エイズ対策に関する提言

――――エイズについての緊急アピール――――
平成4年10月20日
公衆衛生審議会
伝染病予防部会
エイズ対策委員会
はじめに
 我が国のエイズの現状は、最近のエイズサーベイランス委員会の報告によると患者・感染者が昨年の2倍以上のペースで急増しており、感染も全国的な広がりをみせている。また、感染経路についても異性間の性的接触による感染が主流となり、エイズは、感染予防のための行動をとらない場合には誰でもかかり得る病気であるということを国民一人一人が認識することが必要になってきている。今まさに、大規模なエイズ対策を展開しないことには、近い将来の感染爆発は避けられない事態となっており、また、諸外国の例から見ても感染爆発が起きる前に対策を講じないと将来的に大きな負担を残すことになる。
 しかも、エイズ問題は単なる医学的な問題ではなく、国内的には様々な社会・経済問題と密接に関連しており、また、今日のように国際的な人の交流が増している状況にあっては、ひとり我が国だけの問題ではなく国際的な視野で取り組むべき問題である。こうした状況を反映して、国民のエイズに対する関心は著しく高まっており、様々なところでエイズへの取り組みが芽生えつつある。同時に、国のエイズ対策への国民の期待も大きい。
 本委員会としては、こうした状況を踏まえ、エイズ対策をさらに強化するとともに、国民の間のエイズへの取り組みを推進するため、これまでの半年にわたる議論の成果の中から重点的に取り組むべき事柄を選んで意見をとりまとめたので報告する。
エイズ対策に関する提言
(1) 総合的エイズ対策の充実
 エイズ予防の基本は、正しい知識を持つこととそれを実践することである。そのためには多様な受け手に応じた啓発を行う必要がある。また、いつでも検査や相談が受けられる体制や身近な医療機関で安心して医療を受けられるようなしくみが必要である。さらに、研究開発や国際協力の推進など、エイズ対策として取り組むべき内容は多岐にわたっている。これらはいずれも重要な問題であり、こうした多様な課題に対応していくためには、エイズ対策を質、量ともに拡充するとともに、集中的に展開していくことが期待されている。
(2) 啓発活動の推進について
 根治的な治療薬やワクチンの開発が当面期待できない現在、エイズの蔓延を予防する最善のような啓発普及活動を推進していくことである。特に、こうした啓発普及活動は取り組みが早いほど効果も大きいことから、緊急に拡充する必要がある。
 具体的には、まず、エイズの感染の予防、すなわち、感染しない、あるいは、感染させないである。特に、エイズは性行為感染症としての性格もあり、また、クラミジアなど他の性行為感染症にかかっている場合には感染の可能性も高くなることから、性行為時における予防行動の実践が重要である。また、HIV検査は保健指導と一体となっている点で重要な意義をもっており、感染の不安がある場合には誰でも気軽に検査を受けることができるよう、地方自治体とも連携をとりつつ体制整備を行う必要がある。
 一方で、社会全体としてみた場合、エイズという病気に対する誤った理解に基づく差別や偏見が依然として存在しており、先頃もエイズ患者が宿泊を拒否されるということが起きたところである。こうしたことから、啓発普及に際しては、エイズという病気の特性を国民一人一人がよく理解し、自分さえ感染しなければ良いということではなく、患者や感染者に対して理解ある行動がとれるようにすることが重要である。また、このことが国民が進んで検査を受け適切な予防行動をとることにもつながると言えるだろう。 
 国としては、あらゆる方法を駆使して、立体的な啓発普及活動を行っていくことが必要である。例えば、国民全体を対象とした幅広い啓発普及のためには、テレビやラジオなどのマスメディアの積極的協力を得ることやパンフレツト、リーフレットを作成し、それらが社会の中で広く行き渡るようにすることなどが考えられる。さらに、青少年に対する性教育、在日外国人、短期の海外旅行者や仕事等で長期にわたり海外に滞在する者などに対する重点的な啓発普及など、様々な対象に即した対応も必要である。
 こうした啓発普及活動を展開するに当たっては、国のみならず、地方自治体、企業、ボランティア団体などがそれぞれの特性を生かした活動を行っていくことが必要である。例えば、地方自治体にあっては、感染の広がりやすい地域に重点的に知識の啓発普及を行うなど地域の実情に応じたきめ細やかな対策を行うことが考えられる。また、企業にあっては従業員に対する啓発、感染した従業員を受け入れるための対応マニュアルの作成などが考えられよう。国と民間部門が協力して啓発活動に取り組むこともより一層の効果が期待できる。さらに、身近な地域での積極的な取り組みを進めるため、ボランティア活動の推進も重要である。
(3) 医療体制の充実について
 医療体制を整備していく際の基本原則は、どこの医療機関でも安心して医療が受けられるようにするということである。しかし、現状では、患者・感染者の急増に伴い、地域によっては、受け入れがその限界に近づきつつあるところもある。
 このため、医療機関への患者・感染者の受け入れをさらに支援、促進していくことが必要であり、当面、国公立病院における患者・感染者の受け入れ体制を強化することが望まれる。
 また、感染が全国に広がるに従い、どこの病院・診療所でも、患者・感染者を診療する機会が出てきている。こうした状況に対応するため、経験の豊富な病院が中心となって医療従事者への教育などを行い、患者・感染者の受け入れを推進していくことが必要である。
 また、症状に応じて患者・感染者が希望する多様なニ一ズに対応するためのきめ細かな施策も必要である。さらに、患者・感染者に対するカウンセリング体制の充実も不可欠である。
(4) 国際協力の推進について
 現在、世界には、報告されているだけでもおよそ50万人のエイズ患者が存在しており、国際的な人の交流が進む中で、エイズ対策は国際的視野で取り組まなければならない課題となっている。最近では、アジア地城における患者・感染者が急増しており、WHOなどを通じた多国間協力やアジア地域を中心とした二国間協力など国際協力の必要性が高まっている。特に、研究分野における国際協力については、我が国としても積極的に取り組むべきである。
 こうした国際協力の一環として、国際エイズ学会とWHOの共催により、エイズに関するあらゆる分野の世界中の専門家が一堂に会し、国際的なエイズ対策に寄与することを目的として、「国際エイズ会議」が毎年開催されている。
 来る1994年には、日本における開催が予定されているが、これは、アジア地域では初めてのものであり、また、第10回という節目に当たる記念すべき催しでもある。この会議をいかに実りあるものとするかが、世界のエイズ対策に対する我が国の貢献という観点からも、国内におけるエイズ対策の一層の推進という観点からも極めて重要な意味を持つものである。また、本会議には、研究者のみならず、患者・感染者も多数参加することから、社会全体の受け入れ体制を整備するため、啓発活動を含め早急な準備を行うことが必要である。
 すでに国内の組織委員会が設置され、準備が進められているところであるが、我が国のエイズ対策と世界のエイズ対策への貢献の試金石であるとも言えるこの国際会議を成功させるために、社会全体で取り組むことが必要である。
むすび
 エイズ対策の検討課題は広範多岐にわたっており、患者・感染者の発生状況や治療法などの研究開発の推移に即した対応が必要であり、このために国の最大限の努力をすべきである。
 この提言は広範なエイズ対策の一端を示したにすぎず、本委員会としては、引き続きエイズ対策について検討を行っていく予定である。
 エイズ対策の推進に当たっては、国や地方公共団体、企業のみならず、国民一人一人の取り組みが不可欠である。さらに、ワクチンや根治薬の開発など国際的ネットワークの下で展開することが必要な課題も多く、それらの問題について我が国としても国際的な責務を果たしていくことが強く望まれる。この提言を契機としてエイズ対策に関する様々な活動の機運が盛り上がることを期待したい。