

 国は、研究の充実を図るため、研究の結果を的確に評価するとともに、各種指針等を含む調査研究の結果については、研究の性質に応じ、公開等を行っていくことが重要である。

 


第五 国際的な連携

一 諸外国との情報交換の推進

 政府間、研究者間及びNGO等間の情報交換の機会を拡大し、感染の予防、治療法の開発、患者等の置かれた社会的状況等に関する国際的な情報交流を推進し、我が国のHIV対策にいかしていくことが重要である。

二 国際的な感染拡大の抑制への貢献

 国は、国連合同エイズ計画(UNAIDS)への支援、我が国独自の二国間保健医療協力分野における取組の強化等の国際貢献を推進すべきである。

三 国内施策のためのアジア諸国等への協力

 厚生労働省は、有効な国内施策を講ずるためにも、諸外国における情報を、外務省等と連携しつつ収集するとともに、諸外国における感染の拡大の抑制や患者等に対する適切な医療の提供が重要であることから、我が国と人的交流が盛んなアジア諸国等に対し積極的な国際協力を進める上で、外務省等との連携が重要である。

 


第六 人権の尊重

一 人権の擁護及び個人情報の保護

 保健所、医療機関、医療保険事務担当部門、障害者施策担当部門等においては、人権の尊重及び個人情報の保護を徹底することが重要であり、所要の研修を実施すべきである。また、人権や個人情報の侵害に対する相談方法や相談窓口に関する情報を提供することも必要である。なお、相談に当たっては、専用の相談室を整備する等の個人情報を保護する措置が必要である。さらに、報道機関には、患者等の人権擁護や個人情報保護の観点に立った報道姿勢が期待される。

二 偏見や差別の撤廃への努力

 患者等の就学や就労を始めとする社会参加を促進することは、患者等の個人の人権の尊重及び福利の向上だけでなく、社会全体の感染に関する正しい知識や患者等に対する理解を深めることになる。また、個人や社会全体において、知識や理解が深まることは、個人個人の行動に変化をもたらし、感染の予防及びまん延の防止に寄与することにもつながる。このため、厚生労働省は、文部科学省、法務省等の関連省庁や地方公共団体とともに、「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」(平成十二年法律第百四十七号)第七条に基づく人権教育・啓発に関する基本計画を踏まえた人権教育・啓発事業と連携し、患者等や個別施策層に対する偏見や差別の撤廃のための正しい知識の普及啓発を行うとともに、偏見や差別の撤廃に向けての具体的資料を作成することが重要である。特に、学校や職場における偏見や差別の発生を未然に防止するためには、学校や企業に対して、事例研究や相談窓口等に関する情報を提供することが必要である。

三 個人を尊重した十分な説明と同意に基づく保健医療サービスの提供

 HIV感染の特性にかんがみ、検査、診療、相談、調査等の保健医療サービスのすべてにおいて、利用者及び患者等に説明と同意に基づく保健医療サービスが提供されることが重要であり、そのためにも、希望する者に対しては容易に相談の機会が得られるようにしていくことが重要である。

 


第七 普及啓発及び教育

一 基本的考え方及び取組

  1.  普及啓発及び教育については、近年の発生動向等を踏まえた上で、個人個人の行動変容を促
    すことが必要であり、感染の危険性にさらされている者のみならず、それらを取り巻く家庭、地域、学校及び職場等へ向けた普及啓発及び教育についても取り組み、行動変容を起こしやすくするような環境を醸成していくことが必要である。
  2.  また、普及啓発及び教育を行う方法については、国民一般を対象にHIV・エイズに係る情
    報や正しい知識を提供するものと、個別施策層等の対象となる層を設定し行動変容を促すものとがあり、後者については、対象者の年齢、行動段階等の実情に応じた内容とする必要があることから、住民に身近な地方公共団体が中心となって進めていくことが重要である。
  3.  国及び地方公共団体は、感染の危険性にさらされている者のみならず、我が国に在住するす
    べての人々に対して、感染に関する正しい知識を普及できるように、学校教育及び社会教育との連携を強化して、対象者に応じた効果的な教育資材を開発する等により、具体的な普及啓発活動を行うことが重要である。また、患者等やNGO等が実施する性行動等における感染予防のための普及啓発事業が円滑に行われるように支援することが重要である。

二 患者等及び個別施策層に対する普及啓発の強化

 国及び地方公共団体は、患者等及び個別施策層に対する普及啓発及び教育を行うに当たっては、感染の機会にさらされる可能性を低減させるために、各個別施策層の社会的背景に即した具体的な情報提供を積極的に行う必要がある。このため、個別施策層に適した普及啓発用資材等を患者等とNGO等の共同で開発し、普及啓発事業を支援することが必要である。特に、地方公共団体は、地方の実情に応じた効果的な普及啓発事業の定着を図るとともに、教育委員会、医療関係者、企業、NGO等との連携を可能とする職員等の育成についても取り組むことが重要である。

三 医療従事者等に対する教育

 研修会等により、広く医療従事者等に対して、最新の医学や医療の教育のみならず、患者等の心理や社会的状況を理解するための教育、患者等の個人情報の保護を含む情報管理に関する教育等を行っていくことが重要である。

四 関係機関との連携の強化

 厚生労働省は、具体的な普及啓発事業を展開していく上で、文部科学省及び法務省と連携して、教育及び啓発体制を確立することが重要である。また、報道機関等を通じた積極的な広報活動を推進するとともに、保健所等の窓口に外国語で説明した冊子を備えておく等の取組を行い、旅行者や外国人への情報提供を充実させることが重要である。

 


第八 施策の評価及び関係機関との新たな連携

一 施策の評価

 厚生労働省は、関係省庁間連絡会議の場等を活用し、関係省庁及び地方公共団体が講じている施策の実施状況等について定期的に報告、調整等を行うこと等により、総合的なエイズ対策を実施するべく、関係省庁の連携をより一層進める必要がある。
 また、都道府県等は、感染症予防計画等の策定又は見直しを行う際には、重点的かつ計画的に進めるべき①正しい知識の普及啓発、②保健所等における検査・相談体制の充実及び③医療提供体制の確保等に関し、地域の実情に応じて施策の目標等を設定し、実施状況等を評価することが重要である。施策の目標等の設定に当たっては、基本的には、定量的な指標に基づくことが望まれるところであるが、地域の実情及び施策の性質等に応じて、定性的な目標を設定することも考えられる。
 なお、国は、国や都道府県等が実施する施策の実施状況等をモニタリングし、進捗状況を定期的に情報提供し、必要な検討を行うとともに、感染者・患者の数が全国水準より高いなどの地域に対しては、所要の技術的助言等を行うことが求められる。また、患者等、医療関係者、NGO等の関係者と定期的に意見を交換すべきである。

二 NGO等との連携

 個別施策層を対象とする各種施策を実施する際には、NGO等と連携することが効果的である。また、NGO等の情報を、地方公共団体に提供できる体制を整備することが望まれる。