平成11年エイズ発生動向年報

 −概要−

 

1.エイズ発生動向調査(サーベイランス)報告の概要

  エイズ発生動向調査(サーベイランス)は、昭和59(1984)年から開始され、平成元(1989)年からは「後天性免疫不全症候群の予防に関する法律」(エイズ予防法)に基づいて平成11(1999)年3月31日まで実施されてきた。平成11(1999)年4月1日からは「感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)」(感染症法)の施行に伴いエイズ予防法は伝染病予防法、性病予防法とともに統合廃止され、後天性免疫不全症候群は感染症法の第4類感染症として位置づけられた。その結果、エイズ発生動向調査は感染症法に基づく感染症発生動向調査の一部として整備され現在に至っている。

1)エイズ予防法に基づく報告の流れ

(1)エイズ予防法に基づく報告の流れは、HIV感染者あるいはAIDS患者を診断した医師が感染者・患者の居住する都道府県知事に「エイズ病原体感染者報告票」(以下、初回報告票と呼ぶ)を7日以内に提出し、その報告票が都道府県・政令市から厚生省保健医療局エイズ疾病対策課に集められた。初回報告票の内容は、性、国籍、年齢、HIV感染者・AIDS患者の別、感染者と診断した年月日、感染者と診断した方法、AIDSと診断した場合は診断年月日および特徴的症状、感染したと推定される原因および地域(日本国内・海外)、居住地(都道府県・政令市)、医療機関名と住所、診断医師名、報告年月日である。

(2)また、厚生省保健医療局疾病対策課結核・感染症対策室長通知(平成7年4月1日)により、初回報告票がすでに提出されたHIV感染者あるいはAIDS患者に病状の変化(HIV感染者がAIDS発病または死亡、AIDS患者が死亡)があった場合、「エイズ病原体感染者報告票(病状に変化を生じた事項に関する報告)」(以下、病変報告票と呼ぶ)が同様の流れで集められた。病変報告票の内容は、病状の変化の状況(HIV無症候性キャリア等→エイズ、生存→死亡の別)とその年月日、前回報告時の臨床診断、感染者と診断した年月日、性、年齢、国籍、居住地(都道府県・政令市)、医療機関名と住所、診断医師名、報告年月日である。
 なお、いずれの報告票でも、氏名、生年月日などの個人を特定できる情報は含まれていない。また、いずれの報告票もエイズ動向委員会による審査を通して確定されてきたが、凝固因子製剤による感染はこの報告の対象外としてきた。

 

2)感染症法に基づく報告の流れ

 感染症法に基づく報告において生じた主な変更点は以下のとおりである。

(1)HIV感染者あるいはAIDS患者を診断した医師は「後天性免疫不全症候群発生届(HIV感染症を含む)」を7日以内に最寄りの保健所長に提出する。

(2)保健所はオンラインを通して、都道府県等(都道府県、保健所を設置する市および特別区)および中央感染症情報センター(国立感染症研究所感染症情報センター内)に報告する。

(3)報告内容は、性、年齢、HIV感染者・AIDS患者の別、診断方法、診断時の症状、発病年月日、初診年月日、診断年月日、感染したと推定される年月日、死亡年月日(死亡を検案した場合)、AIDS診断指標疾患、最近数年間の主な居住地(日本国内・海外)、推定感染地域(日本国内・海外)、国籍、感染経路である。

(4)感染症法では、医師が診断したにもかかわらず届出をしなかった場合に対して罰則規定(罰金30万円以下)が設けられている。

(5)法に基づく報告は初回報告のみであるが、厚生省保健医療局エイズ疾病対策課長通知(平成11年3月19日)による、「病変報告票」は、医師が任意に保健所に報告し、都道府県等にてとりまとめられ厚生省保健医療局エイズ疾病対策課に集められる。報告内容は、病状の変化、前回報告時の臨床診断、国籍、性、年齢、感染者と診断した年月日、報告年月日などである。

(6)報告は診断した医師が最寄りの保健所に報告する。そのため、必ずしも感染者・患者の居住地の保健所からの報告とは言えないことに留意する必要がある。

3)現行の報告システムの問題点について

 エイズ動向調査は、HIV感染者やAIDS患者の発生の的確な把握を行うためのシステムであるが、その観点から見て、感染症法施行以降のシステム(以下、新システム)には、エイズ予防法下のシステム(以下、旧システム)と共通した、あるいは新たに見られる問題点がある。エイズ動向調査による実態把握をより正確なものとするためにも、今後の検討が必要と思われる。

(1)重複報告の問題
 新システムの報告票は、旧システムの場合と同様、同一者が異なる医療機関から報告されても、それを原則的に区別することができないため、重複報告が含まれる可能性がある。流行の推移に伴って、今後重複報告の割合がどのように変動するかは予測し得ないため、今後の実態把握における不確定要因となり得る。また、HIV感染者、AIDS患者に見られる高率の感染経路不明例は、両システムに共通する問題点であり、感染経路の正確な把握を妨げるため、流行状況の判断を誤る原因となる可能性もある。

(2)病変報告の問題
  第一に、病変報告には、感染経路、感染場所等や、初回報告に関する項目が含まれていないため、病変報告によるAIDS患者(以下、病変AIDS)を、感染経路、感染場所等によって分類することができない。このため、病変AIDSは、たとえ捕捉されても、感染経路や感染場所等が不明な例として扱われることとなる。 第二に、病変報告は、初回報告を行った後に、その臨床経過に応じて、改めて報告するものであるという性格上、報告漏れの危険を伴うが、病変AIDSや死亡数の動向は、最近の治療の進歩を反映し得るものであるため、病変報告が低下すればエイズ動向調査からそうした情報が脱落する恐れのあるものである。  第三に、病変AIDSは、AIDS患者の中で、以前HIV感染者として捕捉されていた者であり、病変AIDS数が正確に把握できれば、病変AIDS以外のAIDS数との対比によって、全HIV感染者数(注:潜在感染者を含む)の推計が可能となるため、推計および将来予測上のもっとも基本的な情報として利用されてきた。従って、病変AIDS数の捕捉が低下したり、感染経路別の分類が不可能であると、全HIV感染者数の推計や予測の支障となる。

(3)今後検討を要する問題
 人権への配慮等、感染症法の趣旨を尊重しつつ、エイズ動向調査をさらに充実させるためには、以下の点を検討する必要があると考えられる。

  1. 報告の意義とシステムに対する医師の普及啓発:報告の源は医師であるため、正確な情報記載の意義や病変報告の意義を医師に徹底し、記載漏れや報告漏れの防止を図る必要がある。

  2. 保健所の役割強化:新システム下では、保健所を経由してなされる。従って、報告を受けた保健所が、記載漏れをチェックするとともに、報告医師に対して病変報告の存在等についての周知を行うようにすれば、動向調査の質の向上を図ることができる。

  3. 個人を同定し得ない照合情報の導入:重複報告の問題を解決するために、生年月日、あるいは欧米諸国におけるような個人の特定につながらないコードを報告項目に導入すれば、報告間の照らし合わせが可能となり、また、病変AIDSから再び有用な情報が得られることとなる。

  4. 外国人患者、感染者のために通訳サービスの導入・普及:患者、感染者が外国人の場合、意思疎通が困難なために不明となる場合がある。外国人報告例で特に不明が多いのは、これが原因である可能性も否定できないと思われる。通訳サービスが普及されれば、医療に資するのみならず、動向調査の質向上に資するところも大きい。

  5. その他:居住地情報を得るために、初回報告票に都道府県等の居住地の項目を追加する。病変報告と初回報告との照らし合わせを可能とするために、オンラインファイルに、報告医師名や医療機関名の追加、あるいは、病変報告票に初回報告票と同等の情報の追加等も検討する余地がある。

 

2.発生動向調査(サーベイランス)のためのHIV感染症/AIDS診断基準   

(厚生省エイズ動向委員会,1999)

 わが国のエイズ動向委員会においては、下記の基準によってHIV感染症/AIDSと診断され、報告された結果に基づき分析を行うこととする。この診断基準は、サーベイランスのための基準であり、治療の開始等の指標となるものではない。近年の治療の進歩により、一度指標疾患(Indicator Diseases)が認められた後、治療によって軽快する場合もあるが、発生動向調査上は、報告し直す必要はない。しかしながら、病状に変化が生じた場合(無症候性キャリア→AIDS、AIDS→死亡等)には、必ず届け出ることが、サーベイランス上重要である。  なお、報告票上の記載は、

1)無症候性キャリアとは、Iの基準を満たし、症状のないもの
2)AIDSとは、Uの基準を満たすもの
3)その他とは、Tの基準を満たすが、Uの基準を満たさない何らかの症状があるものを
指すことになる。

T.HIV感染症の診断

  1. HIVの抗体スクリーニング検査法(酵素抗体法(ELISA)、粒子凝集法(PA)、免疫クロマトグラフィー法(IC)等)の結果が陽性であって、以下のいずれかが陽性の場合にHIV感染症と診断する。
    1) 抗体確認検査(Western Blot法、蛍光抗体法(IFA)等)
    2) HIV抗原検査、ウイルス分離及び核酸診断法(PCR等)等の病原体に関する検査(以下、「HIV病原検査」という。)

     
     
  2. ただし、周産期に母親がHIVに感染していたと考えられる生後18か月未満の児の場合は少なくともHIVの抗体スクリーニング法が陽性であり、以下のいすれかを満たす場合にHIV感染症と診断する。
    1) HIV病原検査が陽性
    2) 血清免疫グロブリンの高値に加え、リンパ球数の減少、CD4陽性Tリンパ球数の減少、CD4陽性Tリンパ球数/CD8陽性Tリンパ球数比の減少という免疫学的検査所見のいずれかを有する。

U.AIDSの診断

 Tの基準を満たし、Vの指標疾患(Indicator Diseases)の1つ以上が明らかに認められる場合にAIDSと診断する。

 

V.指標疾患(Indicator Diseases)

A.真菌症

 1.カンジダ症(食道、気管、気管支、肺)
 2. クリプトコッカス症(肺以外)
 3.コクシジオイデス症
   (1) 全身に播種したもの、(2)肺、頚部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの
 4. ヒストプラスマ症
  (1) 全身に播種したもの、(2)肺、頚部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの
 5. カリニ肺炎  (注)原虫という説もある


B.原虫症

 6.トキソプラズマ脳症(生後1か月以後)
 7. クリプトスポリジウム症(1か月以上続く下痢を伴ったもの)
 8.イソスポラ症(1か月以上続く下痢を伴ったもの)


C.細菌感染症

9.
化膿性細菌感染症 (13歳未満で、ヘモフイルス、連鎖球菌等の化膿性細菌により以下のいずれかが2年以内に、二つ以上多発あるいは繰り返して起こったもの)
(1) 敗血症、(2)肺炎、(3)髄膜炎、(4)骨関節炎、(5)中耳・皮膚粘膜以外の部位や深在臓器の膿瘍

 10.サルモネラ菌血症(再発を繰り返すもので、チフス菌によるものを除く)
11.活動性結核(肺結核または肺外結核)
 12.非定型抗酸菌症
    (1)全身に播種したもの、(2)肺、皮膚、頚部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの

D.ウイルス感染症

 13.サイトメガロウイルス感染症(生後1か月以後で、肝、脾、リンパ節以外)
 
14.単純へルペスウイルス感染症
   (1)1か月以上持続する粘膜、皮膚の潰瘍を呈するもの、(2)生後1か月以後で気管支炎、肺炎、食道炎を併発するもの

 15.進行性多巣性白質脳症

E.腫瘍

 16.カポジ肉腫
 17.原発性脳リンパ腫
 18.非ホジキンリンパ腫
   LSG分類により (1)大細胞型、免疫芽球型、(2)Burkitt型
19.浸潤性子宮頚癌

F.その他

 20.反復性肺炎
 
21.リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成:LIP/PLH complex(13歳未満)
 22.HIV脳症(痴呆又は亜急性脳炎)
 23.HIV消耗性症候群(全身衰弱又はスリム病) 
   :C11の活動性結核のうち肺結核、及びE19の浸潤性子宮頚癌については、HIVによる免疫不全を示唆する症状または所見が見られる場合に限る。  

 

3.集計対象と集計方法

 エイズ予防法に基づいて平成11(1999)年3月31日までにエイズ動向委員会によって確定されたHIV感染者、AIDS患者、および感染症法に基づいて平成11(1999)年4月1日から第52週(12月31日)までに報告されたHIV感染者、AIDS患者を集計対象とした。エイズ予防法に基づく報告例に関しては、HIV感染者に関する情報は初回報告票から、AIDS患者と病変報告による死亡者(以下、病変死亡者)に関する情報は初回報告票と病変報告票から得たが、平成11(1999)年4月1日以降については病変報告によるエイズ患者は集計に含まれていない。これは現在の病変報告票に感染経路、感染地等の情報が含まれておらず、新規報告のエイズ患者と同様の詳細な集計分析が出来ないためである。なお、前述の通り、この集計には、凝固因子製剤による感染例は含まれていない。
  HIV感染者、AIDS患者を、日本国籍と外国国籍ごとに、年次、感染経路、性、年齢、感染地、報告地の別およびそれらの組み合わせの別に集計した。また、AIDS患者については指標疾患の分布を集計した。年次は診断時点、報告時点ではなく、エイズ動向委員会での確定時点としたが、詳細は項目4に記す。感染経路は異性間の性的接触、同性間の性的接触、静注薬物濫用、母子感染、その他、不明の6区分とした。同性間の性的接触には両性間の性的接触を含めた。また、女性には同性間の性的接触による感染は報告されていないので、男性のみを集計した。その他の感染経路には輸血などに伴う感染や可能性のある感染経路が複数あるケース(同性間の性的接触と静注薬物濫用のいずれかなど)を含めた。国籍は日本・外国の別と世界地域区分(UNAIDS;Report on the global HIV/AIDS epidemic-JUNE 1998の分類に準拠)を用いた。

 

4.集計結果を見る上での注意事項

1)報告漏れと重複について

 HIV感染者の多くは、感染後のかなり長い期間、特定の症状がなく、検査を受けてはじめて感染が判る。診断されたHIV感染者の報告漏れは比較的少ないと思われるが、検査を受けていないHIV感染者がいるために、国内に存在するすべてのHIV感染者の内で報告されている者の割合は必ずしも充分ではないと考えられる。一方、AIDS患者は特定の症状を有することが多く、医療機関を受診する。診断されたAIDS患者の医療機関からの報告率がきわめて高いことを考慮すると、AIDS患者の内で報告されている者の割合はかなり高いと考えられる。  エイズ発生動向調査では、同一者について複数の初回報告票あるいは病変報告票を提出しないこととしているが、前述の通り、報告票には個人を特定できる情報が含まれていないために、報告に若干の重複がある可能性を否定できない。そのため、本集計ではHIV感染者とAIDS患者を別々にして数えており、それらを合計してもそれが全HIV感染者をあらわしているわけではない。

2)報告の遅れについて

 エイズ予防法に基づく報告分の集計では、年次は診断時点でなくエイズ動向委員会の確定時点としてきた。多くの症例で報告は診断後速やかに行われ、直ちにエイズ動向委員会が審査・確定してきた。ただ、様々な事情から報告が遅れるケースもあった。平成2(1990)〜平成10(1998)年にエイズ動向委員会により確定されたHIV感染者の中で、確定されたのが診断の翌年であったケースは2.8%、2年以上遅れたケースは0.4%であった。同様に、平成2(1990)〜平成10(1998)年に確定されたAIDS患者では、確定されたのが診断の翌年であったケースは4.6%、2年以上遅れたケースは2.4%であった(表14)。

3)本集計データの確定日について

 感染症法に基づく報告分については、当該年の最終週の12月31日までの報告とした。なお、保健所からのオンラインによる報告に、その後追加・削除・修正される場合もあり、報告数は集計データを取り出す時期に左右される可能性がある。本集計は、平成12(2000)年4月21日に集計データを確定したものである。このため、エイズ動向委員会が先に公表した平成11(1999)年エイズ発生報告数(平成11年12月27日現在)とは若干異なっている。

4)病変報告について

 エイズ予防法下での初回報告と病変報告は感染症法後にも継続されることとなった。しかし前述したように、新法下では初回報告と病変報告の照らし合わせ(リンケージ)がなされないために病変報告例の感染経路等の情報を得ることができない。このため、平成11年4月1日以降の患者・感染者病変報告(無症候性キャリア→AIDS 11件、生存→死亡 42件)は除外して集計した。

5)その他

 報告票の年齢欄には診断時点あるいは報告時点などの規定はないが、確定が診断や報告よりも極端に遅れるケースはきわめて稀であるので、年齢を診断時点あるいは報告時点のいずれのものとみても、全体像を把握する上で大きな問題はない。  エイズ予防法では、患者あるいは感染者の居住地の県知事に報告されることになっていたが、感染症法では、報告した医療機関を管轄する保健所に報告されることとなった。従って、「報告地」の意味が感染症法後では異なっている。
  本集計では、日本国籍と外国国籍を別にしているが、これは、両者の感染経路の状況や年次推移の傾向などが大きく異なるためである。