ヒト免疫不全ウイルス感染症に係る障害認定について


平成一〇年二月四日
庁保険発第一号

各都道府県民生主管部(局)保険・国民年金主管課(部)長あて社会保険庁運営部企画・年金管理・年金指導課長連名通知

 先般、ヒト免疫不全ウイルス感染者に対する恒久対策の検討を契機として「障害認定に関する検討会」が設置され、障害認定が適正かつ円滑に行われるよう、専門的見地から、障害認定の明確化について検討を行ってきたが、今般、同検討会の検討結果が別添のとおり報告書として取りまとめられたことから、今後のヒト免疫不全ウイルス感染症に係る障害認定における留意事項について以下のとおり取りまとめたので通知する。

 ヒト免疫不全ウイルス感染症とその続発症による疾病及び障害については、これまでも国民年金・厚生年金保険障害認定基準(昭和六一年三月三一日庁保発第一五号通知。以下「障害認定基準」という。)第三第一章第一八節「その他の障害」により認定を行ってきたところである。しかしながら、ヒト免疫不全ウイルス感染症は、長期にわたり免疫機能が損なわれることにより多種多様な日和見感染症が続発するという従来の疾病とは全く異なる特性を持っていること、また、ヒト免疫不全ウイルス感染症とその続発症に対する治療は日進月歩であることから、合理的手法により、ヒト免疫不全ウイルス感染症及びその続発症の病態に即した的確な認定を行う必要がある。

 このため、ヒト免疫不全ウイルス感染症に係る障害認定については、同検討会設置の経緯及び同報告書の趣旨を踏まえ、左記の留意事項に従い的確に行われたい。

 なお、左記の留意事項を含め、ヒト免疫不全ウイルス感染症に係る障害認定に関し疑義が生じた場合は、速やかに企画・年金管理課あて照会されたい。

  1. ヒト免疫不全ウイルス感染症による障害の範囲について
    ヒト免疫不全ウイルス感染症による障害認定の対象となる障害は、次のとおりであること。
    (1) ヒト免疫不全ウイルス感染症とその続発症による労働及び日常生活上の障害
    (2) 副作用等治療の結果として起こる労働及び日常生活上の障害

  2. 障害認定のあり方について
    続発症(ヒト免疫不全ウイルス消耗症候群、日和見感染症等)の有無及びその程度及びCD四値*1等の免疫機能の低下の状態を含む検査所見、治療及び症状の経過を十分考慮し、労働及び日常生活上の障害を総合的に認定すること。
    *1:CD四値:血液中に含まれるリンパ球の一種で、免疫全体を
    つかさどる機能を持つリンパ球数のこと。

  3. 障害の程度について
    (1) ヒト免疫不全ウイルス感染症による障害の程度は、基本的には障害認定基準第三第一章第一八節の認定基準に掲げられている障害の状態とすること。
    なお、各等級に相当すると認められるものを一部例示すると次のとおりであること。
    一級:回復困難なヒト免疫不全ウイルス感染症及びその合併症の結果、生活が室内に制限されるか日常生活に全面的な介助を要するもの
    二級:エイズの指標疾患や免疫不全に起因する疾患又は症状が発生するか、その既往が存在する結果、治療又は再発防止療法が必要で、日常生活が著しく制限されるもの
    三級:エイズ指標疾患*2の有無にかかわらず、口腔カンジダ症等の免疫機能低下に関連した症状が持続するか繰り返す結果、治療又は再発防止療法が必要で、労働が制限されるもの
    *2:エイズ指標疾患:サーベイランスのためのAIDS診断基準における特徴的症状に該当する疾患

    (2) 病状の程度については、一般状態が次表の一般状態区分表の4に該当するものは一級に、同表の2又は3に該当するものは二級に、同表の1又は2に該当するものは三級に概ね相当するので、認定の参考とすること。

    一般状態区分表

    区分
    一般状態
    0
    無症状で社会活動ができ、制限を受けることなく、発病前と同等にふるまえる。
    1
    軽度の症状があり、肉体労働は制限を受けるが、歩行、軽労働や坐業はできる。例えば、軽い家事、事務など。
    2
    歩行や身のまわりのことはできるが、時に少し介助のいることもある。軽労働はできないが、日中の五〇%以上は起居している。
    3
    身のまわりのある程度のことはできるが、しばしば介助がいり、日中の五〇%以上は就床している。
    4
    身のまわりのこともできず、常に介助がいり、終日就床を必要としている。

    (3) 一級及び二級においては労働能力の喪失等の状態、また、三級においては日常生活上の障害の状態についても把握し、的確に評価すること。

  4. 検査所見及び臨床所見について
    検査所見及び臨床所見については、ヒト免疫不全ウイルス感染症の特性を踏まえ、以下の項目に留意し、認定を行うこと。
    ・疲労感、倦怠感、不明熱、体重減少、消化器症状の程度、出現頻度、持続時間
    ・日和見感染症、悪性腫瘍の種類、重症度、既往、出現頻度
    ・CD四値、ヒト免疫不全ウイルス―RNA定量値、白血球数、ヘモグロビン量、血小板数の状況
    ・治療の状況(治療薬剤、服薬状況、副作用の状況)

    なお、現時点におけるエイズ治療の水準にかんがみ、CD四値が二〇〇未満の状態では、多くの感染者において強い疲労感、倦怠感が認められており、また、この段階では、多数の日和見感染症等の発症の可能性が高まるために、抗エイズ薬等の多剤併用療法が実施され、重篤な副作用を生じる結果、労働および日常生活が著しく制限される場合が多いことにも留意すること。

  5. 複数の外部障害、精神の障害等が存在する場合の認定について
    ヒト免疫不全ウイルス感染症及びその続発症によるか、又はヒト免疫不全ウイルス感染症に対する治療の結果によるかの原因の如何を問わず、視機能障害、四肢麻痺、精神・神経障害等の不可逆的な障害は、原疾患との併合認定により認定すること。

  6. 個人情報の保護
    ヒト免疫不全ウイルス感染者の障害年金に係る事務をとり行うに際しては、申請者の病名、病状等の個人情報の保護について改めて留意すること。

    また、ヒト免疫不全ウイルス感染者にあっては、諸般の事情により病名を明らかにできない場合もあることから、認定に際しては、ヒト免疫不全ウイルス感染症との記載がない場合であっても、何らかの形でヒト免疫不全ウイルス感染症であると認められる場合には、ヒト免疫不全ウイルス感染症として取扱い、本通知に記した留意事項を踏まえ、認定すること。


別添


障害認定に関する検討会報告書

平成九年一二月二五日

 本検討会は、ヒト免疫不全ウイルス感染者に対する恒久的対策の検討を契機として設置されたものである。その目的は、ヒト免疫不全ウイルス感染症の障害の現状を踏まえ、障害認定が適正かつ円滑に行われるよう、ヒト免疫不全ウイルス感染症に係る障害認定の明確化を図るために、専門的な見地から検討を行うことにある。

 平成九年五月から八回にわたる検討の結果、ヒト免疫不全ウイルス感染症に係る障害認定の明確化について以下のようにまとめたので報告する。

  1. ヒト免疫不全ウイルス感染症に係る障害認定の現状
    厚生年金、国民年金における障害年金は、障害及び疾病を原因とした身体の機能の障害又は長期に安静を必要とする病状が、労働能力の喪失、減失等や日常生活に著しい制限を加えることを必要とする場合などに支給されるものである。

    障害の認定については、等級認定の判断にばらつきがないよう、具体的例示の形による指標としての「障害認定基準」に従って行われている。ヒト免疫不全ウイルス感染症とその続発症による疾病及び障害については、基本的に内部障害の一つとして障害認定が行われている。
    具体的には、障害認定基準第一八節「その他の障害」で、難病等の基準に準拠し、労働及び日常生活の障害の程度を中心に認定審査を行い、種々の続発症については、その症状、障害の程度により、併合認定、総合認定が行われている。

  2. 障害認定の明確化についての基本的な考え方
    ヒト免疫不全ウイルス感染症とその一連の続発症は、反復する日和見感染症等の種々の疾病の集合体である。これらの一連の疾病群は、長期にわたり免疫機能が損なわれることにより生じるものであり、従来の疾病とは全く異なった特性を持っている。また、カリニ肺炎等の続発症は治療により、その都度、症状の改善が見られるものの、CMV(サイトメガロウイルス)網膜炎による失明等不可逆の障害が発生することもある。さらに、重症感染症が出現すれば、死に至ることもある。

    こうした多種多様な日和見感染症が続発するヒト免疫不全ウイルス感染症の特性を踏まえると、適正かつ円滑な認定を行うには、ヒト免疫不全ウイルス感染症とその続発症による疾病及び障害について、認定に際しての考え方の整理を図る必要があると考えられる。

    ヒト免疫不全ウイルス感染症について障害認定の明確化を行う際には、当然ながら、申請者の心身の障害を客観的に医学的に評価し、認定を行うという前述の障害年金の考え方を踏まえる必要がある。

    また、障害認定の現状については、現在、以下の事項について問題点が指摘されており、それらに対する認定上の配慮が求められていることを考慮する必要がある。

    なお、本検討会における議論の過程で、ヒト免疫不全ウイルス感染者は、差別、偏見により社会生活上の困難さに直面しているとの指摘が相次いだ。こうした抽象的損失についての扱いについても検討したが、社会保険である年金制度による保障の対象となり得ないことから、ヒト免疫不全ウイルス感染者がおかれている現状を踏まえ、その他の施策において一層の差別、偏見の解消に努めることで、これらを原因とする労働能力の喪失や日常生活上の制限が生じないことを望むものである。

    (1) 外部障害と内部障害の障害程度評価の問題
    元来、障害年金は四肢の喪失、麻痺等という障害の程度が固定的、不可逆的なものを対象として、具体的な基準を定め、障害年金の認定、給付を行うところから始まっている。これらの固定した障害に対し、固定した等級が付与されるものを外部障害と称している。一方、結核、心臓疾患、腎臓疾患等の障害程度が変動する障害についても、内部障害として障害年金の支給対象として徐々に取り込まれてきた経緯がある。これらの障害については、障害程度の変化に応じ、障害等級の上げ下げ、停止などの形で対応している。

    このように、現在の障害認定においては、外部障害と内部障害の障害の態様の違いを踏まえた認定が行なわれているが、これらの特性から、認定において必ずしも一律の基準を設けることが適切ではないとの指摘がある。

    また、労働能力の喪失や日常生活上の制限を生じる障害の程度の評価についても、両者の違いを必ずしも十分に反映した認定が行われていないとの指摘もある。

    (2) 内部障害の疾病別の障害程度の格差の存在
    内部障害の疾病別の障害の評価においても、心臓疾患等のように、障害等級の評価において外部障害とほぼ同等な評価を行ないうる障害も存在する。また、膠原病や糖尿病のように、症状や障害が多彩である場合は、労働及び日常生活上の障害について、等級認定が困難な場合もあるとの指摘がある。さらに、肝障害や血液の疾患などについては、病状が検査数値により評価しやすいことから、障害の程度の評価に際して検査数値が偏重されやすい傾向があり、認定に際しては、その点を留意して認定を行うべきであるとの指摘もある。

    (3) 身体障害者福祉法における障害認定との違い
    身体障害者福祉法による障害者認定は、身体障害者の自立への努力と社会参加への機会の確保を目的として、種々の分野からのサービスの供与、支援が受けられる者を特定するために行われているものである。その認定に際しては、サービスの供与や支援が円滑に行われるように障害の認定が行われており、補装具を装着しない状態や障害の永続性を踏まえて認定するなど、障害年金のように定期的な障害の程度の評価を行っていない。

    一方、障害年金の等級認定では、治療の効果や補装具の装着後の労働及び日常生活程度の障害の現状を評価し、障害の程度の変化に応じて、障害等級の上げ下げ、停止等が行われている。そのため、同一の障害に対し、両制度においては異なった評価、等級付けが行われているのが現状である。

  3. ヒト免疫不全ウイルス感染症に係る障害認定の明確化
    前述のことを踏まえると、現行と同様、第一八節により障害認定を行うこととすることが望ましく、ヒト免疫不全ウイルス感染症の障害の認定に際しての留意すべき事項は以下のとおりであると考えられる。

    また、ヒト免疫不全ウイルス感染症及びその続発症に対する治療は日進月歩であり、それらの成果を直ちに反映できるような合理的な認定手法により、ヒト免疫不全ウイルス感染症及びその続発症の病態に即した的確な認定が行われる必要がある。

    (1) ヒト免疫不全ウイルス感染症による障害について
    ヒト免疫不全ウイルス感染症に対する治療は、多剤併用療法によるウイルス複製(増殖)の抑制と日和見感染症等の続発症を予防することに重点が置かれ、個人差はあるが、薬剤等の副作用による労働及び日常生活の障害が出現しているのが現状である。また現在使用可能な治療薬は、いずれも通常の薬物治療と比べて、著しく副作用を伴うが、病状の進行を押さえるためには治療の継続が不可避である。

    このため、ヒト免疫不全ウイルス感染症による障害として障害認定の対象となる障害は、ヒト免疫不全ウイルス感染症とその続発症による労働及び日常生活上の障害と、副作用等を含む治療の結果として起こる労働及び日常生活上の障害とが含まれるものと考えられる。

    (2) 障害認定の在り方について
    免疫機能障害というヒト免疫不全ウイルス感染症の本質から、出現する疾病や障害が多彩であり、障害の評価に際しては、全身倦怠感等の症状と治療による副作用とを区別して考えることが困難である。

    したがって、認定に際して、従来のような臨床所見と検査所見を組合せた一律的な基準を設けることは困難であり、続発症(ヒト免疫不全ウイルス消耗症候群、日和見感染症等)の有無及びその程度、CD四値等の免疫機能の低下の状態を含む検査所見、副作用等を含む治療及び症状の経過等を十分考慮し、労働及び日常生活上の障害を総合的に認定することが望ましい。

    (3) 障害の程度の評価について
    ヒト免疫不全ウイルス感染症による障害の程度は、基本的には第一八節の認定基準に掲げられている障害の状態を考慮することが適当であると考えられる。なお、各等級に該当する障害の状態について、例示をすると次のようになると考えられる。

    一級:回復困難なヒト免疫不全ウイルス感染症及びその合併症の結果、生活が室内に制限されるか日常生活に全面的な介助を要するもの
    二級:エイズの指標疾患や免疫不全に起因する疾患又は症状が発生するか、その既往が存在する結果、治療又は再発防止療法が必要で、日常生活が著しく制限されるもの
    三級:エイズ指標疾患の有無にかかわらず、口腔カンジダ症等の免疫機能低下に関連した症状が持続するか繰り返す結果、治療又は再発防止療法が必要で日常生活や労働が制限されるもの

    また、病状の程度については、一般状態の区分の考え方をヒト免疫不全ウイルス感染症についても当てはめ、日常生活、就労等の実態を把握し、認定の参考とすることが望ましい。

    (4) 検査所見及び臨床所見について
    免疫機能障害に加え、ヒト免疫不全ウイルス感染症が長期にわたる継続的治療を必要とする慢性感染症であることから、この疾病は、多様な続発症、治療による重篤な副作用、服薬管理の困難さ等が存在するという特徴がある。

    したがって、従来の認定基準の考え方である検査数値による区分けと臨床症状の組み合わせでは、抗エイズ薬の併用療法によりエイズ発病が抑制されているものの、薬剤の副作用により労働及び日常生活上の障害を生じている者や、CD四値等の検査値が数値基準ぎりぎりである者等を認定することが困難となる。

    このため、数値所見による割切りによる評価ではなく、労働及び日常生活上の障害の評価を中心とした総合的な認定が必要であると考えられる。

    また、臨床所見及び検査所見については以下の項目に留意し、認定を行うことが望ましい。特にCD四値は、ヒト免疫不全ウイルス感染症の状況を的確に反映した重要な指標であるが、エイズ治療の進歩に応じ、その取扱いに留意する必要がある。

    なお、現時点におけるエイズ治療の水準にかんがみれば、CD四値が二〇〇未満となった段階では、多くの感染者において強い疲労感、倦怠感が認められており、また、この時点で多数の日和見感染症等の発症の可能性が高まるために、抗エイズ薬等の多剤併用療法が実施され、重篤な副作用を生じる結果、労働および日常生活が著しく制限される場合が多いことに留意する必要がある。

    ・疲労感、倦怠感、不明熱、体重減少、消化器症状の程度、出現頻度、持続時間
    ・日和見感染症、悪性腫瘍の種類、重症度、既往、出現頻度
    ・CD四値、ヒト免疫不全ウイルス―RNA定量値、白血球数、ヘモグロビン量、血小板数の状況
    ・治療の状況(治療薬剤、服薬状況、副作用の状況)

    (5) 複数の不可逆的障害(外部障害、精神の障害)の存在する場合の認定について
    ヒト免疫不全ウイルス感染症及びその続発症による障害は、治療による副作用も含め、広範な範囲の障害を起こす可能性があるが、ヒト免疫不全ウイルス感染症とその続発症によるか、又はヒト免疫不全ウイルス感染症に対する治療の結果によるかの原因の如何を問わず、視機能障害、四肢麻痺、精神・神経障害等の不可逆的な障害は、原疾患との併合認定により認定することが望ましい。

    (6) 個人情報の保護
    これまでも障害年金の事務手続きにおいて、申請者の病名、病状等の個人情報については、その保護に努めてきたと理解するが、現在の社会的状況を踏まえると、個人情報の保護について、今後とも一層留意することが必要である。

    また、各般の事情により、申請書類等に具体的病名が記載されない場合もありうるので、認定に際しては、病名の記載がない場合であっても何らかの形でヒト免疫不全ウイルス感染症であることが認められる場合には、ヒト免疫不全ウイルス感染症として取扱うことが望ましい。